「体が資本」と言われるプロスポーツ選手。その身体を作る『食事』はスポーツをする上でもちろん重要です。
Jリーグ・ヴァンフォーレ甲府では近年、「食育」に積極的に取り組んでいます。
さまざまな経験を通じて「食」に関する興味と知識をベースに選択する力を習得し、健全な食生活を実現できる人間を育てる「食育」。プロの選手が食の大切さを伝える教室や、田植え体験などを通じて、子どもたちに伝えたいことは何なのか——。
一般社団法人ヴァンフォーレスポーツクラブの長田圭介さん(以下、長田)に話を伺いました。
「付け焼き刃」ではなく、選手が「本質」で
――食育の活動として、トップチーム選手が食の大切さを伝える「ヴァンフォーレご飯のチカラ」について伺いました。どのようなきっかけから始めることになったのですか?
長田)ホームタウンである山梨県甲州市の学校が文部科学省の「スーパー食育スクール」に指定され、これから食育に関する取り組みをしていくタイミングで「ヴァンフォーレさんの力を借りたい」と言っていただいたことが活動のきっかけです。
「体が資本であるプロスポーツ選手」という私たちが持っているリソース(資源)を活かし、日々の生活における食事の重要性を子どもたちに伝えていくことになりました。
――選手が子どもたちに話すのですね!
長田)選手本人が食事に気を使っていないと「嘘」を伝えることになります。それでは意味がないし、伝える内容の価値も高まりません。付け焼き刃でやるよりも、自分を高めるために本質的に食事の大切さを理解している選手に伝えてもらうことが重要だと思っています。
専属の管理栄養士さんがいないヴァンフォーレ甲府では、選手は自ら食事メニューを選ぶなど、主体性を持つ必要があります。良くも悪くもそういう環境だからこそ、本気で食事に向き合っている選手が多く、岡西選手や小泉選手は自らの興味から食に関する複数の資格を取得していますし、そうした選手から体験談を中心に子どもたちに話をしてもらうようにしています。
どんな選手にもある「意識が変わるタイミング」
ーー選手たちが話すのはどのような内容なのですか?
長田)小学生を主な対象にしてるので、本人の体験談をもとに話をしてもらう形式を取っています。
過去の話は選手それぞれで違います。ご飯ひと粒でも残したら「うちの子じゃない」と厳しい環境で育った選手もいれば、好きなお菓子を気にせず食べていたという選手もいます。
でも、どんな選手にも食事への意識が変わるタイミングがあることは共通です。変わる理由は人それぞれですが、そのタイミングの体験談を話すことは子どもたちに伝える上ですごく大切なポイントになっていると感じます。どうして食事に気を遣い始めたのか、ということが一番わかりやすく伝わっていると思いますね。
――長田さん自身が印象に残っている話はありましたか?
長田)第1回目は、当時ヴァンフォーレ甲府に所属していた稲垣選手(現・名古屋グランパス所属)に登壇してもらいました。彼が、「野菜は嫌いだけれど身体にとっては大切だから、スムージーにして体に取り込んでいる」と話したときの子どもたちのリアクションはとても良かったです。
「プロでも野菜食べれない人がいる」という親近感や、ありふれた手法であっても選手が直接伝えることで「こうやって飲めば野菜を取り入れられるんだ」という素直な反応があり、今でも覚えています。
健康オタクの島川俊郎選手(現・サガン鳥栖)の話も笑いを誘いました。小さい頃、骨折等の怪我が多かったため、「骨を強くするためには、カルシウム!」という理由から、当時は魚の骨まで食べていたそうです。(笑)
サッカー選手だけでなくアスリートは常に「上手くなりたい」という向上心を持っています。島川選手はその中で、ピッチ外にも目を向け「食事」「睡眠」といった事にも興味を持ったことで「ご飯をただ食べるだけでは駄目だ」と考えた結果、骨まで食べるようになったそうですが、そのエピソードを話したときの子どもたちの悲鳴を交えた反応は、なかなか忘れられません(笑)
ここ2年はコロナの影響でオンラインによる年数回程度の実施となり座学を中心に行っていますが、岡西選手や小泉選手が「これを食べると、こういう効果がある」という、専門的な知識を伝える場面が年々増えていて、子どもたちのリアクションや質問の内容にも深みが出てきていると感じます。
「意識」「興味」を変えてもらうためのアプローチ
ーー栄養士さんからの講義も良いですが、選手が話をするのもまた別の良さがありそうですね。
長田)学校の給食は管理栄養士さんが作ってくれるし、事細かに何が入っているかが書かれているけれど、普段の食事はそこまで丁寧にできないと思います。
なので、専門的なアプローチを一旦置いておいて、選手を学校に連れて行ったときには、シンプルに食事の話の前に選手の『スゴさ』を見せるようにしています。
正直、1回45分の授業だけで食事の内容まで変えることは難しいので、選手には走ったりボール蹴ったりとにかく全力でやってもらい、まずは『スゴさ』を感じてもらいます。
そうすることで、ある意味、魔法にかかった状態で、「ああいう凄い人って、こんな物を食べているんだ」とか「食事のバランスを考えると筋肉がつきやすいんだ」というように、納得感を持って話を聞いてくれるんです。(笑) そんなシンプルな伝え方で、ちょっとした「意識」や「興味」を持つというような所を変えてもらえるようにアプローチしていくことを大切にしています。
「自然から学んでほしい」
ーー食育に関する話題だと、田植え体験イベントなどになども取り組まれていますね。どのようなものなのですか?
長田)5月にホームタウン北杜市にある白州杜苑様でサッカースクール生親子のどろんこ遊び&田植えでスタートし、7月にはアカデミー(U10)やトップチーム新人選手の新人研修として草刈りを手伝ってもらったりしました。そして、11月にサッカースクール生親子が参加して稲刈りを行い、SDGs推進部長の小柳選手が精米をしてくれました。フィナーレは12月の最終戦、山梨大学の片岡准教授にご協力いただき、お米の苗が育っていく過程で重要となる「土」に目を向けて、土壌微生物のお話を優しく、楽しくして頂いた後に、精米したお米を子どもたち自身の手で売りました。
子どもたちの外遊びは年々減少していると言われていますが、昨今の新型コロナ禍での外出自粛などで拍車がかかったと思います。
今回の田植えでは「泥んこ遊び」をしたりすることなどを通して、泥みに足を取られ自分の思い通りに体を動かせない不自由さを楽しみながら体を動かしたり、自然の中で昆虫や爬虫類など様々な生物と見つけたりと、皆それぞれに楽しんでくれていました。学びの観点では、作ったお米を、「どうやったら売れるか?」を自分で考えてデザインした袋に入れて手売りをしてもらい、対価を得ることで、「リアル職業体験」のような場にしました。
土壌微生物の学びでは、小さいころからさまざまな刺激を入れることが大切だと思っているので、少し難しくても「本物」に話をしてもらいたくて、山梨大学の社会連携部に相談しました。快く生命環境学部の片岡准教授をご紹介いただき、わかりやすくお話頂きました。ただ流石に幼児には難しかったので「途中で飽きてしまい、遊んでしまいました」というような意見も貰って改善点はありますが、それはそれで経験になっていれば良いのかなと・・・(笑)
とにかく、どうせやるなら、いろいろな仕掛けをして運営側も参加者も楽しく、「学校では教えられないもの」を学ぶような機会にしたかったんです。
そうした活動は、地域でやることで「地域を知る」ことに繋がったり、社会勉強にもなります。文部科学省のホームページなどには、自然体験が豊かな子どものほうが自己肯定感が高かったり難しい局面を乗り越える力がついていたりすると紹介されており、教育的な側面でもメリットがあることも言われています。
ーー子どもたちや保護者の方からの反応はいかがでしたか?
長田)アンケートを取ったところ、「今後も参加したい」と回答した保護者の方は100%と、良い反応をいただきました。
なかでも、「ご飯を味わうようになった。塩おむすびを美味しいと言うようになった(笑)町で見かける田んぼに興味を持つようになった」「人間の力だけではなく、自然の力がお米をおいしくさせたと言うことを話していました」「お金を貰った事が1番楽しかった様です!初めてのお仕事に興奮してました」「初対面の子と打ち解けて仲良くすることができて良かった」というさまざまなご回答がありました。いずれも学校の授業だけでは学べないもので、我々大人や親が子どもに伝えたいことをリアルな経験を通じて伝えることができたかなと思います。
「支えてくれる人」を感じる
ーー米作りに関する一連の作業の中で、トップチームの新人選手からスクール生までクラブ全体が関わっているのは魅力的ですよね。
長田)私自身がトップチームの新人選手の研修担当だったので好きなことが出来るという、半ばズルい企画でした・・・(笑)そして、やってみたら想像以上に良かったというのが本音です(笑)
新人選手たちには、稲を植えたり刈ったりという、いわゆる「おいしい」部分ではない「草とり」をしてもらうことにしました。
一見、プロサッカー選手という職業には無駄なことに思えるかもしれませんが、通常は支えてもらう立場になることが多い選手たちが、子どもたちの育てているお米に関り、支える側に立つことで「目立たないけれど支えてくれている人がいるから自分たちは成り立っている」というようなことを少しでも選手たちに感じてもらいたいという意図を持っていました。有難いことに、活動した場所の近くにスポンサー様の店舗等もあり、クラブスタッフの広報担当やSDGs担当が一緒に参加し協力してくれたので、コロナ禍で支援してくださっている方々との接点も持つことが出来ました。このような小さな経験から、選手たちも自分たちの価値や振舞いについても考えてくれるような機会になってくれていれば嬉しいです。
――最後に、「食育」活動について、これからの想いを教えてください。
長田)食育教室に関しては、今回取り組んでみて活動のよさが私たちとしても認識できたので、「食べることは、生きること」という考えのもとに、多角的な視点で、より広がっていくように力を入れていきたいです。活動の内容や価値を多くの人に示し、回数を増やしていくなかで参加してくれた子どもたちの意識が少しでも変わったりしたら嬉しいです。
これまでは選手からの体験談を中心とした話が多かったですが、教室に管理栄養士さんに同席してもらうなどのバージョンアップや山梨県の郷土料理や食育推進、フードロス等の担当課と打合せをしていて上手く連携しながら、山梨県や各市町村が描いているものに連動しながら子ども達に伝えていきたいと思っています。それが、地域・山梨を知るということに繋がり郷土愛を育むような一助にもなるのかなと思っています。
お米を育てることについても、スタートの勢いや熱量と同じくらい「継続」をすることが大事なので、スポンサー企業さんや参加してくれたスクール生やその保護者など、協力してくれる誰もがプラスになるような形を探していきたいです。参加した人が改めて食事の大切さを通じて様々な学びを得られるよう、ヴァンフォーレ甲府として持続可能なスキームを作っていきたいと思います。
ーーありがとうございました!