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「テニスボールの“ふた”、要りますか?」~脱プラスチックに必要な意識をスポーツから~

dunlop

テニスの四大大会の一つ『全豪オープン』で使われているテニスボールは、2022年から容器の“ふた”がなくなっています。

テニスに普段から親しんでいない人にとって「テニスボール容器のふたがなくなる」ということがどういうことなのか、あまりピンとこないかもしれません。
しかし、この“ふた”をなくす取り組みは、住友ゴム工業(以下、ダンロップ)がスポーツ用品に使用する包装材プラスチック量の半減を目指す(2019年比/2030年まで)上で重要な取り組みです。

テニスの世界的ブランドである「ダンロップ」は全豪オープンやATP(男子プロテニス協会)主催の多くの大会において公式ボールサプライヤーです。

テニス用品メーカーとして考える“脱プラスチック”、そしてテニスボールの容器に当たり前のようについていた“ふた”をなくすというこの取り組みを通じて伝えたいことなどをスポーツ事業本部テニスビジネス部グローバルマーケティング・プロツアー統括の鈴掛彰悟さん(以下、鈴掛)に伺いました。

鈴掛さんテニスビジネス部グローバルマーケティング・プロツアー統括 鈴掛彰悟さん

テニスボールはなぜ細長い筒に入っているのか?

ーーテニスボールは通常、細長い筒に入って売られていますよね。なぜ、こうした容器に入っていて、かつ密閉されているのでしょうか?

鈴掛)テニスボールは生産途中で空気やガスを入れ込みます。新しいボールの中の気圧は大気よりも高いため、筒からボールを出すと時間とともに空気が抜けていってしまいます。サッカーボールなどのように空気穴があれば、ユーザー自身が空気を入れて膨らませることができますが、テニスボールには空気穴がありません。

ボールを最高の状態でユーザーに届けるためには、このように細長い筒に入れ、圧力をかける必要があります。

※豆知識:テニスボールの作り方
https://sports.dunlop.co.jp/tennis/contents/fort_story01/index.html

ーーとくに、ダンロップが公式球を供給する世界レベルの大会では、公平性を保つためにも品質が保証されたボールを使用することが大事になりますね。

鈴掛)四大大会やATP大会へのボール提供には、品質とともに、ばらつきのなさが求められます。プレーする直前にプシュッと缶を開けて使用し、数ゲーム毎に新しいボールに入れ替えなければなりません。全豪オープンでは、シングルス、ダブルス、車いすテニスなどの全種目の合計で約15万球のボールが使用されます。
「全豪オープンシリーズ(※全豪オープンとその前哨戦の総称)」だけで、ふた約5万個、重さ約0.34トンのプラスチック使用量の削減になります。

ーー想像もできない量ですね!

日本では約8割が「なくてもよい」と回答

ーーダンロップでは、以前からテニススクールなどへの練習球納品などの場合、ペット容器にも入れず箱詰めのみの簡易包装での納品をされていると伺いました。こうした活動のきっかけは、『CO2削減』『脱プラスチック』という社会からの要請も大きいのでしょうか?

鈴掛)住友ゴム工業、ダンロップとしても、環境に配慮した企業に変化していくことは必要です。スポーツ事業における環境への影響を調査したところ、テニス関連においてはテニスボールの容器のふたやラベルのプラスチック消費量が一番大きいことがわかりました。ダンロップはゴルフも主力事業ですが、ゴルフボールなどの製品は紙箱で納品されることが多く、テニスボールの容器がプラスチック製のため、ある意味予想通りではありました。

鈴掛さんダンロップオーストラリアンオープンテニスボール。向かって右側は“大会納入用”で、プラスチックのふたをなくしています。 左側が“市販用”で、紙のふたを付けています。

ーーどのように施策を進めていかれたのですか?

鈴掛)まず日米欧の主要5カ国で「ふたが必要かどうか」を聞くユーザーアンケートを行いました。その結果日本では8割程度の方が「ふたがなくても、購入動機は変わらない」と回答され、欧米4カ国では各国ばらつきはありますが、概してふたが必要な割合が日本よりも高いことが分かりました。

ーー実際、ふたが必要とされる場面はどのような場面なのでしょうか?

鈴掛)日本についていうと、使用後の持ち運びを想定していましたが、実際調べてみると、「ボールバッグに入れるから、ごみとして捨ててしまう」というユーザーも多いことがわかりました。環境負荷などの話題に関係なく、日本で8割もの人が“なくてもいい”と回答したことは、スーパーにおけるレジ袋と同じように「もらわなくていい」「持ち運んだあとはすぐ捨てる」という人が多くいるということだと感じました。

ーー環境意識が高いように思える欧州で、「必要」と答えた割合が日本よりも高いのはなぜでしょうか?

鈴掛)これは私たちも意外でした。欧州については、「ふたがついていて当たり前」という感覚の方が多いのではと考えています。そういった点も考えて、欧州で販売する際は、市販のボールについては、紙製のふたを付けていく予定です。
紙製のふたに変更することによって、ダンロップはお客様のニーズに配慮しつつ環境への対応を進めていることをデザイン面でも実用性の面でも感じて頂けると思います。

また、ラベルシュリンクを紙製にするにあたっては、お客様に違和感なく受け入れていただけるように「従来品との見え方がなるべく変わらないように」する点も大切にしました。

DUNLOP練習球ダンロップHD。 右側が従来品。ふたがあり、ラベルシュリンクがプラスチック製。左側がふたをなくし、ラベルを紙にしたもの。 ラベルの長さ以外、ぱっと見ただけでは区別できない。

ーーそうした地域の違いもあるのですね。

鈴掛)もともとあるものをなくすと、ネガティブに感じてしまうこともありますよね。基本的にはモノを出さないのが一番のエコだと考えているので、「なるべく作らない」「なるべく資源を使わない」中で、本当に必要かどうかという選択をすることになってきます。

消費者の意識を変える取り組みへ

ーー「フタを外すだけでこれだけのプラスチック量の削減になるの!?」というのは、テニス業界にいる皆さんからしても大きな驚きだったのではないですか?

鈴掛)「ちりも積もれば山となる」というのは実感しています。先ほど言った通り『全豪オープンシリーズ』だけで、重さ約0.34トンのプラスチック使用量の削減になります。
ふた1つ当たりは軽いですが、今後10年、20年、50年と考えると、大きな変化だと考えています。「新しいものを買えば、またふたがついてくる」という状況を変えることで、消費者のマインドを変えて、「必要だからプラスチックのふたを使う」という判断に変わっていくことが一番いいと思います。

ーー『マイフタキャンペーン』など、SNSでもふたの利用方法や消費者の意識を変えるようなメッセージを出されていますね。

鈴掛)私たちのようなメーカーが、「ふたをなくします!」という方針をとると、もともと持ち運びなどでふたを活用していた人は、不便さを感じることになります。
そうした状況をネガティブにせず、「今お持ちのふたを捨てることなく活用できますよ」というコミュニケーションを『マイフタキャンペーン』で取ろうと考えました。プラスチックは耐久性のいい素材であり、愛着を持って使っていただければ半永久的に使ってもらうことが可能な素材でもありますので。

ーーこうしたメッセージを伝えていくことはとても大事ですよね。伝えていくうえで難しさを感じることはありましたか?

鈴掛)“メーカーの独りよがりな発信”にならないように気をつけました。「脱プラスチックに取り組まなければならないので、ふたをなくしました」という発信では、私たち都合での施策になってしまいますが、環境配慮もしつつ、お客様の使い方次第でもっとよくなると伝えるようにしています。

スーパーのレジ袋が有料化されたときと同様に、“必要な人”と“必要じゃない人”が分かれていくことにもなると思います。必要な人は、1個10円でも、ふたに対して対価を払って買ったり、マイフタのように“自分だけの特別なもの”にしたりすることで、安易に捨てずに大切にしてもらえるような環境にもできればいいと思っています。

これからの取り組み

ーーお客さんにとって必要なものなのかどうなのか、という点について、しっかり声を聞けているからこその取り組みとコミュニケーションですね。これからさらに発展させていく『脱プラスチック』への取り組みはありますか?

鈴掛)パッケージの部分はまだまだ改善の余地があると思います。実は、昔は金属製の缶だったものをプラスチックに変更したという歴史があります。重さの軽減によって、輸送時のCO2が削減されるため、環境にとって意味のある改善だったのですが、プラスチック使用量という面では課題が残ります。テニスボールの品質を保つためには、容器に一定の圧力をかける必要がありますが、例えばそれを紙製のものや再生材料を使ったもので実現できれば、プラスチック削減としてはかなり大きくなりますよね。
スポーツのクオリティを落とさずに、エコを実現するような技術革新ができればと日々考えています。

また、「ラベルもふたも、なくても大丈夫」という流れを世の中に作っていくことも大事だと思っています。浸透させていくために、影響力のある協会や大会と一緒に取り組んでいくことも必要です。私たちがパートナーになっている全豪オープンや、ATPツアーでもそのような話をしながら進めていっています。こうした大きな団体が、「エコなボールを採用する」となると、私たちも含めて各メーカーがエコに向かって動き出します。ダンロップだけが進めるのではなく、テニス業界全体でエコに向かっていく流れができると嬉しいですよね。

ーー業界全体の意識変革を引っ張っていくことも期待されますよね。国際的なテニス大会など、運営側の反応はいかがですか?

鈴掛)テニスにかかわる多くの組織も、環境への取り組みはすごく大切にしています。当社は全豪オープンや、ATPツアー大会に提供しているボールについても容器のふたのないものを納品しています。こういった取り組みに共感していただき、多くの大会に採用いただいていると考えています。

実は、ふたをなくしたことで、大会中にふたを取る手間が省けるなど、プレーヤーや大会スタッフなどのユーザーにとってプラスの面も出てきています。テニスにおいて一番使われるテニスボールが、プレー面でも環境面でも気持ちよく使えることは本当にいいことだと感じてほしいです!

ーー選手たちの反応はいかがですか?

鈴掛)ダンロップ契約の選手にはこうした取り組みについて話していて、その選手全員が否定的に捉えることなく、むしろ喜んでくれています。
元世界ランキング5位のケビン・アンダーソン選手は、かなり前から環境、特に海洋プラスチックに対する意識の高い選手でした。新しいウエアがビニール袋に入って届くと、「ぼくは、ビニール袋は必要ないんだけど、なくしたり変えたりはできない?」と私たちに伝えてくれることもありました。私たちのSDGsサイトに環境に関するメッセージを寄せてくれたり、自身で対外発信したりすることもありました。「こういうことが大事だよ」と発信してくれる選手の影響力は大事だなと思います。

dunlopダンロップのスポーツサイトには、ケビン・アンダーソン選手からの動画メッセージも。

ーー他のスポーツファンの方からすると、「ふたをなくすって意味あるの?」と思うところを数字も含めて見せていくことができるといいですね。

鈴掛)当たり前だと思っていたことが、環境にとって、何よりユーザーにとってよいことだったのか。アンケート結果を見ると「変えていってもいいんだ」ということに気がつくことができました。
こうした変化の際に、こちらの思いを一方通行で発信するのではなく、どう共感してもらえるかが大事だと思っています。難しいことですが、そこは僕たちの責任としてやらないといけないことです。

ーーふたがない、と気づいたときに、本当に自分にとって、社会にとって一番何かいいのか考える機会にしてほしいですね。

鈴掛)テニスというスポーツ自体、生涯スポーツとして年齢関係なくできて、人生を豊かにする一つの手段だと思っています。そうしたウェルビーイングの面だけでなく、環境負荷の面でも気兼ねなく楽しんでいただける状況をこれからも作り続けたいです。

ーーありがとうございました!

ダンロップテニスボールが大会使用球となっている主な大会(2019年~)

  • 【グランドスラム】全豪オープン
  • 【ATP1000/WTA1000】マイアミ・オープン
  • 【ATP1000】モンテカルロ・マスターズ
  • 【ATP1000/WTA1000】ムチュア・マドリード・オープン
  • 【ATP1000/WTA1000】BNLイタリア国際
  • 【WTA500】東レ・パン・パシフィックオープンテニス
  • 【ATP500】ジャパンオープン
  • ネクストジェネレーション・ATPファイナルズ
  • Nitto ATPファイナルズ
  • 東京2020オリンピック・パラリンピック
  • パリ2024オリンピック・パラリンピック(予定)

 

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