特集

「インクルーシブ防災」を実現したい!~関西大学近藤ゼミが取り組む、SDGsの基盤づくり~

インクルーシブ防災

Sports for Socialでは、関西大学のSDGsパートナーとして、学生のみなさんの取り組みと、そこに込められた“想い”を発信していきます。

関西大学社会安全学部では、“安全・安心”というレンズを通して、わたしたちが生きる社会や人間、自然のありかたを見つめ直し、災害などのリスクによる被害を軽減化するためのソリューションを提案しています。

そのなかで、情報学を専門とする近藤ゼミでは、ケーブルテレビやコミュニティFMラジオ放送などの“身近なメディア”を活用して防災の取り組みを促進するためのプロジェクトを全国各地で実施しています。キャッチフレーズは「みんなのぼうさい」。ひとりも取りこぼすことがないような「インクルーシブ防災」(みんなを包み込む防災という意味)を実現することを目指しています。

今回は、近藤ゼミの現4年次生のメンバーから、森本将吾さん、内平恵実さん、中末侑里さん、後藤那月さん、吉田三莉さん、蔡一然さんの6人に、それぞれが取り組むプロジェクトについてお話を伺いました。

関西大学1
【関西大学】SDGs・大学だからこその取り組みとは?関西大学では『KANDAI for SDGs』と題し、学校全体をあげてSDGs達成への取り組みを推進しています。中学校や高校で習うSDGsとも、新聞やテレビで見るSDGsとも異なる、大学ならではの取り組み。 さらには、企業・団体等とのパートナーシップの先に目指すものについて取材しました。...

福井高須プロジェクト

福井市の高須集落は市街地から車で1時間ほどの山間部にあり、20数世帯が暮らしています。実質的な高齢化率は、70%を超えています。土砂災害のリスクが高いこの地区では、2016年度から、手作りの防災瓦版『たかすいかす』を全戸に配布して、住民の皆さんの防災意識を維持するための活動を続けています。

福井市高須集落の様子福井市高須集落の様子

「“たかすいかす”は、毎月欠かさず発刊して、住民のみなさんが月に1度は防災に関心を寄せる機会が生まれるようにしています」と言うのは、プロジェクトリーダーで、近藤ゼミのゼミ長でもある、森本将吾さん。

 

瓦版かわら版製作を行う森本さん

「ご年配の方でも興味が湧き、理解しやすい誌面にすることを心がけています。“防災”と聞くと、面倒で難しいイメージがあって、だれしも身構えてしまうものです。そこで、カラーのイラストや写真をふんだんに使って、まずは手にとっていただけるような工夫をほどこしています。」(森本)

『たかすいかす』は、防災を“上から目線”で押し付けるものではなくて、大学生と集落の人たちが安全・安心を糸口にして繋がるためのローカルメディアとして定着してきました。まもなく、通算50号の記念号が発刊されます。

たかすいかす『たかすいかす』で森本さんが初登場した第35号

住民の方の中には、『たかすいかす』が届くたびにファイルに綴じて大事に保管している人がいます。さらに、集落を訪れる孫たちに見せて、自慢している人もいるそうです。

「ささやかな挑戦ですが、この取り組みが日本で1万を超える“限界集落”の防災対策のリーディング・ケースになればうれしいです。とてもやり甲斐があると感じています」(森本)

SKH 校内防災放送プロジェクト

『SKH』とは、神戸市立真陽小学校の校内放送のこと。『Shin-yo Kodomo Hosokyoku』の頭文字のことです。
『校内防災放送プロジェクト』は、お昼休みに放送委員の児童たちが放送している校内放送を活用して、毎週月曜日に防災トークをライブで流す取り組みです。

関西大学生放送中の放送室の様子

プロジェクトリーダーの内平恵実さんが防災に興味を持ったのは、高校時代のボランティア活動がきっかけでした。ネパール地震が起こった際に、被災児童のための募金活動をしたことから、「どうすれば災害の被害を未然に防ぐことができるのか考えるようになった」(内平)というのです。

このプロジェクトは、今年で9年度目を迎え、まもなく通算放送回数は250回になります。ただ単に続けるだけではマンネリ化してしまいます。そこで「児童の防災関心度は高まっているのか」「放送で伝えた知識は定着しているのか」などについて、毎年高学年児童を対象にアンケートを行い、実態を調査しています。

その結果、短時間に、クイズなどの演出をほどこして楽しくオンエアされているSKHの放送で、もともと防災に関心が低かった児童に対してもポジティブな影響が出ていました。

児童と大学生による合同放送委員会児童と大学生による合同放送委員会

「自分自身が、大学に入学するまえから問題に感じていたことなので、この取り組みがこどもたちの防災意識を高めるきっかけになっていることは、とてもうれしいです。こどもたちの学び合いの輪がもっと広がるように、プロジェクトをさらに発展させていきたいと思います」(内平)

えふえむ草津プロジェクト

「えふえむ草津プロジェクト」は、滋賀県草津市のコミュニティFMラジオ放送とコラボした取り組みです。毎月2本、30分ほどの尺で、防災に関する番組、「Happy BOUSAi」を制作しています。プロジェクトリーダーの中末侑里さんは、自分自身、“防災は取っつきにくい”というネガティブな印象を持っていたそうで、この取り組みを通して防災のイメージチェンジを図りたいと考えています。

「気軽に防災の取り組みを進めることができるとよいですし、そのためには、暮らしのなかに防災を溶け込ませるようにすればよいのではないでしょうか。ラジオを通して、若者の楽しい防災トークが流れてくることも、暮らしに溶け込む1つの方法になるとよいなと思っています。」(中末)

えふえむ防災えふえむ草津「Happy BOUSAi」 収録の様子

ラジオ放送は音声が頼りで、“想い”があっても、一方的な情報発信をしていては心に届きません。そこで、リスナーが参加し、一緒に楽しんでいただけるように、『防災川柳』を募集して紹介するキャンペーンをしたこともあります。また、放送時間の折り返しのブレイクタイムには、『復興支援ソング』と銘打って、災害が起きたときに“わたしたちを励ましてくれる曲”をかけています。

「ラジオ放送は、音声しかないので可能性が限られてしまうとネガティブに考えるのではなく、声と音楽で勝負できる、だからいろいろチャレンジできるとポジティブに考えることが大事だと思います」(中末)

えふえむ草津えふえむ草津のラジオスタジオにて

放送シリーズは、すでに120回を超え、2021年度からは草津市の広報誌ともタイアップしています。記念の第100回の際には、NHKラジオと“相乗り放送”することも実現しました。メディアを横断したコラボレーションにも期待が寄せられます。

京丹波CATVプロジェクト

テレビ番組やCMの企画・制作・放送という、普通の大学生ではなかなか体験できないことに、京都府船井郡京丹波町のケーブルテレビの自主放送チャンネルとコラボして取り組んでいるのが、「京丹波CATVプロジェクト」。こちらも近藤ゼミらしく、防災力の向上を目指したコンテンツを制作しています。

プロジェクトリーダーの後藤那月さんは、社会安全学部で防災・減災について学んでいく中で、災害は「本当に真剣に考えなければならないことだ!」と感じるようになったそうです。そんな彼女が、「自分から防災のことを積極的に周りに伝えていかなければ」と危機感を持つようになったのは、別の大学の友人に災害について尋ねたとき、「私は非常袋は用意してないし、災害なんてどうせ来ないよ」と言われたことがきっかけでした。

「プロジェクトのひとつとして行っている“火の用心CMキャンペーン”では、京丹波町の住民の方に次々とテレビに出演していただき、カメラのまえで拍子木を鳴らしながら、「外出するときはガスの元栓をしっかり閉めます」とか「たこ足配線に気を付けます」などの“決意”を宣言してもらっています。これを1日6回、1週間で合計42回放送すると、次の人が出演するコンテンツにリレーされるという仕組みです」(後藤)

近藤ゼミ拍子木は、代々おなじものをリレー

人口1万4千人ほどの京丹波町の住民のうち、2016年度から取り組みを始めてから、なんと、のべ2,200人以上の人がこのCMに出演してきました。

「京丹波町にとっては最高記録となる、“連続8か月間火災ゼロ”も達成しました。このような活動を通して、一人ひとりが安全・安心を自分ごとだと捉えていただき、防災の輪が広がっていったらいいなと思っています」(後藤)

ケーブルテレビケーブルテレビを使ってさまざまな情報発信にもチャレンジ

2022年3月には、東日本大震災で被害を受けた福島県双葉町を訪れ、そのときの体験を京丹波町の人たちに伝える特集番組を制作しました。また、消防署とコラボして、町民に林野火災に注意してもらうための番組も手掛けました。

尼崎“防災アイアイ”プロジェクト

「尼崎“防災アイアイ”プロジェクト」では、兵庫県尼崎市のコミュニティFMラジオ放送で、防災に関する情報発信を行ってきました。“アイアイ”とは、若者目線のeye(アイ)と、愛(あい)=LOVEのことです。
「災害の情報が自分ごとになって行動を起こす人が多くなれば、その分、命を落とす人が減っていくのではないかと考え、愛をもって、このプロジェクトに取り組んでいます」と話すのは、担当する吉田三莉さん。

防災アイアイFM尼崎「防災アイアイ」 収録の様子

FM尼崎の放送は、毎週木曜日の朝に、10分間程度、暮らしの安全・安心に結び付くフレッシュな情報をお伝えするというもの。ジャパン・レジリエンス・アワードで金賞を受賞したこの放送は、2018年10月に放送を開始し、2022年3月末までに通算183回放送しました。2022年度からは、YouTube配信にかたちをかえて、パワーアップする予定です。

このプロジェクトも、まさに『インクルーシブ防災』を体現していこうとするものです。高齢化が進む尼崎市には、災害時要配慮者が多くいます。尼崎市難病団体連絡協議会とコラボし、障がいのある人や難病患者さんのための防災シンポジウムを開催したり、放送をしたりしたこともありました。

また、尼崎市には、多くの外国人居住者がいるため、FM尼崎の放送を通じて、災害時に外国人の方を支援するための情報発信にもチャレンジしました。

関西大学放送チームの皆さん

「防災に関する用語は、外国の人が理解するには難しい。『避難指示』の『指示』ってなんだろう、となってしまうなど、例をあげればキリがありません。さらに、文化が異なると、理解が遠のく場合もあります。『避難所』と言うと、日本人は最寄りの小学校を思い浮かべるものですが、多くの国では、学校の校舎は脆弱な印象があり、シェルターといえば、まずは教会などの宗教施設がイメージされます」(吉田)

「どこに、どんな人がいて、どんな悩みや苦しみがあるのか、まずは“知ること”が大事だと思います。そのうえで、取り組みのアイデア、知恵や工夫をみんなで持ち寄って、放送や動画配信を通じて情報がシェアされたら、共助の輪が広がっていくと思います。災害を自分ごととして受け取れるような情報を、今後も発信していきたいです」(吉田)

防災と福祉を架橋するプロジェクト

中国から留学している蔡一然さんが取り組んでいるのは、『防災と福祉を架橋するプロジェクト』。先に紹介した兵庫県尼崎市や滋賀県草津市での取り組みと、オーバーラップしています。
蔡さん自身、“在住外国人”という立場でもあるので、FM尼崎のラジオを通して中国語で防災を学ぶコーナーを担当していました。
また、草津市では、YouTubeを使って、災害時に聴覚障害のかたをサポートするための手話を紹介する動画を制作しています(草津市の公式YouTubeチャンネルで配信中)。

「中国・天津の高等学校では、手話は必須科目でした。ただし、日本の手話とは異なるので、大学で、日本の手話を学び直しています。災害時に音が聞こえないということは、命にかかわる重大事です。警報のサイレンが聴こえない、避難の呼びかけが聴こえない、避難所で炊き出しが始まったことに気付かない、そんな困った事態が待ち受けているのです」(蔡)

ちょこっと防災YouTube動画 「ちょこっとぼうさい」のワンシーン

蔡さんは、自らも学び、学んだことを伝えるという循環を大切にしています。キャンパスがある大阪府高槻市では、高齢者介護事業者協議会の防災対策部会の方々とのお話の中で、カセットボンベ式の発電機が、非常時において介護施設でも使えそうだと話が及んだときには、発電機の使い方を学び、それをわかりやすく紹介するビデオ制作に取り組み好評を得ました。

防災を、抽象的に、単なる“お題目”として掲げるのではなくて、具体的な現場で具体的なニーズを汲み取り、より具体的な形で発信していく活動になっています。

「中国の天津は自然災害が少ない地域だったので、私は防災の意識が決して高くありませんでした。しかし、災害はいつどこで起こるか分かりません。災害に備えることは、どの国でも大切です。そして、高齢者や障害のある方が災害時に困窮することも、世界共通の課題です。この課題を解決するためにわたしたちに出来ることは、まだまだたくさんあると思っています」(蔡)

関西大学防災と福祉を架橋する重要性をスピーチして関西大学のコンテストで優勝

 

SDGsの基盤となる「インクルーシブ防災」の取り組みは、こうしていま、着実にその裾野を広げています。

近藤研究室の作品の一部は、以下のウェブサイトから視聴することができます。
http://kondoseiji.main.jp/movie/

編集より

私自身も、以前は「防災」と聞くと少し難しそうといった印象をもっていたので、このような活動は、意識を少しでも変えるきっかけになる活動だと感じました。普段の生活のなかで、防災の知識や情報を知ってもらい、あくまでも「防災」を前面には押し出さない工夫をされていることによって、少しずつ聞く人、関わる人の意識が変わるでしょうし、その方々からさらに情報が広がり、「共助」の輪が広がることでしょう。同じ学生、そして同じ情報を発信する側として、とても素晴らしい取り組みだと感じました。この記事が、「防災」について、読者の皆様にとって“自分ごと”として考えるきっかけとなれば幸いです。(谷川龍太郎)

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