運動やスポーツ競技は心身の発達を促すもの。特にゴールデンエイジ(9〜12歳)と呼ばれる年代に取り組むことで、飛躍的に運動能力が向上すると言われています。一方で、やり過ぎや身体の使い過ぎにより、成長期である10代に「スポーツ障害」が発生してしまうことも…。
大好きな運動やスポーツを高校、大学、社会人と続けていくためにも、子どもの頃から自分の体のことを理解して取り組んでいきたいですよね。
そこで今回は、リトルリーグの子どもたちに『PSE Challenge』という活動をおこなっている、順天堂大学 保健医療学部の助教・中村絵美さん、早稲田大学スポーツ科学学術院の助教・筒井俊春さん、リトルリーグ東京連盟の調査部理事・草柳和典さんにお話を伺いました。
継続するためには関わるすべての人がWINになることが大切
ーーPSE Challengeについて、どのよう活動かを教えていただけますか?
草柳)PSEは頭文字をとっていて、Pはprevent injury(けがを防いで)、Sはstregth body and skills(身体とスキルを強化して)、Eはenhane performance(パフォーマンスの向上を目指そう!)の活動です。
中村先生、筒井先生とサポートしていただている約10名のスタッフの方とともに、「子どもたちが中学生から大人になるまで怪我をしないように」「怪我をして高校で野球ができなくなる子どもたちが増えないように」「子どもたち自らが自分の身体について興味を持ってもらえるように」と、いくつかの想いを持ちながら取り組んでいる自主的な活動となります。
ーーどこかの連盟やリーグの活動ではなくて、有志の方による自主的な活動なのですね。
草柳)はい、有志でリトルリーグ東京連盟に所属しているリーグの子どもたちを対象におこなっています。
ーー具体的にはどのようなことをされているのですか?
筒井)僕は走ったり投げたり打ったりするパフォーマンスに関する計測を統括していて、中村先生が怪我のチェックや身体の使い方などのメディカル系を担当しています。
中村)すべてのパフォーマンス測定やメディカルのトータルチェックはオフシーズンの1月頃に年に1回実施していて、それ以外に調子や状態の確認を毎年夏前か秋に1回おこなっています。
草柳)今私たちが関わっているのはリトルリーグ所属の子どもたちなので、正式な登録としては小学校1年生からになります。でも幼稚園の年少・年中・年長の子どもたちも、ティースタンドの上に置いたボールを打つティーボールでプレイしていますので、下は幼稚園年少から上は中学生1年生の夏までですね。
リトルリーグはアメリカと連携しているので、9月が学年の切り替わりで、世界大会も夏に実施されるんですよ。
ーー先ほどPSE Challengは主体的な活動というお話があったと思います。どのようなきっかけでこの活動がスタートしたのでしょうか?
中村)最初から私たち3人でおこなっていた活動はなくて、最初は草柳さんと私の恩師にあたる坂田先生のお2人が中心でしたよね。当時、坂田先生の患者さんにリトルリーグの子どもがいらっしゃって、その子のお父さんがリトルリーグ東京連盟の方で、そこからの繋がりになります。
その頃は、横浜市の学童野球チームにメディカルチェックや障害予防をおこなっている頃で、同じような活動をリトルリーグでもできないかというお話があったことが最初のきかっけですね。
草柳)その後、坂田先生が愛知県の病院に赴任することになりまして、私と中村先生と筒井先生の3人が中心となり今の体制で活動を始めたのが5年前ですね。この活動自体は8年目で、まもなく10年という節目を迎えることになります。
ーー体制が変わりながらも継続して実施されてきたのですね。立ち上げメンバーの1人である草柳さんは、当初どのような想いがあったからこの活動を始めようと思われたのですか?
草柳)2つの気持ちがありました。リトルリーグや子どもたちの気持ちとして、今怪我をしなくてもこの先野球を続けた時に怪我をしてしまう、甲子園を目指す高校野球で怪我をしてしまう、大好きな野球を続けてきたのに大人になって野球ができない体になってしまうということを防ぎたいのが1つです。
もう1つは先生たちの気持ちで、データをたくさんと取得し分析して、いかに怪我防止やパフォーマンス向上につなげることができるのかという点ですね。
ーー関わる人すべてにメリットがある活動ですね!
草柳)それがとても大事だと思っています。誰かだけがWINになるのではなく、関わる人すべてがWINにならないと継続しないと思っていますので、関わる人すべてのWINを満たせると思えたので、この活動を始めました。
子どもたちだけでなく保護者や指導者にも変化が
ーー3人での活動を始められて、関わる子どもたちにはどのような変化がありましたか?
草柳)まずは子どもたちがメディカルという言葉を気にするようになってくれたこと。これがとても嬉しいですね。8年間継続してきたことで、継続性と習慣化で子どもたちに意識が芽生えてきたのだと思います。
筒井)自分の成長を喜ぶようになってくれたこともありますね。パフォーマンス測定をしているので毎年バットを振るスピードを測定しています。その時、子どもたちが去年と比べて何km/s速くなったかわかると「よっしゃ!やったぜ!」みたいな会話を仲間でしているんですよね。
ーー子どもたちにいろいろな変化がありますね!
中村)子どもたち以外でも、保護者や指導者の方との関係性も年数を重ねるごとに変わってきましたね。やはり最初の頃は「子どもたちは研究のためのモルモットなのか」など、この活動に対する当たりも厳しいことがあり、肩身を狭くしながら測定していた時期もありました。
でも定期的に続けてきたことによって保護者や指導者の方の理解を得られてきたと感じています。例えば、私は超音波で肘の状態のチェックなどをしているのですが、最近では指導者の方がメモを取りながら「この子は大丈夫?」とか「この子はどんな状態?」など、私とやりとりをしてくださるようになりました。
ーー継続することで信頼も得られてきたのですね。
中村)最近は測定に伺うと、「疲れたでしょ、休憩してよ」など声をかけてくださったり、お茶やお菓子も出してくれたりと、仲間に入れてくれている感じがしてすごく嬉しいです。
ーー少しずつ何らかの結果や変化も見られてくると、以前とはまた違う“やり甲斐”も感じられているのではと思いますがいかがですか?
筒井)僕は子どもたちの将来を見ていて。関わっている子どもたちが甲子園で活躍するのかな、WBCに出るような選手になるのかなというところが気になりますし、そんな子どもたちの人生の一部に関われていることがやり甲斐と感じています。
中村)私は子どもたちが笑顔で野球をしているところを見るのが1番です!キャッキャしながら野球をする姿を見て、私が癒されている感じですね(笑)
全国の子どもたちのことを考えると心苦しくなる時もある
ーー一方で、健診などで子どもたちも自覚していない異常に気づくこともあると思います。
中村)まだ痛みは出ていないのですが、骨などに異常が見つかると保護者や子どもにその事を伝えなければいけないので、やはりそのときはとても辛いですね。
私は理学療法士であり、医師ではないので診断はできません。あくまで評価として「心配なところがあるので、医療機関でしっかり検査してもらってください」というアドバイスになります。
ーー子どもたちへの伝え方も考えないといけないですよね。
中村)痛みがすでにあると、保護者や子どももある程度覚悟しているので納得してくれるのですが、痛みがまったく出ていない場合が難しいです。試合が近かったりすると、指導者からも「本当にダメなの?」という声もやっぱりありますので。
でも医療従事者として、危険な状態なので病院に行って診てもらってくださいということは、しっかり伝えるようにしています。
ーー筒井さんは、現状のどのようなところに課題などを感じていますか?
筒井)僕が最初にこの活動に加わった2017年、賛同いただいていたのは4リーグだけでしたが、2022年には多くのリーグまで増えました。
賛同いただけるリーグは年々増えてきているのですが、とはいえまだ東京の中の400名ほどの子どもたちにしか関われていないという現状ですので、全国の子どもたちのことを考えると心苦しいです。
ーー東京の中でもすべてのリーグやチームに関わろうと思うと、時間も人も今まで以上に必要になりますし、全国規模を考えるとさらに必要になりますね。
筒井)ですので、このような活動を東京でしているということを今回のように記事にしていただけるのは、とても嬉しい機会と思っています。全国で同じような活動をしている方とも繋がっていけるといいですね!
草柳)選手数が多いリーグは独自でメディカルの先生を呼んで検診などをおこなったりしていますが、そうでないリーグは自分達だけではできないのが現状です。そのようなリーグやチームも誘って一緒に受けてもらうことで、結果として子どもたちを救うことに繋がるんですよね。
大好きな野球を怪我なく続けてほしいから
ーーこの活動を続けてきた中で、こだわっていることがあれば教えていただけますか?
草柳)トータルチェックを毎年1月頃におこなっていると先ほどお伝えしたのですが、実はこのタイミングにこだわっています。というのも、リトルリーグのシーズンが12月頃に終わりますので、その直後の1月におこなうと、万が一どこかに異常が見つかったとしても3月頃の春の大会に回復できる可能性があるんですよ。
活動がスタートした当時は、冬の時期に外でテントを貼っておこなっていたので極寒で手が動かないほどだったのですが、子どもたちのことを考えてこのタイミングにはこだわっています。
ーー子どもたちが大好きな野球を少しでもできるようにというところに、とてもこだわっているのですね。最後に、もうすぐ10年目ということですが、今後はどのような活動を目指していきたいと思われていますか?
筒井)今の状態をフィードバックすることはできていますが、私たちの想いは怪我を減らしてパフォーマンスを向上するということです。子どもたちに応じたプログラムやメニューを作成して、子どもたちが自ら取り組めるような体制づくりができるといいなと思っています。
ーー子どもたちが自分で日常的に取り組めるようになると、怪我防止やパフォーマンス向上にさらに繋がりそうですね!
中村)私は当初目指していた各連盟との提携を、この先も目指していきたいと思っています。健康診断のように連盟に所属する選手はメディカルチェックを毎年受けて、自分の体のことを確認したうえでパフォーマンスをあげていけるようにしていきたいです。リトルリーグよりも上の年代のリトルシニアにも広げていきたいですね。
ーー全国の連盟と連携することで、多くの子どもたちに受けてもらえるようになると、将来的に子どもたちにとても大きなメリットがありますね。
草柳)これからも継続していくことが大切だと思います。同じことを毎年繰り返していると、どうしても子どもたちも飽きてしまうと思うので、新しいことを少しずつ取り入れながら、受けている側も良かったと感じらてもらえるよにしたいですね。
このメディカルチェックを受けた子どもたちは、高校に進んだあとも怪我をしたことがないみたいな実績ができるとめちゃくちゃ嬉しいです!
ーー草柳さん、中村さん、筒井さん、本日はありがとうございました。それぞれが子どもの未来のために想いを持ちながら活動されているお話を伺うことができ、胸が熱くなりました!
PSE Challengeの活動がさらに広がっていくことをSports for Socialも応援しています!