全国でのいじめ発生件数は2022年度は約68万件を超え、重大な社会問題となっています。まわりの友人を尊重し、多様な価値観を受け入れる。こうしたことを子どものうちから学ぶことが、“いじめ”をなくすだけでなく、豊かな人生を歩む糧になるのではないでしょうか?
ラグビー日本代表のスローガンである『ONE TEAM』という言葉に代表されるように、スポーツの中でもラグビーは「チームワーク」や「他者の尊重」を大切にするスポーツです。今季から、ジャパンラグビーリーグワンのDivision1に所属する三重ホンダヒートが行う『ヒート授業』は、選手たちが“本気になって”子どもたちに接し、大切なことをその大きな身体で伝えていきます。
ヒート授業とは?
「ラグビーを通してチームワークを学ぶ」教育的観点を入れた授業です。選手と一緒に思い切り身体を動かして“運動の楽しさを実感するプログラム”や、“タグラグビー”、選手の歩んできた道より気づきを与える“夢授業”などがあります。どの授業でも「いじめはあかん!」というメッセージを伝える道徳授業が含まれていることも大きな特徴です。さまざまなゲームを行い、チームワークの大切さを学び、そして、「本気」で取り組むことの大切さや仲間と協力することの楽しさ、みんなの意見を尊重することの大切さを学ぶ授業となります。
この『ヒート授業』を中心となって盛り上げているのは、普及・育成担当の上村素之さん(以下、上村)。上村さんは、授業の冒頭で「一流は失敗したら悔しがり一歩前に出て頑張る、二流はヘラヘラしてなかったことにする。失敗の先に成長がある。みんなは一流を目指そう。」というメッセージを子どもたちに送ります。そんな上村さんが大切にする想いはどのようなものなのかインタビューしました。
「いじめは、あかん!」というシンプルなメッセージ
ーー三重ホンダヒートでは、『ヒート授業』の中にいじめに関する道徳授業(選手による寸劇)を取り入れています。いじめに関する発信を授業に取り入れたのはどのようなきっかけ・意図があったのでしょうか?
上村)ヒートの普及・育成担当として、「もっと社会に貢献できることをしなければ」と思っていた頃に、新聞でいじめ問題の記事を読みました。これはヒートとして、スポーツ界の人間としてこの問題に取り組まなければならないという使命感を感じました。その際の、伝え方や方法など、考えていることを高校時代の恩師に相談したんです。
返ってきた言葉は、「いじめはあかん、何があってもあかん」というシンプルなものでした。
ーーいじめ問題にもさまざな種類やシチュエーション、関わり方がある中で、とてもシンプルで力強い言葉ですね。
上村)響きましたね。ラグビー憲章の中に、『尊重』というキーワードがあります。ヒートの所属する本田技研工業株式会社もHondaフィロソフィーの基本理念として『人間尊重』を掲げています。そうしたこともあって、まわりの人を“尊重”することを大事にしてほしいというメッセージをラグビーと繋げて、ホンダヒートだからこそ伝えられるのではと考え、『ヒート授業』の中に「いじめは、あかん!」というメッセージを伝える寸劇を入れるようになりました。
生徒にも先生にも“本気で”伝える
ーー「いじめは、あかん!」というメッセージを子どもたちに伝えていく上で、意識していることはありますか?
上村)まずは、選手たちも真剣に演技し、子どもたちを集中させることですね。子どもたちに“本気”で伝えようとする選手の取組みが、受講している生徒たちの心に響いていることが、授業後のフィードバックからもわかります。
ーー授業を進めていく中で、上村さんが「先生たちにもいい学びになってほしい」と言っていたことも印象的でした。
上村)伝え方や授業のテンポなど、私が意識している部分はたくさんありますので、先生から「授業で参考にしたい」と言っていただけることもあります。
授業の進め方や前に立つ人の振る舞いで子どもたちの集中力が変わってしまうことはありえることなので、時間を無駄に過ごさないようにする方法など、私自身もいろいろと工夫を重ねながらやってきたことが先生方から評価していただけるのは嬉しいことですね。
ーー教師の方ももちろん日々努力されていますが、こうした「スポーツチームのやり方」が教育現場の参考になればいいですよね。
上村)そう思います。私自身、ヒートのアシスタントコーチとしての経験もあるのですが、“勝つ”という目標に向かって進む中では、ある意味“ズルい”と言われてしまうことも起こりうると思うんです。そのときに、「ズルいことをしたらダメだ」とすぐに怒ってしまいがちですが、「目標達成するために工夫し、素晴らしいことをしている!」と全員の前で褒めます。そうした現象が出てきたときに初めて、「ルールの中で工夫することの大切さ」も伝えることができると考えています。
ーーそうした心構えが、『ヒート授業』の目的でもある“社会性を育む”ことに繋がるのですね。
上村)勝負に勝つという目標達成のためには、チームの中でコミュニケーションを図る必要があります。この状況をどうするかと考え、意識を一つにして同じ目標に向かっていくために、みんなにどう伝えていけば良いのかを考えます。『ヒート授業』では、ラグビー選手を子どもたちのチームに1人ずつ入れることで、勝つためにどうすべきか作戦を考える話し合いを活発にするだけでなく、大人との関わりの中での新しい気づきにも繋がればと思っています。
ーーヒートが意識する“いじめ”の話は、子どもたちにどのように伝わってほしいですか?
上村)「違いを認めよう」ということと、「いじめはよくないな」という気持ちに少しでもなってくれたら。あとは、授業を通して、「もっとみんなで話してみたい」という気持ちになってくれたら嬉しいですね。
選手も積極的な『ヒート授業』
ーー年間30回以上、本拠地の鈴鹿市だけでなく周辺の四日市市や亀山市、今回の津市などでも開催される『ヒート授業』ですが、オフシーズンだけでなく、シーズン中のリカバリーの日などにも選手とともに行なっていると伺いました。
上村)そうですね。試合に出る・出ないに関係なく、『ヒート授業』に参加するメンバーはみんな積極的に参加しています。選手はみんな「行きたい」と言いますね。子どもたちとの交流の時間を過ごしたり、サインをしたり、選手にとってもモチベーションの上がる時間になっています。
ーーそうした選手の積極的な姿勢は、三重ホンダヒートの社会貢献活動の魅力でもありますよね。
上村)「1人1人が期待を超える感動を提供する。」ということを選手たち全員が意識しています。選手も子どもたちも、やらされていると思ったらおもしろくありません。
イベントでは、私たちスタッフが企画や準備・運営を行いますが、ここ数年は選手たちが“考える”ことが根付いてきたと感じます。選手ミーティングでも、「ヒートの価値を上げなければならない」という話題が出るようになっており、『ヒート授業』をはじめとした社会貢献活動の意識が浸透してきた証拠なのではないかと思っています。
ーー今回授業に参加していた加入1年目の選手たちも素晴らしい活躍でした。こうしてスポーツチーム、選手が子どもたちに「いじめはあかん」と伝えていく意味をどのように感じていますか?
上村)“一流選手が言う”ということに大きな意味があると思っています。学校の先生は長い時間子どもたちと接して、いじめなどのことはいつも言ってくれています。ですが、私たちが『ヒート授業』の中で改めて伝えることによって、「これは大事なことなんだな」と重みを増すことができると思います。
とくに、ラグビーには「ラグビー憲章」として定義する行動規範、行動指針が存在します。その中でラグビーが持つ人間形成に資する特徴として、5つのコアバリューである「品位・情熱・結束・規律・尊重」という共通の価値観があります。こうしたことを体現している一流のラグビー選手だからこそ、子どもたちにとって影響力のある存在に慣れているのではないかと思います。
これから伝えていきたい価値
ーー『ヒート授業』を受けた子どもたちに、どんな影響を受けてほしいですか?
上村)一つ目に、“自分で考える”という価値観を持ってほしいです。「言われたからやった」だけで大事な子どもの時期を過ごしてほしくないと思うんです。間違ってもいい、「私はこう思う!」という自分の意見を持つことができれば、相手の意見を聞いて、どうしたらもっと良くなるのかを考える力や社会性が身についてきます。
二つ目に、“一生懸命やる”ということです。一生懸命の先に初めて成長があるし、失敗があるし、いろいろ考えると思います。今やるべきことに一生懸命になり、「この時間あっという間だったな」という感動を作っていく、そんな活動を『ヒート授業』を中心に作っていきたいと思います。
ーー三重ホンダヒートとしての地域貢献活動も応援しています!
上村)「どこに行ってもヒートがいるな」と思ってもらえるように広げていきたいですね!正直、私たちの活動は手を抜くこともできます。でも、地域の方が期待する以上の感動を届けていくことで、一人でも多くの人たちにヒートの想いが広がっていくと思うので、一生懸命取り組んでいきます!
ーーありがとうございました!
先生・生徒からの声(抜粋)
いじめをしたらダメと言う話を聞いて、今後、いじめをしない事を大切にしたいです。もし、友達がいじめられていたら、暴力で止めないで「ダメだよ」と声をかけて止めたいなと思います。(3年生・児童)
タックルが強くてびっくりしました。選手の話で、暴力は体だけじゃなく心にも傷ができるという言葉が心に残りました。(5年生・児童)
僕は、スポーツの時は全力でできるけどそれ以外の時はあまり全力でできません。だけど、全力でやってこその感覚があり、それをできるのが一流だなと思いました。どんなことも全力で頑張っていた選手がとてもかっこよかったです。そして僕も選手みたいに全力でやれるように頑張っていきたいです。(6年生・児童)
挑戦することに不安を感じる子も多くいる中で、子どもたちの心に響くような声掛けをしていただいたおかげで、「またラグビーしたい!」「いじめは、ダメ!」などの前向きな言葉も見られました。子どもたちの目線に合わせて、活動をしていただけたおかげでとても楽しそうな子どもたちの笑顔を見ることができました。(先生)
テンポ良くいろんな運動をしていただき、あっという間に時間が過ぎていきました。上村さんの進行や選手の皆さんの迫力がエネルギッシュで、夢のような時間でした。一緒に動く中で「一生懸命に取り組むこと」や「負けたら本気で悔しがって次にいかすことの大切さ」を教えていただき、子どもたちの笑顔や満足した顔を見ることができました。来ていただけて本当によかったです。ありがとうございました。(先生)