目の見えない方がスタジアムでスポーツを楽しむ。
2021年10月17日にJリーグ・ツエーゲン金沢のホームゲームで行われた『視覚障がい者の方向け観戦会』の案内を見たとき、「どうやって?」と思ってしまいました。
Future Challenge Projectと題して実施されたこのイベント。関わる人の感想は「よかった」「楽しかった」というものばかり!実行委員のみなさまへのインタビューは、その充実感や明るさに溢れていました。
お話を伺った実行委員のみなさま
ツエーゲン金沢 フロントスタッフ 灰田 さちさん
「あうわ」視覚障害者の働くを考える会 林 由美子さん
金沢青年会議所 岩井 一平さん
金沢星稜大学 スポーツ学科地域スポーツマネジメント研究室 西村 貴之さん・延命 拓海さん
きっかけは勘違い!?「心を動かしたのはメンバーの熱量でした」
ーー今回、『Future Challenge Project』として、10月17日に15名の視覚障がいをお持ちの方との観戦会を実施されました。実行委員会として、今回のプロジェクトが立ち上がったきっかけを、ツエーゲン金沢の灰田さんにお伺いできますか?
灰田)2021年2月に、金沢市市民活動サポートセンターさん主催のまち作りワークショップに参加しました。その際、ツエーゲン金沢にはブラインドサッカーチームのツエーゲン金沢BFCがあり、パラスポーツの普及や視覚障がいの啓発にも取り組んでいるという話をすると、市民活動サポートセンターの所長さんから「ホームゲームで視覚がい者の方を対象にした試合観戦会したら面白そうですね」と言われたことがきっかけです。そして、「あうわ」の林さんを紹介していただきました。
ーー灰田さんの積極的な行動がきっかけだったのですね!試合観戦してみないかという話を最初に伺ったとき、「あうわ」の林さんはいかがでしたか?
林)実は当初、紹介されたというつもりは全然なかったんです。
私は阪神タイガースのファンなのですが、今年はコロナで観戦に行けないという話を市民サポートセンターの方にしたら、「見えないのにスタジアム行って面白いの?」と言われて。「見えないけど戦況はラジオで聞いて、バットで応援したり六甲おろし歌ったりして、バリバリ面白いですよ」と言ったら、ツエーゲンさんにその話してもいいか、となりました。私としては、参考になるのであれば情報提供しますよという感じでした。
ーー実行委員となると、驚きますね。
林)そうですね、驚きました。(笑)
さらに秋は時期的に私たちも忙しいので受けられないと思っていました。ですが、灰田さんやJCさん、金沢星稜大学の西村先生など、皆さんが「視覚障がい者のためにスタジアム観戦を実現させよう!」という思いを真剣に持ってくださっていると感じて、「できません」と言えなかったのが正直なところです。(笑)
でも、視覚障がい者が外出しやすいまちづくりの一歩になるんであれば、少々しんどくても、やる価値があると思わせてくださるメンバーだったので、私の中でもやりたい気持ちがでてきました。
ーー最初は巻き込まれた感じもありつつも、やらなきゃなという方向に林さんを向かわせたのはツエーゲンさんを始めとする皆さんの熱量だったんですね。
灰田さんから見た、その『熱量』はいかがでしたか?
灰田)確実にいい活動だと確信していました。アイデアだけでなく、ちゃんとやりきりたいと思っていましたし、大宮アルディージャさんの手話応援デーなど今までの先行事例があるので、ツエーゲンでも絶対にできるし、やってみたい!と強く思っていましたね。
ーーこのFuture Challenge Projectは、ツエーゲン金沢というクラブだけでなく、多くの方が集まって実行委員会になっていることも特徴の1つだと思います。金沢青年会議所の岩井さんはどのように考えて参加されましたか?
岩井)青年会議所としては「地域にスポーツ文化を根ざす」ということを一つの大きなテーマにしてました。
まだ手探りの状態なのですが、ツエーゲンさんのこの話を聞いて、こうした活動が金沢独自のスポーツ文化になればいいなという思いもあり参加しました。
ーー金沢星稜大学の学生さんたちも実行委員会から参加しています。
西村)今年、ツエーゲンさんから声をかけていただいたイベントの選択肢は3つありました。その中で学生たちと相談したら、『どのようにスポーツを通して障がいを持った方々と一緒に楽しめるのかチャレンジしたい』という意見が多くて。どうなるのか読めないものでしたが、学生の想いを尊重して参加することにしました。
延命)僕自身、「どうやって視覚障がい者の方がサッカー観戦するのか?」とすごく興味があったので、こちらに参加することにしました。
移動と情報の障がいを取り除き安心して楽しめるスタジアム観戦を
ーー実際、視覚障がいをお持ちの方のなかででスポーツ観戦を楽しんでる方って珍しいのですか?
林)珍しいです。やっぱり移動はとても大変な部分でもありますので、そこからスポーツ観戦を選ぶという人は少ないです。視覚障がいというのは、『移動障害』と『情報障害』と言われてます。
そのどちらもがネックになって、スタジアム観戦っていうのは難しいと思う人が多いですね。
ーーなるほど。たしかにそうですよね。その部分を今回のプロジェクトはどう克服したのでしょうか?
灰田)移動障害という点で、観戦する時の移動には、介添えをツエーゲンのパートナーである金城大学の社会福祉学部の学生ボランティアにお願いしました。金沢駅からスタジアムまで、そして観戦中も一緒に介添えしていただきました。
情報の部分は、こちらもツエーゲンのパートナーであるアイ・オー・データ機器さんの「Plat Cast」というインターネットの音声配信サービスを使い、この日は視覚障がいの方用の実況、解説を行いました。
ーー介添えした学生ボランティアの方々の反応はいかがでしたか?
西村)すごく勉強になったと言っていました。実際に介添えするときは見えなくなった時期やどのようなサポートが必要かなどを聞くことが重要です。それまでは、障がいのことについて聞くことは無作法じゃないかな、と思っていた学生が多かったようですが、『いろいろと聞くことでサポートの仕方がわかる』ということを体感したようです。「障がいを持っている人が身近になって、今まで自分が見えてなかったことが見えるようになりました」と言っていた学生もいました。学生にとってすごく大きな財産になるものを得たと思います。
雨の大変さよりもスタジアムへ行ける嬉しさ
ーー当日はあいにくの雨でしたが、視覚障がいの方が普段と比べてやりづらいことはあったのでしょうか?
林)そうですね。1人で動くときには傘をさして杖をつくので、両手がふさがってしまうというのが面倒だと感じることが多いです。今回スタジアムでは、かっぱもあったし、ちょっと寒かったですが、終わった後に「寒かったけど大丈夫だった」という声の方が多かったです。雨の日のハードル以上に楽しんでいたのだな、ということがすごくよくわかりました。
ーーなるほど。スポーツ観戦でスタジアムに行くこと自体、初めての方が多かったんですよね。
林)そうですね。皆さん、出かけることに関して、長時間どなたかにサポートしてもらう必要があるので諦めてきてらっしゃるので。雨よりも、出かけることへの嬉しさの方があったと思います。
ーー貴重な機会だったということですね!灰田さんから見て、雨天の中の当日に対してどのような感想を持たれました?
灰田)そうですね。やっぱり一番は『心配』でした。
雨の中、スタジアムに初めて来られる視覚障がいの方も多いですし、介添えの方がいるとしても「せっかく来てもらってもこの悪天候の中で楽しいと思ってもらえるのかな?」というのはすごく心配でした。ただ、皆さんの介添えやお声掛け、Plat Castでの実況解説配信サービスも好評をいただいたくことができました。
そのおかげで、来場された方にいただいたアンケートで「またツエーゲンの試合観戦をしたいと思いますか」という質問に関しては全員に「行きたい」と回答いただけてとても嬉しかったです。
当日の取り組み事例
視覚障がい者体験ブース
延命)お父さんが娘さんに「今度街で視覚障がいの方を見かけたら声かけてあげようね!」と言ってた方もいました。そうした光景を見ると、とてもいい体験をにできたのではないかと思い、印象に残っています。
Plat Castを用いた視覚障がい用の実況中継
灰田)やはり見えていないことを前提で実況・解説しなければならないので、実況は特に難しかったと思います。あとは「ゴールの手前右〇〇メートルの場所でフリーキックです」というように、具体的な距離や言葉で実況するため、アナウンサーの谷川さんは相当練習をして当日に臨んでくださいました。
林)私が普段楽しんでいる野球と違って、攻守が入り乱れているサッカーの実況中継って、どうやってできるんだろうって心配だったんです。でも実際、実況中継が面白くて試合に入り込むことができたました!当日も大成功だったなと思います。
コード化点字ブロック
灰田)金沢工業大学・松井くにお研究室が開発中の「コード化点字ブロック」もテスト設置しました。専用のアプリをスマートフォン・タブレットにインストールし、スマホをかざすだけで行き先や設備の場所などの情報が音声で案内されるシステムです。
応援ハリセン
灰田)当日先着3,000名に配布した応援ハリセンの裏面には、視覚障害に関する啓発情報を記載しました!
ツエーゲン金沢が繋ぐ人と人 誰もが共に暮らし続けるまちづくりを目指して
ーー今回の反省と今後に向けて、皆さまいかがですか?
岩井)今回、ツエーゲン金沢さんだけでなく、Future Challenge Project実行委員会という形を取れたことで、継続性が担保されたのではないかと思います。それぞれの立場からこの事業をブラッシュアップさせていく、次にどう繋げるかという部分を考えていけたらいいかなと思ってます。
西村)このプロジェクトが終わったときに、「あうわ」の林さんが「まちづくりって結局それを担う人を育てるってことなんですよね」っておっしゃっていたんです。
今回のプロジェクトを通して、スポーツの可能性を感じた人と人が繋がってみんながハッピーになれました。そう思えたことが本当に嬉しかったなと思っています。また、若い学生たちが進路を選択するときの種を撒くことができてよかったとも思っています。
延命)自分たちが体験・啓発ブースをやる中で反省点もあるのですが、でもその中で「いい体験できました」と言ってくださる方や、サポートをする中で視覚障がいの方も学生も、お互いにとっていい経験になったと思います。
林)たくさんの方の力が合わさったらこんなすごいことができちゃうんだな、と本当に感動しました。
障がい者だけを救う事業ではなく、ユニバーサルデザインや共用品などの「一緒にできるもの」を知ってもらいたいっていう思いが私の中に強いんです。今回でいうと、Plast Cast は視覚障がい者用に音声を流してはいたけども、見える人が聞いても面白い内容でした。学生さんたちも視覚障がい者側も本当に楽しかったと感想で書いていて、そこには視覚障がい者と介助者ではなく、人と人との繋がりが結べたっていうことがこのプロジェクトの一番の素晴らしかったところだなって思いました。
灰田)当日、学生さんと視覚障がい者の方が一緒に笑いながら観戦してる姿を見れたとき、この企画を本当にやってよかったなと思いました。『地域の接着剤のような役割を担って、地域の方々を繋げる仕事がしたい!』と思っていたので、まさに実現できた企画だったなと思っています。
「ツエーゲン金沢といえばこの企画!」となるよう、これからもずっと続けていきたいと思いますし「誰もが共に暮らし続けられるまちづくり」という将来をここから作っていければと思います。
ーーありがとうございます!