Sports for Socialでは、株式会社モリサワが発信するパラスポーツに関する取り組みを応援し、全3回にわたって株式会社モリサワの記事を紹介します。
モリサワはPC・スマートフォンや書籍、広告デザインなど、あらゆるシーンで使用される文字である“フォント”を開発、販売している企業です。
第2弾は、「パラスポーツ支援で社会全体をハッピーに」。
パラスポーツの支援を通じて、共生社会の実現をめざす日本財団パラスポーツサポートセンター(以下、パラサポ)。東京・赤坂のオフィスで陣頭指揮を執る山脇康会長を株式会社モリサワ(以下、モリサワ)代表取締役社長の森澤彰彦氏が訪ね、パラスポーツやパラアスリートを支援する意義、パラサポとモリサワに共通する思い、そして次世代への継承について、大いに語り合っていただきました。
※株式会社モリサワHPからの転載記事です。(元記事はこちら)
工夫をすれば不可能はない
ーー本日はよろしくお願いいたします。山脇会長は、以前からモリサワをご存じと伺いました。
山脇会長)はい。実は私、あくまでも趣味ではありますが、1990年代からパソコンはMacを愛用していまして、IllustratorやPhotoshopといったアドビ社のソフトも使っておりました。当初はドットの集まりでできているビットマップフォントが主流だったのですが、あるとき、アドビ社がPostScriptフォントというアウトラインフォントを出しまして、その美しさやこだわりに本当に驚いたものです。そのPostScriptフォントを日本で初めてつくったのがモリサワという会社と聞いて、また驚いて。以来、モリサワさんの名前をあちこちで目にしており、どういう企業なのかと気になっておりました。
そのモリサワさんが、2015年に私が当時理事を務めていたJPSA(日本パラスポーツ協会)のオフィシャルパートナーに就かれたと知ったときは、「あのモリサワが!?やったー!」と心おどる思いがいたしました。最近では、東京2020パラリンピックで2冠を達成した陸上競技の佐藤友祈選手のサポートもしてくださっていますね。私たちにとっては非常にありがたいことなのですが、一方で「なぜ、フォントの企業さんがパラスポーツやパラアスリートを支援してくださるのだろう」と思ったりもしました。
森澤社長)ずいぶん前から当社や当社のフォントをご存じだったとのこと、ありがとうございます。パラスポーツとのつながりにピンとこないとのことなのですが、実は当社は、障がいのある方たちと共に歩んで来た会社です。
活版印刷全盛だった1924年、当社の創業者で、私の祖父でもある森澤信夫が、写真の原理で文字を現わして組む「写真植字機」を発明し、終戦後の1946年に製造販売をスタートさせました。この写真植字機は、活版印刷に比べますと非常にシンプルで、手などに障がいのある方にもお使いいただける構造をしております。ただ、文字盤を動かしたり、シャッターを切ったりといった動作も、障がいの程度や内容次第では難しい場合がありましたので、使い手のそれぞれの障がいに応じて工夫を重ねたそうです。その甲斐あって、写植オペレーターという職業が障がいのある方の社会進出のきっかけとなり、印刷業界は障がいのある方に働いていただける職場となりました。私たちと障がいのある方たちとの関係はパラスポーツ支援より以前から、続いているのです。
山脇会長)そうだったのですね。それは知りませんでした。
森澤社長)写真植字機のメーカーとしての当社の役目は、2000年頃に終えたのですが、50年以上にわたって培った知見を、今度はフォントの開発に転換して活用しております。それが、ユニバーサルデザインに配慮したフォント「UDフォント」です。
人類にとって文字とは、水や空気と同じように、あって当たり前のものです。しかし、一方で、読字障害や老眼、視野狭窄、白内障など、さまざまな理由で文字が見えにくい、読みにくいという方もたくさんいらっしゃいます。私たちは、文字を扱う会社である以上、少しでも読みにくさがあるならそれをできるだけ取り除き、どなたにとっても読みやすい文字を開発したいと思っております。そのため、当社のデザイナーは、開発の際に、視覚障がいのある方の見え方を体験できる特殊なゴーグルをかけて確認をしたり、直接視覚障がいのある方に制作途中の書体デザインをお見せしてご意見をいただくなどし、何度も調整しながら、制作しているんです。
山脇会長)AIでささっと開発しているのではないのですね。
森澤社長)はい、基本的には手作業です。UDフォントは、世界150以上の言語を開発しておりまして、現地の方に開発や検証でもご協力いただきながらつくり上げています。ですから、開発は短くても1、2年、文字の太さのラインナップが多いものや、検証に時間がかかる場合などは、4、5年やそれ以上かかるものもあります。
山脇会長)そこまでこだわって、多言語のフォントをつくっている会社は、世界を見ても例がないのではないですか。
森澤社長)ないと思います。ただ、どんなにがんばっても、すべての方にとって見やすい文字というのは難しいのが現実です。とはいえ、一人でも多くの方の役に立てるのであれば、我々の存在意義はあるのではないかと、信念をもって取り組んでおります。
受け継ぐものと変えていくもの
山脇会長)非常に地道な努力をされていて、本当にすばらしいと思います。その積み重ねが社会を少しずつ変えていくのでしょうね。
私たちパラサポも、パラスポーツを通じて、一人ひとりの違いを認め、だれもが活躍できる共生社会の実現をめざして活動しております。目標の実現のためには、時代の変化を感性豊かに感じ取り、必要に応じて私たち自身も変化し続けることが大切です。その点、モリサワさんは、時代に合わせてビジネスを変化させてきた歴史がありますね。
森澤社長)私たちが写真植字機メーカーからフォントビジネスへ転換したのは、コンピューターやAdobe Illustratorのような写真植字機を駆逐する新技術が出てきたからです。振り返れば、活版印刷から写真植字機へ、そしてフォントビジネスへと、時代の変化に合わせて自らのビジネスを破壊し、新たなビジネスを創造してきました。自らイノベーションを起こしてきた、それがモリサワという会社なのだと思っております。
時代はものすごいスピードで変化しています。私たちが存在し続けるためには、いずれまた、自ら大きなイノベーションを起こさなければならないでしょう。それは、これまで私たちと一緒に成長してきてくださった多様な方たちと、新たな事業も共に組み立てていかなければいけない。そうすることが真のCSRやESG経営に繋がるのではないかと思います。
山脇会長)多様性の大切さというのは、実は、私自身はパラスポーツに関わるようになってやっと気づけたことです。私が企業で過ごした時代はモノカルチャーで、社会全体が一つの目標に向かって突き進んでおりました。しかし、実際の社会はいろいろな方が混ざり合ってできている。複雑な社会と時代の変化に合わせて自身も変わり続けるためには、以前のようなモノカルチャーではなく、多様な人々の力が不可欠です。また、常にクリエイトすることも大切でしょう。破壊するにしても、ただ破壊するのではなく、創造的破壊が社会を変えるのだと思います。
私たちは2015年より夏季・冬季パラリンピック競技団体の皆さんとの共同オフィスも運営しております。共同オフィスは、団体間の仕切りや壁のないスペースで、現在は29の競技団体の皆さんが活動し、肢体、視覚、知的など競技の障がいの種類も、競技団体の考え方も実に多様です。その方たちが自由に意見を言い合える社会や環境こそが、イノベーションを生み出すのだろうと実感しております。
次世代につなぐために
ーー東京大会を経たいま、改めてパラスポーツの力をどのようにお感じになっているでしょうか。
山脇会長)東京大会をきっかけに、東京のユニバーサルデザインやバリアフリー環境は飛躍的に進化しました。同様に、皆さんの意識もだいぶ変化したのではないでしょうか。
森澤社長)パラスポーツの見え方、考え方が180度変わったと実感しております。実際、当社の社員の意識はかなり変化しました。それも佐藤友祈選手が所属してくれたことが非常に大きかったと思っています。例えば、彼は握力が弱いのですが、それでどうやってあのレーサーを漕ぎ、あれほどのスピードを出すのか。実際に佐藤選手に会って話を聞いたり、レースに応援に行ったりすることで、気づけたことがたくさんありました。
山脇会長)パラスポーツには多くの要素が含まれています。だからこそ、パラスポーツに触れ、知ることで、障がいとは、社会とは、ユニバーサルデザインやバリアフリーとは、という考えを深め、何かに気づくことにつながっていくのでしょう。
また、ひと昔前には当たり前だった忘年会や社員旅行が敬遠され、仕事以外の場で共通の経験を積むことが難しくなっている時代に、パラスポーツ観戦は楽しみながら、感動や気づきを共有できる貴重な機会にもなっています。さらにそれが社内にとどまらず、家族やコミュニティへと広がっていくのもすばらしい点です。
森澤社長)当社でも、家族と共に観戦した社員が多かったのですが、特に次世代を担う子どもたちに何かしらの気づきが生まれたようでした。小さい子供がいるご家庭は、車いすの方や視覚障害の方に触れ合う機会に応じて「それを障がいと思わなくなる」ということをよく聞きます。
また、当社では北九州市が毎年開催している、一般の小学生を対象とした車いすバスケットボール大会も支援させていただいています。この大会は、健常者の子供たちがパラスポーツである車いすバスケットボールで競う大会なのですが、子供たちに何かしらの気づきを与えてくれる良い機会になると思い、支援させていただいています。
山脇会長)私たちが得た気づきを次世代に引き継ぎ、発展させていくためには、子供たちを、そしてコミュニティをどう育てていくかが非常に重要です。そのためにも、モリサワさんのように、まずは社員とそのご家族を巻き込むことが大切になると思います。
東京大会をきっかけに生まれた変化をいかに共生社会の実現へと変えていくかが、これからの私たちの課題です。そういう意味では、東京大会から1年が経った2022年が、東京レガシー元年だと言ってもいいのではないでしょうか。
ーー次世代へつなぐために、トップとして意識されていることを教えてください。
森澤社長)かつてはトップダウン型になりがちでした。しかし、それでは、世の中の流れの早さ、特にテクノロジーの進化にはついていけません。ですから、能力のある社員たちにある程度の権限を預け、どんどんやっていこうというのが、現在の私の基本的な考え方になっています。そのためには、失敗しても責めないことも大切です。挑戦に失敗はつきものですし、そもそも私自身がたくさん失敗してきていますから。
山脇会長)私たちパラサポは共生社会の実現をめざしているわけですが、では、どうしたら共生社会を実感できるようになるのかと考えると、すごく難しいんです。しかし、最近では、共生社会とはWell-Being、つまり、誰もが生きがいや働きがいを実感できる状態や環境でもあるのではないかと考えるようになってきました。そのためにも、若い人を中心に障がいのある人や女性など、多様な人たちが楽しみながら、パッションをもって、クリエイティブに活動するための環境づくりが私の役割なのだと思います。
スティーブ・ジョブズがスタンフォード大学の卒業式で行った有名なスピーチがあります。彼は大学中退後、時間を持て余したため、文字を美しく見せる手法である「カリグラフィ」を学んだそうです。後にMacをつくったとき、そのカリグラフィを搭載しようとひらめいた。それがMacのフォントの誕生につながったとのことでした。ここで彼が言いたかったことは、一つひとつの点、つまり「ドット」は一見関係ないように見えても、決して無駄にはならない。点と点はいつかどこかでつながり、イノベーションの原点になる。だから、あなたがやっていることに無駄なことは一つもないのだと。
ですから、私たちもパッションを持って楽しんで活動し続ければ、一つひとつは小さなドットかもしれないけれど、どこかでつながり、やがて共生社会の実現にまでつながっていくのではないか。そう思っております。
ーー最後に、山脇会長からモリサワに期待されることを教えてください。
山脇会長)今日、お話を伺って、モリサワさんはこだわりとイノベーションというすばらしいDNAをお持ちの企業だと、改めて感じ入りました。何よりリーダーが自ら引き継いだものを進化させ、次世代に引き継ごうとされている。本当にすばらしいことです。
競技団体やパラアスリート、支援してくださる企業などの皆さん、そして私たちパラサポは、支援する側とされる側ではなく、社会を変えていくという大きな目標を持つパートナーです。それぞれの得意分野でどうしたら社会を変えていけるかを、皆さんと共に考え、行動していただければと思っております。
森澤社長)ありがとうございます。私たちもパラスポーツを支援するパートナーとして、パラスポーツ発展のためにできることを、モリサワらしさを追求しながら取り組んでいきたいと思っております。
実は新しい取り組みとして、次世代のパラアスリート育成に貢献すべく、競技用車いす(レーサー)の寄贈プロジェクトを立ち上げました。今後もパラサポさんにご協力いただきながら、新たな取り組みに挑戦していければと思います。そして、全体がハッピーになれる社会がつくれたら、これほどうれしいことはございません。
ーー本日はありがとうございました。