全国に約25万人、小児がんや腎臓病・糖尿病など、長期的に治療・療養が必要な『長期療養児』といわれる子どもたちがいるのをご存じですか?
「長期療養のこどもに青春を」。NPO法人『Being ALIVE Japan』では、長期療養を必要とする子どもたちが、「青春」を諦めないための活動に取り組んでいます。自身も長期療養児だった代表の北野華子さん(以下、北野)。彼女の感じる『青春』そして『スポーツ』の価値とは?
自らも感じた「モチベーション」の必要性
ーー北野さんが理事長を務められている『Being ALIVE Japan』では、長期療養の子どもたちの自立支援などをされていますが、そうした活動を始めたきっかけを教えてください。
北野)活動を始めたのは、私自身が長期療養児だったということがきっかけです。
私の場合は、5歳ごろに症状が出てから病名が分かる18歳まで入退院を繰り返していました。
治療によって薬を飲む必要があったり、できることが制限されたりしながらも病気とは闘わなければいけないという、先が見えない状況で長い時間を過ごしました。
そうした経験のなかで、治療を前向きに頑張っていくためには『モチベーション』の必要性が非常に大きいと感じたため、スポーツを通じた長期療養児の支援をする組織を立ち上げ、2016年にはNPO法人としての活動をスタートさせました。
ーー『Being ALIVE Japan』を立ち上げられるにあたっては、北野さんご自身の経験も大きかったのですね。
北野)長い療養生活を送らざるを得ない子どもたちは、日本全国で25万人もいます。
病院での治療から社会生活に復帰するときには「元気な状態」であることが多かった以前に比べて、近年は医療の進歩によって、病院での入院生活は最小限にして「残りの治療生活は地域や社会生活の中で」という形も増えています。
病気がありながら学校や自宅へ戻る子どもを支援するとともに、そのような子どもたちが社会参加できるコミュニティ作りをしていきたいと思いました。
友人が作ってくれた答え
ーー北野さんが療養生活を送っていた学生時代はどのように過ごされていましたか?
北野)病気によってできないことがたくさんありましたが、学校の先生や友人がいろいろな答えをつくってくれたことで長い療養生活を乗り越えることができました。こうした自分の経験が「青春を作ろう」という団体のコンセプトに繋がっています。
私が病院から学校に復帰した頃、車椅子での移動だったため「校内では親が同伴しなければならない」というルールが学校にあったのですが、あるとき親が遅れてしまい間に合わなかったことがありました。
でもそのとき、以前から車椅子を動かす様子を見ていたクラスの友人が「こうやって移動したらいいんでしょ?」と移動を手伝ってくれたんです。
そのことがきっかけで、「みんなで移動させてあげたらいいじゃないか!」となりました。自分の口から「手伝って」とはなかなか言えない中で、友人がそういう機会を作ってくれたのはとても嬉しかった経験の一つです。
学校行事でも友人には助けられました。修学旅行で皆と同じペースで観光地を回るということが難しかった私に合わせ、一緒に回れるようにルートを一生懸命考えてくれました。最終的には体調が悪くなってしまい参加は叶わなかったのですが、だからといってルートを変更することなく、帰ってきてから「こうだったよ!」と教えてくれました。青春の行事の一つである修学旅行に一緒に『参加』している形を作ってくれた経験はすごく大きかったなと思います。
ーーそういった経験が、今の活動に繋がっているのですね。
北野)何かを制限される病院生活に対して、私が学校に戻ったときには、友人や先生ができることを探してくれました。
そうしたことが「学校に行きたい」「早く良くなりたい」という大きなモチベーションになり、先が見えない療養生活の中での私の支えになっていました。
ですが、中学生の頃に、同じく療養していた友人にそのことを話したら、「(北野さんは、)恵まれている」と。
「周囲に恵まれてるかどうかで、療養生活が変わってしまうのはおかしいのではないか?」とそのときには感じましたね。
スポーツ×療養が生むポジティブなコミュニケーション
ーー『長期療養』といってもさまざまな形があるなかで、Being ALIVE Japanさんでは、なぜスポーツを活用しているのでしょうか?
北野)私たちがスポーツを通じた長期療養児支援に取り組んでいるのは、私がアメリカ留学中に病院内で子どもたちがスポーツ活動しているのを見たことがきっかけです。
「病院の中でスポーツができるんだ」と驚き、これまであった「スポーツ=競技」という固定観念がひっくり返りました。
病気や障がいで入院している人たちにとって、スポーツに参加をすることでいろいろな人に会う機会が増えることにもつながります。人と会い、スポーツをするときには、人に対して自分の状態や病気の話をすることが必要になり、それに慣れていくことは将来の自立やコミュニティ支援になるというメリットがあります。自分の状態を説明できる、サポートを求める、ということが社会生活では重要になってくるので、こうした機会があることは子どもたちにとって大切なことなのです。
ーー長期療養の子どもがスポーツをするという活動は、これまでは少なかったと思うのですが、活動の初期のお話を教えてください。
北野)「長期療養の子どもにスポーツを」と病院に提案した当初、病院側は「安全なのか」「どんな効果が得られるのか」といった点が心配だったようでした。
ですが、実際にやってみると、スポーツのおかげで子どもたちの表情がすごく明るくなり、食欲が上がる子もいたという声をもらうことができました。とくに、普段は運動しない子どもたちが、「筋肉痛になったよ!」と笑ってお医者さんや家族に伝えたりしていたのは印象的でしたね。
病院側からは、スポーツの話題ができるようになったことによってポジティブなコミュニケーションが生まれ、より子どもと医療者間の信頼関係が築けるようになったという声もいただいています。
TEAMMATES事業は「クラブ全体で受け入れる」
ーースポーツクラブと協力している「TEAMMATES」事業も珍しい取り組みの一つですね。
北野)この事業は、退院後の長い療養生活が必要な子どもたちを対象とし、チームに一定期間入団しながら、練習や試合等でチームの一員として活動する事業になっています。
入団する1人の子どもにとっても貴重な体験ですが、チームの方はもちろん、ファンやサポーターの皆さんを巻き込むことによって、長期療養児の存在を知ってもらい、寄り添ってくれる存在を増やしたいということも大きな目的にしています。
湘南ベルマーレに入団中の橋本琉(はしもとるい)くんや以前入団していた高田琥太郎(たかたこたろう)くんのように、病名を公開されている子の場合には、似たような長期療養を必要とする子どもたちにとって「自分もあの子みたいになりたい」という、前向きなロールモデル(手本)になってくれていると感じています。実際、そのような理由でTEAMMATES事業に応募いただいたこともありました。
ーー「TEAMMATES」に取り組むプロスポーツクラブが増えていったらいいなと思うのですが、なにか大事なポイントはあるのでしょうか。
北野)スポーツクラブの場合、「クラブ全体で受け入れる」という方針で賛同してくれるかが大切なポイントになっています。
クラブにとってプラスなものにしていくには、選手の参加やスタッフ、ファンの皆さんの協力が欠かせません。参加する際のケアなど、クラブ側の負担も決して軽いものではないので、ご担当の方だけでなくクラブ全体でご協力いただくようにお願いをしています。
「乗り越える力をスポーツで育んであげたい」
ーー長期療養の子どもたちは、病気の症状や活動範囲が一人ひとり異なるのと思うのですが、スポーツ活動のなかで、どういったことを意識されたり、工夫されたりしていますか?
北野)病院内スポーツでは、チーム戦でのゲームをやるのですが、途中から「車椅子の子は“投げ”はできるけれど、“蹴り”はできないから距離を変えよう」などと、子どもたちが主体でルールを変えることがあります。
「点滴していてあまり遠くに投げられないから、投げる距離を変えてほしい」などと、子どもたちが自分のできることを伝えあうことで、それぞれのできるところを探し、できないところを誰かがサポートするということを子どもたち自身にやってもらっています。
私たちスタッフは知見をもちろん持っているので伝えることはしますが、最終的には子どもたちの意見や考えを交えてゲーム作りをします。
ーー子どもたちの社会性は、そういったところで育まれるのですね。
北野)スポーツのなかでは、適応するように道具を変えたり、ルールを変えたり、選択肢を与えますが、どの選択を取るか、どうやってやるかについては、時間かけてでも子どもたちに考え、自ら選択・決定する機会を作っています。
健常児にはない障壁がたくさんある社会に出て、それを乗り越えていかなければならないなかで、常にできることを探している子たちです。なので、壁を乗り越える機会をスポーツによって育んであげたいと思っています。
「私たちは、家族と社会の繋ぎ役」
ーー長期療養児にアプローチする活動に取り組んでいる『Being ALIVE Japan』ですが、団体の役割をどう感じていますか?
北野)長期療養の子どもたちに「何か体験を作ってあげたい」と思うとき、そのご家族は関係各所に、安全なのか、なにが大丈夫なのか、を周囲に伝えることが必要になっています。
こうした伝える必要性というのが、長期療養児に体験を作る最初のチャレンジになっていることも多いです。
なので、スポーツを通じて少しでも多くの方と触れ合う機会、多くの方に知っていただく機会につなげることができると、それは子どもたちにとっては大きなチャンスになり、将来にとってのよい体験になると思っています。
私達はあくまでも、そこの“繋ぎ役”として、家族のためにその機会をより増やしてあげるという立場だと考えています。
ーーさまざな活動に積極的に取り組まれていますが、現状での課題や難しさはどのようなところでしょうか?
北野)私たちはNPOですので、本当に皆さん一人ひとりの寄付や企業様のご支援によって成り立っています。
長期療養をしている子どもたちは日本全国にいるので、活動を全国に広げるためには、まずは団体としての活動資金を揃えなければ、と思っています。
ただ、資金だけが増えれば良いというわけでもないので、活動を一緒に支えていただくボランティアの方や学生さん、発信していただける方など、多くの方の支援が必要です。
我々の活動には、「ウェイティングリスト(順番待ちリスト)」に載っている子どもがたくさんいます。まず取り組むべきは、その子どもたちを社会にどうやって繋げていけるかです。
待っている子どもがいる地域に、活動に賛同いただけるスポーツチームさんがいるかどうか、というところも課題の一つになっています。
ーー北野さんを中心とする『Being ALIVE Japan』の活動で、子どもたちの“前向きな想い”がつくられていることが伝わってきました。
北野)入団した子どもたちは、スポーツをやってこなかった子も含め「スポーツ選手になりたい」と夢が変わる子もいます。
今、慶応大学の野球部に入団しているお子さんは、今まで野球に触れたことがなかったようですが、今では、慶応大学に入って、プロ野球選手になりたいという夢があるみたいです。
2年前、手術が必要な病気を発症していて、手術を受けるどうか迷っていた子どもが、テレビで「TEAMMATES」の野球の始球式を見て「手術を受ける」と決断したというお話も伺いました。「手術をうけて、受けてああなるんだ」と。私たちの活動が、ロールモデルになり、前向きに進む選択肢になってくれてるのは嬉しいことです。
もう元気になってきた子どももたくさんいるので、そういう子たちがこれからどういうふうに進むのか、というのはすごく楽しみですね!
ーーありがとうございました!!