『認知症』は、もはや誰もがいつかかかる病気になっています。そんな中、若い世代でそれが発症する『若年性認知症』の方々もいらっしゃいます。
Jリーグ・ツエーゲン金沢では、視覚障がい者向けのスタジアム観戦会『Future Challenge Project』など、障がい者も健常者も互いのことをよく知るための活動を多く行ってきました。
今回は、パートナー企業である岡部病院、市民団体である『若年性認知症の人と家族と寄り添いつむぐ会』との協力で行われたパブリックビューイングの関係者の方々にインタビューします。ツエーゲン金沢と若年性認知症の方やその家族との初めての取り組みだったこの観戦会から、私たちはどのようなことを知ることができるのでしょうか?
インタビュー対象
若年性認知症の人と家族と寄り添いつむぐ会:道岸さん、小堺さん
岡部病院:小坂さん、岡部診療所:中村さん
ツエーゲン金沢:灰田さちさん
当事者からの「サッカー観戦がしたい」という声
ーー今回、この観戦会が行われたきっかけを教えてください。
ツエーゲン金沢 灰田)2019年頃、金沢市からの声掛けで、「若年性認知症の人と家族と寄り添いつむぐ会」の道重さんや小堺さんとお話する機会がありました。そのときから個人的に、「若年性認知症の方々やご家族の方に対して、ツエーゲン金沢として何かしたい」という想いをずっと持っていました。なかなか進めることができなかったのですが、パートナー企業である岡部病院さんの方から、「ツエーゲン金沢の観戦会をやりたい」という声が当事者から上がっており、ツエーゲンと協力できないか?と打診をいただき、実現に向けて動き出すことになりました。
ーー当事者の方からのご意見がきっかけだったのですね。つむぐ会としても、そうした声は以前から聞いていたのでしょうか?
つむぐ会 小堺)つむぐ会の活動の1つである「認知症カフェ」では、当事者の方とその家族が月に1回集まっていろいろな話をしています。カフェを始めた当初から、「身体を動かしたい」や「スポーツ観戦をしたい」というご要望はたびたび出てきていました。ビリヤードや登山などのアクティビティをこれまでも行ってきたのですが、今年3月に改めて「スポーツ観戦がしたい」という意見が当事者からあがってきました。私たちとしても実現できていなかったことで、なんとか形にしたいと思い動き出しました。
ーー若年性認知症の方が、「運動する」または「スポーツ観戦をする」にあたって、どのようなハードルがあるのですか?
つむぐ会 道岸)例えば、登山が好きで1人で行かれていたような方が認知症の診断を受けると、家族から「行っちゃダメ」と制限を受けることがあります。仕事面でも会社を辞めることになってしまったり、それまでの人との繋がり、社会との繋がりが診断によって変わってしまい、最終的に自分と家族だけの世界になってしまうことが多くあります。本人の立ち居振る舞いが診断後すぐに変わるものでもないのですが、まわりからのストップによって機会が少なくなるというのは大きな課題です。
ーー想像していた以上に、社会からの意識というものが若年性認知症の方にとっての活動のブレーキになってしまっていると感じます。
小堺)若年性に限らずですが、『認知症』というものに対して、かなり“進んだ”状態のものでイメージされる方が増えてきました。高齢化社会で、身近に認知症の方が増えてきたことも影響していると思うのですが、『認知症』そのもののイメージが悪い方に先行してしまい、「あの人とは関われない」「どう接していいかわからない」という認識になってしまうことがあります。
ーーたしかにそうした背景やイメージはわかるかもしれません。
観戦会の実現へ
ーー今回の観戦会は、岡部病院さんにとってはどのような印象を持って進められたのでしょうか?
岡部病院 小坂)つむぐ会の代表は、私たち岡部病院の理事長である前田が務めています。コロナ前に、岡部病院に通う精神疾患の患者さんたちとスタジアムでの観戦会も行ったことがあったりと、私たちは「スポーツの力で元気になる」ということを信じていて、スポーツの存在をすごく大切にしています。体を動かすことだけでなく、動かせなくてもスポーツに関わっていくことで、さまざまなきっかけとなると思います。今回つむぐ会から観戦会の提案をいただいて、ツエーゲン金沢の熱狂的なサポーターでもある私はかなり前のめりでこの企画に加わりました。(笑)
岡部診療所 中村)今回の観戦会に向けた検討が始まった時期は、ちょうど岡部病院グループの岡部診療所内にある「あるかふぇ」というコミュニティスペースの新たな活用方法を考えていた時期でもありました。
地域の人を集めたり、障がいの有無に関わらず盛り上がることのできるイベントは何かないかと思っていたタイミングでしたし、以前からスポーツを通してほかの病気の患者さんが元気になったり、笑顔になる姿を間近で見ていたので、今回のパブリックビューイングはとてもよい企画だと感じたことを覚えています。
ーー皆さんとても前向きでよい関係性ですね!
若年性認知症は人それぞれ~まずは第一歩を~
ーースタジアム観戦ではなくパブリックビューイングにしたという点も含め、若年性認知症に関してどのような懸念点があったのかということもしっかりお伺いできればと思います。
小堺)スタジアムでの盛り上がり、感動を考えると現地観戦は魅力的でしたが、現実的に運用を考えたときに懸念となるのはスタジアムへの“足”と“集中力”でした。会場までの移動に時間がかかるとともに、スタジアムに入ってからも待ち時間が生じますし、天候の問題など、現地だと考えなければならないことが多くありました。そんなときに岡部病院の小坂さんから「パブリックビューイングはどうか?」とお話をいただいて、まずは「みんなで一緒に1つのものをみて盛り上がる経験」を一番に考え、その方向で実施に向かい始めました。
ーースタジアムでの段差の問題や交通機関の問題、集中力が続かないところなど、こうしたことは若年性認知症の共通点なのでしょうか?
道岸)まったくそうではありません。1人1人症状が違い、それぞれ苦手な部分が違います。まずはパブリックビューイングでスポーツ観戦に触れ、「今度は現地で見たい!」など、発展的な感想もいただけるのではないかという期待も含め、まずは一歩目を踏み出そうということでこの形式を選択しました。
ーーツエーゲン金沢から見ても新しい取り組みでしたね。
灰田)今回のこの活動は、クラブとしてももちろんですが、私個人が参加したいと思っていた企画であり、「参加した人が楽しんでくれるか」ということをまず大前提に進めました。加えて、ツエーゲン金沢として関わることによってメディア露出が増え、この若年性認知症というものへの認知が広がる、知るきっかけになりたいという想いが強かったです。
フラットにみんなが楽しめた『サッカー観戦』
ーー当日の運営で印象的なことを教えてください!
灰田)当日は普段はゴール裏のサポーターでもある小坂さんが大活躍でしたよね!
小坂)病院スタッフにも協力してもらって、『あるかふぇ』を「スタジアムの雰囲気を出そう!」と、部屋をツエーゲンカラーにして、スポーツバーのように盛り上げようと試みました。軽食や飲み物も準備し、手拍子やツエーゲンのタオルを使っての応援なども一緒に行いました。
私もサポーターとして、サッカーを応援することで味わう嬉しさ、苦しさなどをみんなで共感し、一緒になって応援できるという楽しさを知っているので、それが少しでも伝わってくれると嬉しいなと思っていました。
中村)当初の予想よりも多くの方が来てくださって、かなりの熱気を感じましたよね!
道岸)一緒に盛り上がっている“一体感”を本当に強く感じました。その中で、若年性認知症の当事者、その家族など、区別をする必要のない空間になっていたことが印象的です。いろいろな立場の方が参加し、一緒に楽しむという活動の機会を与えていただけたことはすごくよかったと思っています。
ーー区別する必要のない空間というのは素晴らしいことですね。
道岸)ご家族の方が楽しみにしてくれていたのも印象的でした。「本人が楽しむことを一緒にしたい」と常日頃おっしゃっている方が多いのですが、社会との接点が減ってしまった結果、家族単位ではできることが少ないという葛藤も持っていたりします。なので、こうした形で“みんなで一緒に楽しめる場”は、ご家族にとっても楽しみになっていました。
小堺)今回は当事者の方の声から企画したものの、「本当に楽しめるイベントになるのか?」という不安がなかったわけではありませんでした。しかし、蓋を開けてみたら皆さん本当に楽しんでいて(笑)。サッカーに興味があったかはわかりませんが、非日常でいつもとちがうことを楽しみたいという欲求が皆さんあったのだなと実感しました。
ーー参加された方の中で印象的なコメントとかはありましたか?
中村)普段、岡部診療所に通われている患者さんも何人か参加されていて、そのうちの1人から「みんなで声を出して応援することがこんなに楽しいなんて知らなかった!」というお話をいただきました。
今後の試合も観に行きたいとも言っていて、日常会話の中にそうした“楽しみ”が広がった方がいてくれたのが私にとってはすごく印象的でした。
ーー“サッカー観戦”というものが、生活の中の新たな楽しみになってくれるのは、スポーツに関わる身としてとても嬉しいですね!
“新しいものに触れづらい”という点は若年性認知症の方々にとっての課題であったかと思うのですが、こうしたイベントへの参加をきっかけに、「またサッカー観に行こう」や「みんなでのイベントにまた参加してみよう」など、新しい感情に気づけているのではないかなと思います。
“認知症”は誰もが通る道
ーー若年性認知症について、「知ってほしい」と思うことにはどんなことがありますか?
小堺)“認知症”と言われると、かなりマイナスなイメージを持たれる方が多いのではないかと思います。実際、患者さんにとっては困難なこともたくさんあると思うのですが、今の時代、90歳になったら認知症でない人の方が珍しい状態にもなるので、これは誰もが通る道かもしれません。そう考えると、そんなに怖いものではないと思っていただけたり、もっと知りたいと思ってくれるのではないかと思います。世の中にもう少し知ってもらえれば、若年性認知症の方に対して、理解のある接し方ができるのではないかと思っています。
ーー私自身も、本日お話を聞いた中で若年性認知症に対してすごく印象が変わりました。ツエーゲンさんとして、今後どのように関わっていこうという展望はございますか?
灰田)今年、パブリックビューイングという形で観戦会を開催し、ぜひ来年以降も継続してやっていきたいと思っています。2024年には新しいサッカースタジアムができることもあるので、そこでの現地での試合観戦にも来ていただければ嬉しいですね。
私たちは、Future Challenge Projectという視覚障がいの方向けの観戦会も行っているのですが、そこでも「普段関わらない人との関わりが刺激になる」というご意見をよくいただきます。「介添についてくれた大学生との話が楽しかった」と。
今回もみんなで一緒に一つのところに集まって観戦しました。サッカー・スポーツ観戦が、多様な人が集まり、刺激やコミュニケーションの場になる効果があるということはこの活動を通してすごく感じています。
ーーありがとうございました!