この連載では、WEリーグのノジマステラ神奈川相模原に所属する常田菜那選手が、現役アスリートが出来る社会貢献活動を考え、さまざまな方々にインタビューしていきます。
現役アスリートとして、競技に専念することは当たり前。その中で「競技を通してもっと地域や社会に貢献したい」「自分にできる取り組みをしたい」という想いが強くある常田選手。アスリートが現役中に社会の課題と向き合うこと、地域貢献活動をすること、そうした意義のあることを現役アスリート目線で発信していきます。
現役アスリートの多くが抱える社会的課題の一つ“セカンドキャリア”。
「一度しかない人生に第一も第二もないのではないだろうか?」という考えから、セカンドキャリアという言葉を“ネクストキャリア“へと変換し、教育から就職・起業までアスリートを支援するコミュニティが存在します。そのコミュニティが「Athletes Business United®︎」(以下、ABU)です。
“アスリート(A)としてのあなたと、ビジネスパーソン(B)としてのあなたを結合(United)させ、一度しかないあなたの人生において、進むべき道の選択肢を広げる”という想いを名前に込めたこのコミュニティは、これまで多くのアスリートを支援し、今年(2024年)の5月で11期目を迎えています。インタビュアーの常田自身も10期から受講生としてABUの中で多くの学びを得ているアスリートの一人です。
今回は、現役アスリートの特性や、アスリートが抱える社会課題の背景を探り、アスリートの引退後(ネクストキャリア)への思考や、現役中の取り組み方の意識を高めることに繋げるべく、ABU創設者で学長の中田仁之さん(以下、中田)と、講師であるフェンシング元日本代表選手でオリンピック出場経験もある西岡詩穂さん(以下、西岡)と、同じく講師の元高校ラグビー日本代表監督で、現在は大学に勤務し、学生への選択理論・目標達成理論の技術の勉強会、指導者講習会の講師等をされている松井英幸さん(以下、松井)にお話を伺いました。
「未来が見えなくなっているアスリートを救ってほしい」
常田)まずは中田さん、ABU創設のきっかけや想いを聞かせてください。
中田)7年前に、ある一人の野球選手を紹介されたのが始まりです。甲子園に出場し、スポーツ推薦で大学に入ったものの、怪我で野球ができなくなり、大学を辞め、アルバイト生活でふらふらしていたときに僕のところに紹介されてきました。彼は、野球ができなくなったことで何もかもが嫌になっていたのです。そんな彼が僕に言ったんです。「中田さん、僕の人生20歳でピークなんで」と。それを聞いて僕は「お前はアホか!野球のピークは20歳かも知れへんけど、人生のピークはもっと先にある!」と言いました。
その紹介をきっかけに、まずはいわゆる“鞄持ち”として半年ほど僕の会社で働くようになりました。学校の勉強は真面目にしてこなかった彼ですが、ビジネスのことを教えたら「おもしろい!」と言ってどんどん吸収してくれました。その姿を見て、知り合いの会社に彼のことを紹介したところすぐに内定をいただきました。
今でもビジネスの世界で頑張って働いている彼が「僕みたいに未来が見えなくなってるアスリートがいっぱいいるから、そういう人たちをまとめて救ってくださいよ」と僕に言ってくれたのがABU設立のそもそものきっかけですね。
常田)実際に、選手を引退し、就職したあとのアスリートたちの実態はどのようなものだったのですか?
中田)“アスリートのセカンドキャリア”の実態として、ほとんどが就職斡旋サービスを使って就職しています。そうしたアスリートにアンケートをとってみると、約6割が1年以内に会社を辞めていたことがわかりました。
実際にヒアリングすると、「年下の上司に呼び捨てにされたから」というような、しょうもない理由で辞めてしまう人もおり、さらに一度辞めると“キャリアダウン”してしまう人が多いこともわかりました。
「これは企業の問題よりもアスリート本人の問題だ」と思いました。引退し、次の一歩を踏み出す前に、自分自身と向き合ってマインドを整え、社会やビジネスのことをちゃんと学んで、自分のやりたいことを見つけて、アスリートを採用したい企業に入ったらうまくいくのではないか?という想いになっていきました。
常田)社会やビジネスのことを知っているのと、まったく知らないのとでは就職してからのキャリアアップの仕方にも違いが出るのですね。
引退後に向けてのマインドセットをする場所が必要?
常田)オリンピック出場経験もある西岡さんは、現役中に引退後のキャリアで悩みや不安なことはありましたか。
西岡)引退後のキャリアについて、普段はあまり考えないのですが、ふとしたときに「自分はいつまで現役選手としてプレーするんだろう?」と考えることはありましたね。
オリンピックを目指す!という気持ちがなくなったときに、現役を辞めようと考えていたのですが、それと同時に「現役を終えたら自分は何をするんだろう?」という考えが出てきます。会社で働くことを考えても、現実味がなくてイメージが湧かず、本当に真っ白な状態でしたね。
常田)まさに、多くの現役アスリートも感じている課題だと思います。
西岡)イメージがはっきりしないから、そこまで不安にもなれないんですよね。何かできるかもしれないけど、何をしたらいいかわからない状態で、不安というよりも不思議な感じです。現役アスリートは「まあ何かできるだろう」くらいの考えで行き当たりばったりの感覚が強い気がします。
常田)松井さんがABUの講師をされていて、受講生に多い特徴や、こういう考え方や悩みが共通しているなと感じる部分はありますか。
松井)共通していることは、現役を終えたあとのキャリアをきちんとしたプランを立てていないことだと感じます。
スポーツの中で、引退後もその競技で仕事ができるのは限られていて、トップレベルの人たちの中でも20%ほどではないでしょうか。今まで人生をかけて競技に取り組んできたことで得られたものが、現役を終えた時点ですべてなくなってしまう、というのは何が問題なのかな、と思っていました。
僕は過去に海外で活動していたことがあるのですが、海外の代表選手の多くは現役を終えたあと、ビジネスの世界でもきちんと仕事をしています。現役を終えてから考えるのではなくて、現役中にある程度競技と両輪で引退後のキャリアのことを考えられるような教育を受けられているんです。
常田)そのような教育があるのですね。
松井)そこが日本にはないところですよね。やはり、現役を終えてからその後のキャリアを考えるのでは遅いです。そういうマインドセットをしていくのがABUなのではないかと思っています。
挫折・苦しさを乗り越え、競技で得た能力を社会で活かすために
常田)現在の日本の教育で問題点や必要だと感じることはありますか。
松井)日本の教育、とくにスポーツに関わる部分においては、選手がスポーツ推薦や特待生で入学し、学生生活が競技のみになって、“自由が奪われていく”ような傾向にあるところがあると思っています。
そこで自分で気づいて勉強したり、いろいろなことに挑戦する人はいいですが、競技だけに没頭してしまうことも多いのかなと。指導者側も、勝負に勝つことだけにフォーカスし、その先にある目的を明確にしていないことも原因かと思っています。「競技の先にある人生って何?」ということも考え、同時に描かせていかないとだめだと思っています。
常田)私も大学までスポーツ推薦で入ってサッカー一筋の学生生活でした。学生時代は部活で日本一を取ることだけにすべてを懸けていましたね。
松井)それももちろん大事なことで、その競技を小さい頃からやり続けているのは素晴らしいことです。そこには努力や苦労・挫折があり、心も頭も鍛えられていきます。
ただ、それだけだと“社会に出て仕事をする”となったときに、せっかく鍛えてきたそれらの能力が活かされないことも多いんです。それをどう結びつけていくのかが、スポーツに関わる指導者や現役選手にとって一つの大きなテーマになるのではないでしょうか。選手自身の視野を広げ、可能性を引き出して、次のキャリアに向かっていくことが大事であり、そのきっかけ作りがこのABU なのではないかと思っています。
常田)学生年代はどうしても競技に没頭する傾向にあるので、若い世代からそういった視点を持つことができればいいですね。私はABUで松井先生の授業を受けて、サッカーが最終目標になっていた考えが変わってその先の目的を持つ大切さを学びました。
「アスリートが学ぶって大事」意識レベルの高いABUが持つ価値
常田)11期目を迎えたABU。どのようなところに価値を感じていますか。
中田)ABUでは、アスリートが受講料を払って参加します。自分でお金を払ってまで学ぼうとするアスリートは、すごく意識が高いです。そうした意味で、ABUには“意識レベル”が高い方たちが集まっているという点に一番の価値を感じています。
加えて、社会からの期待も大きくなってきていると感じます。「ABUで学んだアスリートを採用したい」という企業がどんどん増えてきています。アスリート本人はどこでどう就職活動すればいいかわからない人も多くいる中で、私たちが“意識レベルの高い”アスリートを企業に繋ぐことが、三方良しの価値になっているのではないかと思います。
常田)「ABUで学んでいるアスリートを採用したい」という企業が増えているのは嬉しいことですね。
中田)現在、弊社の会員企業が100社を突破しました。スポーツ関係の企業だけでなく、さまざまな業種の方々がいらっしゃいます。
常田)講師の目線から、ABUのここがいいな、と思う点や価値を感じる点を教えてください。
西岡)ABUで知識を身につけることも大事ですが、自分の競技以外の人と繋がることができて、話ができる点に魅力を感じます。自分の中にある不安や疑問は、なかなか同じ競技の同じチームの人に話しにくいこともあります。
ABUのように「みんな同じ想いを持って学ぼうとしている」コミュニティだとそうした不安が打ち明けやすいですよね。そうしたアウトプットは、「自分はこうしたかったんだな」と考えが見えてくることにも繋がります。
常田)授業の中でもアウトプットすることが多くあり、未来のことや自分自身の考えが整理されていきました。
常田)さきほどお聞きした受講生の悩みや特徴があると思いますが、授業を受講し続けた受講生に考え方や立ち振る舞いで変化を感じる点はありますか。それぞれ教えてください。
松井)講義を経て、自分の意見を積極的にアウトプットできるようになっていると感じます。日本の教育で必要とされているアクティブラーニングとは「どれだけアウトプットして課題解決をするか」ということが重要です。受講生でディスカッションができるようになり、いろいろな意見が出てくるようになることはすごくいいことだなと思います。
それと同時に大事な“傾聴”に関しても「アウトプットすることによって人の話を聴けるようになる」ということも授業を通して感じています。
常田)私も最初は発言やディスカッションに苦手意識がありましたが、繰り返していくうちに慣れていきました。アウトプットすることで自分の考えが整理できるし、いろいろな人の話を聴けることも刺激になって、だんだん楽しくなっていく。そういう変化をすごく感じます。
常田)中田さんは受講生に対してどういう変化を感じますか。
中田)私はこれまでの受講生を見てきて、アスリートがABUで“柔軟性”を持つことができるようになっていると感じています。これまで自分のイメージに凝り固まっていたアスリートが、ほかの競技に接点を持ったり、視野を広げることができていますし、自分で学ぼうとすることによって自分に対して自信がついてきているんじゃないですかね。
それがパフォーマンスアップにも繋がるなど、競技の面での相乗効果もあると思っています。
西岡)自信は絶対についているはずです。競技以外のいろんなことにチャレンジしようと取り組んでいる受講生も多くいるのですが、行動に移すことがその成功・失敗に関係なく“自信”に変わっているように見えます。
常田)今後、ABUにどういった受講生が増えて欲しいですか。
中田)社会人アスリートでも、学生アスリートでも、自分から学びたい気持ちがあるのであれば、部活やクラブ以外のコミュニティにできるだけ早く参加した方がいいと思っています。
ABUに学びにくる方たちは本当に意識が高いし、考え方レベルが相当高いです。だからその流れというか、その層がどんどん広がって、「アスリートが学ぶって大事だよ」という考えが広がっていけばいいなと思っています。
常田)私もABUを受講させていただいて、自分自身の幅が広がり、未来に対しての考え方や思考の質がすごく高められていると思っていて、そういうアスリートが増えたらいいなと思います。私自身がそうだったように「好き」の延長線だけで競技をやってる選手が多いと感じています。それもいいと思いますが、女子サッカーはまだまだマイナースポーツでこれからもっと発展していかないといけない競技だからこそ、選手として以前に人としての質・人間力を高めていくことが大切だと感じています。競技発展のためにもそういう選手が増えていかないといけないなと思います。
それを学べるところがABUだと思っています。私自身、発信等を通じてそういう選手を増やしていく取り組みを積極的に行っていきたいと思います。貴重なお話ありがとうございました。