「自分の想いが一番乗る活動をしたい」そんな熱意を持って、湘南ベルマーレフットサルクラブが開催する“ソシャコン”(ソーシャルビジネスコンテスト)に応募した冨永創太さん(以下、冨永)。聴覚障がい者と聴者が一緒にフットサル観戦を楽しむことができるよう、スポーツ観戦の形をデザインすることに挑戦しました。(協力/協賛:小田原市、サンネット株式会社)
5年間で160個の社会貢献活動を立ち上げることをミッションとする湘南ベルマーレフットサルクラブが仕掛ける“想い”を大切にするアイデア、そしてその実行までの過程について伺いました。
インタビュー対象
湘南ベルマーレフットサルクラブ 社会課題解決事業部
- 大村 秀さん
- 岸和田 凌我さん
- 冨永創太さん
「スポーツ観戦に手話を」ソシャコンで打ち出した新たなプロジェクト
ーー今回の“ソシャコン”で冨永さんは、「スポーツ観戦に手話を」というこのプロジェクトを提案しました。この課題に着目した背景を教えてください。
冨永)大学入学後、聴覚障がい者の方と関わりを持ち、日頃から友人として多くの時間を共有するようになりました。そんな中で、聴覚障がい者への“情報保障”が足りないなと感じる場面が多くありました。
知人経由で、大村さんから“ソシャコン”のお話をいただき、「スポーツと私が今まで感じてきた社会課題で何があるのか?」といろいろ考えた結果、一番熱を入れられるのが“聴覚障がい者の情報保障の課題だと思い、このプロジェクトを提案することにしました。
ーー実際今まで冨永さんのまわりの聴覚障がい者の方は、スポーツ観戦に対してどのような印象を持っていたのでしょうか?
冨永)私のまわりでは、スポーツ観戦は趣味の中で上位に来るコンテンツです。実況や歓声が聞こえなくとも、観戦自体を楽しめるという点でとても人気です。
しかし、それでも課題はあります。聴覚障がい者の方と一緒に野球を見に行ったとき、野球は楽しいけど、終わった後のインタビューがわからない場面がありました。一緒にいた私が手話で通訳したのですが、プレーは楽しめているものの健常者と同じだけの情報は得られてないというような状況であることがわかると思います。東京オリンピック・パラリンピックのときの情報保障のことや、私の友人の課題感とも合わせてさまざまなことが考えられる課題だと感じています。
ーープレゼンを作る過程で冨永さんが苦労されたことや、新たに発見したことはありますか?
冨永)まず、なぜ情報保障のための字幕や手話通訳があまり使われないのか考えると、その市場の小ささが大きな課題でした。また、これまでの歴史を考えると、一般企業や放送局が字幕や手話通訳をつけることは、当たり前の状態にはなっていません。情報保障があることが当たり前であれば、つけていないことが遅れているとなりますが、今はそうではありません。そのため、こうした課題に対してプラスアルファで予算をつけ、取り組まなければならないという点にも課題があると感じました。
ソシャコン優勝 核にある熱い想い
ーー大村さんはこの冨永さんのアイデアを聞いたときに、コンテスト主催者側としてどのような感想を持たれましたか?
大村)冨永くんがさまざまなことを検討した上で、「自分が一番熱が入るものがいい」と思って提案してくれたことが一番のキーポイントでしたし、個人的にも嬉しかったです。冨永くんは来年からIT業界で働き始める予定なのですが、以前お話をしたときに「IT業界で、“アクセシビリティ”の分野に踏み込んで、聴覚や視覚に障がいがある方でも公平、平等にインターネットやITで繋がれるような社会を作りたい」と言っていたことを思い出し、彼の中の『核』を感じることができました。
ーー想いが乗っているプロジェクトというのはとても大事ですよね。優勝の決め手になった部分はどのような点だったのでしょうか?
大村)今回の“ソシャコン”では、「社会課題解決に繋がる事業」「事業性があって持続的な取り組みが可能」「ベルマーレのアセットを生かした事業」の3点で評価をしました。冨永くんの提案は、これら3点がしっかりしている上に情熱が一番あると感じ、優勝に決まりました。
ーー冨永さんのプロジェクトは具体的にはどのようなものだったのでしょうか?
冨永)コンテストでの提案時は、「スポーツ実況に手話通訳をつける」ことを提案しました。ただ、スポーツ実況という専門的な分野に対応できる手話通訳士も少ないので、そうした肩を育成し他のチームやスポーツの放送団体にも派遣していこうというビジネスモデルとして考えました。
大村)『FリーグTV』という有料放送を活用することと、ESG投資の観点からも事業性が高いのではないかと考えました。こうした活動を湘南ベルマーレフットサルクラブから始めることで、「聴覚障がい者の方が一番楽しめるスポーツ観戦は、湘南ベルマーレのフットサルだ」となることも期待していました。活動へのスポンサーや、知見を活かしたコンサルティングなど、その先の広がりも期待できる提案でしたね。
ーーコンテスト以後、10月にテスト、11月4日の試合で本番となりました。当初の想定から変わった部分はどのようなポイントだったのでしょうか?
冨永)当初は、『FリーグTV』という配信に手話通訳をつけるという話をしていましたが、実際に聴覚障がい者の方々とミーティングを行ったときに、「試合観戦時の実況の字幕化の方が嬉しいのではないか?」という意見をいただきました。私自身、やり方ばかりに気を取られていて、以前ベルマーレフットサルクラブの試合にご招待いただいたときの「フットサル観るの楽しい!」という感覚をすっかり忘れていたことに気づきました。
手話通訳をつけたら聴覚障がい者の中にフットサルのファンが増えるというわけではなく、「フットサルの試合を生で見てもらって、楽しいと思ってもらうこと」の方が優先順位が高いと考え、“スタジアムDJや実況を字幕に起こして、聴覚障がい者の方が来やすいようにする”形で、11月4日の実施日まで進んでいきました。
試合のプレー解説を『YY Probe』というアプリを用いてリアルタイムで字幕生成を行い、ハンデのある方もプレー解説と実際のプレー観戦を楽しんでいただきました。
「全身でスポーツを楽しめるようなサポートを」
ーー岸和田さんは、プロジェクト実行の部分から携わられたと伺っています。実施する際に感じたことはありますか?
岸和田)私自身、もともとスポーツは“繋がる力”があるコンテンツだと思っていたので、今回のプロジェクトは非常に社会的意義があると思っており、関われることにわくわくしていました。
印象に残っているのは、当日大阪から来場した方の試合中の変化です。来られてすぐのときは少し不安そうな顔をしていたのですが、冨永さんが手話で案内をしてくれました。試合中にも、手話で「今のプレーはこういうプレーだよ」と説明をするうちに、笑顔がどんどん素敵になっていきました。最後帰られるときにも、とてもよい笑顔で帰られたのを見て、本当に良いプロジェクトだなと思い、今後ももっと拡大していきたいなと感じました。
ーーこれからに向けて課題に感じたことはありましたか?
岸和田)継続性は課題だと感じました。現状、プロジェクトメンバーで手話ができるのは冨永さんしかいないので、冨永さんが来れないときにどうするかという点が課題だと感じています。また、集客の面でも、一度観戦に来てみたらその後も来やすいと思うのですが、最初のハードルが結構高いなと感じました。
ーー実際に企画を実行して、新たな発見はありましたか?
大村)先ほど岸和田さんが話されていたエピソードもそうですが、ろう者の方は1人でスポーツを楽しみたいのではなく、みんなでスポーツを楽しみたいと思っているということに改めて気付かされました。
ご来場された方が、聴者の子どもを持つろう者の親が「自分と一緒にスポーツ観戦に行くよりも健常者の友達とスポーツ観戦に行った方が楽しめるから、何となく一緒に行けないという感覚がある」と仰られていて、とても考えさせられました。私たちは『字幕放送』という手段を今回提供しましたが、来場した方が楽しめた理由はそれだけではなく、冨永さんが隣でコミュニケーションとってくれたことが大きいと思います。「全身でスポーツ観戦を楽しめるようなサポート」が必要なのだと感じることができました。
また、準備段階から小田原市役所のスポーツ振興課の方がプロジェクトに対して応援してくださったり、スポンサー企業さんからも応援の声をいただきました。皆さんそうした想いを実は持っていて、機会があれば関わりたいと思っている方がたくさんいるということにも気づかされましたね。
ーー発案者である冨永さんは、当日のことや今後の課題についてどう思いますか?
冨永)試合当日は来てくださった方に楽しんでいただけたという実感があり、その点はすごくよかったと思います!それと同時に、岸和田さんが言っていたように、「手話で話す相手がいるから楽しめるという状況」というのは、良かった点であり、課題だと思っています。
実際に、実況の字幕化はシンプルで、費用も抑えて実行できることも考えると、継続的にずっと毎日毎週できるようなポテンシャルはあると思っています。そうしたツールの面だけでなく、どんな人たちを会場に呼び、どんな時間を過ごしてもらえればよいのかを考えていきたいです。今回のプロジェクトを一度実際に会場で実施できたことで、聴覚障がい者の方にフットサル観戦を楽しんでいただくための下地ができたと思うので、今後にもつなげていきたいです。
ーーこれから先の発展も期待しています。ありがとうございました!