臨床美術士で絵描きのフルイミエコです。臨床美術とはアートの活動を、認知症の症状の改善に役立てる目的で開発されたアートセラピーです。しかし何でもそうですが、続けて取り組む上ではやってみて「楽しい!」ことが肝心です。そのため臨床美術のアートプログラムは1回ごとの楽しさをとても大切にしてきました。「へえ、こんな描き方でやるの!?」と驚くような画材や手法が詰まっています。このアートプログラムの面白さによって、臨床美術は認知症改善の目的だけでなく、子どもや大人あらゆる世代が作る喜びと出会えるアートへと発展しました。ではその面白さとはどういう感じなのでしょうか。今日はそんなお話です。
表現によって全く異なる魅力が
認知症クラスでカリフラワーを描きました。臨床美術では描く前に五感を通じて対象を感じることを以前にも紹介しました。この時はカリフラワーの形の面白さ、特に触った感覚に注目してもらいました。カリフラワーの周りの葉のみずみずしさ、中心の花蕾の凸凹。さて、どうやって描きましょう。
普通に絵の具を使って描くこともできますが、このような場合には触った感覚を表すのにちょうど良い画材があると、きっと楽しさが増すと思うのです。専門家が使う画材には、絵の具を盛り上げたり削ったりするのにちょうど良い効果のある絵の具の補助剤があります。それらを使って表現の幅を広げていこうというのが、このプログラムの工夫のひとつでした。
さて、どんな作品が仕上がったのか観てみましょう。
最初のカリフラワー、いかがですか?とてもよく膨らんだ感じがするでしょう。絵の作者のKさんは臨床美術に出会ってから絵を始めた方です。言葉は少なくとても静かな方でした。でも制作が始まると凄く没頭して、じっと絵に向かい最後まで熱心に取り組まれます。この絵では中心の花蕾の膨らみを表すのに、画材がうまく盛り上がる効果を確認しながら丁寧に描きました。とても満足されていたと思います。観賞会で褒めると恥ずかしそうに、はにかんだ笑顔を向けてくれたことを覚えています。
次の絵はまた違った趣ですね。これもカリフラワーです。描いたMさんは印刷関係の仕事をされていた男性。認知症の程度はこの時点で中等度でした。カリフラワーの手触りを何度も触って確かめておられました。花蕾は小さな繊細な点で表しています。葉っぱの部分も細かい点の表現を重ねていきました。サインを描くために赤いペンをお渡ししたら、赤の色が表現に役立つと思われたようで、花蕾部分に赤の点描を加えました。とても几帳面な性格が出ています。花が咲いたように素敵なカリフラワーです。
3つ目は女性のMさんです。この方も絵は全くの未経験でしたが、臨床美術に出会ってから描くことがとても好きになりました。緑が美しく、茎の表情を力強く描いていますね。筆のタッチが生き生きとしています。葉の固さや、張った感じが伝わります。
3つのカリフラワーはそれぞれに全く異なる魅力が感じられます。同じようにカリフラワーを描いていても、カリフラワーのどこを面白いと感じたかも、何を表したいと感じたかもみんな違います。感じ方はそれぞれで正解や間違いはありません。そして花蕾の膨らみの表情にぴったりな絵の具の補助剤がいい役目を果たしました。講座で臨床美術士はデモンストレーションをして制作の手法を示します。この時は私がみんなが見ている前で白いフワフワした補助剤を使ってみせました。参加者の「やってみたい」気分が視線から伝わってきます。ワクワクが空気に溢れてきます。この面白い画材をどうやって使ってみようかと、待ちきれないとばかりに制作が進みます。自分が感じたことに応える画材や手法があると、その喜びは素直に絵に出てきます。
やりたいことにちょうど良い表現を見つけて描く
絵では何かを見て描く時に、形を描いてから色を塗るものだと思われがちですね。でも形の描写は美術の表現のごく一部のことです。ところが私たちは線で輪郭を描くことに慣れきっていて、形がよく描けていたら上手とか、そうでなければ下手だとか、つい思い込んでしまうのです。でも本当に大事なことは形が写実的な意味で正確に描かれていることではなく、自分がやりたいことにちょうど良い表現を見つけて描くことです。そのためには、色・形・筆の勢い・質感・素材などの全てに意味があります。それらには自分が感じたことを、ちょうど良く表してくれる雄弁さがあるのです。先ほどのカリフラワーの絵にもう一度注目すると、それぞれが全く異なる表現方法で、カリフラワーの異なる魅力を描き出していることがよくわかると思います。そしてこれらの絵は最初から計画されて描かれたのではなく、ただ感じたことを表現しようとして一生懸命に夢中に取り組む中で出来上がっているのです。そのことがとても大事なことだと思います。
皆さんも、ぜひ一度実際に臨床美術を体験して描いてみてください。自分が感じていることに気づき、ちょうど良い表現を見つけること。それは案外難しくなくて、楽しむ中でいつの間にか絵ができ上がってくる、そんなワクワクした経験だということを感じていただけると思います。
次回もエピソードを紹介していきます。
フルイミエコ
画家、アート&ヘルスケア臨床美術アトリエ苗 主宰
京都<臨床美術>をすすめるネットワーク代表
日本臨床美術協会認定臨床美術士2級
※「臨床美術)及び「臨床美術士」は(株」芸術造形研究所の日本における登録商標です。