都心から高速船で1時間45分に位置する伊豆大島で、50年以上続く『カメリアマラソン』。島民と島外ランナーが交流し合い、リピーターも多いこの大会が、転機を迎えています。
いかに参加者を増やし、いかに持続可能な大会運営をしていくのか。これは地域に根差したスポーツイベントが抱える大きな課題でもあります。今回、主にPRやWebサイトのリニューアルを担ったルーツ・スポーツ・ジャパン(以下、RSJ)と、大島町役場観光課の担当者が対談し、地域活性化×スポーツの可能性を探ります。
インタビュー対象
- 山田樹里さん(大島町役場観光課)
- 野中駿輝さん(大島町役場観光課)
- 栗原佑介さん(一般社団法人ルーツ・スポーツ・ジャパン 理事)
- 中島祥元さん(一般社団法人ルーツ・スポーツ・ジャパン 代表理事)
- 花香聡美さん(一般社団法人ルーツ・スポーツ・ジャパン)
大島町役場観光課 山田樹里さん(写真左から2番目)、野中駿輝さん(写真右端)半世紀の歴史を持つ「カメリアマラソン」、美しい椿と島の景観が彩る
ーー伊豆大島カメリアマラソンは今回(2026年2月実施)で第54回を迎えるとうかがいました。どのような背景で始まり、現在はどのような目的で実施されているのでしょうか。
大島町 山田)もともとは観光協会が主催で始めたイベントで、現在は町役場が主催しています。島の一番大きなお祭りである『伊豆大島椿祭り』の期間中に開催していて、椿(カメリア)の季節に島の魅力を感じていただける大会です。昨年の参加者は約800名で、島内と島外が半々で、島内では子どもたちの参加も多くあります。現在は東京都の補助金を活用しながら、健康マラソンとしての意義も大きいイベントになっています。
ーー半世紀以上続いているというのは、本当にすごいことですね。
山田)そうですね。以前仕事の関係で住んでいた方が島外に出ていったあとにも、またこの大会を目的に帰ってきて島の人と触れ合っていただく方や、知り合いがいなくても団体で参加していただける方々もいて、どちらもリピーターの方がとても多いのが特徴です。長く愛されてきた大会だからこそ、これまでの良さを残しながら新しい価値を加えていくことを大切にしています。
ーー数ある市民マラソンの中でも、伊豆大島カメリアマラソンならではのポイントや魅力を教えてください。
山田)まず参加費の面でハードルが低く、家族で参加しやすいところがあります。天気が良ければ富士山を見ながら走ることができますし、毎年デザインが変わるTシャツも好評で「コンプリートしたい」という声もいただいています。何より、島民をあげて参加者を歓迎する雰囲気や温かさが魅力だと思います。
RSJ 中島)私は前回、現場にお邪魔しましたが、島民と島外の人たちが交じり合う場になっていて、とても良い雰囲気だなという印象がありました。大規模な大会では味わえない、人と人とのつながりが感じられる点が魅力だと思います。
RSJ 栗原)カメリアマラソンの魅力は、そのまま伊豆大島の魅力だと思っています。都心から1時間45分で行けるのに“南の島感”があって、ジオパーク(地球科学的に重要な景観が保全され、保護・教育利用・持続可能な開発のために管理されているエリア)に認定されている、素晴らしい自然もあります。島外の人間からすると、リピーターになる要素がたくさんあるなと感じます。走るだけでなく、島での滞在全体が特別な体験になる。そういう大会は多くありません。
RSJ 花香)ハードルが低くて、でも本格的な走りも楽しめるので、初心者からベテランまで、幅広い方におすすめできます。“島ラン”のデビューにもすごくいい大会だと思います。
ーー伊豆大島では、カメリアマラソン以外にもさまざまな取り組みをされているそうですね。
山田)交通機関が限られている、信号が少ない、景色がきれいなどの島の特性上、“自転車”が適していることに気づき、2016年のアジア選手権自転車競技大会をきっかけに、サイクリングイベントにも力を入れています。大島一周道路は道もきれいですし、レース大会やレンタサイクルの充実も図れています。他にもインバウンド推進、ジオガイド(ジオパークの案内人)の養成など、幅広く取り組んでいます。また、フルマラソン、ハーフマラソンを中心に、『伊豆大島マラソン』という大会も別にあり、こちらも毎回ほぼ満員のイベントになっています。
ーースポーツを通じた地域活性化に、多角的に取り組まれているんですね。
山田)そうなんです。島の特性を活かしながら、訪れる方にも島民にとっても価値のある取り組みを続けていきたいと思っています。
サイクルイベントからマラソンへ、パートナー関係を拡大
ーーRSJとはサイクルイベント『サイクルボール おおいち』で協働されていますが、その経緯を教えていただけますか。
山田)もともと2010年代から大島町主催で『伊豆大島御神火ライド』という1Dayのサイクリングイベントを開催していました。それが一度コロナで中止になり、復活開催の時にRSJさんの『ツール・ド・ニッポン』として開催していただきました。2022年からは単日ではなく期間型のイベント『サイクルボール おおいち』として、RSJさんとの協力関係は続いています。
ーー今回、伊豆大島カメリアマラソンでもRSJと連携を始めたきっかけは何だったのでしょうか。
山田)サイクルボールでの盛り上がりを見て、カメリアマラソンももっとよくできるんじゃないかと思ったんです。サイクルボールの取り組みを通して、RSJさんはプロモーションが本当に上手だということを実感していました。デザインやビジュアルの力、SNSでの発信力など、私たちにはないノウハウをたくさん持っていらっしゃるので、それをカメリアマラソンにも活かせたらと考えました。
ーーRSJと連携する前、具体的にカメリアマラソンの課題と感じていたのはどのような点ですか。
山田)PRが一番の課題でした。素晴らしい大会なのに、その魅力が十分に伝わっていないもどかしさがあったのです。それから持続可能性ですね。関係機関との調整や運営ノウハウの蓄積、参加費の問題など、手弁当での運営には限界も感じていました。とくに、これまで大会を支えてきた方々の高齢化も進んでいて、次の世代にどうバトンを渡していくかも重要な観点でした。
ーー運営面での悩みは、多くの地域イベントが抱える共通の課題かもしれませんね。
山田)そうですね。でも、だからこそRSJさんのような専門的なノウハウを持った方々との連携が大切だと感じています。私たちだけでは解決できなかった課題に、一緒に取り組んでいただけるのは本当にありがたいです。
中島)私たちは、もともと「スポーツツーリズムでの地域活性化」を理念に掲げて活動しています。RSJとしては、ちょうどサイクリングイベントで培ってきたノウハウをランニングイベントにも転用していきたいと思っていたタイミングでした。とくに地域活性化という観点では、マラソンは参加のハードルが低く、より幅広い層にアプローチできるスポーツです。全国には素晴らしいポテンシャルを持ちながら、まだまだ伸びしろのあるランニングイベントがたくさんあるとも感じます。そういった大会を支援することで、地域スポーツの可能性を広げていきたいと思っていたのです。
もともと関係のある自治体さんに向けて「ランニングイベントをリニューアルしませんか」という発信をしていたところ、大島町さんからご相談をいただいて、ぜひお手伝いさせていただきたいと思いました。
ーー全国にあるランニングイベントには、具体的にどのような可能性があるのでしょうか。
中島)とくに自治体主催のランニングイベントは、地域に根差した大会だからこその魅力があります。適切なPRやデザインで伝え、運営面もサポートしていくことでどんどん新たな価値を生みだしていけると感じます。手弁当だからこそ生まれる温かさや地域とのつながりは失われるべきではないので、それを残しながらも、持続可能な運営につなげていくお手伝いができればと思っています。
山田)私たちは当たり前だと思っている島の環境や大会の雰囲気が、実は大きな魅力だったりするんですよね。RSJさんに客観的に見ていただいて、改めて気づかされることがたくさんありました。「これは伝えるべき価値だ」と教えていただいたことで、自分たちの大会への自信も深まりました。
より多く、より長く、参加者に価値を届け続けていくために
ーー第54回大会について、具体的にどのようなリニューアルを行ったのでしょうか。
山田)大会当日の内容は大きく変えていませんが、新規の参加者をリピーターにするための仕掛けをいろいろ考えています。まずはWebサイトをリニューアルしました。見た目だけでなく、情報の伝え方や構成も大きく変えています。とくに、障がいを持った方でも参加できる大会という点は、もっと広めていきたいと思っています。
また、走らない人にも楽しんでいただけるよう、デフリンピックのレガシー展示や高校生の生演奏なども検討しています。マラソン大会というと「走る人のためのイベント」と思われがちですが、応援に来た方や観光で訪れた方にも楽しんでいただける場にしたい。SNS運用を通じて認知を広めて、来年以降にもつながるPRをしていきたいです。
ーー今回はRSJとして、どのような範囲で関わられているのでしょうか。
中島)今回はおもにデザイン、広報PR、事前エントリー受付などを担当しています。当日の運営にも数名がサポートに行く予定です。まずは大会の魅力を広く伝えることに注力して、次年度以降、段階的に関わりを深めていこうと考えています。より多くの人に来ていただきたいですし、受付のスムーズさなど、細かいところも改善していける余地があります。参加者の方が気持ちよく大会に参加できるよう、運営面でのサポートもしっかり行っていきます。
ーー次年度以降は、どのような展望をお持ちですか。
山田)持続可能な運営体制にしつつ、参加者満足度を上げる、というバランスを実現したいと思っています。現在は参加費無料だからこそ参加しやすいという良さはありますが、持続可能な運営を考えると、適切な形に変えながら、それ以上の価値を提供できる方が良いという考え方もあります。次年度からはRSJさんにもう少し範囲を広げて関わっていただき、運営面でのノウハウも蓄積していきたいと考えています。
栗原)参加人数を800人程度から1000人規模へと拡大していくことが目下のミッションです。そのためにデザインやビジュアル、広報PRを改善しています。ですが、単に人数を増やすだけでなく、山田さんがおっしゃるように参加者の満足度を高めて、また来たいと思ってもらえる大会にすることが大切だと考えています。数字だけを追うのではなく、一人ひとりの体験の質を高めていきたいですね。
花香)大会前後のSNS発信にも力を入れていきたいです。参加者の方に島の魅力を感じてもらって、その体験を発信してもらう。そうすることで、自然と大会の魅力が広がっていくと思います。リピーターを増やすだけでなく、「友人も連れて来たい」と思ってもらえるような大会にしていきたいですね。
それぞれの楽しみ方で“島ラン”デビューしてみては?
ーー最後に、読者へのメッセージをお願いします。
山田)伊豆大島は想像以上にいい場所です。カメリアマラソンをきっかけに、ぜひ島を訪れていただきたいです。走った後は温泉に入って、美味しい海の幸を食べて、ゆっくり過ごしていただけたらと思います。
栗原)カメリアマラソンでの取り組みが、全国の同じような課題を抱えるイベントの参考になればうれしいです。地域の魅力とスポーツの力を掛け合わせることで、新しい価値が生まれる。その可能性を、一緒に証明していきたいと思っています。
中島)参加者と島民のつながりが感じられる、本当に温かい大会です。都会では味わえない体験ができると思います。レースとしてのタイムを追求するのもいいですし、のんびり島の景色を楽しみながら走るのもいい。それぞれの楽しみ方ができる大会です。
花香)ランニング初心者の方も、ベテランランナーの方も、ご家族連れの方も、皆さんのご参加をお待ちしています!
ーーカメリアマラソンの変化は、地域に根差したランニングイベントのモデルケースになりそうですね。これからの進化も楽しみにしています!ありがとうございました!


