特集

やりたいことは変わらない。JICAで得られる経験が私の人生にもたらすもの〜JICA × Sports for Social vol.6~

JICAモンゴル

もっといろいろな経験を積みたい。海外での経験を積みたい。

大学を卒業するときなど、人生の節目でそう感じる人も多いことでしょう。とくに、人生をスポーツ中心に過ごしてきた人たちにとっては、海外留学などの経験をしたくても、もっと打ち込みたいものがあり、なかなか実現できなかった人も多くいます。

2015年にJICA・青年海外協力隊員としてモンゴルに派遣された青木伶奈さん(以下、青木)は、大学まではバレーボール、大学院では研究に打ち込み、大学院卒業後に協力隊員としての道を選びます。体育教師になりたいという当初の想いから、なぜ協力隊員を選んだのか?また、その後広告代理店に就職し、スポーツマーケティング部門で活躍することになる青木さんが、モンゴルで学び、感じてきた価値とはどんなものだったのでしょうか?

スリランカ ラグビー
JICAとラグビー協会が繋いだ「スクラム・プロジェクト」の10年間〜JICA×Sports for Social Vol.5~2023年に10周年を迎えた『JICA-JRFUスクラムプロジェクト』。 スポーツを通じた国際協力を担う『JICA・青年海外協力隊スポーツ隊員』と日本ラグビーフットボール協会(以下、ラグビー協会)が連携し、ラグビーを通じた国際協力活動に取り組むこの活動は、一般公募による青年海外協力隊員に加え、流通経済大学をはじめとして大学と連携した隊員派遣とも併せ、アジア・アフリカ各国へのラグビー普及に努めてきました。...

生徒に伝える人生経験を積みたい

ーー青木さんはもともと「体育の先生になりたい」という気持ちがあったと伺いました。そこから青年海外協力隊のスポーツ隊員になったきっかけを教えてください。

青木)教員は生徒のこれからに深く影響を与える存在だと思っていて、大学院を卒業しただけでは人生経験が少ないと感じていました。また、「海外で何かやりたい」という漠然とした興味と希望がある中で、大学院時代に青年海外協力隊の説明会がある、と先生におすすめしてもらったことがきっかけでした。

ーー海外への興味は昔からあったのですか?

青木)大学に入学後、「留学がしたい」という気持ちはありました。ですが、バレーボール部での部活動を4年間頑張りたいという想いもあったので、一区切りしてから考えようと思っていました。

ーー1つのことをやり切ってから、海外に行こうという気持ちだったのですね。留学ではなく、青年海外協力隊を選んだ理由はありますか?

青木)大学・大学院まで修了した状況の中で、また留学でインプットをすることが自分にとってよいことなのか、という疑問も感じていました。自分が持っているものをアウトプットする活動がしたいという想いと、海外へ行けるという点で、青年海外協力隊はうってつけのものだったと言えます。

ーーそこから実際にスポーツ隊員に応募し、派遣先はモンゴルに。モンゴルに対してはどのようなイメージでしたか?

青木)モンゴル=大草原というイメージしかなかったですね。バレーボール隊員の派遣先選択肢が少なかったのでモンゴルに決まりましたが、国内の2大スポーツはバスケットボールとバレーボールと、各地でバレーボールの人気が高い国でした。

モンゴル フブスグル湖モンゴル フブスグル湖。このような自然豊かな国で青木さんはバレーボールの指導にあたっていました。

自らのバレーボール経験で仕事の幅を広げていく

ーー青木さんは現地でどのような役割を担っていましたか?

青木)モンゴル北部の地域で、その地域の国立のスポーツ学校のバレーボールクラスの授業を現地の先生と一緒に教えるための派遣でした。派遣当初は、まだ授業としてバレーボールが確立されていない状況でしたので、どのようなプログラムで進めるか?と考える時間が多かったです。しかし、それだけでは週に数時間しか活動はなく、空いている時間が生まれてしまいます。

そのため、自分が空いている時間には、他の学校のバレーボールの授業やクラブの練習を見に行っていました。地域の選抜チームのコーチをし、全国大会にも一緒について行っていました。

青木さん指導写真青木さん(写真右)が指導を行う様子

ーー地域の選抜チームのコーチもやられていたのですね!そうした仕事は、どのようにして見つけられたのですか?

青木)モンゴルでは、先生たちだけが参加し、学校対抗で各種競技を競う大会があります。その大会に向けてバレーボールのコーチを任せていただき、優勝できたことで、「あの日本人はすごいのか?」という噂が広まり、いろいろと声をかけていただけるようになった形ですかね。

ーー「うちでも教えてほしい」という人たちがたくさん出てきたのですね。現地で青木さんが認められていることがよくわかります。青年海外協力隊スポーツ隊員の2年間で、得られたことはどんなことがありますか?

青木)簡単な言葉で言うと、“サバイバル能力”でしょうか。生活における環境への適応もそうですが、仕事においても、学校はあるものの必要な用具がすべて揃っていない状況で、どのように目標達成するか試行錯誤しました。失敗の方が多いですが、できることにチャレンジし続けた経験は大きいと思っています。

また、現地の文化や言葉の捉え方は日本と異なるので、「どうしたら伝わるのか?」を常に考えて行動できた結果、“コミュニケーション能力”も上がったのではないかと思います。

ーー環境が整っていなくても、目標は達成しなければいけない状況で、さまざまなチャレンジができるのは、とても良い経験ですね。

青木)そうですね。0から1をつくるところは、私にあっているし、楽しく感じることなんだと気づくこともできました。

ーーモンゴルに滞在している間に、ご自身の考え方の変化はありましたか?

青木)もちろん貴重な経験を得ることができましたが、やはり2年間では自分が思っていたところまで到達することは難しいと感じました。青年海外協力隊スポーツ隊員として派遣されて行う活動だけでなく、自分の力で子どもたちへのスポーツを通した教育に関わりたいという想いは強くなりました。

ーー隊員として派遣後、モンゴルのナショナルチームのコーチとして、再度モンゴルに行かれました。

青木)スポーツ隊員としての活動の合間に、首都ウランバートルで活動する大人のクラブチームで選手兼任コーチとしてプレーしていました。そこで、ナショナルチームのオーナーや監督に声をかけていただき、東アジアのバレーボール大会の指導者のオファーをいただきました。

バレーボール選手が活躍するところを見て「バレーボールをやりたい」と憧れる子どもたちが増えたらいいなと思い、オファーを受けて再度モンゴルで活動しました。

モンゴル ナショナルチーム

スポーツ隊員での活動中の課題意識から就職先を選択

ーー隊員派遣後、再度モンゴルのナショナルチームのコーチとして活動し、現在の広告代理店へ就職することになります。モンゴルに行ったことで、「教師になりたい」という気持ちに変化があったのですか?

青木)今でも教師になりたいという気持ちはあります。ですが、隊員として活動する中で「こういうことを学びたい」「やりたい」ということがどんどん出てくるので、それに対して取り組む選択をしている形ですね。

ーー子どもたちに対して、良い影響を与えるための経験を積むという意味では一貫性があるのですね。現在の企業に就職されたのには、どのような背景があったのでしょうか?

青木)「スポーツマーケティングを学びたい」というのが一番の理由にありました。モンゴルの男子のナショナルチームに関わらせていただいていたのですが、選ばれる選手は結婚している人も多く、子どものいる選手も多くいました。
ただ、モンゴルでは国際大会がある場合、大会の1ヶ月前に集まって、仕事をせずに集中して練習だけ行うというやり方を取っています。その際、正社員雇用のような文化があまりないモンゴルでは、選手たちは働かない分お金がもらえなくなり、奥さんから練習中に「ちょっと家の電気が切られたんだけど、どうなってるの?」と電話がかかってきた選手もいました。

そうした、お金が稼げないから代表としての活動を諦めなくてはいけない選手を間近にし、競技力の強化だけではなく、「お金が回る仕組み」を学びたいと考え、スポーツマーケティングに関われることを軸に現在の企業に入社しました。

モンゴル ナショナルチーム

ーー就職活動はモンゴルにいる間に行っていたのですか?

青木)就活を始めたのが隊員として活動し始めて2年目の10月くらいの時期です。10月のモンゴルはマイナス40度を達するような極寒の時期なので、体育館でしか活動ができず、時間に余裕がありました。その時期に就職活動を行なっていました。

ーー隊員の中には、帰国して落ち着いてから就職活動を始める人も多いと伺っています。任期中に就職活動をしてよかったと思うことはありますか?

青木)私の性格上、先が決まっていないと不安になるので、就職までの期間が空かずに、熱量を保ったまま会社に入ることができたのはよかったです。

JICA青年海外協力隊
スポーツの力で世界を変える「青年海外協力隊スポーツ隊員」とは〜JICA × Sports for Social Vol.1~国際協力機構(以下、JICA)が派遣する青年海外協力隊は、1965年から約60年間続く事業です。これまでに約55,000人が開発途上国を中心に派遣され、その国の文化づくり、産業の発展に貢献しています。 その青年海外協力隊の中で、約5,000人近くに上るスポーツ隊員は、世界各国でスポーツの技術を教え、その国の文化を共に創ってきました。 Sports for Socialでは『青年海外協力隊スポーツ隊員』にスポットを当て、海外で活躍した、もしくは現在も活躍している隊員の“想い”、これまでの歴史で紡がれてきた“想い”を取り上げます。 第1回となる今回は、JICA職員として、数多くのスポーツ隊員を支えてきた青年海外協力隊事務局専任参事 勝又晋さん(以下、勝又)と、青年海外協力隊スポーツ隊員の一員として、モルディブでバドミントンのコーチを勤めた若井郁子さん(以下、若井)にお話を伺いました。...

スポーツを通して、「生きがい」を

ーー今後、仕事で取り組んでみたいことはありますか?

青木)現在、アスリートのマネジメントをしているのですが、今担当している選手は世界的に見てもトップレベルのバレーボール選手です。その選手の社会貢献活動として、モンゴルの地域にバレーボールを教えるようなプログラムを作れたら嬉しいなと思っています。

ーーこれからのキャリア、人生の中でやっていきたいことを教えてください。

青木)やはり、子どもたちに関わりたいですね。海外に目を向けて、スポーツを通して“生きがい”を見つけてもらいたいと思っています。
発展途上国の子どもたちは、決して十分とは言えない環境の中でも目を輝かせてスポーツを楽しんでいます。それを日本の子どもたちに私が伝えたり、直接交流して知ることで、自分の今の環境に感謝できるようになる。そのような機会をつくれたらいいなと思っています。

ーーモンゴルに行ったことのある青木さんだからこそ実現できることですね。これからの青木さんの活動を楽しみにしています。本日はありがとうございました!

jica
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