スポーツ

水泳を通してよりよい「毎日の生活」を~一般社団法人日本障がい者スイミング協会~

「水泳の指導ではなく、福祉の一環」

日本障がい者スイミング協会は、障がいのある方や普通のスイミングスクールに通えない事情や持病をお持ちの方を対象に水泳教室を行っています。その他にも、スイミングスクールで支援を行う支援員さんの養成研修や、オンラインで障がい者水泳について学べるプログラムも行っています。今回は、代表を務められている酒井泰葉さん(以下:酒井)に、これらの活動に込められた想いや酒井さんご自身の福祉の想いをお伺いしました。

酒井さん酒井泰葉さん

大切なのは信頼関係

ーー現在、水泳教室に通う生徒さんは何人ほどいますか?

酒井)コロナ禍で若干参加する生徒さんは少なくなってしまったのですが、去年1年間だとのべ人数で約1,000人の方が通っていて、3年半でのべ4,335人の方に対して個別支援の水泳教室を行ってきました。その生徒さんの中の8割くらいが小学生で、障がいの種別でいうと、7割ぐらいの方が発達障がいや知的障がい、残りの3割が身体障がいなどの方になります。

ーーありがとうございます。8割が小学生ということでしたが、どのようなきっかけで参加される生徒さんが多いのですか?

酒井)ご家族の方にお話を伺うと、参加される方には主に2つの理由があります。
1つは障がいをお持ちで、発育が少しゆっくりなお子さんの体の発達を応援したい、という理由。「体幹の筋力をつけたい」「自分で自分の体コントロールできるようにしたい」など、体の発達をメインにやってもらいたいというお話をいただきます。

もう1つは、自信を持ってもらいたいという理由です。どうしても障がいがあるということで、自己肯定感が低いお子さんが多いです。低学年ぐらいだとまだそこまで気にしない子も多いのですが、小学校3年生以上になってくるとだんだん自分や周りのことがわかってきて、「なんでいつも失敗しやすいのかな」と気づいてくる子も多くいます。
そういったお子さんに対して、水泳を通して「1つでもできるものがある」と自信を持ってもらい、自己肯定感が高くなったらいいな、というご家族の想いがあります。

皆さん、口コミやネット検索で見つけて、お問い合わせをいただいております。

ーー水泳教室は、プールで水泳を教える活動ということですか?

酒井)やっていることは水泳教室に見えることも多いとは思うんですけれども、こちらの支援員は、あくまでも福祉的なケアを中心に行っています。
ヘルパーさんのように介助もしますし、見守りもします。障がいを理解し、対応する場として、プールを活用しているような形です。プールでちょっと体を動かしたり、支援員さんと一緒に過ごす時間を日常生活に還元できるように意識しています。『毎日の生活が軸』というのが私たちの大きなテーマですね。

日本障がい者スイミング1

ーー福祉的な支援なのですね!水泳以外の部分は具体的にはどのようなことをされているのですか?

酒井)例えば、こちらが言わなくても自分1人で着替えて、ロッカーの鍵を閉めて、プールまで来れるかどうか。水泳の練習の際にも、2択や3択で答えられる質問をして言葉でのコミュニケーションを取る練習も兼ねて行ったりもしています。

ーーなるほど。そのような支援を行う『支援員』の養成もやられてるとお聞きしましたが、
支援員さんに求められる要素を教えていただけますか。

酒井)一番求められるのは、『子どもたちの気持ちに寄り添うこと』ですね。障がいがあることによって人との信頼関係を築くのが難しい子どもも多く、ご家族の方も支援員さんにはそういった信頼できる人を求めています。
体の障がいであれば、思春期ぐらいの年頃になってくると自分と周りを比べたり、それ相応に難しい悩みとかも出てきたりします。そういった気持ちにも寄り添って「一緒に今、このプールの時間を楽しもうよ」という関わり方をすることも大切です。

信頼関係が作られると、お子さん自身が心を開いてくれます。水泳をやってる事業だから支援員さんは泳げないといけない、とはまったく思っていませんし、極端に言えば、水中ウォーキングぐらいしかできません、という人であってもなんら問題はありません。

ーーなるほど、技術指導が中心ではないから支援員さんの泳力技術は問われないということですね。

酒井)そうですね。逆に水泳ができるからといってガンガン指導する人だと、信頼関係を築くことを怠ってしまう可能性もあります。信頼関係があれば、「普段のメニューに加えて記録会に向けて厳しい練習をしよう!」となってもついてきてくれますし、信頼関係がないと、こちらが「練習しなさい」と言ってもうまくは行きません。それは健常者の場合もそうですよね。

支援員さんは現在6名いらっしゃるのですが、福祉的なボランティアをされてきた方が多いです。元々水泳が苦手で大人になってから始められた方などは、水が怖いお子さんの気持ちに寄り添ってくださっていますね。

日本障がい者スイミング協会

「伝わった瞬間すごく嬉しくなりました」

ーー酒井さんがこのような活動を始めたきっかけを教えてください。

酒井)私は大学生の頃に障がい者水泳に出会いました。当時は地元の自治体がやっているボランティアから始めました。そこで知的障がいの子にクロールを教えることになったのですが、そもそもコミュニケーションをうまく取れませんでした。こちらが何か言おうとすると耳を塞いでしまって・・・。

でも、ご家族の方と話す中で、実はその子は聴覚過敏があって隣のコースの人たちの声などに対して耳を塞いでいたということがわかってきました。そこで、イラストのあるコミュニケーションカードを作って説明するなどの工夫をして、徐々にコミュニケーションを取れるようになりました。「あぁ伝わった」という瞬間の感覚がすごく嬉しくて、今でもよく覚えています。そこから「この世界をもっと知りたいな」という思いを強めました。

ーー伝わった!という感覚は嬉しいでしょうね!その想いから酒井さんご自身が活動を立ち上げていくことになるのですね。

酒井)ボランティア活動に関わるうちに、教室が月に1度しかないなど、障がいのある方が十分に水泳を行うのはとても難しいことだとわかってきました。障がいのある方ご本人や家族はもっと通いたい思いがあって、その思いが私にも伝わってきました。普通に私たちがスイミングスクールに入会して通えるように、もっと気軽にできたらと思い『アクアマルシェ』という活動を立ち上げました。大人の身体障がいの方や、自分の知り合いから始め、そこからだんだん福祉の世界は口コミが広まりやすいこともあり、どんどん参加してくださる方が増えてきました。現在では一般社団法人という形に変えて活動しています。

日本障がい者スイミング3

ーー酒井さんが福祉の世界でお仕事がしたいと考えたきっかけはあるのですか?

酒井)大学の授業の一環でボランティアを行うことになり、私はヘルパーとして身体や知的の障がいの方の支援を行うことになりました。しかし当時、「私には福祉の仕事なんてできない」と思っていました。

ーーそうなんですね!なぜできないと思ったんですか?

酒井)ヘルパーさんとして人様の家にあがって、お風呂のお手伝いをしたり、トイレのお手伝いをしたり、ご飯を作ったりという仕事は、責任が重すぎると思っていたんです。
しかし、私が担当させていただいた方は「私が説明するから私が言った通りに動いて欲しいです。料理の仕方も教えるし、収納の場所が分からなくても問題無いし、私のお家とあなたのお家は違うから分からなくて当然。だから分からなかったら何回でも聞いて!」と言ってくださいました。「それなら私にもできるかもしれない」と思えたことで、福祉の世界に興味を持つようになりました。

障がい者スイミング協会

ーーなるほど。僕らは障がいを持つ方に対して全てを支援してあげないといけないと思いがちですが、部分的な支援でも自分は大丈夫だと言ってくださると気持ちも楽になりますよね。

酒井)そうですね。接客の様な先回りのサービスは必要ないということも、利用者の方から教えていただきました。「あくまで生活の主体は私たち(サービス利用者さん)だから、私たちは飲みたいって思ったタイミングでお茶を出してもらいたいし、食べたいって思ったときに、ご飯作ってもらったり口に運んでもらったりしてもらいたい。こうしなきゃって逆に勝手に思ってお家の中を探されたりとか、冷蔵庫開けられたりとかする方が嫌だ」と教えてくれました。言われてみれば、勝手に自分の家で動かれる方がいやですよね。

ーー確かに言われてみればそうですね。私も例えば目の見えない方が歩いていらっしゃっるのを見た時に、こちらの想像だけでお声掛けしてしまったりしていた気がします。その方の全てを助けてあげないといけないと勝手に思い込んでいましたし、そう思っている方も多いと思います。

自分に置き換えて考える

ーー他にも今の活動につながっているご経験はありますか?

酒井)私の友人に首から下が麻痺状態の電動車椅子の方がいるんですけど、その方の食事の介助を初めて経験させていただく機会がありました。その当時、そこまで重度の方の食事介助はやったことがなくて、どの順番で召し上がっていただくのか、お箸とスプーンどちらが食べやすいのかなど、迷ってしまいました。
「自分が普段食べてるようにして欲しい」と言っていただいたので、自分に置き換えて自分だったらどうするかな、と想像しました。すると、自分が食べる時は次に食べたいものを自然と目で見てるなぁと思い返し、介助の際にその人の顔、目線を見るようにしました。「次食べたいのはこのおかずでいいですか」と聞いたら、「なんでわかったの!?あとにも先にもいないよ!いいセンスだね!」と言っていただいて、それが学生の頃すごく嬉しかったのを覚えています。
他にも介護の失敗やうまく行かなかったことはたくさんありますが、その一言がすごい励みになっています。

ーー今のお話を伺っていると、単純に自分が嬉しかった経験とか、興味を持ったことを深掘りしていくとか、他の仕事をされている方と変わりないのだなと思いました。

本日は貴重なお話ありがとうございました。

最後まで読んでいただいた方に、酒井さんからプレゼントが!

障害者水泳ハンドブック「ハッピースイミング(PDF版)」

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お申し込みはこちら→ https://jpasa.net/mail-magazine/ 

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