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【現役なでしこリーガーが聞く!女性アスリートと社会課題 #2】競技でも一流、社会でも一流な「プレイングワーカー」とは?

この連載では、なでしこリーグ1部伊賀FCくノ一三重(以下、くノ一)に所属する常田菜那選手が、現役アスリートが出来る社会貢献活動を考え、インタビューしていきます。

現役アスリートとして、競技に専念することは当たり前。その中で「競技を通してもっと地域や社会に貢献したい」「自分にできる取り組みをしたい」という想いが強くある常田選手。アスリートが現役中に社会の課題と向き合うこと、地域貢献活動をすること、そうした意義のあることを現役アスリート目線で発信していきます。

女性アスリートに特化した社会的課題に目を向け、アスリート自身が抱えている悩みや、女性アスリートならではの課題に目を向けて、課題解決につながるヒントを見つけるこの連載。

今回のテーマは、「女性アスリートの社会的価値、地域へのクラブの在り方」

現在、関東女子サッカーリーグに所属するFCふじざくら山梨(以下、FCふじざくら)は、女子サッカーチームの中でも地域貢献活動や、選手主体での競技以外の活動を積極的に行っているチームです。今回はFCふじざくらGMの五十嵐雅彦さん(以下、五十嵐)にお話を伺いました。五十嵐さんは10年ほどトップアスリートのマネジメントに関わられていました。そこで気がついたアスリートの社会的価値に対する課題をFCふじざくらのチームづくりを通し、女子サッカーの発展に繋げられています。

Jリーガーの肩書を降ろしたときに残る価値の低さ

ーーFCふじざくらのチーム立ち上げのきっかけについて教えてください。

五十嵐)アスリートのマネジメント会社に勤めているときに、「トップアスリートでありながらも引退したあとは社会的価値が落ちてしまう人が多い」と感じていました。
どういうことかというと、例えば、Jリーガーという肩書きを降ろしたときにその人が持っている価値の“価値変容”ができず、社会的価値が低くなってしまうということです。アスリートとして積み上げた価値を次のキャリアで価値変容させない限り、アスリートのセカンドキャリアの問題は改善されていかないのだと思っていました。
そんなことを考えているときに、縁があって山梨県の富士観光開発株式会社(FCふじざくらのメインスポンサー)から、創業60周年を迎えるタイミングで「スポーツで何かできませんか?」というお話をいただいたのがきっかけです。

ーーFCふじざくらのチームコンセプトを教えてください。

五十嵐)「世界で通用するプレイングワーカーを育てる。プレイングワーカーは競技でも一流、社会でも一流」をチームコンセプトに掲げています。
女子サッカー選手の多くは、そのクラブに入ることを優先し、そのクラブに付随する仕事をしているので比較的「仕事はなんでもいい」というマインドになってしまっていると思いますが、その思考がキャリア形成の上では難しいと思います。そのような女子サッカー界の構造を変える意味でも、この『プレイングワーカー』という言葉をコンセプトに入れています。『プレイングワーカー』と聞くと、仕事をしながらサッカーをする“二刀流”だと思う人が多いですが、選手たちにはスパイクを脱いでも自分らしく生きていけるように、「オーナーシップを持て」と伝えています。
自分の人生を自分で選択していくために、現役中に何ができるかが大事です。社会で一流になるための準備をアスリートでありながらやりましょうよ、と。サッカー選手だからサッカーしかできないんじゃなくて、アスリートであっても一人の社会人として、社会で活躍・貢献できる人材の輩出を目指しています。
このようなコンセプトを持ちながらトップリーグを目指す、という想いの元、2018年にFCふじざくらというクラブは立ち上がりました。

女性アスリートのロールモデルとなり、女子サッカー界の活性化を牽引する存在へ

ーークラブとして、どのような将来を描いていますか?

五十嵐)理想のクラブ像を3つ掲げています。

1、女性アスリートのロールモデルになる
2、女子サッカーの価値を向上させ、日本のトップリーグにとって必要なクラブになる
3、山梨県(富士北麓地域)におけるスポーツ関係人口による地域の活性化ならびに豊かさの提供

アスリートは、自身が社会人であることを忘れがちです。サッカーをやりながら、自分の人生のためのアクションを起こせる人が増えていけば「こういう生き方していこう」と下の世代の選手も真似をしたくなると思います。そうすると、セカンドキャリアで悩む選手が減っていく。そういったモデルケースを生み出したいと思っています。
現役中に競技以外のスキルを身につけることで、競技に見切りをつけなくてもよくなり、女子サッカー人口が増え、競技力の向上やリーグの質も上がることにも繋がり、女子サッカー界が活性化することになります。
また、クラブとして『スポーツ関係人口の増加』と、『地域の活性化と豊かさの提供』を目指しています。
「FCふじざくらが勝って喜んでくれる人って何人いるのかな、単に練習だけしててもファンは増えないよ」という話を選手によくしています。地域交流や地域課題の解決をしていかないと地域の人に応援されません。いかに一歩外に出て地域の人と触れ合えるかを大切にしています。
FCふじざくらの選手と接することによって、人生が楽しくなるような「豊かさ」を提供することを目標に掲げています。
単に強いクラブでなく、このクラブの存在や活動意義がスポーツ界全体に影響を与えて、価値を高めて地域の皆さんの人生を豊かにする存在にならないといけないと思いますし、そうなることで50年、100年と地域に根付くクラブになる未来を描いています。

選手自身が地域課題に向き合い、「応援されるクラブ」「地域のコミュニティーシンボル」に。FCふじざくらが行う地域貢献活動とは?

ーー実際に地域貢献活動や、女子サッカー界を変えて行く取り組みとしてどのようなことを行っていますか?

五十嵐)「地域のコミュニティーシンボルになる」ということを目指しています。理想は、試合の日になれば試合の話が街のあちらこちらで聞こえてきて、FCふじざくらの選手が訪れると喜んでくれることです。
そのために、「スポーツの力を活用して、地域課題を解決できる」というのがスポーツの醍醐味だと思っています。地域の抱える課題に一緒に向き合い、地域の方と手を取り合って、課題解決していく、ということして地域の方に応援してもらえる関係を築いています。
具体的な取り組みとしては、地域産業の魅力や地域の歴史を伝えるために、機織りメーカーさんとコラボしてグッズを作ったり、馬力屋さんとコラボした企画をホームゲームで行ったりしています。地域の方との連携・協業が応援されるきっかけ作りになりますし、地域の歴史を知って、その特徴を活かしていくことや、届けていくことも必要なことだと考えています。
また、地域の食べ物を理解し伝えるための活動として、「ふじざくらファーム」を立ち上げて、とうもろこしやブロッコリーなどの野菜を栽培し、富士山野菜を販売する活動をしています。「自分たちが地域のものを愛し、紹介する」活動ですね。
サッカーの楽しさを届ける観点から、保育所のサッカー教室の他にママさんサッカーも行っています。サッカーをできる環境を作り続けて、生涯スポーツをして欲しいと思っています。サッカーを続けていくために何ができるのか、を考えた取り組みをしています。

常田)地域に対する活動量が他の女子のクラブと比べて圧倒的に多いですね。地域の方と触れ合える機会が少ないクラブが多いようにも感じています。選手として「地域の方に応援してもらいたい」「チームのことをもっと知ってほしい」という気持ちは強くありますが、ただ思っているだけで実際に行動に移せることが少ないです。クラブとしても、地域に関わる活動を増やしていくべきですね。

自分のスキルを磨く。主体的に動くことで「自らのアスリートとしての価値」に気づくことができる。「オンザピッチとオフザピッチの二軸」であることがアスリートとしてのやるべき仕事

ーーチームで取り組まれている『オフザピッチプロジェクト』について教えてください。

五十嵐)『オフザピッチプロジェクト』では、選手主体でさまざまな活動を企画しています。例えば、飲食店を回ってPRをする“ふじざくらグルメ隊”や、“農業部”、“地域サッカー教室”などです。選手が自らアポをとり、すべて選手が行います。富士観光開発株式会社で8時から4時まで勤務しつつ、それ以外で自分のスキルを身につける場としてこのようなプロジェクトを行っています。
「食べるのが好きだから食にまつわる発信をしよう」など、選手が自分が好きなことを経験して、社会に貢献していくと、もしかするとこれが仕事に繋がるかもしれないと感じることもあります。地域との関わりの中で自分のスキルを磨いていくという活動をオフザピッチプロジェクトとして行っています。
競技から一歩離れて、地域の人と触れ合うと「自分たちってこんなに応援されているんだ」と気づくことができます。

常田)私が理想としているチームは、競技だけが強いチームじゃなくて、地域との深いつながりや競技以外の部分からもたくさんの人に愛されるチームです。そう考えた時に、地域の方との関わりや選手が主体となった活動がとても必要だと感じています。お話を聞いて、カテゴリー問わず活動量や人としても今後すごく差が出てくるな、と感じました。
このような活動を積極的にされている中で選手たちは実際にどのように感じているのでしょうか?

五十嵐)これが必要なことと選手が理解してくれています。「自分たちはなぜサッカーができるのか」という話をよくしていて、「スポンサーは何のためにつくのか」とか「スポンサーさんがどれだけのお金を投資してくれているのか」という話もします。
「プロアスリートとしてお金をいただいてサッカーをする」ということは、自分たちのサッカーを見てもらうために、応援してもらうための行動が必要です。
たくさんの人に会場に来てもらって、その人たちに対して、一生懸命プレーする姿を通して、勝利を届ける。そのために練習をする。
それだけでなく、オフザピッチでは、多くの人に勝利を見届けてもらうために、地域の人との関わりを持ったり、積極的に地域課題に対してアクションすることが必要です。
この「オンザピッチとオフザピッチの二軸」がアスリートとしてのやるべき仕事だというのを選手もしっかり理解しているのを行動を通じて感じています。
最近では、オフの日に老人の方とBBQやエスコートシニアなどの企画も考えています。「人生を豊かにする」という大きなテーマに対して、何ができるのか考えた時に選手たちが自ら提案してきた企画です。そういうことができているのは選手の中での変化だと思います。

常田)なでしこリーガーは自ら主体となって活動を始める選手が少ないと思っています。私も一人で始める勇気がなくて、やりたいと思っていてもまわりから浮いてしまうから踏み出せなかったりしています。もっとチームでそのような活動を始めやすい環境づくりをしてもらえたらやりやすくなるなと感じています。

五十嵐)選手一人ひとりの持っているパーソナリティーをしっかり踏まえた上で、アスリートとしてすべきこと、しないといけないことの枠組みをクラブとして広げてあげたいと思っています。
クラブとしてやると決めたほうがやりやすくなりますが、その中でも「なぜやるのか」が大切だと思います。
指導者が「試合に影響するからやらなくていい」と言ってしまうと地域のための活動は行われないし、「結果を出すのにそれ必要なのか」と言う選手もいたりします。
スポーツはそもそもエンターテイメントなので「人に見てもらって、応援してもらって、みんなに勇気や元気を与えられるもの」です。それはアスリートにしかできない役割だと思っています。その役割を果たすためにどうやって人に来てもらうのかってなった時に、「人々に対していかに接点を作るのか」というのを女子選手が自らやっていかないといけません。そうしないとなかなかスタジアムに来てもらえないし、集客がないのは女子サッカー全体の課題だと思うので、そこをしっかり選手も理解する必要があると思います。

常田)今後、力を入れていきたい活動や、新たにやっていきたい地域に対する活動はありますか?

五十嵐)ファンクラブのあり方を変えようと思っています。FCふじざくらのサポーター会員は、ノーボーダーと言って、国境を無くそうと思っています。お年寄りとか、障がいがあるとか、ひとり親とか色んな人たちが集まるようなファンコミュニティーを作りたいと思っています。そういった社会に不自由を感じているような人たちに手を差し伸べていくような行動をしていきたいです。「ふじざくらの試合に行くといろいろな人がいて、なんか心の豊かさを感じられるようなチームだよね、だから応援したいな」と思ってもらえるようなアクションをしてみたいと思っています。
また、子ども食堂もやろうと思っています。経済的に不自由でご飯を食べられていない子どもに対して、クラブで作っている野菜を使って選手たちが調理して出してあげたりすることも考えています。

常田)今後女子サッカーを発展させていくために大切な意識や、取り組みが理解できる貴重なお話ありがとうございました。

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