スポーツ

「すべての未来はあそびからはじまる」柔道・谷本歩実と競泳・寺川綾が考える“マルチスポーツ”の必要性

ミズノトークショー

あそび=最高のスポーツであるーー。

1つの競技に集中することが美学とされていた時代から、『マルチスポーツ』と呼ばれる多種目を体験し、さまざまな能力を身につける考え方への変化が起き始めています。スポーツ用品メーカー・ミズノでは、『ミズノマルチスポーツ』という3か月で10種類以上のスポーツを体験するプログラムもスタートさせるなど、プログラム提供側もマルチスポーツを意識し始めていることがわかります。

今回は、『すべての未来はあそびからはじまる』(著:ミズノ株式会社、監修:国立大学法人 山梨大学 学長 中村和彦)の出版を記念した、柔道家・谷本歩実さんと元競泳選手・寺川綾さんのトークショーの様子をお届けします。

谷本さん、寺川さんのお話から、メダリストの幼少期と“あそび”の重要性を考えていきましょう。

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たくさん遊んだ子ども時代を振り返る

寺川)早速ですが、谷本さんは子どものころにどんな遊びをしていたか覚えていらっしゃいますか?

谷本)私はもう見るからに“柔道”って感じの子どもでした。戦いごっこが大好きで。竹馬、鉄棒など、外遊びも大好きでした。「外で遊びなさい」と言われて外に出されていたわけではなく、自ら外で毎日遊んでいましたね。

寺川)最初からいろいろな遊びをしつつ、のちに柔道をやらせようとご両親は考えていたんですかね?

谷本)父はそう考えてたみたいで、小さい頃からいろいろな動きを取り入れた遊びをやっていた記憶があります。

寺川)私も谷本さんと同じく外遊びが大好きで、近所の誰よりも早く自転車や一輪車に乗れるようになったり、外でいろいろな遊びをしていました。冬になるとスキーに連れて行ってもらったりもしました。谷本さんは子どもの頃、柔道とは異なるスポーツに触れる機会はありましたか?

谷本)私は一番最初は陸上競技をやっていて、小学生のときには走り幅跳びで愛知県で優勝するぐらい、のめり込んだらとことんやりたいタイプでした。あとは、父が少年野球の監督をやっていたので、球拾いやバッティングに混ぜてもらっていて、野球も大好きでしたね。

私は9歳で柔道を始めたのですが、今、柔道を始める平均年齢が男の子で5歳、女の子で6歳なんです。競泳はいかがですか?

寺川)競泳というよりも水泳が、ベビースイミングという形で生後6か月ぐらいから始められるので、かなり早いですね。水遊びからスタートして、そのまま続けていくと、競泳に取り組むようになるという流れがあります。私が始めたのは3歳でした。小児喘息を患っていたので、兄もやっていた水泳をお医者さんが勧めてくれて。本当にたまたまでしたね。(笑)

トークショートークショー中の様子(左:寺川綾さん、右:谷本歩実さん)

なにをしても「褒めてくれた」親の存在

寺川)谷本さんはいろいろな遊びや、柔道、陸上もやられていましたが、子どものころのご両親のスポーツに対する向き合い方、関わり方はいかがでしたか?

谷本)私は“褒められたことしかない”子どもでした。何をやっても「すごいね!」「頑張ったね!」って言われ、どんどん「自分はできる!!」と思えるようになりました。

寺川)それは谷本家の教育方針なんですか?

谷本)父の考え方ですね。 母は悩みがあれば聞いてくれるっていう感じのサポートの仕方で、基本的に口出しはしないんですけど、父はもうどんどん褒めてくるタイプでした。

寺川)そうなんですね!私の時代は、親は送迎だけしてくれて、競技に関しては先生に預けてという感じでしたが、谷本さんのご両親はいかがでしたか?

谷本)柔道のとき、うちの父だけは道場で正座して練習を見ていました。とくになにか言うわけではないのですが、子どもながらに言われなくても伝わってくるものってあるじゃないですか。
ちょっと練習で手を抜いてやってしまったとき、父に「今日も頑張ったな」と褒めてもらうと、子どもながらに心の中にちょっと罪悪感が生まれます。「あっ、しまった」と思いながら、また頑張ろうと思っていました。

寺川さんはどうでしたか?ご家族と水泳の話をしたりしていましたか?

寺川)逆に私は一切競技の話はしなかったですね。母はスイミングスクールから、「プールはプールのコーチがいるから、家ではあまり言わないように」と言われていたそうです。
ただ、小学生で大会に出るようになって、自己ベストが出ると、その大会帰りには好きなお菓子を買ってもらえました。なにかを言うわけではなく、自己ベストが出たことをお菓子で表現してもらって、ストレートに喜んで、次もお菓子がほしいから頑張りたいって思っていましたね。(笑)

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遊びから競技へ。スポーツから得られる多くの学び

寺川)谷本さんが子どもの頃にやっていた遊びで、その後の自分のアスリート能力につながっていると感じるものはありますか?

谷本)遊びとは少し違いますが、0歳の頃から「両生類ハイハイ」といういわゆる“ほふく前進”をやっていました。あえて歩かせずに、ひたすらそれをさせるという両親の方針で育てられてきました。また、リトミックを保育園でよくやっていたので、とにかく遊びの中で神経を研ぎ澄ますようなことをやっていましたね。

寺川)なるほど。私もよく考えると、他のいろんなスポーツをさせてもらっていたことが、怪我無く水泳競技に取り組めたという点で大きなことだったんじゃないかと思っています。

いつから谷本さんはスポーツ選手としての活動を意識されましたか?“習い事”から“競技”にグッと寄っていくきっかけはあったのでしょうか?

谷本)実は私、保育園の卒園式の時の撮影で、「私はオリンピックに出ます。」って言ってるんですよ。言わされたのかもしれないですけど。でもそう言ったことによって自分の記憶には残りやすいですよね。
実際に柔道に出会ったのは9歳で、「オリンピックを目指せる」と思ったのは、大学1年生の18歳のときです。全国レベルの大会に出て、次のオリンピック出場権に自分が近いんだと認識した瞬間に、自分がオリンピックに出ますなんて一言も言えないぐらい、どうしようっていう思いがありました。寺川さんはいかがですか?

寺川)私はテレビでバルセロナオリンピックを見て、岩崎恭子さんが14歳で金メダルを取ったときの活躍から「自分もオリンピックに行きたい」という想いになりました。そうした夢や目標になる刺激が子どもの頃に受けられたのはよかったですね。

寺川綾さん

寺川)谷本さんにとって、スポーツをやっていてよかったと思うことはなんですか?

谷本)「国語・算数・理科・社会・“柔道”」と言えるほど、柔道から学んだことはすごく多いです。とくに、痛みや、喜びなどの感情です。教科書があるわけではないですが、負けた悔しさや勝った喜び、仲間を信じられた瞬間の感動を学んだのは全部スポーツだったなと思います。

寺川)本当にその通りですね。誰に教わるわけでもなく、自分が経験してきた中で、それぞれの子たちがそれぞれのことを学んでいけることはスポーツの良い所ですよね。
技術だけじゃなくて、“人として育ててもらった”という感覚がスポーツにはあるので、例えトップ選手になれなくても、大人になって役立つことはすごく多いのではないでしょうか。

谷本歩実さん
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やっておけばよかったのは「球技」と「語学」

寺川)今振り返って、幼少期にこれをやっておけばよかったと思っていることはありますか?

谷本)いろいろな競技、とくに球技をやってみたかったです。大人になってから仲間同士で一緒に触れ合って体を動かす機会は、割と球技が多いですよね。ユニバーサルスポーツのボッチャでも、とんでもないところにボールを投げてしまったりするんです。そうした悔しい部分もそうですし、球技も柔道に通ずるところがたくさんあるので、さまざまな種目にチャレンジできていたらよかったなと思います。
あとは語学ですね。フランスに留学した時に言葉も喋れずに苦労し、金メダリストだからといってすべて通じるわけではないし、世界に渡ったときに言語の表現力はすごく重要だと痛感しました。そうした思いから、自分の子には球技と語学はしっかりと小さい頃からやらせています。

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寺川)お子さんが実際に語学の勉強に取り組まれてどうですか?

谷本)私自身がいろいろな国で柔道教室をするのですが、一緒に子どもを連れて行くこともあります。そうしたときに、子どもたちがコミュニケーションをすごく上手にとれている姿を見ると、よかったなと思いますね。

寺川)私も本当に語学の重要性は身に染みています。アメリカで水泳留学していたときも、練習メニューは水泳に関することなので入ってくるのですが、自ら学んだことをアウトプットすることが英語では難しくて。スポーツの世界ではなくても語学はどんな場面でも活かせるものなので、やっておきたいことの1つですよね。

さて、最後の質問です。もし今小学生だったら何に挑戦したいですか?

私が今小学生だったらゴルフですかね。 パワーだけじゃなくて、自分の狙ったところに打つ緻密さは、積み重ねていってできるものであるところが魅力的です。また、生涯スポーツとしていろいろな世代の方が取り組まれているので、小さいころからさまざまな世代の方と関わっていけるチャンスも生まれるのではないかなと思います。もちろん水泳もやりたいですが、ゴルフも同時にやりたいですね。谷本さんはいかがですか?

谷本)引退して日本チームのサポートとしてオリンピックなどに帯同し、さまざまな競技を観に行くと本当におもしろいなと思います。ハンドボールやラグビーにはどハマりしそうですし、マイナーですがカバディの“狩り”の感じは、本能がくすぐられます。「こんなにもたくさんスポーツってあったんだ」という発見が42歳にしてたくさんあります。是非みなさん、お子さんといろいろな競技を観に行って、「これやりたい!」という反応を見てもらいたいなと思います。スポーツには向き不向きもありますが、やはり大事なのはその子が好きか嫌いかというところですよね。

寺川)好きじゃないと続きませんしね。もし谷本さんがたくさんの体験会に参加していたら、最終的になにを選んでいたのかも気になりますね!

ミズノ トークショーこの日は子どもたちも『マルチスポーツ』としてさまざまなスポーツ体験を行いました。

 

『すべての未来はあそびからはじまる。』
ミズノ公式オンライン、Amazonほかネット書店にて販売中!

書籍案内

この書籍は、ミズノが製品やサービスを生み出すための指針として掲げる「MIZUNO MIRAI VISION」の中にある、「スポーツでたくさんの子どもを育む」という思いを実現するため、「あそび」がどのように子どもたちの心と体に影響を与えるかを1冊にまとめたものです。

子どもの体力・運動能力は1985年ごろをピークに低下しており、ケガや生活習慣病の増大につながることが懸念されています。ミズノでは、この社会課題を解決するために2012年から健やかな子どもを育む運動あそびプログラムを開発し運営してきました。この運動プログラムの基礎になっているのが、「あそびは最高のスポーツ」であるという考え方です。

小学校1~3年生の保護者必見の書籍ですので、是非お手に取ってみてください!

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