現役なでしこリーガーである常田菜那さんがインタビューするこの連載。「サッカー×ボランティア活動」をテーマに、世界の貧困国や、サッカーが普及していない国の子どもたちに「サッカーを通して貢献できる活動」を考えています。
今回は、サッカーを通して「仲間としての繋がり合う世界を創る」ことをビジョンに掲げ活動されている『NGO Seeds(現:一般社団法人Seeds)代表の西野恭平さん(以下、西野)にお話を伺いました。
医師である西野さんは、NGOや国際医療機関(WHO)職員として国際医療活動に従事されていました。一方、幼少期より始めたサッカーでは全国大会や国際大会を経験。海外の現場でサッカーが競技スポーツの枠を超え、国籍や言語などを超えた人と人との繋がりを生むこと、サッカーが世界共通言語であることを体感し、「サッカーを通した活動で世界が仲間として繋がる」ために『NGO Seeds』を2019年に設立し、海外での日本の子どもたちの交流の場を作っています。
サッカーで『仲間』の繋がりに。「他人事」から「自分事」に。小さなプログラムから日本のシステムにしたい
ーー西野さんが『NGO Seeds』を立ち上げ、活動を始めたきっかけは何ですか。
西野)海外では、貧困問題や医療格差などの問題がずっと続いています。それはどうしてかなとずっと疑問で、この問題は僕ら(SDGsの言葉でいうと)取り残されていない側の人間の“無関心”や“他人事”が影響していると感じていました。どうしたら“他人事”の問題を“自分事”にできるかを考えたときに、知識を超えた仲間としての繋がりとして「サッカー」が思い浮かびました。
世界共通語といわれているサッカーで、育成年代のまだ何も偏見や先入観がないうちに「仲間」として繋がれば、何か起こったときにお互い助け合えるような世界になるのではないかと思い活動を始めました。
ーー『NGO Seeds』はどのような活動をされているのでしょうか?
西野)メインの活動は、日本の小学生や中学生年代の子どもたちを途上国に遠征に連れて行き、そこでサッカーを通した交流をするという活動です。
大人が海外に行くスタディーツアーなどで途上国に行くことは多くありますが、そこには主催者側の意図が大きく関わっていると感じています。かわいそうなところを見せて援助を募る、いわゆる上下関係のようになってしまうことがあります。
そのような関係では、Do no harmという言葉に表現される援助の功罪や、今回の新型コロナウイルスで浮き彫りになったように「援助する側」が当事者になったときに「被援助国」に対するアプローチは「援助する側」の都合で止まってしまうことが起こりえます。
これは“援助”という繋がりの脆さだと思います。それを“仲間”としての繋がりに変えたい。一緒にサッカーボールを蹴るだけでもそこの繋がりは生まれると考えています。
もちろん世界の問題に対して気づいてほしいという思いもありますが、日本の子どもたち自身の可能性を広げたいとも思っています。
いまの日本の子どもたちは、海外に対する思いや、社会課題に対する関心がすごく高いのですが、大人は実際に国際社会を経験している人や経験できる機会がある人が限られていて、そこにギャップが生まれています。ある意味、いまの日本が子どもたちの可能性を潰しているとも言えるこの状況で、「子どもたちの可能性を広げたい」という想いで育成年代の子どもたちを海外に連れて行っています。
私たちのNGOの小さなプログラムだけで終わらせないためにいろいろな人を巻き込んで、最終的には日本のシステムにしようと思っています。
サッカーは世界共通語社会のシステムが子どもたちの可能性や幅を広げる
ーーご自身が海外でのサッカーを経験してどのようなことを感じましたか?
西野)日本で競技スポーツとしてプレーしていたときよりも、海外に行ってからの方がサッカーのことが大好きだと感じることができました。夢だったプロにはなれなかったですが、「サッカーって楽しいな」「やっててよかったな」と思いました。
サッカーは貧困国と言われているアフリカでも街中やいろいろなところで行われています。難民キャンプでも、至る所でみんなで集まってボールを蹴っています。それは日本にはないサッカーの環境ですよね。
ワークキャンプでケニアに行ったとき、小学校の廃校で寝泊まりしていたのですが、地域の活動を終えて帰ってくるのが夕方でしたが、それから近所の子どもたちがいっぱい集まってきて僕らキャンプの参加者たちで毎日みんなでサッカーをするんです。それがすごく楽しくて、「サッカーは本当に人と人を繋ぐんだ」「サッカーは世界共通語だ」ということを体感しました。
ーーそのときの子どもたちの様子はどうでしたか?
西野)すごく楽しそうでした。キャンプを離れるときには「手紙書くから住所教えて」と言われたりしました。本当に届いているかはわかりませんが(笑)
先入観を入れず、自由な子どもたちを
ーーNGO Seedsの活動で日本の子どもたちを海外に連れて行くとき、西野さんが大切にしていることはありますか?
西野)対象にしている育成年代の子どもたちに対して、決して僕らの先入観を入れないということです。
大人が見せたい世界を最初に伝えてしまうと、子どもはどうしてもそれしか見えなくなってきてしまい、大人の想定を超えない経験しかできなくなります。そうなると、僕たちが子どもたちを連れて行く意味は何もありません。だからこそ何の先入観もなく、まっさらな状態で、ただ単純に一緒に海外に行ってボールを蹴ろうということを本当に大事にしています。
ーー日本の子どもと難民、途上国の子どもの大きな違いはなんですか?
西野)難民や途上国の子どもたちの方が「自由」だと感じます。正解を探し続けない、といった感じです。
日本の子どもたちは失敗するのが怖かったり、サッカーだけをとっても、こうしなきゃいけない、ああしなきゃいけないっていうすごく縛られたルールがあると感じます。ですが、途上国の子どもたちなどは、誰かに教わる訳でなく、ストリートやコミュニティーの中で自分で感じ、覚えていきます。そのあたりが日本の子どもたちより自由な感じがしますし、自主的だと感じます。
それは、日本の子どもたちが悪いとか能力がないというわけではなくて、結局僕ら日本の社会が正解を追い求めてるようなシステムを作ってしまっているのではないでしょうか。そうではない国では、たくさんのルールの中に適応できるような人間が育てられているような気はしますね。
ーー日本の子どもたちと途上国の子どもたち。物資の豊かさなどの違いはあると思いますが、価値観の違いなども多くありそうですね。
西野)そうですね、そこには社会全体の問題もあるのではないかと思います。ストリートや空き地でみんなが集まってサッカーをすることは、日本ではなかなかできません。サッカーをするとしても、チームに所属していつも同じメンバーとともに、監督やコーチに教わりながら取り組むことが多いですが、そうではない海外では年齢も幅広い人たちが集まり、そこで自分たちでルールを作ってサッカーしています。
日常のそうした環境の違いで、自分ができる意思決定の幅も変わってくるのではないかと思っています。
一つの命の重さは同じ。主語が「自分」の言葉で発信できると大きなものになる
ーー医療関連で海外の国々に行かれたときの活動について教えてください。
西野)私が行っていた土地は、5歳以下の死亡率や、新生児の死亡率は日本とは比較にならない土地で、5歳以下の子どもが10人に1人は亡くなっている現実があります。
そうした実態から、現地で活動する前までは「社会や家族として子どもが亡くなってしまうことに慣れてしまっているのではないか」という感覚が少なからずありました。でも実際は全然そんなことなく、どんなに死亡率が高い国でも、子どもが亡くなることに関して家族は号泣するし、そこのコミュニティーをあげて悲しみます。実際にそうした場面を目にしたからこそ、死亡率などの数字の重さを本当に痛いほど感じるようになりました。
ーー死亡率の高い原因はその国の環境や整っていない医療体制などが原因になりますか?
西野)そうですね。医療体制は大きな原因の1つです。5歳以下になると地域によっては、マラリアがほとんどになりますが、栄養失調や下痢とか、一般的には防げる病気です。だからそこにもどかしさを感じますね。普通の治療が受けられれば、死なずにすむ子たちばかりです。
ーー子どもたちが教育を受ける環境はどのような感じですか?
西野)教育に関して一般的には、中学校を卒業する子はほとんどいないと思います。特に女の子は。現在、ユニセフや国連で目標を立てて、小学校はほとんどの子は卒業できていると思います。
ーー学校に行けない子たちは働いているのが普通ですか?
西野)そうですね。あとは、途上国に行けば行くほど第一次産業の割合が多く、農業などで家の手伝いをしてる子がほとんどです。とくに女の子はそうした子が多いですね。
ーーやはり途上国の地に実際に行ってみないとわからないことばかりですね。テレビで観たり学校で話を聞いたりしてイメージはできるのですが。
西野)もちろんテレビやインターネット、人の話を聞くことで知見は広がると思いますが、やはり実際に行って初めて見えてくることも間違いなくあると思います。
あと、実際に現地に行くことで主語が「自分」となって発信することができます。人から聞いて誰々が言ってた、だと主語が三人称ですが、三人称で言うことと、自分が主語で言葉で発することは、ずっと重みが変わってくると思いますね。
これから、僕らの活動を広めていくためにも、僕自身の信頼や認知度を上げていきたいと強く感じています。
ーー貴重なお話ありがとうございました。
インタビュアー・常田菜那さんより
言葉が通じなくても、日常の環境が大きく違っても「サッカー」一つで楽しめる。「仲間」としての繋がりを持てる。サッカーには偉大な力があるんだと改めて感じました。
教育も受けられず働いている子どもたちが世界にはたくさんいて、まずはその実態があることを知り、少しでも「自分事」に近づけるような取り組みを偉大な力を持つ「サッカー」を通してならできるのではないかと思いました。
まだまだ自分の知らない世界が広がっていて、まだまだ感じられていないサッカーの魅力があると思います。毎日自分の目の前に広がる当たり前の世界を大切にしながら、もっともっと広い世界に意識を向けて、アクションを起こしていきたいです。