特集

対馬の海岸は「世界の未来」だった。漂着ごみを“石炭超えの燃料”に変える、グローバルな資源循環の挑戦とその先に見据える未来

サラヤ

長崎県・対馬。この美しい島は今、海流に乗って押し寄せる膨大な「漂着ごみ」という世界規模の課題の最前線に立っています。

この難題に挑むべく、2024年に産声を上げたのが「株式会社ブルーオーシャン対馬」です。代表を務める川口幹子さん(以下、川口)は、もともと生態学の研究者として対馬に移住した現場の人でした。そんな彼女が、なぜ巨大な社会課題を動かす「社長」へと転身したのでしょうか。

その背景には、環境問題に深く向き合ってきたサラヤ株式会社との運命的な出会いがありました。一人の研究者の情熱と、企業のビジョンが重なり合って生まれた「ごみを燃料に変える」という画期的なビジネス。単に対馬の海岸をきれいにするだけではなく、このモデルを世界へ広げ、地球規模の海洋ごみ問題に終止符を打つこと。『資源になるから捨ててもいい』という安易な思考を越え、そもそもゴミが生まれない社会をどう作るか。 画期的なビジネスモデルが不要になる日をゴールに掲げる、その高い視座に迫ります。

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海洋ごみを減らすだけではない|万博で話題の『ブルーオーシャンプロジェクト』が示す未来志向の支援とは?海洋ゴミ問題、とくにプラスチックゴミ問題が深刻です。 年間約800万トン(※1)が海に流出していると言われる海洋プラスチックゴミは、その有害性や環境負荷が大きく叫ばれ、多くの活動が進められていますが、世界中すべての問題の根本を解決するには小さなアクションの積み重ねが必要です。 “環境”の問題に長く真摯に向き合ってきた企業であるサラヤ株式会社。洗剤をつくるメーカーとして、原料の1つであるパーム油を生産するマレーシア・ボルネオ島での環境保全活動や、製品パッケージにおいても環境負荷を与えないものを開発するなど、多岐に渡る角度から環境への取り組み、配慮をしている中で、今回取り上げるのは『BLUE OCEAN PROJECT』(以下、ブルーオーシャンプロジェクト)です。 海洋ゴミ問題に踏み込んだこの活動は、2025年大阪・関西万博でも注目を集めました。その深い中身に迫ります。...

研究室を飛び出し、対馬の「現場」へ

ーー川口さんはもともと生態学の研究者をされていたそうですが、2011年に対馬へ移住されたきっかけを教えてください。

川口)当時大学で研究者として働いていた私は、「研究室を飛び出して“自分のフィールド”を持ちたい」という想いを持っていました。論文を書くのではなく、実際に活動してみたいと考えていたタイミングで地域おこし協力隊の活動として『ツシマヤマネコ』の保全につながる地域づくりを担う専門家の募集に出会ったことが対馬に移住する転機になりました。

ーー対馬市島おこし協働隊への参加に迷いはなかったのでしょうか。

川口)対馬へのイメージもほとんどありませんでしたし、ツシマヤマネコの生態についても深く知らない状況でしたが、それ以上に自分の手足を動かしたいという想いが上回っていましたね。協力隊としての3年間で“自分の活動できるフィールド”を見つけようと思っての参加でした。

ーー偶然の出会いで対馬に来られたわけですが、実際に住んでみて感じた対馬の魅力はありますか。

川口)移住してから15年ほど経ちますが、対馬にはマルチプレイヤーな達人がたくさんいることに気づかされます。“海”と“山”と“里”がとても近いため、対馬の人々は1つの家で漁師、農業などなんでもやっている方が多くいます。チェーンソーを持って山で木を切れるのに、イカも釣ってくる。そんな方々がいることは私にとっても驚きでした。

また、歴史上外国との窓口になっていた対馬には、多様な文化や技術を取り入れ、日本中に流通させてきたこれまでがあります。離島でありながら、オープンマインドで人との交流をいとわない気質は、こうした歴史が作ってきたものなのだろうなと感じています。

ーー対馬という地が新しいものを受け入れてきた歴史も、この対馬でプロジェクトが進む背景になっているのですね。

避けては通れない「漂着ごみ」という現実

ーー対馬で生活していくうえで、海洋プラスチックなどの漂着ごみの問題はどう受け止められるのでしょうか。

川口)“生活していくうえで避けられない課題”だと思います。
たとえば、子どもを海水浴に連れて行くためには、まず漂着ごみをかき分けないと辿り着けません。漁師は、毎日のように船で海に出ているなかで、漂流している網が船のプロペラに絡まってしまうこともあります。水揚げした際にも魚とごみを分ける必要があるため、「ごみを減らしたい」というのは漁業者の多い対馬の人たちにとって共通する想いになっています。

ーー2024年の『株式会社ブルーオーシャン対馬』設立までには、どのような出会いやストーリーがあったのでしょうか?

川口)2022年に、サラヤさんも所属されている関西経済同友会の皆様が対馬に視察に来られたのが私と更家社長の出会いでした。

当時、私はヤマネコの生息環境を守るための活動のひとつとして、大学生向けに農林業とヤマネコの生息環境の関係を学ぶ合宿ツアーなどを開催していましたが、こうしたスタディツアーを運営するため、旅行会社を設立し、自身でバスに乗ってバスガイドもしていました。関西経済同友会さんのツアーも、その流れでバスガイドを務めることになったのが大きな出来事でしたね。

環境について学ぶために対馬を訪れた皆さんは、漂着ごみ問題の現実を目の当たりにし、「対馬の環境のための事業を」という想いが生まれたそうです。翌年には、「対馬で会社を作ろうと思うので、川口さんに社長をやってほしい」とお話をいただいたのですが、最初は冗談だと思っていてまさかまさか実現するとは思いませんでした(笑)。

ーーどんなことが社長就任への決め手だったのでしょうか?

川口)サラヤの方から「その土地に根を下ろしている専門家にやってもらうのが早いし間違いない」という言葉をいただき、決意を固めました。私はもともと大学で水産学を専攻し、島おこし協力隊時代には、当時の市長が掲げていた「対馬海洋保護区」構想の事務局を務めてきました。海洋物理学などの専門家が集まる会議を通じて、対馬暖流が豊かな恵みをもたらすと同時に、ごみも運んでくるという海のメカニズムや学術的な視点から学んできました。

私自身、子どもの頃から「捨てたごみはこの後どうなるんだろう」と気になってしまうほど、循環やリサイクルには関心がありました。プロジェクトのお話をいただいたときは、この十数年抱えてきたモヤモヤを解消できるかもしれないというワクワク感がありました。

ーー社長を任されることに不安はありませんでしたか?

川口)サラヤの関連子会社の方が、今後どのように漂着ごみ問題に取り組んでいけばいいのかを細かく分析された報告書をまとめてくださるなど、このプロジェクトに関わるメンバーは技術や知識・経験も豊富な方ばかりで、「この人たちがいるのなら社長をしても大丈夫」と思えました。

社長としてすべてのことをやらなければならないのではなく、今まで自分がやってきた活動や知識を活かして、その分野を担えばいいんだと安心してスタートすることができましたね。

ーー心強いパートナーがいらっしゃるのですね。

対馬モデルを東南アジアから世界へ

ーーブルーオーシャン対馬は、具体的にどのような活動をされているのでしょうか。

川口)漂着ごみといってもさまざまな種類があるのですが、まずは発泡スチロールの再資源化に真っ先に取り組みました。漂着する量も多く、放置しておくとマイクロプラスチックになりやすい、また、サイズが大きく運搬にコストがかかる発泡スチロールを、圧縮して運搬しやすく、リサイクルしやすい形にすることから始めました。

加えて、漂着するものとして多いのが“流木”です。現在、その流木とプラスチック系のごみを混ぜて、破砕、圧縮し、燃料に変えるプロジェクトも進行中です。これは“加炭材”と言って、鉄鋼生産の際の還元剤として利用できたり、燃料として石炭の代わりになったりします。流木は、ほかのごみも絡めとってごみの回収を困難にしてしまう非常に厄介な存在でしたが、それを燃料化することができれば、対馬のごみの多くを資源に転換できることになります。

ーー再資源化したものは、その先どのような流れを辿るのでしょうか?循環させるということもブルーオーシャン対馬では大事にしていると伺いました。

川口)加炭剤は、大手企業との実証実験の最中です。製品を作るために熱源を必要とする産業は多くあり、その多くでカーボンニュートラルへの取り組みは加速していますので、その一端を担うものになれればと思っています。

こうした企業も、「対馬への興味」を持っていただくことで視察に来られたり、繋げていただけたりしています。それぞれの業界の得意分野を繋げて何とかしようというネットワークが対馬を起点に広がりつつあると感じています。

ーー漂着ごみが適切に処理され、再資源化し、使われていく。こうした仕組みができると、対馬だけでなくさまざまな場所でこのモデルが展開されていきそうですね。

川口)ゆくゆくは、東南アジア諸国に広げていきたいと思っています。実は対馬の漂着ごみの中には、東南アジアからでたごみが流れついたものも多くあります。それは、彼らが陸で出るプラスチック系のごみをきちんと処理して再資源化する仕組みがないことが根本の原因です。“対馬”という小さなスケールの中で仕組み化を実現し、ビジネスとして成り立つモデルを示すことが私たちブルーオーシャン対馬の使命だと思っています。

ーー対馬をモデルとして、「島」という小さなスケールでも成り立つ“仕組み”を展開していくことで、最終的に対馬に流れ着くごみも無くなるということですね。

川口)壮大な計画ですが、巡りめぐって対馬に返ってきます。島という閉鎖的な環境でありながらも、さまざまな技術を取り入れ発展してきた対馬だからこそ、プラスチックごみ問題についても実験場としてごみ処理モデルを展開していきたいです。

身近な選択が対馬の海、そして世界の海へつながる

ーーブルーオーシャン対馬として、川口さんご自身は5年後にどのような景色を見れたら嬉しいですか?

川口)いろいろな企業が対馬に注目し、技術を取り入れたことによって「目に見えてごみが減ったな」と実感できると嬉しいです。東南アジア諸国に私たちのごみ処理技術やビジネスモデルについて自信を持って話しに行けるような結果が出てくれたらと思います。

ーープラスチックごみを減らすために、私たちができることは何でしょうか。

川口)私たちの活動は、プラスチックそのものを否定するものではありません。プラスチックは便利な素材ですが、問題はごみにしてしまう行為、適切に処理できず自然界へ流出させてしまう仕組みにあります。
海岸や街中のごみを拾うことも大切ですが、それ以上に「流出する前に適切に処理して再資源化する」という仕組みや、「プラスチックに頼らなくてもいいものを、別の素材へ切り替えていく」という取り組みが大切です。個人でいえば、使い捨てをやめ、プラスチックへの依存度を社会全体として下げていくのが大事なのかなと思います。

ーー最後に、読者へメッセージをお願いします。

川口)対馬の海で起きていることは、決して遠い世界の出来事ではありません。暮らしの中で出るごみが、どう処理され、どこへ向かうのか、その想像力を持つことが対馬の海、そして世界の海を守ることに繋がっています。
ブルーオーシャン対馬は、漂着ごみ課題を解決するために取り組んでいますが、皆さんの身近な暮らしと対馬の話が地続きであることを知ってもらえたら嬉しいです。一人ひとりの「ごみにしない」という選択が、対馬をはじめ世界中の海を変えていく力になるのではないでしょうか。

ーーありがとうございました!

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