日本人初の女子バドミントンのメダルは2012年ロンドンオリンピックでの藤井瑞希・垣岩令佳ペアの銀メダル。そのすぐ4年後、髙橋礼華・松友美佐紀ペアが金メダルの快挙を成し遂げます。
日本女子バドミントンの歴史を作ったこの2ペア、それぞれの年長者である藤井瑞希さん(以下、藤井)、髙橋礼華さん(以下、髙橋)が立ち上げる小学生向けバドミントンアカデミー『M-BASE』が2023年4月に奈良県から始動します。
それぞれの想いや共通点、M-BASEが目指すものについて、お話を伺いました。
大事な“小学生”時代へのアプローチ
ーーM-BASEの概要について教えてください。
藤井)M-BASEは、全国の小学校3〜6年生の子どもたちを各都道府県でセレクションし、毎月1回指導していくアカデミーになります。2023年4月に髙橋の故郷である奈良県でスタートします。枠を決めて選抜し、本当に強くなりたい選手を私たちも真剣に教えたいという気持ちです。
まずは奈良県からスタートしますが、今後他県での活動も視野に入れています。
ーーどのようなきっかけで、M-BASEはスタートすることになったのでしょうか?
髙橋)私が2020年に引退し、藤井さんとお話する中で、バドミントンに対しての考え方や今後の日本のバドミントン界への期待や懸念が一致していたことが大きなきっかけです。東京オリンピックでは、期待に比べてメダルの数も少なく、オリンピックという舞台はそう簡単ではないと感じました。ロンドンで銀メダルを取った藤井さんとともに「どうして自分たちがメダルを取れたのか」と考えると、「小学校の頃の練習がすごく大事だった」という話になりました。私たちがバドミントンを楽しみ、純粋に取り組めていた『小学生』の時期に対して、なにかアプローチできないかと考え、M-BASEの構想が始まりました。
『基礎』と『人間性』
ーーM-BASEがアプローチする小学生年代、お二人はどんな過ごし方をされていたんですか?
藤井)小学生のときは、「基礎の重要性」と「人間性」についてしっかり指導されていたと記憶しています。とくに人間性については、選手としての“コートで考える力”に大きく繋がったと感じます。ただ全力を尽くすというだけでなく、相手のことを見てもっと深く考えながらプレーをすることに繋がりました。
髙橋)私は小学校時代は身長がすごく低くて、対戦相手は自分より大きい人ばかりでした。それでも全国大会優勝できていたのは、「どうやったらこの人に勝てるかな?」と自分なりに考えながらプレーできたことが大きいです。コートの中を一生懸命走り回ることが自分の武器だと考えて、練習後に走り込みをしたり、相手よりミスを少なくしないと勝てないと思って練習に取り組んでいました。
ーー時代も変わっていますが、いまの子どもたちの環境や傾向はどう思われますか?
藤井)今は情報がすぐ手に入ることもあり、保護者が小学生の選手たちに情報を与え、プレー以外のことも“やってあげている”状況もよく見受けられます。
M-BASEでも、もちろんメダリストが教えるから上手くなるということもあるかもしれませんが、それ以前にバドミントンを通して人間的な部分でも影響を与えられたらと思っています。
髙橋)私は母がバドミントンの指導者をしていましたが、「こういう練習をしなさい」と言われた記憶はありません。試合の日の準備も自分でやり、「忘れたら自分のせいでしょ」と考える家庭でした。やはりこうした環境が、オリンピックだとしてもコートの中で自分で考えられるようになったのかなと思っています。
ーーお二人とも、自分で考える習慣が小学生のときについていたのですね。
M-BASEでできること
ーーM-BASEは、オリンピックメダリストが選抜から関わり、指導するプロジェクトです。その中でどのように子どもたちに、技術だけでない人間力の部分もアプローチしていくのでしょうか?
藤井)M-BASEとして大切にしたいことを3つ定めています。
1つ目は、「主体性を育てる」こと。バドミントンでは、コートに立つのは自分です。オリンピック選手になれなかったとしても、バドミントンを通して自分で考える力を育てたいです。「自分が今やるべきことを考えて行動する」子どもたちが増えていけばと思います。
2つ目は、「人間力を高める」こと。挨拶など、当たり前だと思うような小さなことも見逃すことがないようにしたいです。いくら技術があっても成績がよくても、しっかり注意すべきところはしていきます。
3つ目は、「楽しむ」こと。なぜバドミントンをやるのか?なぜ成長することができるのか?を考えたときに、2人とも「楽しい」という感情を大事にしていました。勝つことが楽しいのか、自分が成長することが楽しいのかはそれぞれですが、やらされるスポーツではなく、「M-BASEに行ったらめっちゃ楽しい!」と思える空間を作りたいですね。
ーーこの3つが実現できたら、とても理想的ですよね。
藤井)おっしゃる通り、理想論でもあると思っています。未来のオリンピック選手を育てたいという思いもありますが、月に1回しか選手たちと会うことはできません。所属チームの方針にも邪魔をしたくない思いがあります。
そう考えると、月1回きっかけを与えるというのが私たちの仕事です。だから理想を語ったっていいじゃないか、とは思っていますね。(笑)
ーーお二人にとって、それぞれはどんな存在ですか?
髙橋)2012年にフジカキペアがオリンピックでメダルを取って、「すごいな」と思う反面、「悔しい」という気持ちも出てきました。そこから「次は絶対自分たちが金メダルを取ろう」と4年間本当に金メダルだけを目標に練習しました。もし藤井さんたちがメダルを取ってなかったとしたら、“金メダルに対する熱い思い”は持てなかったと思います。ライバルというわけではないんですけど、特別な存在のペアっていう感じですよね。
藤井さんも私も、高校時代の後輩とペアを組んでいたので、その難しさをわかっていただき、現役中、とくに金メダルを取ったあとの期間でなかなか気持ちが上がらなかったときに頻繁に声をかけてくれてすごく救われました。
本当にすごくお世話になって、いろいろなところまで見てくれている先輩だと思っています。
ーー藤井さんにとって髙橋さんは?
藤井)いろいろな感覚や価値観を持つ方がオリンピアンでもいて、それが似ている人ってなかなかいません。もし一緒だったとしても、手を組んで何かを作り上げることができるって人も少ないんです。
髙橋とバドミントンに対する思いを話していくうちに、「一緒にやらないともったいない」とまで思うようになりました。先輩後輩というより、目指すものが同じ『同志』という感じです。
ーー2人でやるからこその相乗効果が期待できそうな関係性ですね!
選手時代とは違う喜びを
ーー髙橋さんは、引退後どうしようと考えられていたのですか?
髙橋)引退当初はバドミントンから離れようと考えました。私の中で、現役時代いいときも悪いときも「あなたたちの目標は金メダルでしょ」と信じてくれた日本代表のコーチの存在が大きく、私もその方と同じ熱量をもって指導者として活動するのは難しいと感じでいました。
ですが、引退してすぐにいただいたテレビ番組からの出演依頼の中に、1人の小学生を1日指導し、翌日の試合でいままで勝ったことない子に挑戦するという企画がありました。
正直、レベルの差があるなと思っていたのですが、やる気を奮い立たせるように頑張った結果、その子は試合で勝つことができたのです。1日関わっただけでも「子どもってこうやって変われるんだ」と実感し、選手のときとは違う「勝つ嬉しさ」を味わうことへの魅力も感じ始めました。
そこから改めてバドミントンに関わって何かしていきたいという気持ちが強くなり、指導に対しても想いが強くなっていきましたね。
ーー引退して改めて「違う嬉しさ」を感じることができるのはいいですね。
髙橋)その経験がなかったら、指導に対して自分への自信もなかったと思います。未完成でまだまだ伸びしろがある子どもを教えることが自分に向いてるのかなと感じました。
ーー髙橋さんのお話のように、選手時代とは違う喜びを見つけていくことはアスリートにとってもすごく大事なことのように思います。
藤井)引退するアスリートの中には、「競技から離れたい」と思う選手も多いです。競技時代のつらさや、違う分野でチャレンジしたいなどの理由ですね。
ですが、引退した時点では競技で培ってきた能力以外のものは少なく、新しく何かを始めようと思ったときには準備期間が必要です。なので、自分ができることをしながら、やりたいことを見つけてチャレンジしていく姿勢も必要じゃないかなと私は思っています。
このM-BASEの話を髙橋と始めたのも、髙橋が指導に興味を持ち始めたからです。やりたいことや興味のあることを見つけた髙橋を見て、一緒にアカデミーを立ち上げたいと思うようになりました。
4月にスタートしますが、理想的なことを言い続けられるように頑張っていきたいです。
ーーありがとうございました!
M-BASEは地域貢献にも!
子どもたちの“人間性”を育てることにも着目するM-BASE。学校などでも影響力のある子どもたちの人間力を育てることは、地域の子どもたちの健全な教育にも繋がります。
各地域ごとに、「地元の子どもたちの成長のため」に地元企業の応援も集めているM-BASE。バドミントン界だけだなく、社会全体の未来に対しても“いいこと”を言える活動に、これからも注目していきます!
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