特集

JICAとラグビー協会が繋いだ「スクラム・プロジェクト」の10年間〜JICA×Sports for Social Vol.5~

スリランカ ラグビー

2023年に10周年を迎えた『JICA-JRFUスクラムプロジェクト』。
スポーツを通じた国際協力を担う『JICA・青年海外協力隊スポーツ隊員』と日本ラグビーフットボール協会(以下、ラグビー協会)が連携し、ラグビーを通じた国際協力活動に取り組むこの活動は、一般公募による青年海外協力隊員に加え、流通経済大学をはじめとして大学と連携した隊員派遣とも併せ、アジア・アフリカ各国へのラグビー普及に努めてきました。

“スクラム”の名の通り、組織同士がお互いをサポートし合う本プロジェクトは、どのように始まり、広がっていったのでしょうか。

ラグビー協会普及育成委員長(流通経済大学スポーツ健康科学部教授)の西機真さん(以下、西機)と普及育成部門長補佐の中村愛さん(以下、中村)、JICA 青年海外協力隊事務局専任参事の勝又晋さん(以下、勝又)、そして、実際に青年海外協力隊スポーツ隊員として、スリランカに派遣された伊藤悠理さん(以下、伊藤)に話を伺いました。

JICA×JRFU(左から)勝又晋さん、伊藤悠理さん、中村愛さん、西機真さん
JICA④
バスケットボールを通じて、途上国の青少年に伝えたいこと〜JICA × Sports for Social vol.4~スポーツを通じた国際協力を担う『JICA・青年海外協力隊スポーツ隊員』。ときには、そのスポーツの普及や人気、環境が十分でないところへ派遣...

五輪とW杯がもたらした協力体制

ーーJICAとラグビー協会との連携「スクラムプロジェクト」はどのような背景から始まったのですか?

西機:ラグビー協会)2009年、ラグビーワールドカップ(以下、ラグビーW杯)が2019年に日本で開催されることが決まりました。その招致活動では“アジアのワールドカップ”というテーマを掲げていたことがこの連携の大きな背景としてあります。

ラグビーW杯開催決定後、ラグビー協会としてアジアとの交流に積極的に取り組んでいこうとする中で、ゼロから活動をつくるのではなく、すでにラグビー隊員の派遣実績があったJICAと連携して取り組むことができればと思っていました。

練習風景スリランカのラグビー練習風景

ーー勝又さんはラグビー協会からの連携打診のお話に対してどのような印象を持ちましたか?

勝又:JICA)JICAでは30近い競技のスポーツ隊員を派遣しているのですが、ラグビー協会と連携するまでラグビー隊員の実績は1990年代の2人だけでした。これからスポーツ分野を再活性化していこうという時期にラグビー協会からお話をいただいて、JICAとしても非常にありがたいタイミングでした。

西機)ラグビーW杯後に東京でのオリンピックも控えていて、「スポーツと国際協力」「スポーツと開発」がこれから社会の流れとして注目されるだろうというタイミングでしたね。

勝又)そうでしたね。そうした流れもあり、東京オリンピックが決まった2013年にJICAとラグビー協会の協定『JICA-JRFUスクラム・プロジェクト』を結びました。オリンピックの招致のプレゼンテーションでも、「日本は3,000人のスポーツコーチを派遣してきた」とJICAの実績も紹介されるなど、まさにスポーツと開発が注目されていることを実感していました。

ーー『スクラムプロジェクト』以前のアジアのラグビー事情はどのようなものだったのですか?

西機)アジアではそれまで、ラグビーの普及や発展を組織的に推進しようという考えはあまり見られませんでした。
しかし、ラグビーW杯の日本開催が決まったことで、アジアのラグビーも進んでいこうという機運も高まりました。ワールドラグビーも、アジアの若者人口の多さに注目していたことが日本での開催を決める一因として考えており、その後の私たちの取り組みを後押ししてくれました。

ラグビーワールドカップ2019大きな盛り上がりを見せた2019年ラグビーW杯。当時活躍した姫野和樹選手は、2023年キャプテンとして次のワールドカップに挑みます。
JICA青年海外協力隊
スポーツの力で世界を変える「青年海外協力隊スポーツ隊員」とは〜JICA × Sports for Social Vol.1~国際協力機構(以下、JICA)が派遣する青年海外協力隊は、1965年から約60年間続く事業です。これまでに約55,000人が開発途上国を中心に派遣され、その国の文化づくり、産業の発展に貢献しています。 その青年海外協力隊の中で、約5,000人近くに上るスポーツ隊員は、世界各国でスポーツの技術を教え、その国の文化を共に創ってきました。 Sports for Socialでは『青年海外協力隊スポーツ隊員』にスポットを当て、海外で活躍した、もしくは現在も活躍している隊員の“想い”、これまでの歴史で紡がれてきた“想い”を取り上げます。 第1回となる今回は、JICA職員として、数多くのスポーツ隊員を支えてきた青年海外協力隊事務局専任参事 勝又晋さん(以下、勝又)と、青年海外協力隊スポーツ隊員の一員として、モルディブでバドミントンのコーチを勤めた若井郁子さん(以下、若井)にお話を伺いました。...

「オカダ」で繋がるスリランカの隊員

ーー2016年から2018年までスリランカにラグビー隊員として派遣されていた伊藤さんは、なぜ青年海外協力隊に応募しようと思ったのですか?

伊藤:スリランカ派遣隊員OB)大学卒業後に教員になることを目指していたのですが、在学中に「大学を卒業してすぐに先生になるのではなく、さまざまな経験を積みたい」と思うようになりました。
ちょうどその頃、ラグビー協会からのメールで、JICAのプロジェクトとして海外でラグビーを指導するチャンスがあることを知り、「これはおもしろい経験になるだろう」と感じて応募しました。ちょうどその頃、2015年のワールドカップで日本が初めて強豪南アフリカを破った試合などから、改めてラグビーの魅力を感じ、いろいろな角度からラグビーに関わってみたいと思えていたことも影響しました。

ーー実際に行ってみていかがでしたか?

伊藤)スリランカはアジアの中でもラグビーが盛んな国で、クリケットの次に人気のスポーツでした。
ただ、ラグビーが盛んなのは大きな都市部に限られていて、田舎ではほとんどプレーする人がいない状況でした。

学校でのラグビー部の育成だけでなく、自分が住んでいる街から離れた田舎に行って、ボールを持ってラグビーをして遊ぶ普及活動なども行いました。

女子日本代表伊藤さんの派遣中には、女子7人制ラグビー日本代表による普及活動も実施

中村:ラグビー協会)勝又さんの話に出ていた「1990年代に派遣されていたラグビーのスポーツ隊員」だった岡田さんは、スリランカで伊藤さんと同じ地域に派遣されていました。当時岡田さんと一緒に練習していた現地の人が、伊藤さんが派遣されたころには地域のラグビー協会の会長さんになっていたり、世代を超えた繋がりがあったのですよね。

伊藤)私がスリランカに行く前に連絡を取り、岡田さんが協力隊員だった頃の知り合いを紹介してもらったり、当時の話も聴かせてもらいました。現地に行った時も「オカダ」と現地の年配の人に話をすると「おお、昔一緒にラグビーをやったよ!」と言って仲良くしてくださいました。

伊藤さんと、岡田さんの友人と伊藤さん(真ん中)が、派遣後すぐにお会いした岡田さんの友人たち

ーーそのような繋がりは嬉しいですし、心強いですよね。伊藤さんがスリランカでの2年間での成果として感じたことはありますか?

伊藤)「行って、帰ってきて終わり」では意味がないので、後任の方にゼロからではない状態で引き継ぐことができるようにしたいと考えながら活動していました。派遣された学校に関するメモを残したり、現地の人たちに「また来るから」と伝えたりと、次の人のための準備を行いました。

実は、この取材の前日まで新婚旅行で5年ぶりにスリランカに行ってきたのですが、多くの人々が温かく歓迎してくれました。自分の活動が何らかの形で地域に影響を与えているんだと感じることができて嬉しかったですね。

再開新婚旅行中に教え子と再会した際の写真

短期の学生と長期の隊員を合わせた相乗効果

ーー各大学と締結している連携協定では、青年海外協力隊だけでなく流通経済大学や同志社大学の学生を、インドネシアやインドに短期で派遣する取り組みを行っています。こちらはどのようなきっかけで始まったのですか?

西機)当時「スポーツを通じた開発」の取り組みが盛り上がり始め、大学からも、他スポーツからも注目されていました。ラグビーでの取り組みは、当時のラグビー協会普及・競技力向上委員会の上野裕一氏(流通経済大学学長)や私自身が流通経済大学の教員であることもあり、流通経済大学の学生からスタートしました。

流通経済大学では、アジア各地の方々のラグビーコーチ研修をキャンパスで長年取り組んでいて、アジアのラグビー関係者からRKU(流通経済大学)はよく知られていたこともあります。

ーー大学と連携していく意義はどのようなところで感じますか?

西機)大学という組織と連携することで、学生が毎年変わる中でもノウハウを蓄積し、次の世代に繋げることができる点は大きな意義だと考えています。

また、大学との連携を考える上では、青年海外協力隊の長期派遣隊員と、複数の学生による短期派遣を組み合わせることも工夫の一つです。長期で現地で関係性を作っている人が1人いることで、短期で派遣された10人のやれることが増えていきます。

コロナ禍で止まってしまった時期もありますが、今後も大学連携に協力していただける大学をさらに増やしたいですね。

ーー短期で派遣される大学生の視点に立つと、長期で活動している隊員が現地にいるのは心強いですよね。

ラグビー短期派遣の大学生たちも、現地の人々とラグビーを通しての交流をしています。
jica
「いつか世界を変える力になる」現役若手スポーツ隊員が現地で感じたこと〜JICA × Sports for Social Vol.2~自分の好きなもので世界に出たい。世界の人々に貢献したいーー。 そんな想いを持つ若者が、国際協力機構(以下、JICA)の青年海外協力隊スポーツ隊員として世界に旅立ち、開発途上国を中心に世界各地で活躍しています。 Sports for Socialでは『青年海外協力隊スポーツ隊員』にスポットを当て、海外で活躍した、もしくは現在も活躍している隊員の“想い”、これまでの歴史で紡がれてきた“想い”を取り上げます。 第2回となる今回は、現役の青年海外協力隊スポーツ隊員の中でも“水泳”競技の職種で活躍する福山傑さん(ヨルダン 2021年10月〜)、津國愛佳さん(インドネシア 2022年12月〜)、川口礼さん(エルサルバドル 2022年4月〜)の3名で現地からオンラインビデオ会議ツールを繋いでそれぞれの活動の紹介や情報交換を行いました。 初めて話す、同じ競技の他国のスポーツ隊員。それぞれの想いや悩みを共有しつつ、それぞれに気になることが溢れる楽しい座談会となりました。...

途上国におけるラグビーが与える社会的影響

ーー改めて、ラグビーを通じて、途上国にどのような影響を与えていると思いますか?

伊藤)スリランカで驚いたことの一つは、女子のラグビーへの熱意が高いことです。正直、途上国において、女の子がスポーツや運動をするというイメージがあまりありませんでした。

現地で小さい子どもたちに対して、タッチラグビーやタグラグビーのようなコンタクトがないラグビーを行うと、集まってくる子どもたちの中に女の子も結構いました。そこでの体験をきっかけに競技として取り組むようになり、女子チームのある企業へ就職したり、代表チームを目指したりする様子をみると、ラグビーを通じて人の可能性を広げることができていると感じることができました。

女子への普及活動女の子への普及活動も盛んにおこなわれています

中村)途上国において、マイナーなスポーツであるラグビーの良さはとてもあると思います。マイナーだからこそ男女みんながゼロからスポーツを始めることができて、一緒にラグビーを楽しむことができる光景はすごくいいですよね。

また、ラグビーでは自分の足りないところに目を向けるのではなく、それぞれの持ち味を活かしていくことがチームのためになる。それがラグビーの良いところだなと思います。

西機)さまざまな国にルーツを持つ選手が日本代表として出場する多様性の部分や、「ノーサイド」という相手チームもリスペクトする文化やその価値を、ラグビーの普及を通じて伝えられることもいいところと感じます。

勝又)ラグビーには1人だけでは何もできないという要素が、他のスポーツよりも強いです。また、痛みを伴うスポーツだからこそ、その痛みを分かち合い、「ラガーズ・ハイ」とも言えるような熱いテンションを持って競い合うことがチームメイトとの仲間意識や対戦相手との繋がりを作ると思っています。

ーー皆さんのラグビー愛が伝わってきます!青年海外協力隊スポーツ隊員に応募しようと思っている人へメッセージをお願いします!

中村)応募しようと考えている方の中には、自分が実際にラグビーを教えることができるのかという疑問を持っている方もいると思います。ラグビー協会としては、そうした意欲のある方には全面的なサポートを惜しまずに行っているので、是非不安なくチャレンジしてほしいですね。

また、伊藤さんにも、スリランカからの帰国後にラグビー協会の国際協力事業に短期間のサポートをしていただいたり、青年海外協力隊員として派遣される2年間だけでは終わらない関係を作ることもできます。是非この輪に加わっていただけたらと思います!

伊藤)迷っていても、行ったらなんとかなります。行って後悔することはないです!「迷ったら行った方がいいよ」と伝えたいです!

ーーありがとうございました!

サムネイル
教員も諦めず、サッカーで世界を繋ぎたい〜JICA × Sports for Social Vol.3〜女子サッカー WEリーグにおける『WE ACTION DAY』。なかでも印象的なアクションに選ばれたのは、JICAとの協力で実現したアル...
吉冨愛子
元プロテニス選手がウガンダから感じた幸せとスポーツの可能性とは「私たちよりも現地の人たちの方が幸せなのではないか?」 アフリカ・ウガンダを訪れた元テニスプレイヤーの吉冨愛子さん(以下、吉冨)。スポーツやテニスを通して子どもたちへの支援を考えていた彼女は、ウガンダの人々の心の豊かさに驚きを感じるとともに、改めて自身にどんなことができるのかを考え始めます。 サラヤ株式会社も、同じくウガンダで『100万人の手洗いプロジェクト』などの活動を行っており、これまで多くの現地の方々と交わってきました。 今回は“ウガンダ”という共通項で繋がる両者の対談です。吉冨さん、そしてサラヤ株式会社広報宣伝統括部 廣岡竜也さん(以下、廣岡)とのお話から、皆さんも是非一緒に考えてみてください。...

COMMENT

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA