バドミントン・ロンドンオリンピック銀メダリストの藤井瑞希さんと、「再生医療をあたりまえの医療に」を掲げる株式会社ジャパン・ティッシュ・エンジニアリング(以下、J-TEC)代表の畠賢一郎氏(以下、畠)をお迎えした対談。
① 【経営者インタビュー・J-TEC】「再生医療」とはなにものか。
② 【経営者インタビュー・J-TEC】スポーツと再生医療~広まることで深まる知識~
③【対談】バドミントン・藤井瑞希×J-TEC~怪我・リハビリについて考える~(前編)
怪我はしっかり治してからプレーしたほうがいいと考え、自身の2012年の全日本総合選手権決勝戦で前十字靱帯断裂の大ケガをした際でもあまり引きずることのなかった藤井瑞希さん。しかし、アスリートにとっての怪我や長いリハビリ期間は、競技面や生活面などを考えるとなかなか難しい現状もあります。後編では、変わりつつある現代の怪我に対する考え方、最後には子どもたちへのメッセージまで、対談を通して考えていきます。
スポーツ=根性論の時代は変わった?
ーー藤井さんはご自身のコンディションを100%に持っていければ、しっかりと実力を発揮できる、そのために休むことも必要、とのお考えでした。パートナーの垣岩さんのお考えはどうだったのでしょうか。
藤井)垣岩は、本当に、勝ちにこだわる人でした。なので私が彼女の精神面や体調面まで管理していました。これ以上やらせるとだめだとか、あるいはケアをしっかり行うよう声掛けしたり、呪文のように言い続けてましたね。でもそれは、「オリンピックに行きたい。」という彼女の目標を達成させたいという気持ちがあったからです。当時は相当厳しかったと思います。(笑)
ーー多分スポーツでトップを目指されている方って、藤井さんのようなタイプではなくて垣岩さんのような方が多いと思います。ところで、今の世代とご自身の時とで違いを感じることはありますか?
藤井)昔は監督やコーチなどの指導者の方が言ったことは絶対という感じで、代表合宿に行く時は怪我をしても休むという考えはなく、休んだらメンバーから外れるという気持ちがあったので、多少無理をしてでも参加していました。今の子どもたちは自分のケアについて考えを持っていて、怪我をしないよう早い段階で練習を抜けるようになったりしています。そういう意味では、大きな怪我も減ってきているのではないかなと思います。
畠)今の若い世代は、ケアに対する興味みたいなものがあるんでしょうかね?
藤井)今はインターネットでいろいろな情報を調べることができるので、ケアに関しても私たちの時よりも知識が豊富です。機械を使ったり、ヨガをしたりと選択肢は増えているように思います。
引退後こそ怪我は治さない?
畠)女性アスリートもかなり多い比率で膝の軟骨を痛めている方がいると思うのですがその点はいかがでしょうか。
藤井)バドミントンはどうしても骨盤の構造上、膝の怪我をしやすいと聞いたことがあります。膝の軟骨に関しては、完治しづらいと聞いていて、うまく付き合っていくものという感じがあります。前十字靱帯はブチッっと切れても完治するけど、軟骨は長く付き合っていくイメージ。軟骨を傷めたことでトップアスリートとしてのキャリアを諦めた選手も見てきたので、軟骨は怪我しやすく、厄介っていうイメージがありますね。
畠)我々は、アスリートの引退後、セカンドキャリアのために役に立てないかと考えるのですが、その点はいかがでしょうか。
藤井)選手の多くは引退してしまうと、その傷をケアしようとしないと思います。
畠)『もう選手じゃないから手術をする必要はない』という感覚なんでしょうか。
藤井)そうですね。選手だったら手術をしなきゃいけないけれども、選手をやめて生きていくだけだったらやらない、という感じだと思います。
畠)なるほど。我々が治療に取り組む膝の軟骨でいうと、良くなることはなく、年を経るにつれてだんだんとすり減っていって、そのままケアをせずに年齢を重ねると、痛みが出てくるのというものです。ですが、残念ながら皆さんはあまりそうした先のことまで思いを巡らせたりはしないのが現状です。
藤井)選手もそういう方が多いですね。垣岩にも40歳位で車椅子になっちゃうよと忠告しています。(笑)
畠)膝の軟骨は、今まで治療が難しかったのですが、この領域で再生医療の治療法が開発されました。しかしこの事実は、一般の方々にも医師の先生方にもまだあまり知られていないんですよね。
藤井)選手を辞めたとしても、その後の生活がありますので、手術やリハビリのために休みを確保するのは難しい。治療を選択するのは簡単ではないと思います。
ーー選手を辞めたあとはセカンドキャリアもありますから、その中で治療とリハビリに時間を割くというのが難しいというわけですね。
藤井)ポイントとなるのは、どれくらいの時間をリハビリを含めた治療にとられるのかということです。アスリートじゃなくても例えば3日間入院を要する手術をするとなったら、どのタイミングにするかいろいろ考えなきゃいけない、そこが1番のハードルかもしれないですね。日帰り手術とかだったら治療を受けやすいと思うんですけど。私も前に肩を痛めた時にリハビリに来てくださいと言われて、そんなに通うのかと大変に思った記憶があります。健康は大事と思っていても人間ドックに行かない人がいるように、治したいと思っていても時間をとられるってなるとやはりみんな躊躇するんじゃないですかね。ただ、軟骨の治療ができるということを知っている人も少ないと思うのでまずはその認知度を上げていくのが大切かと思います。
畠)なるほど。こうして怪我が治せることを患者さまに伝えて、実際に治していくというのが再生医療の今後の課題ですね。
藤井)本当に、膝の軟骨を損傷している人は多いですからね。治療して完治したモデルとなる選手が多くいれば、業界内で浸透するのは早いと思います。
畠)こうやって治っていくのだというのをもっともっと伝えていきたいと思います。
ーーアスリートにとっても再生医療という選択肢を、若いうちから知っておくことって大事ですか。
藤井)そうですね。再生医療が治療の選択肢としてあるというのを知っておくことは大事です。そしてそれをトップレベルではない子どもたちも知ることができたらいいなと思います。怪我で苦しんでいる子どもたちはたくさんいるので、選択肢の1つとして再生医療があるといいなと思います。私自身、日本代表になって初めて得た知識があって、普通にバドミントンをやっていたら知らなかったことがたくさんあります。今は、再生医療と聞いてもわからない人が多いと思うので、まずは正確な情報をトップの選手たちが下の世代にも伝えていくことが、再生医療を広めるうえで大事だと思います。
畠)そういった情報伝達の仕組みも重要ですね。
藤井)そうですね。怪我しないとそういう情報が集まらないですよね。膝の怪我は多いのでそれを予防する研修とかあるといいですね。
畠)おっしゃる通りですね。
子どもたちへのメッセージ
ーー今回、再生医療というテーマでお話をしていく中で、若いうちから様々な選択肢を持つということも大事だということを伺いました。藤井さんから、子どもたちに向けて怪我という観点でメッセージを送るとしたらどのようなことがありますか。
藤井)私はそもそも、『スポーツは長い人生の一部』と思っているので、怪我をしたら無理はせず、完治するまで治療すればいい、と考えています。健康であることに越した事はなくて、それこそこのコロナ禍で思うのは、元気でいればなんでもできるなということです。なので子どもたちにも、人生は長いので自分の体は大事にしてねと思います。その一瞬が全てじゃないということを常に子どもたちには伝えるようにしています。この考え方を教えてくれたのは中学生の時のコーチで、「バドミントンはあくまでも人生の一部にすぎない。」と言われていたことに、大きな影響を受けています。
私からも子どもたちには、『夢中に取り組むのはいいけど、それが全てじゃないから、もし怪我をしたらしっかりと自分と向き合おうね』と伝えたいですね。
畠)例えば競技人生を精一杯送って腰や肘などを壊された方々には、後悔の念ってあったりするんでしょうか。
藤井)スポーツをやってたから今こうなって後悔している、っていうのは聞いたことないですね。むしろ、痛いのを我慢して引退後もスポーツしてます!という人が多いと感じます。もちろん怪我は治すのが一番良いんですけど、そうやって続けていく人はスポーツ界では非常に多い気がしますね。腰を痛めたから違うスポーツをするという人はいても、競技のせいでスポーツができなくなったと後悔している人はいないと思います。
畠)それがスポーツの本質というか、トップアスリートの宿命みたいなものなんですかね。逆に我々は、そういう方々に治療を提供していきたい。我慢しなくてもよくなる治療がありますよと。
藤井)60歳を超えても週5でバドミントンをやってる人もいるんですよ。体の痛みより楽しさが勝つみたいな。J-TECさんにはそういう方々をケアしていただけたらと思います。
ーー若いうちに、引退後のスポーツライフの楽しみ方を考えることってあまりないですもんね。
藤井)子どもたちはスポーツに夢中になると無理をしやすいので、大人がどう気づきを与えられるかですね。今はスポーツの価値が上がっているので、親が子どもに無理をさせてしまったりする場合もあります。親御さんとしては、お子さん本人がやりたいことをどうサポートするかというのが大事だと思います。
畠)情報が豊富な時代ですので、子どもたちにとっても、いろいろ知って選択することが大事ですね。
藤井)はい。大人が情報を与えて、本人が選択するということですね。バドミントンも人気競技になってきた結果、親が子どものスポーツ人生に入り込むことが増えてきています。私は将来、子どもができてもバドミントンはやらせないですね。私を超えられないと思いますから。(笑)たとえ技術では超えられても、頭の中で考えてきたことは超えられないと思いますし、それを全部押し付けたくないとも思ってます。
畠)もったいないですね。藤井さんがコーチをされたら活躍されると思いますが。
藤井)今は、いろんな地域に行って、バドミントンの楽しさを教えて、メダルをみていただくことで、夢を持つきっかけを子どもたちに作りたいと思っています。
畠)当社の再生医療というビジネスもまだ未熟です。でも、患者さまの細胞をいただいて培養する、医薬品とは似て非なるものをあたりまえにしたい、広めていきたい、という想いを突き詰めてやっていきたいと思っています。それを突き詰めていくと、もっと広い世界と可能性が待っているということを今日お話する中で感じることができました。ありがとうございました。
藤井)こちらこそありがとうございました!
ーーお二人とも、ありがとうございました!!
編集より
畠社長、藤井さんの人柄もあり、今回の対談は終始和やかに、楽しく深くお話しすることができました!
『再生医療』について、全4回のインタビューを通してすべてを理解できたかというと、まだまだ難しさも感じています。しかし、怪我を治すこと、健康に生きることについて少しでも考えるきっかけになるのではないでしょうか?
アスリートとして全力で競技に取り組む、健康的に楽しくプレーするなど、スポーツには多くの楽しみ方、それぞれの価値があります。その価値を実現するための選択肢として『再生医療』が皆さんの当たり前になる未来がくれば嬉しいです!
藤井さんの本『日本のバドミントンはなぜ強くなったのか?』こちらもご注目ください!