この連載では、なでしこリーグ1部伊賀FCくノ一三重(以下、くノ一)に所属する常田菜那選手が、現役アスリートが出来る社会貢献活動を考え、インタビューしていきます。
現役アスリートとして、競技に専念することは当たり前。その中で「競技を通してもっと地域や社会に貢献したい」「自分にできる取り組みをしたい」という想いが強くある常田選手。アスリートが現役中に社会の課題と向き合うこと、地域貢献活動をすること、そうした意義のあることを現役アスリート目線で発信していきます。
女性アスリートに特化した社会的課題に目を向け、アスリート自身が抱えている悩みや、女性アスリートならではの課題に目を向けて、課題解決につながるヒントを見つけるこの連載。
今回のテーマは、「女子サッカーチームと地域企業の支援〜地域の伝統的工芸品〜」。多くの選手がアマチュア選手としてスポンサー企業で働きながら競技をしており、スポンサー企業や地域からの支援が必要不可欠であるなでしこリーガー。そのチームや選手と地元企業との関わりに迫ります。
常田選手が所属するなでしこリーグ一部の伊賀FCくノ一三重(以下、くノ一)を支援している糸伍株式会社を取材しました。糸伍株式会社は三重県伊賀市の伝統的工芸品である伊賀組紐(いがくみひも)を製造している会社で、チームに対して物品提供での支援を行っています。社長である松田智行さん(以下、松田)と社員の佐伯敦子さん(以下、佐伯)にお話を伺いました。
「伝統工芸とスポーツのコラボレーション」伝統を背負っているもの同士でお互い高め合う関係に
常田)伊賀組紐は三重県伊賀市の伝統的工芸品です。そのような地域に根付いている伝統的工芸品で地元のスポーツチームを支援している例は少ないと思います。
伊賀組紐を作られ、私も所属する女子サッカーチームであるくノ一を支援してくださっている糸伍株式会社さんは、どのようなことをされている会社なのでしょうか?
松田)糸伍は昭和29年から伊賀の地で着物用の帯締めを機械織で作っていた会社で今年で70周年を迎えます。伊賀の地で伊賀組紐を作っていて着物用の組紐を年間約8万本生産しています。
常田)くノ一とは、どのようなきっかけで関わり始めたのですか?
松田)近年、少子化で成人する女性の数が減り、昔のように着物を着る人が少なくなっています。私たちの業界が一番盛り上がっていたのが昭和50年で、 着物全体の産業で当時で約1兆円の市場があったのが、現在の価値でも2,000億円ほどに縮小しました。私たちも「何か着物以外に組紐を使う方法を提案し、違う業界ともお付き合いしていかないと今後生き残れない」という危機感を感じていました。
試行錯誤や話し合いを経て「毎日履くものでもある、靴紐を作ってみよう」と、靴紐の開発を始めることになりました。
実は、知り合いにプロ野球選手やサッカー選手のマネジメントをしている方がいて、開発段階からプロの選手に使ってもらいながらアスリート向けの靴紐を開発しました。当初はスニーカー用の組紐を作る予定だったのですが。(笑)
こうしてアスリート向けの組紐ができあがり、プロ野球選手やJリーグの選手が使ってくれるようになってきたあたりで、「私たちも伊賀で70年の会社だから伊賀で頑張っているスポーツクラブに協力したい」と考えるようになり、くノ一の社長さんに「こういう靴紐があるのですが協力させてもらえないですか?」とご提案させていただいたのが関わりのきっかけです。
お受けいただいたとき、『伝統工芸とスポーツのコラボレーション』が始まった感じがしましたね。
常田)なかなか普通では考えられないことですよね。どのような想いでくノ一と関わっているのでしょうか?
松田)私たちは70年ここ伊賀でやっている会社ですし、くノ一も46年という歴史あるクラブで、この地の伝統を支えてきています。伝統を背負っている人たちにしかわからないプレッシャーや重圧をお互い共有し、高めあっていけるような関係になれば伊賀が盛り上がるのではないかと考えています。また、くノ一の中でも伊賀出身の選手は多くなく、他県から来ている選手にも組紐を知ってもらうきっかけにしたいですし、女子で頑張っているチームのサポートができたらいいな、という思いで関わらさせてもらっています。
選手の活躍がものづくりへのモチベーションに。生で試合観戦し、生の声を聞けるからこそ感じること。
常田)糸伍さんには、実際に組紐を提供していただいたり、直接練習現場に来て組紐の説明をしてもらったりしています。私自身すごくありがたいことだと思っているのですが、選手たちの反応はどういうふうに捉えられていますか?
松田)くノ一さんが、組紐を使用しているアスリートと私たちの直接の接点となっています。自分たちの作ったものが実際に試合で使った選手から「感触やフィーリングが良くなった」と言っていただけます。
やはり物作りしてる技術者にとってはそれが一番の喜びで、選手との関わりの中で組紐が実際に機能してることがわかることがとても嬉しいですね。
佐伯)私は現場で作っている立場なので、実際に自分が作った組紐を身につけてフィールドを走っている選手の皆さんの息遣いや、実際に使った時の生の声を聞かせていただけることで、自分自身のモチベーションもすごく上がるんです。実際に自分の作ったものを使っている姿を見ることはなかなかないんですよね。
そこでまた貴重なご意見を聞かせていただくことで、次に商品開発をする上で大切な気付きを得られています。1ミリ違うだけで感触が違ってしまう繊細な物でもあるので、より皆さんのパフォーマンスを上げる紐を今後も作れたらいいなと思っています。
常田)私も選手としてそう言っていただけてとても嬉しいです。
選手の声からの気付きや新たな発見はありますか?私は実際に靴紐を糸伍さんの組紐に変えてからパフォーマンスが変わりました。組紐から絶大な力をもらっています。
松田)一概には言えませんが、組紐を使用している選手の多くは意識が高く、結果を出せている選手のように思います。レギュラーになれる立場の人は、やはり人より一歩でも前に出たい気持ちが強い。自分がポジションを勝ち取るために、「これいいよ」というものに積極的にチャレンジしていく人が生き残るんだと、選手とお話して感じています。
常田)靴紐の性能の良さはもちろん、地元のものを身につけられていることもすごくいいことだと思っています。選手は、自分たちを通してもっと地域の伝統を知ってもらうような存在にならなければならないと思います。まずは自分が地域のものをもっと知っていかないといけないですし、こうして糸伍さんのおかげで地元の伝統品である組紐を使わせていただいているので、選手一人ひとりがそういう想いを持ってもっと広めていくようにしたいですね。
松田)最近は、サッカーのみならず陸上の選手にも使用していただいています。先日、「パフォーマンス以外にも、足元がしっかり固まることで捻挫しにくくなった」と言っていただけたことは嬉しかったですね。“怪我防止にもなっている”という新しい発見も、アスリートの皆さんからいただけたものです。
佐伯)あとは、女性なのでやっぱり足元のオシャレがあってもいいと思うんです。常田さんもその方が気持ちが上がりませんか?
常田)そうですね!色が明るいとすごく可愛いし気分も上がります。
松田)ですよね!来年は5,6色作ろうと思っています。さまざまな色のスパイクにも合うような組紐を作っていきたいです。
伝統工芸というポジションでしかできない関わり方を。選手が活躍することが宣伝になる。
常田)これからはどのようにくノ一と関わっていきたいですか?
松田)私たちのようなまだまだ小さい企業だと、大きなスポンサーとしての関わり方が難しいこともあります。ですが、私たちにしかできないスポーツチームとの関わり方があると思っています。靴紐や、エスコートキッズと選手が手を繋ぐ際に使用する紐など、伝統工芸の商品をくノ一の選手たちに使っていただき、その輝いている姿を見た子どもたちに“組紐”という存在が伝わっていくとすごく嬉しいです。
常田)選手としてもただ使わせてもらって、ただサッカーをやるのではなく、地元の伝統的工芸品を使わせてもらっているありがたみを感じ、貴重なことだというのを自覚して取り組んでいきたいと思います。
松田)今後は製造過程を皆さんに見にきてもらいたいですね。本当に一本折るのも大変な作業だと伝わると嬉しいです。
常田)そうした機会ももっと増やして、もっとありがたみを感じてプレーしたいですね。
「“出る杭を撃たれない”くらい出ちゃえ」社会課題にもチャレンジする
常田)今後新たに取り組みたいことやチャレンジしたい商品開発はありますか?
松田)現在、環境面のことを考慮した再生ポリエステルを使用した優しい糸で作る靴紐の開発や、ジェンダー色である虹色の靴紐を作ったり、多様性のことを組紐を使って発信するための活動もしています。
佐伯)LGBT当事者の方と、フェスティバルやイベントにも参加しています。
松田)こうした活動から、「ジェンダー問題と伝統工芸の関わり」として全国の一つのビジネスモデルを作ろうとしています。伝統工芸を使ってジェンダー色である虹色でジェンダー問題を表現する取り組みを日本で初めて行いました。
また、東大阪の小学校では、私たちの虹色の紐を使い多様性の教育にも活用していただいています。
常田)女子サッカー界でもジェンダー問題は注目されています。LGBT当事者も公にはできない環境だと思っているので、そうした取り組みはとても素敵だと思いました。
松田)我々はもう「出る杭を撃たれないくらい出ちゃえ」と思っていろいろな取り組みをしています。
佐伯)なんでもチャレンジしていますね。
常田)そういう取り組みをされているのは知らなかったので、私も知ることができてよかったです。取り組みをきっかけにそういった社会問題に触れて、アスリートとしても発信していきたいと思います。今後もお互いを高められるような関係性でいられるように、引き続きよろしくお願いします!
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