「女の子でもサッカーを楽しみたい。」そんなシンプルな想いで1970年代後半から活動を開始し、1998年には大和シルフィードとしてクラブ化、現在まで続く女子サッカークラブである『大和シルフィード』。その活動は、なでしこリーグ1部での競技にとどまらず、育成年代の活動から、SDGsを意識した社会との連携の活動にまで及んでいます。神奈川県の事業にも参画する大和シルフィードの取り組みには、どんな想いが存在するのか。代表を務める大多和亮介さん(以下、大多和)、スタッフの橋本紀代子さん(以下、橋本)にお話を伺いました。
有数の才能をつなぐために
ーー大和シルフィードというクラブは、どのようにして始まったのですか?
大多和)1970年代の後半頃、神奈川県大和市で「女子サッカーを楽しみたい、やってみたい」という女の子たちのために指導や場づくりをされてきた方々が始めたのがきっかけです。Jリーグが開幕したのが1993年ですので、当時はまだまだ「女の子がサッカーなんて」という時代でしたし、いろいろと苦労があったと聞きます。
大和シルフィードというクラブとして立ち上げたのは1998年。当時、将来的になでしこジャパンにも選出される、川澄奈穂美選手と上尾野辺めぐみ選手が中学1年生になる年でした。あれだけの才能を持っていた2人が、このままだとサッカーを続けられなくなってしまう状況にありました。その子たちがサッカーを続けられるようにということで大和シルフィードとしての第1歩を踏み出しました。
それからはU-15年代(中学生年代)までで活動してきて、川澄選手、上尾野辺選手も出場した2011年のFIFA女子ワールドカップを挟み、2014年にトップチームを創設しました。
現在はなでしこリーグ1部に所属し、将来的には2021年9月に開幕したWEリーグへの参入を目指しています。
ーー1970年代は驚きですね!
『女性の課題解決』に取り組むサッカークラブ
ーー大和シルフィードさんの、取り組む女性の課題解決をお伺いしていこうと思います。
神奈川県との取り組みで、『SDGs社会的インパクト評価実証事業』に参画されています。それ以前から、そうした取り組みはあったのでしょうか?
大多和)大和シルフィードは、まさに1970年代後半頃のスタートから草の根で女性活躍を支援してきた存在だと思っています。トップチームでは女性監督を起用し続けるなど、いまでこそ「女性活躍」や「ジェンダー平等」はよく聞く言葉になっていますが、本当に昔から取り組んできたクラブだと思っています。
今日一緒にいる橋本は、大和シルフィード出身(4期生)で、大学卒業後一度ヨーロッパでのプレー経験を経て自分が育ったクラブに帰ってきて、いまは正社員として働いています。
ーー出身選手が戻ってきて働いてさらに女性活躍を推進していく立場になるのは素晴らしいことですね!
大和シルフィードさんが事業としてSDGsに取り組むのはなにか理由があるのでしょうか?
大多和)逆にいうと取り組まざるを得ないことだとも思っています。スポーツビジネスの基本的な収益構造は1984年のロス五輪でその形ができ、スポンサー収入、チケット収入というところが中心です。
私たち大和シルフィードもプロ化を目指すチームとして、稼げるチームにならないといけないですし、クラブとして大きくなっていかないといけない。
それでも、Jリーグのように観客を数万人も集めることはできないですし、ユニフォームにロゴを出すことで多くの金額をいただくことも難しいのが現状です。
ーーたしかに、露出の広告効果という意味では限界がありますね。
大多和)コロナ禍にあって既存のスポーツビジネスモデルが変化しつつあります。アメリカの女子サッカー代表やラグビーのニュージーランド代表だったり、身近なとこだと大坂なおみ選手がわかりやすいです。
強くて稼げるだけじゃなく、社会との接点を意識したチームやアスリート。
スポーツの価値を社会と結びつけて発展させようという動きの中で、私たちとしてもそうした方向でいきたいですし、いかざるを得ないというのがSDGsに注力して取り組む背景です。
ーーありがとうございます。橋本さんは小さい頃からクラブを見ていて、このクラブに対してどのように感じていますか?
橋本)コロナ禍やWEリーグの開幕など、いろいろなことがありましたが、根底は「女性がサッカーをする場をただただ作りたい」という愛があったからこそ出来たチームというのが受け継がれているのかなと感じますし、今も愛着を感じます。
SDGsを掲げて取り組むことも、前に進んでいくべきでいい取り組みだと感じています。
女性アスリートの心身の困難について
ーー大和シルフィードさんが取り組む女性の社会課題について、お話を伺っていきます。1つ目は『女性アスリートの心身の困難の課題』ですが、どのような内容でしょうか?
大多和)4割を越す選手たちが月経異常を経験しています。それは激しい練習のせいで致し方なくなってしまったというケースもありますが、指導者の理解力が不足している場合も少なくありません。ましてや男性指導者が全くの無理解で、将来にも影響してしまうような致命的なものを見過ごしたりということが、現在においても起こっているのが現状です。
パワハラのようなことも目にすることがありますし、早急になんとかしなければならない課題です。
なでしこジャパンが結果を出すかどうか以前に、そこを目指す女の子たちのため、身体へのサポートは大事にしなければなりません。
心の方では、スポーツ庁もスポーツ会場での盗撮禁止を言い始めています。ようやく日本も性的な目的での女性アスリートの盗撮を禁止してきていますが、逆にいうと今までそういうことがあったということです。そうしたことから守っていくことは本当に大事なことです。
ーーサッカー以外の競技でも、女性アスリート自身から声を上げることが日本でも増えてきていますね。いままでのことも踏まえた対策が必要ですね。
10代女性のスポーツ離れスポーツ嫌い
ーー2つ目は、『10代女性のスポーツ離れ・スポーツ嫌い』についてです。
大多和)まさに、大和シルフィードの成り立ちからしても考えなければならない課題です。小学校までの女子サッカー選手の人口は諸外国に比べて多くはないし、少ないわけでもないのですが、中学校に上がるときに2割の小学生がサッカーを辞めてしまいます。
これは中学校に部活がない、指導者と合わないなどの理由があるのですが、中学校に上がる際にサッカーを続けていけるサポートや環境があると、大人になるまで競技を続けやすいです。
ーー中学生年代では、現在でもサッカーができる環境は少ないですか?
橋本)部活動で女子サッカー部がある中学校はほとんどないので、当時の私も含めて中学生の女子がサッカーをする手段がクラブチームしかなかったです。自宅の近くにそうしたチームがあるか、レベルはあっているかなどを考えると、選択肢は非常に狭まっていますね。
ーー続ける課題があると同時に、運動やスポーツが嫌いと答えている女子が多いことに関してはいかがでしょうか。
大多和)もちろんスポーツが元々嫌いという人もいるかもしれません。ですが、スポーツを嫌いにさせているような課題があるのであれば、そこは大和シルフィードが本業を通じて少しでも解決していきたいと考えています。
働く女性のヘルスケアの課題
ーー『働く女性のヘルスケアの課題』ということにも取り組まれています。
大多和)女性自身のヘルスケアリテラシーと呼ばれるところと、その女性を取り巻く男性上司のリテラシーの問題と仕事のパフォーマンスや生産性のところに取り組んでいます。
働く女性も一人のアスリートと捉えれば、我々が持っている事例やノウハウ、あるいは我々がぶつかってる壁を共有することで、実際に企業で働かれている女性や女性の部下を持っている男性マネジメントに対して少しでも役に立てるかなと思っています。
大多和)こうした形で世の中の役に立っていくことが、パートナー企業にお返しできる価値となっていきます。「観客が3万人来て、御社の名前も見てくれました!」というような報告は難しいですが、パートナーになっていただければ、私たちの取り組みを通じて、企業の健康経営が加速していく、SDGsが具現化していく、そして女性社員のパフォーマンスが向上していく、そんなきっかけになることができると考えています。
ーー『働く女性のヘルスケア』という観点は、大和シルフィードさんの事業としてどうなっていくのか、もう少し具体的に教えていただけますか?
大多和)先日とある企業さんにお邪魔して、女性グループと男性グループそれぞれに大和シルフィードの取り組みの話をしました。
女性グループには月経管理やピルの摂取について、チームのスポーツファーマシスト(薬剤師)にサポートしてもらっている話を紹介しました。それは、女性従業員自身に役立ててほしいと思った内容だったのですが、先方からのフィードバックで、「この話を男性社員にも共有したい、これをそもそも上司が知っていてくれたらだいぶ楽」というご意見をいただきました。
一方、男性グループは、女性のキャリアに対し、育休からの復帰についての悩みが出ていました。どうすれば育休からの復帰後のキャリアを継続させられるのか。
この点に関して、トップチームで監督を務める藤巻が言ったのは、「説得しよう」というよりは、「支えてくれる人が横にいるかという事の方が大事」ということです。頑張っていく女性の横に、その人を認めてあげる、支えてあげられる人がいるかどうかが大事だと。こうした話には、男性従業員もなるほどとなっていました。藤巻自身も、女性指導者として初めてとなるA-proライセンス取得に挑戦していて、説得力があったと思います。
このような形で、女子サッカーの現場で起きていることそのものをパートナー企業と共有して、知見として役立ててもらうことが増えてきています。
ーー大和シルフィードさんの取り組みを紹介するだけでも、企業からは大きな気づきがありそうですね。
大多和)講演の形でお話するパターンや、ワークショップなども行っています。ヘルスケアや男女の性差についての話は、時にとてもセンシティブなものです。そこを男性と女性が向き合ってしまうとやはり重いものがある。向かい合わずにスポーツ(大和シルフィード)という共通の事例を出して、「スポーツだとこういう取り組み方をしているんだ」と同じ方向を一緒に見ることが重要だと思っています。
ーー今後に向けて取り組んでいることはありますか?
橋本)クラブの後押しを受けて、日本サッカー協会が始めた女性リーダーシッププログラムに参加しています。スポーツ界におけるジェンダー不平等という点で見ると、実施率や好き嫌いもそうですが、単純に女性のリーダーが少ないということも課題です。ここでの学びや経験を、大和シルフィードに還元して、そして周囲の女性にも良い影響を与えていきたいですね。
ーーありがとうございました!
~SDGsパートナー 放電精密加工研究所との取り組み~
大和シルフィードのSDGsパートナーとして、株式会社放電精密加工研究所と取り組まれています。その第1弾として、放電さんの技術を活用した練習用マーカーをご提供されました。
スポーツ場面で見逃されがちな用具面のプラスチック。リサイクル技術の活用によって、環境負荷の少ないスポーツ用具が生み出されています。
これからの大和シルフィード×放電精密加工研究所のSDGsへの取り組みに注目です!
写真提供=大和シルフィード