スポーツには怪我がつきもの。特に膝の怪我に悩まされているスポーツ経験者、その関係者は多いのではないでしょうか?
『再生医療』とは、からだの一部をつかって悪くなった箇所を治すことができる、そんな治療だということを株式会社ジャパン・ティッシュ・エンジニアリング 代表取締役 社長執行役員 畠賢一郎氏(以下、畠)に伺いました。
今回は、『スポーツと再生医療の関わり』を中心に、畠氏に引き続きお話を伺います。
若い世代への再生医療は難しい?
ーー再生医療が、若い頃から徐々に進行するような慢性的な怪我にも有効だと伺いました。そうすると、若い世代、例えば10代・20代からの治療としても推奨されるのではないかと思うのですが、実際再生医療を受けられる患者さんの中で10代・20代の患者さんはどのくらいいらっしゃるのでしょうか。
畠)必ずしも多くはないですね。結局、10代・20代くらいだと自分自身の修復能力が高いので、例えば膝の怪我でも重症でなければ、10代であれば自然に治ることが期待できます。20代・30代と歳を重ねてくると、だんだんそういった能力が衰えてきて、そこから悪くなり始めます。そうしたことから考えると、我々が対象としている患者さまの多くは、それほど若い方ではないですね。
ーーなるほど。30代など修復能力が落ちてきてしまった方々を再生医療で修復できないかということなんですね。そういった方々が、10代・20代のうちに治療の選択肢として再生医療を持っていると何か変わるものなんですか?
畠)10代・20代でも自分の力では治せないほどの重症な怪我の場合には再生医療は有用です。ですが、我々の提供する治療は手術を伴う再生医療ですので、手術だけじゃなく、その後のリハビリ期間も考慮しなければなりません。膝軟骨の再生医療などは、短くとも約1年間はスポーツをやらない状態を受け入れられる患者さま向けです。そう考えると若い世代で活躍中のアスリートには選択肢として受け入れにくいでしょうね。ただ、怪我で欠損した軟骨を早期に治療することはとても重要なので、リハビリ期間を確保できる方であれば、選択肢として知っておくということは非常に有用だと考えます。
ーースポーツを真剣にやっている若い世代の方々には、そうした判断はなかなか難しいですよね。
畠)そうですね。我々の提供する治療は、1番旬な時期にリハビリに時間を割かなくてはならない若い世代に向けてというよりは、むしろからだを酷使して引退した後に腹をくくって治療に向かえる世代向けですね。アスリートとしてのキャリアを終えた後に、一生、酷使した影響で悩まされないように、治療を行って一旦からだをリセットする。そういうケアの方が、むしろ再生医療の使い方だと思っています。
治療法が生まれ、病気や怪我の診断が確立
ーー再生医療における膝軟骨の治療に関して、30代・40代の膝軟骨がすり減ってしまっている人を見る中で、若いうちにこういうケアをしておけばよかった、などのアドバイスはありますか。
畠)その点については、まだこれという結論はありません。膝軟骨の再生医療は、医療業界でもまだ「あたりまえの医療」になっておらず、整形外科の先生でさえ十分にご存知ないことがあります。ですので、まずは再生医療という手段を広く医師の先生方にお伝えし、「この段階で治療すれば治せる」とか、「ここまで放置するとちょっと厳しい」というような、治療可能な範囲や程度を整形外科の先生方に知ってもらうことが大事かなと思います。今まさにその答えが見えてきそうな段階まで来ています。
ーーなるほど。まだ発展途上なのですね。
畠)そうですね。医療の世界においては、治療方法が生まれることで診断方法も確立していくという流れがあります。例えばインフルエンザは、今ではあたりまえのように病院で検査できていますが、実はタミフルやリレンザなどの治療薬ができてはじめて診断方法が価値を持つようになったのです。再生医療による治療法が出てきた現在、「このレベルだったら治療が可能」、「このレベルまでいくと厳しい」というように、どんどん診断に深みや広がりが出てくると思います。
人々の健康な暮らしを守るための『再生医療』
ーー人々がより長く健康であるためにということを考える上で、日常に潜む未来の健康を脅かすものとして、どういったものがあると思いますか?
畠)そうですね・・・。ここまで長生きできるようになった人生において、日常的に膝が痛いと、歩くだけでも苦痛で、ひどい場合は寝たきりになってしまう。頭ではまだいろんなことを考えられるのに、からだは動かない。こういう状態は避けたいですよね。
我々の再生医療は、これによって200歳や300歳まで生きられるというようなものではなくて、からだのどこか一部分が悪いせいで生活が制限されている人に対して、例えば好きなスポーツは続けたいとか、『せめてそこだけは守りたい』と思っている部分を治してあげたいという想いを持っています。全身を若返らせるというのではなく、パーツごとに若返らせることで、人々の健康な暮らしを守っていきたいと思っています。
大事なのは『健康に対するモチベーション』
ーー再生医療の観点を含めて、人々が生涯健康でいるために、何が必要だと思われますか?
畠)少なくとも、自分の健康に関心を持つことは大事だと思います。健康に対するモチベーションを上げる、ということです。
再生医療においても、こういう治療ができる、ここまでは治療ができる、これ以上だと難しいというような正しい情報を提示していくことが必要です。そのうえで、こういう治療があるならそれをやりたいという、健康に対するモチベーションを高めてもらうことが重要だと思っています。
ーー選択肢を知ることで、自ら健康でいるためにどうすればよいのかを考えてもらうということですね。
畠)無責任な話になるかもしれないのですが、お酒が大好きな人が、どれくらいの量を飲むと体に異常をきたし、またどれくらいならば大丈夫ということが正確にわかっていれば、つまり元通りになる分岐点の診断ができれば、自分の健康のためにコントロールすることができるでしょう。メタボリックシンドロームでも、ここまでだったら元に戻す対処方法があるという範囲が分かれば、人々の意識やモチベーションが変わるのではないでしょうか。慢性的な変化に対して治療方法・診断方法があるということは、そんな関係にあるのではないかと思います。
ーーサプリを飲んでいるから他の食事や生活習慣は何をしてもいいというわけではなくて、どこまでなら良いと知った上で自ら選択していかなきゃいけないということですね。
畠)そういう意味でも、再生医療であれ、健康食品や生活習慣であれ、まずは人々の健康をどう作り上げていくかという選択肢を生み出していかなければいけないと思っています。
ーー再生医療がどういうものなのか、どういう選択肢が有効なのかが分かれば、改めて自分のスポーツの環境であったり負荷であったりを考え直すきっかけになるんじゃないかと思います。
畠)そうですね。またこれはあくまで想像ですが、今では子どもたちも変わってきているんじゃないでしょうか。例えば、私が中学校で部活をやっていた時は、真夏でも水を飲んじゃダメだと制限されましたが、今は、水分は摂らなければいけないという知識があり、自らコントロールできているように思います。また、我々も、どんどん食べてメタボになるよりも、これ以上はちょっとまずいから節制しようとするように、健康に関する知識が増えていると感じます。このような時代の流れとともに、行動も変わっていくのではないでしょうか。
ーー近い将来、5年・10年後は全く違う未来が見えてくるような気がしますね。ありがとうございます!
編集より
スポーツを行う選手・若い世代は自分の『今』に集中し、よりよいパフォーマンスを求めます。
“アスリートとしてのキャリアを終えた後に、一生、酷使した影響で悩まされないように、治療を行って一旦からだをリセットする。”
再生医療が提供できる価値、スポーツとの関わりというのが畠社長とお話しすることで私の中でも非常によく整理されました。私もスポーツの楽しさを知る一人として、生涯スポーツを楽しめる体でいたいと思っています。治療法を知ることで、健康への選択肢を是非皆さんも増やしてください。
次回は、ロンドンオリンピック・バドミントン女子ダブルス銀メダリスト、藤井瑞希さんと畠社長の対談です。元トップアスリートから見る怪我や再生医療のお話。お楽しみに!