2011年、サッカー元日本代表の松田直樹さんが突然の心停止によりこの世を去りました。2021年に行われたサッカー欧州選手権(EURO2020)では、デンマーク代表の選手が試合中に心停止。選手・スタッフの迅速な対応により一命をとりとめましたが、スポーツ界においてこうした事故がなくなることはありません。
松田直樹さんが長く在籍した横浜F・マリノスでは、2019年より『#命つなぐアクション』としてスポーツ中の心臓突然死に対する啓蒙活動を本格化させています。松田直樹さんご逝去後10年を迎えた2021年8月には、このアクションの活動費用に充てるために松田直樹さんの背番号でマリノスの永久欠番となっている#3のユニフォーム、プレイヤーズTシャツの販売などにも取り組みました。
横浜F・マリノスで『#命つなぐアクション』を中心となって取り組む、大谷晋吾さん(以下、大谷)、牧野内隆さん(以下、牧野内)にお話を伺いました。
スポーツ中の心臓突然死をなくしたい
ーー『#命つなぐアクション』というのは、そもそもどういった活動なのでしょうか?
牧野内)#命つなぐアクションの目的は、『スポーツ中の心臓突然死をなくしたい』ということです。F・マリノスに長く在籍されていた松田直樹さんが2011年に亡くなったことを大きなきっかけとした活動で、『救える命を、ひとつでも増やすために。救える術をひとりでも多くの人に』というメッセージとともに活動しています。
シャレン!が2018年に立ち上がったことをきっかけに、クラブとしても『#命つなぐアクション』という名前で、社会に向けて発信していこうと取り組んでいます。
ーー具体的にはどんな活動に取り組まれているのですか?
牧野内)2019年には、クラブのメンバーや社員に対して講習会を行ったり、宣言動画を流してファン・サポーターに対して発信をしました。その後、コロナ禍で動きづらかったこともあり、次の大きな動きは2021年になってしまいましたが、松田直樹さんがご逝去されて10年ということもあり、クラブとしても改めて意思表明していく必要があると感じていました。
さまざまな啓発とともに、#3のユニフォームとプレイヤーズTシャツを作成・販売し、その利益をAEDやCPR(心肺蘇生法)の啓発に使っていこうという活動をしました。
また、2021年8月のホームゲームから大型ビジョンでの「もし倒れている人を見かけたら」という動画での啓発を始めており、ホームゲーム毎試合で動画を流しています。
『松田直樹』さんのことも知ってほしい
ーー実際に『#命つなぐアクション』としての昨年の活動はいかがでしたか?
牧野内)僕たちの目的として、「スポーツ突然死をなくしたい」ということも大事であると同時に、「松田直樹さんという偉大な選手がマリノスにいた」という事実をしっかりと伝えていくことも非常に重要なことだと感じています。
CPR体験ブースの横に、永久欠番の3番のユニフォームを展示させてもらいました。すると、松田直樹さんのファンの方が多く来られるのですが、その方たちはもうすでにAED研修を経験されている方がほとんどでした。
と同時に、10年経つと松田直樹さんのことを知らないサポーターももちろんいます。そうした方には、『#命つなぐアクション』のことだけでなく、松田直樹さんのことも知ってほしいと思って活動してます。
ーーファンの方々はすでに研修を経験されている方が多い、というのはすごいことですね!松田さんの影響力を感じます。
牧野内)そうですね。僕たちからサポーターへ、そしてそのサポーターから別のサポーターへ、という形で広がっていくとこの活動はより良いものになっていくと感じています。
ゆくゆくは、ファン・サポーターなら知っていて当たり前、というような状況になってくれると嬉しいですね。
『#命つなぐアクション』と『松田直樹』の両輪
ーー大谷さんはこの『#命つなぐアクション』について、どのような想いを持っていらっしゃいますか?松田直樹さんとの関わりも深かったと思いますが。
大谷)松田直樹という選手は、記録にも記憶にも残る稀有な選手だったと思います。まずは、彼の選手としての功績をかつての所属クラブとしてしっかりと伝え続けていきたいというところが大きな想いです。
2002年の日韓ワールドカップのあたりをリアルタイムで見ていた世代以降の人は、当たり前ですが松田直樹さんのことを知らない人もいます。僕自身も、自分のリアルタイム以前の選手のことをお話されても心には響きません。ただし、伝えられれば知るきっかけにはなります。
彼が忘れられていく選手になる前に、クラブとしてもその功績をしっかりと残していきたい。松田直樹さんから『#命つなぐアクション』を知ることももちろんですが、社会的存在価値のあるスポーツクラブとして、『#命つなぐアクション』をきっかけに松田直樹さんのことを知ってもらう、という両輪をしっかりと動かしていきたいと思っています。
ーー松田直樹さんという存在の大きさが伺えますね。
大谷)2021年、一緒にプレーしてた栗原勇蔵さん(横浜F・マリノス クラブシップ・キャプテン)が「ニュースの中で、AEDがきっかけになって命が救われたというニュースを見るたびに、『マツさんまたやってくれたね』と思う」と発言されていました。そうした意味で彼の存在というのは残り続けるのだと思います。
次の『#命つなぐアクション』へ
ーー『#命つなぐアクション』の次のステップとしてはどのようなことを考えられていますか?
牧野内)まずは、スタジアムのAED環境を万全のものにしようと考えています。日産スタジアムにもAEDの設置をしてはいますが、1分経つだけで生存率が10%下がると言われている心臓の突然の停止において、もっとみんなが安心安全に観戦できる環境を作っていきたいと思います。
加えて、ホームタウン内の子どもたちに対しても、心停止が起きたときの教育プログラムを積極的に提供していきたいと考えて取り組んでいます。
ーー『子どもたち』への教育なのですね!
牧野内)もちろん、大人も子どもも知っておくべきことなので、両方に対してアクションしていきたいと考えています。以前、横須賀市の消防局さんが行った小学生向けの講習を受けた子が、お父さんの突然の心停止に対して適切に対処でき、命を救えた事例がありました。子どもでもそうした状況でも「すぐに行動できる!」というマインドを作ることができるかが非常に大事だと感じさせられます。
ーーたしかに、知っているか知らないかで、すぐに行動できるのかに関わりますし、命を救えるかに関わりますね。
牧野内)『AED』に関しては、場所を知っていて、持ってくることさえできれば機械からのアナウンスもあります。しかし、『倒れた人を見つけたときにどう動くか』を知らないといけないし、誰かが教えてあげなければならないと感じています。
防災と同じように、日常的に意識ができるようにしないといけないですし、「オフィスビルの中にAEDはどこにあるか?」など、できることから始めてほしいと思います。
松田直樹がいたマリノスだからこそ
ーー昨年の#命つなぐアクションでは、セレッソ大阪やコンサドーレ札幌など、他クラブからの反応もありました。
牧野内)セレッソ大阪の森島寛明社長や、コンサドーレ札幌の河合竜二さんなど、松田直樹さんとかかわりの深い方々が先頭に立って活動していただいたと伺っています。マリノスとしては、クラブの『責任』として、この#命つなぐアクションを引っ張っていきたいです。
大谷)昨年やっと今後につなげられるような一歩を踏み出せたのではないか、と考えています。昨年のユニフォーム販売枚数は、「10年経っても松田直樹さんの影響力はデカい」と思い知らされました。そこでお預かりした利益は、『#命つなぐアクション』のために使っていきます。この活動がきっかけで救われる命があるように、しっかりと地道に取り組んでいきたいです。
ーーありがとうございます!