私たちの想い

アートで自分を楽しもう〜臨床美術のススメ〜

紅葉を描いた作品(著者作品)紅葉を描いた作品(著者作品)
臨床美術こどもクラスの様子
大人クラス「錦鯉を描く」

臨床美術士で絵描きのフルイミエコです。皆さんは絵を描くことは好きですか?観るのは好きだけど、描くとなると苦手ですか?美術というと「高尚なもの」「難解なもの」「描くのは才能のある人の特権」などのイメージを抱いている方も多いかもしれません。私は常々美術は一般的に「難しい」というイメージがあることによって、社会の中では少し残念な立ち位置に置かれていると感じています。

それは音楽と比べるとよく分かります。音楽はすっかり私たちの生活に浸透し、誰もが好きな歌がひとつくらいはあるでしょう。歌うことだってプロのようでなくても、カラオケや宴会で気持ちよく歌い、聴いているみんなが拍手するということがあります。でも美術は?アートの場合はどうでしょう?日頃から歌うことほど気楽に、身近に、自分が楽しむものとして私たちの周りには無いように思います。実際に私は、私の母や父が絵を描いているところを見たことがありません。でも本当は美術も音楽と同じくらいに気楽に誰もが楽しめるものなのです。そして私たちの持っている隠れた力や可能性を押し広げ、引き出してくれる、素晴らしい自己表現のツールなのです。

私にそのことをはっきりと意識させてくれのは臨床美術でした。私は2005年に臨床美術と出会い、翌年から臨床美術士として京都を中心に活動しています。2009年から京都府立医科大学神経内科で外来の認知症の方と介護家族に対して月2回の臨床美術講座を実施してきました。臨床美術とは何でしょうか。簡単に説明すると、絵を描くことを認知症の症状の改善に役立てる目的で、芸術家と医師と家族ケアの専門家によって開発されたアートセラピーのひとつです。美術やコミュニケーションなどのトレーニングを積んだ臨床美術士が寄り添い制作に導きます。オイルパステル、絵の具、粘土、いろいろなものを使います。絵を描いている時に脳は普段と少し違う働き方をして脳活性が期待できます。臨床美術はアートプログラムがとても面白いので、今では認知症の予防の取り組みはもちろん、こどもの感性教育やビジネスマンのメンタルヘルスケアのため、生涯学習の教室など様々なところで活かされ注目が集まっています。

臨床美術が大事にしていることの一つは、表現しようとする対象を五感で感じることです。心に感動がないところに絵は生まれません。りんごなら見ているだけでなく、触ったり、りんごの木になったつもりで育つ過程に思いを馳せたり、香りを嗅いだり食べたりします。感性は誰にでも備わっていて感じることができない方はいません。そして感じたままに色や描き方を選んで描くことをすすめます。さて、りんごの感じ方に間違いなどがあるでしょうか。他の人がりんごの何をどう感じていようが、他人が否定などできません。それはその人にしか分からない世界なのです。感じ方に間違いがないように、感じたままに描かれた絵にも、たとえそれがどんな絵であっても間違いなどありません。

絵は心の叫びです。どうも私たちの社会では写実的な表現や技巧的な巧みさを評価する価値観ばかりが目立っているような気がします。しかし本来の美術はそんな狭いものではなく自由な自己表現です。技術的な意味での「上手」「下手」という概念を超えたところに、表現としての美術の意味があります。私は臨床美術に出会い、自分が求めていた美術の本来の力が高らかに歌われていることに感動しました。そして臨床美術士として仕事をして京都府立医科大学の講座、自分の運営するこどもアトリエ、訪問先の老人ホームなどで参加者の作品の素晴らしさを目の当たりにしています。

記憶に残る女性を一人ご紹介します。彼女はずっと描くことに苦手意識があって、描く前は毎回「できない。代わりに描いて欲しい。」と話していました。でも紅葉の絵を描いている間に目が画面にしっかり集中し、もう話かける隙がないほどによく集中していきました。きっと自分で描いた画面が彼女を惹きつけたのでしょう。もちろん出来上がった作品には大満足です。終わった後は初めの時とは全く違う表情でニコニコとお帰りになりました。同じ方の描いた作品は常にどこかその方らしさが漂っていて、その不思議さは言葉では表しきれません。精一杯絵に向き合って自分の感じ方に正直にエネルギーを放出すると、こんな素直な絵が出てくるのかと驚き思い知らされます。

いつも講座の最後には鑑賞会を行います。どの作品にも良いところや魅力がありますので、具体的に褒めてお伝えすることができ、皆さんとても素敵な笑顔を見せてくれます。その様子を長年見ていて、結局のところ私たち臨床美術士は何かをしてあげる仕事ではないのだとつくづく思います。皆さんが自分で輝いていかれるのです。

絵を描くことはとても内面的な行為で自分自身との対話です。たとえ側で寄り添っていても、その人の表現の世界には他人が深く立ち入ることはできません。描くことは自分に驚き自分を楽しんでいる姿なのです。アートは自分を楽しむツールなのですね。

ただ残念ながら全く何もきっかけが無いと、なかなか気楽に描き始めることができないというのは、最初に述べたように今の社会の現実です。臨床美術は社会のあらゆるところで、そのきっかけを提供することが役目なのだと私は考えています。専門的な画材、描き方の提案、ほんの少しのヒント、そして寄り添う臨床美術士と一緒に楽しむ仲間がいることで、アートは皆さんの日常の楽しみのひとつに加わると思います。そして時には人を励ましたり勇気づけたり、人とつながることを手助けしてくれるものでもあります。

これからの記事の中では私が臨床美術の講座で出会った方たちの表現や、私自身の創作の経験について紹介していきます。

■著者
フルイミエコ
画家、アート&ヘルスケア臨床美術アトリエ苗 主宰
京都<臨床美術>をすすめるネットワーク代表
日本臨床美術協会認定臨床美術士2級
※「臨床美術)及び「臨床美術士」は(株」芸術造形研究所の日本における登録商標です。

編集担当からのメッセージ

臨床美術士として活躍されているフルイエミコさんによる新たな連載が始まります。
認知症予防や、子どもの感性教育、働く人のストレス緩和など様々なシーンでの効果が期待できるのが、臨床美術です。
本サイトは、社会課題解決に役立つ様々な取り組みをされているNPO団体や個人の方を紹介・応援するプラットホームになっていくことを目指しています。スポーツに関心の高い人たちは、「社会課題解決」に対しての感度が高いとの調査結果もあります。
幅広いジャンルの取り組みをご紹介することで、読者の方々に新たな発見・関心が生まれたり、自分でもやってみるきっかけになればいいと思っています。

一人の力は小さくても、それが広がって輪になっていくことで、よりよい社会につながっていくと私たちは信じています。

今後の連載をお楽しみに!!

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