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100周年を迎えた野沢温泉スキークラブの未来を若手はどう考えるか?

野沢温泉スキー場

1923年12月8日、長野県下高井郡に位置する野沢温泉村で『野沢温泉スキークラブ』が産声を上げました。大正時代末から地域経済や産業と密接に関わりながら発展し、これまで多くの名選手を輩出してきたクラブはついに創立100年。そんな伝統ある野沢温泉スキークラブが今夏、未来のスキーヤーを育成する『next100プロジェクト』を立ち上げました。
プロジェクトに先駆けて行ったクラウドファンディングでは多くの方の協力を得たことでも注目の集まったこのプロジェクト。
『next100プロジェクト』の背景や、想い、そしてスキー界の未来について、野沢温泉スキークラブ理事・next強化担当でご自身も元アルペンスキー日本代表の河野恭介さん(以下、河野)にお話を伺いました。

野沢温泉スキークラブ野沢温泉スキークラブ理事 河野恭介さん

100周年を迎えるスキークラブ 時代の変化とともに変わらないもの

ーー伝統のある野沢温泉スキークラブで、『next100プロジェクト』として未来に向けた活動が河野さん中心に始められました。その背景にはどのようなことがあるのでしょうか?

河野)自身のアルペンスキーヤーとしてのキャリアを終えた後すぐに強豪国オーストリアにて3年間のコーチ経験を積み、帰国後は日本のナショナルチームのジュニア育成を担当していました。日本の子どもたちに加えて私の地元・野沢温泉村の子どもたちのためにも何かしたいなと考えているとき、野沢温泉スキークラブの理事にお誘いいただきました。大人になって見たスキークラブは、本当に地域の皆さんの苦労だけでやってきた究極のボランティア活動のようになっていて、昔はバブルで観光地として皆が儲かっていた中での活動だったのが、現状ではある意味負担にもなっているのではないかと感じました。「このままだと先細りだな」「長く続くクラブにしたい」と考えた結果、このプロジェクトを提案することになります。

野沢温泉スキークラブ

ーープロジェクト実施に先駆けて行われたクラウドファンディングでは、開始からわずか8日間で600万円集まるなど、すごいスピード感でしたよね。

河野)クラウドファンディングでは、スキー関係者以外にも「野沢好きコミュニティ」のおかげもあって多くの方が参加してくださいました。

スキー関係者には「地域の育成を再興しよう!」という、みんなやりたいけどなかなか実現に至っていなかった活動に共感を得られたのかなと思います。野沢温泉村では地元の人が子どもたちにスキーを教えて、その子たちが育って、スキーに関わる仕事あるいは村の仕事に就いて、また次の世代の子どもたちに教えるという循環があります。まさに、スキーと共に村が発展してきて、そのおかげで現在は世界中からお客さんが集まるリゾートになりました。この村の根底にある、これまでの人の流れに価値を感じてくれてる人が多く、たくさんの方の協力を得ることができました。

ーー河野さんのメッセージのなかでも「100周年を迎えて、時代の変化に合わせて変わっていくべきものと変わってはいけないものがある」という言葉が印象に残りました。その意味を教えていただけますか?

河野)100周年を迎えるにあたって、スキークラブ創立から変わらない「スキーノ普及心身ノ鍛練及当温泉ノ発達ヲ図ル」という我々の目的についてちゃんと考えてみることになりました。

実は、この目的はこれまであまり議論されていなかったんです。100年も経ったものについて、今一度考え直そうと何ヶ月も会議を重ね、たくさん意見が出たのですが、結果的に「この言葉にすべて含まれている」という結論に至りました。こうして目的について考え、ある意味“再定義”をしたことによって、今までを踏襲するという考え方ではなく、「目的達成のために何が必要なのか?」という議論がクラブの中でも活発にできるようになりました。

我々の目的、存在意義、そして何よりもこのスキーと地域の関係性は変えてはいけない。しかし、この関係と相互の良い影響を阻害するものはどんどん変えなければならない、と感じています。こうした議論から、変えなければいけないことが見えてきて、100年の歴史を尊重しつつ、いい意味で積み直しに向かうことができるようになったということがあのメッセージを通して伝えたかったことですかね。

昔から変わらない先人へのリスペクト 地域とスキー場の関わり

ーー野沢温泉スキークラブはずっと地域とともに発展してきたことがお話を聞いているとよく伝わってきます。河野さん自身、野沢温泉村で育ってきましたが、「地元愛に溢れている村だな」と思ったことありますか?

河野)野沢温泉村は、大人になってから地元に帰ってくる人が多く、“地元に恩返し”という感覚を持っていることに地元愛を感じます。
そこには昔の人に対するリスペクトがあります。野沢温泉スキー場のリフトは、リフトを運ぶためのとても長い鉄のワイヤーを昔の子どもも総動員して一列になって担いで山を登り、運んで作られました。僕らの祖父母以上の世代が大変な苦労をして頑張ったんだなということを聞くと、やっぱりこの人たちには敵わないなと思います。

小さい頃からそうした話を聞き、昔の人が野沢温泉村を作ってきたリスペクトを持って過ごしてきたので、この村でなにかしたいと考えるときに、自分だけがよければいいのではなく、この村に恩返しという感覚を持つことができています。

野沢温泉スキー場
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スキーだけではない、豊かな未来の人材を地域で育てる

ーー100年先を見据えたプロジェクトではありますが、河野さんがこのプロジェクトを通じて5年後、10年後の未来についてのビジョンはありますか?

河野)そうですね、まずは10年後の未来に対してコミットできる人を増やしていくことが大事だと思っています。
他にも、野沢内だけでなく外部にも積極的に発信していきたいです。そうすることで、この活動に対して価値を感じて、スキーをやりたい子どもを野沢に預けるなど、村の外からの人が来れるような状況にすることで、活動自体にももっと価値を持たせることができます。

ーー子どもたちへの教育という面でも、力を入れていきたいと伺いました。

河野)そうですね。これまでも取り組んでいましたが、教育の面はもっとよくしていけたらと感じています。教育とスキーを絡めた、スポーツだけではない、人が豊かに育っていく環境をクラブとして創り、運営していきたいです。

観光に力を入れて村が潤うことも大事ですが、同時に教育に力を入れることで、この地域から素敵な人たちがたくさん出て、その循環に外からの人にも共感してもらい、よりよい価値が生み出せるようになったらいいなというイメージを抱いています。

ーーウィンタースポーツ選手の輩出地としても期待があると思います。

河野)もちろん、スキーを教えることが軸になるので、スポーツ選手として成功するというのはある種いいことなのですが、それだけではないと考えています。私自身、トップ選手として活躍すること以外に、もっとおもしろいことも、楽しいことも世界中でいっぱいありました。小さい頃一緒に練習してきたけど、今は社会に出て働いている友人たちも、野沢でスキーをやってきたからこその共通認識や、別の世界を見ているからこその違う視点がたくさんあります。そうした意味も含め、スポーツを軸に、幅広い教育の視点も入れた活動ができたらなと思っています。

ーーそうした教育を地域が支えていくために、野沢温泉スキークラブはどのようなことに取り組むのでしょうか?

河野)学校教育の少し先、社会経験の部分を担えるようなところに取り組みたいと考えています。
クラウドファンディングの第2目標にも掲げていた、スキー道具のレンタルシステムもその1つです。一式買うと10万円以上してしまうスキー道具を、少ない金額でレンタルできるシステム作りに取り掛かっています。お金がある家庭だけがスキーをできるのではなく、スキーをやりたい子は誰でも参加できるようにするためです。

そして、そこから先もスキーを続けていきたい人には、中学生以降、海外に行くチャンスを作ります。これまでも競技力の高い選手は、日本を代表して海外に行く経験をすることができていましたが、海外遠征の意義は、競技的な面だけでなく、海外のホテルに宿泊し、リゾート地である地元・野沢温泉との違いを体感することにもあると思っています。その後の進路選択をする上でも、多くの選手がジュニア世代で海外に行く経験をしていることが非常に大きな影響を与えるのではないでしょうか。

そのためには、継続して海外に行くための海外での拠点作りなど、取り組むべきことはまだまだたくさんあります。

野沢温泉スキー場

ーーこうした活動について、クラウドファンディングでは多くの資金が集まりましたが、今後はどのように考えているのでしょうか?

河野)今後は、野沢温泉、そしてスキークラブのファンや応援してくれる人を増やし、もっと幅広い層に活動に参加してもらいながらスキークラブを盛り上げていけたらと考えています。

100周年を迎えた今、みんなが本気で野沢温泉スキークラブに携わってくれています。海外経験のある人も多いので、「海外はすごいな」ではなく、「絶対負けない」という気持ちで野沢温泉から『世界的なスター選手を輩出する』こと、そして野沢温泉自体も『世界一のスキーリゾート』にすることも目標ですね。これこそ「スキーノ普及心身ノ鍛練及当温泉ノ発達ヲ図ル」ということなのだと思います。
そして、なによりもまず村人がスキーを楽しんで、それを伝えていく。その気持ちを忘れずに、新たな100年を積み上げていきたいと思います。

ーーありがとうございました!

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