『ライフセービングスポーツ』という競技をご存じでしょうか?
ライフセービングとは水辺の事故を無くすことを目的とした活動で、主に監視や救助などを行います。その訓練や技術を競技に昇華させたものがライフセービングスポーツです。
株式会社Ambition22を立ち上げた元サッカー日本代表の羽生直剛さん(以下、羽生)は、事業のうちの1つとしてアスリートの支援やキャリアサポートを行っています。その所属アスリート田中綾さん(以下、田中)はライフセービングスポーツの選手です。そんな2人に、Ambition22設立のきっかけや2022年1月にスタートした『Ambition Club』のこと、ライフセービングスポーツの魅力について伺いました。
アスリートの根本的な価値をもって、誰かのためになることをできたら
ーー羽生さん、サッカー選手を引退後にAmbition22を立ち上げられたきっかけや事業の目的を教えてください。
羽生)サッカー選手を引退して、初めの2年間はFC東京のスカウトとして働いていました。FC東京で働くことで多くの学びがあった一方で、本当に自分がチャレンジしているのかというのを問い掛けたときに、自分の意思で仕事をしていきたい、そのためには「自分でチャレンジするしかない」と考え、Ambition22を立ち上げることにしました。
私が小さな身体でもプロになれたのは周りの人やクラブ、地域、指導者に支えられてきたからです。その方たちに恩返しをしていくということが、自分にとって働くことのテーマだと考えています。また、「誰かのためになることを」という思いで仕事をする中で、アスリートが持つキャリア問題にもアプローチできる仕組みを作れたらと思い、1つの軸として新たに取り組み始めています。
ーーアスリートのキャリア問題のアプローチとは、実際にどのようなことをされているのですか?
羽生)アスリートに社会性を持たせたりスキルアップさせたりするようなキャリア教育を企業さんと協力して行えたらと考えています。同時にアスリート自身の価値を活かして、企業に価値を与えるために、今年から新たなチャレンジをしています。
ーーそれが『Ambition Club』なのですね。
羽生)そうです。アスリートの根本的な価値を利用して企業や社会に還元することと、アスリート側も社会に入っていくためのスキルやマインドを養うことで、社会に貢献しながら特にサッカー選手などのセカンドキャリア問題と言われている部分に貢献できると考えています。
ファンコミュニティという意味では、ゴミ拾いをはじめとして、スポーツを通した地域親睦や福祉活動などで、少しでも社会に役立つことをみんなで広げていこうとしています。今までは自分のためにサッカーに取り組んできましたが、こうした活動を通じて社会にしっかりと恩返ししていきたいです。
ライフセービングの魅力とは?
ー-田中さんはどのようにしてAmbition22にアスリートとして所属することになったのですか?
田中)私は現在大学4年生で、就職活動ではライフセービング活動もできる就職先を探していました。羽生さんとは就職活動中にお話の機会をいただき、その後、企業先が見つからず悩んでいたところに「一緒にやらないか?」と声をかけてくださいました。
ーーそもそもライフセービングとはどんな競技なのか、田中さんが競技を続けたいと思ったその魅力について教えていただけますか?
田中)ライフセービングを始めたのは高校1年生のときです。私は走ることが好きだったので、ビーチフラッグスなどの砂浜を走る競技を見て「やりたい!」と思い入部しました。そのうちに、ライフセービングが『自分の競技レベルを磨けば磨くほど、誰かのためになる』スポーツであるということに魅了されていきました。こうした魅力を感じていることに加え、競技面としては目標としている世界一になるために、学生で終わらず社会人でも頑張りたいと思っています。
また、『ライフセービング』は終わりがないし誰でもできると考えていて、極端に言えばみんながライフセーバーになれば海の事故も少なくなります。こうしたことも競技を続けていく中で伝えていきたいことです。
ーー競技面だけでなく、「命を救う活動」という意味でもライフセービングを続けていきたいと思われたのですね!
アスリートの価値を活かす場をつくる人になりたい
ーー羽生さんから田中さんに「一緒にやろう」と声を掛けたのには何か理由があるのでしょうか?
羽生)田中と初めて話したとき、ライフセービングスポーツでは、国際大会で1位になったとしても賞金がもらえないということにまず驚きました。では何のためにやっているのかと聞いたら「世界一になるということは、1人の命を一番早く助けることになる」と田中は答えたんです。純粋にすごいなと思いましたし、お金ではないものに向かって競技をできる強さや優しさ、そして競技をやっていること自体にアスリートの本質的な価値があるのではないかと感じました。
田中も就職に悩んでいるとき、自分がこうした人材を助けられるような仕組みを作れたら、本当の意味でのアスリートの価値を広められる気がしました。競技に専念することによる不安を取り除きつつ、その裏側でキャリア教育やアドバイスをすることで引退後やデュアルキャリアの助けになるようにと考えています。
ゴールの先にある人命救助のためにスキルを磨いていく
ーーライフセービングという活動が『ライフセービングスポーツ』という形で広がることは、どのような意義があるのでしょうか?
羽生)最終形はライフセーバーがいなくなることが目標になってきます。みんなが命の救い方を知れば、監視員はいらなくなると考えているスポーツです。
田中)ライフセービングスポーツは、競技のすべてが人命救助を目的とした内容になっているので、自分の競技スキルを磨けば最終的に誰かをいち早く助けられることに繋がります。実際の状況を想定すると、ゴール後は心肺蘇生や手当をしなくてはいけないので、どんなに疲れていても倒れ込んだりしない方がライフセーバーとしてはいいと自分では思っています。
ーーライフセーバーの方は、ビーチクリーンなどの活動に積極的な印象があります。
田中)やはりゴミがあると海は汚くなりますし環境にも影響します。人の命を守ることはもちろんですが、地球や自然といった環境を守ることもライフセーバーの役割だと思っています。日常生活におけるゴミなど、海以外のゴミも拾うことは地球が綺麗になることに繋がるので行っています。
ーー日常生活でもゴミ拾いをされているんですね!
田中)海に行くとビーチクリーンは必ずしますし、日常的にも地元のゴミ拾いなどは定期的に行っています。
競技者として継続できるような環境が必要
ーーライフセービングには我々が想像する走りや泳ぎ、ゴミ拾い以外の活動は何かありますか?
田中)走ったり泳いだりは主に競技で、競技以外の面だと夏の海での監視活動がメインになってきます。そのために必要な心肺蘇生法やAEDの使い方などの知識の勉強会をしたり、資格を取る必要があります。自ら学ぶだけでなく、小・中学校を訪問して、水辺の安全な遊び方やAEDの使い方、心肺蘇生法を指導しながら一緒に学んでいました。
ーー田中さんが思うライフセービングスポーツにおける課題はどのようなことが挙げられますか?
田中)やはり日本は競技人口が少ないです。本場であるオーストラリアはプロとしてやってる方もいて競技人口も多いですし、定期的にリーグ戦を開き、収入ももらえています。その点で日本は環境が整っていないので学生で競技を辞めてしまう選手がほとんどで、社会人の方もごくわずかです。なので、競技者として続けていけるような環境を作るということが競技としての課題であると思います。
主に7月から9月頭まではライフセーバーとして自治体などに雇ってもらって活動ができているので、夏は収入を得ることができます。それ以外だとスポンサーを獲得したり自分で指導したりして収入を得るのですが、十分とは言えない状況です。
アスリートの夢を実現するために
ーー羽生さんは会社として、所属アスリートのために意識していることはありますか?
羽生)Ambition22では、「本人の夢に向かうために」という想いが根本にあるので、所属アスリートが何をやりたいのかを大事にしています。田中の場合は、ライフセービングクラブを作りたいという夢があります。そのためには企業さんの協力が不可欠になるので、大人としての企業さんとの話し方、接し方などを意識して取り組ませています。
自分自身、本質的な価値というところでは全部サッカーから学んできたと思っています。1人がドリブルで頑張ってもゴールが取れなかったら試合には勝てないように、社会においても1人だけいい仕事をしても会社としての利益が上がるとは限らない。競技を頑張るアスリートに対し、自分自身がサッカーやいまの仕事に真剣に取り組みながら学んだことを伝えるとともに、まずは自分たちの得意分野でできることを考えつつ、いろいろな問題に目を向けていきたいと思います。
ーー羽生さんや所属アスリートの夢を実現するためにこれから始まる『Ambition Club』。これから楽しみですね。
羽生)アスリートを中心に人が集まって、お互いのスポーツを知り、そこに打ち込むことの素晴らしさを表現できればと思っています。参加した大人も子どもも「スポーツならではの価値があるし、スポーツを行うことは社会に出ても役に立つんだ」と感じるような活動をしていきたいです。
ーーありがとうございます。田中さんの夢を教えてもらってもいいですか?
田中)競技としては世界一を目指してこれからも頑張っていきます。競技以外ではライフセービングのクラブチームを作ることが私の夢の1つです。大会に出場したり、それ以外の活動も自分のクラブチームで取り組んでいくことで、ライフセービングをもっと知ってもらえるよう自分自身が発信できるような活動に繋げていきたいです!
ーーありがとうございました!