ウェットスーツに使用されるゴム素材の世界トップシェアを持つモノづくりメーカー、山本化学工業株式会社。
従来のゴム生産は石油を原料としていますが、世界では石油の枯渇が心配されています。
この問題に対し、山本化学工業では持続可能性と環境への負荷を考えて、石灰石からゴムの生産を行い、様々な製品の開発にも取り組んでいます。
Sports for Socialでは、山本化学工業のモノづくりへの想いや、世界で評価されるモノづくりについてインタビューを実施し、4回にわたって連載します。
第1回では、Sports for Socialの石川が、専務を務める山本晃大氏にお話を伺いました。
ウェットスーツ素材世界トップシェア、山本化学工業の歴史
ーー石川)まず初めに、山本化学工業の業務内容について教えて下さい。
ーー山本)弊社はもともと石川県で海鮮問屋を約200年前からやっていて、現在の化学工業に業種を移したのは今から約60年ほど前になります。
業種を移した当初は消しゴムを作っていて、その後消しゴム付き鉛筆という形で特許を取り、販売を行っていました。そこからいろいろな開発に携わり、ニュージーランドから入荷したスキームミルクの脱脂粉乳からボタンを作ったり、芯材にゴムを使うことでより飛距離が伸びるゴルフボールを開発などもしてきました。
そうした中で、新しい開発として、当時日本ではアメリカからの輸入に頼っていたウェットスーツの製造に着手しました。これが現在の山本化学工業としてのスタートとなります。
ーー石川)ウェットスーツに切り替えたきっかけは何だったのでしょうか?
――山本)当時の日本では、サーファーやダイバーの方は今ほど多くはなかったのですが、我々としては海鮮問屋をやっていたこともあり、ウニやアザビ、サザエをとっている海女さんとの関りが多くありました。
しかし当時日本国内の海女さんは、白衣のような布でできた服を着て潜っていたため、体が冷えてしまって一日に潜れる回数が限られてくるという課題がありました。そんな中、ダイビング用のウェットスーツとして日本人の体に合うものを自分たちで作ってみようということで、ウェットスーツの素材の製造を始めました。
ーー石川)現在はどのようなことに取り組んでいるのですか?
――山本)ウェットスーツの素材は、現在海女さん向けから、ダイビング、トライアスロン、サーフィン向けなど数多くの種類を展開させていただいています。
特にダイビングというのは世界的にも需要が多く、我々の製品はアメリカやヨーロッパ・南米などに出荷され、おかげさまで世界のトップシェアを頂いております。
トライアスロン用のスーツに関しては、体への負担が少なく、伸縮性がありやわらかいゴムが非常に好評で、世界シェアの90%をいただいております。
持続可能性を考えた石灰石ベースのウェットスーツ生産
ーー石川)従来の石油由来のゴムとの違いについて教えてください。
――山本)肌に身に着けるウェットスーツの素材は、アレルギー反応の問題などもあり、ほぼすべてのものが天然ゴムではなく化学合成ゴムからつくられています。
この化学合成ゴムの多くが石油を原料に作られていますが、皆様もご存じの通り、石油というのは残り100年程度で枯渇が懸念されています。
そこで、我々山本化学工業では、よりサステイナブルにものづくりをしていこうと、石灰石からゴムを作っています。この石灰石は、もともとハワイの方から地盤移動してきたもので、現在は新潟県にある黒姫山から採れる炭酸カルシウム純度99.7%以上の石灰石を原料にゴムをつくっています。
ゴムの製造にあたり、従来の石油を使用する場合に比べて、石灰石を使用する場合には、約8.5倍の費用が掛かりますが、石灰石に関しては残り約3300年安定的に採掘ができるといわれており、持続可能性を重要視してウェットスーツ素材を手掛けています。
ーー石川)1970年代から環境への配慮に注目していた理由は何でしょうか?
――山本)昔から漁業に関わり、海女さんの方々とも仕事をしてきた中で、プラスチックごみやタンカーからの重油の流出などを目にし、海洋汚染について問題意識を持っていました。
当時はアメ車が人気だったり、今みたいなハイブリッドカーなんか当然なかったので、環境負荷について深く考える人は一握りだったと聞いています。
そういった中で我々の会社に何がができるだろうかと考えたときに、環境に負荷の少ない素材づくりだったり、長く使い続けられるものづくり、というものを常に考えてきました。
不可能といわれたゴムのリサイクルに挑戦
ーー石川)「世界初のリサイクルできるウェットスーツ」について詳しく教えてください。
――山本)従来のウェットスーツはリサイクルが不可能だといわれてきましたが、我々はここ数年で、使用したウェットスーツの素材をリサイクルして、そこからまた新たなウェットスーツを作る、という試みに着手をしています。
ウェットスーツの素材を作る一方で、その製造すること自体が環境に負荷を与えてしまうのではないかという考えがありました。石灰石からゴムを作っているとはいえ、ゴムというのはいろんな化学薬品が含まれているので環境への負荷が全くないというわけではありません。
そこで我々は『リサイクル』に取り組もうと考え、メーカーさんとともに何度も試行錯誤を繰り返して、ウェットスーツの素材となるゴムを約1ミリの粒子形にまで粉砕する機械を導入し、新規の練り生地と合わせて、新たにウェットスーツの素材となるゴムを作るという取り組みを、2018年に開始し世界各国に向けて製造販売しています。
――石川)リサイクルに取り組んだ背景は何でしょうか?
――山本)ウェットスーツは消耗品です。使用していくと厚みが薄くなり、素材が固くなり、着脱の際に爪を立ててしまうと簡単に破れてしまいます。一部修理をして使用される方もいますが、残念ながらウェットスーツの末路は産業廃棄物、いわゆる地球に負荷を与える化学製品として処分されてしまいます。
やはりモノづくりメーカーとしてウェットスーツ素材以外の部分も含めて、物を作ってそれで終わりではなく、どのように使っていただくかというところにも、持続可能性を検討し、その中でウェットスーツのリサイクルというあえてハードルの高い課題に挑戦しました。
海外でも評価が高い山本化学工業のモノづくり
ーー石川)海外でも評価される理由はどこにありますか?
――山本)もともと市場に出回っていた海外のウェットスーツというのは、硬くて伸びにくく、体に負担のかかるものでした。
そこで、体の小さな日本人向けに、より体への負荷が掛からないものを作らなければならないと考え、我々の素材は非常にモジュラスが低い(モジュラスというのは、ゴムの引っ張る力)けれどもより伸びやすい、少しの力でも体の動きに追従するウェットスーツ素材の開発をしました。
この素材が、海外の体の大きい方にとっても動きに負担をかけないということで、欧米の方の間でも「第二の筋肉」というように表現をしていただいて愛用されています。
ーー石川)日本と欧州を比べて感じたことはありますか?
――山本)我々は現在、ウェットスーツ以外の部分も含めて世界の約47か国と取引させていただいていていますが、海外のお客様と交流する際に日本と海外の価値観の差を感じることよくがあります。
欧米では、我々の環境に配慮したウェットスーツ素材も、日本国内でリサイクルが謳われるよりも早い時期から評価を頂いています。
また日本国内では、リサイクル品に対して通常品よりも価値が低く、その分値段が安いものというイメージがありますが、実際リサイクルを行うとその工程に対して費用が発生するので、末端ユーザーに届くモノの値段というのは残念ながら上がってしまいます。
欧米の先進国では、地球環境に配慮したエコ製品を選び、それを使うということが、消費者のステータスになるということで好評をいただいております。
SDGsは世の中をよくするための指標
ーー石川)日本のSDGsの取り組みについてどう思いますか?
――山本)国連がSDGsと題して17個のゴールとそれに属するターゲットを掲げていますが、それぞれの企業が、どのゴール、どのターゲットに取り組むかを考えたときに、ひとつも該当しないという企業はおそらくないと考えています。
我々としては環境への配慮を欠かさずに意識していくとともに、モノづくりメーカーとして成長を続けられるように、引き続きよりよい製品の製造・提供をさせていただければいけないと考えています。
先日大学生の方向けに「仕事とは」という内容で講演する機会があり、なぜ仕事をするのかということに、世の中をよくするために新たな価値を提供し続けていくことだと伝えました。
そういった中で、これから私たちがやろうとしていくことが、日本だけでなく世界にとって果たしてより良いものであるのか、というのを検討する必要があると考えています。
SDGsとは、そのための指標となるものだと私は考えています。具体的なSDGsのゴールやターゲットに合わせて、自分たちがやりたいこととやっていかなけらばならないことについて考えることが必要です。そして、それがより良い仕事、地球環境の改善にもつながっていくと考えています。
まだSDGsになじみのない方は、この機会に是非関心を持っていただき、世の中に新たな価値を提供するということについて今一度検討してほしいと思っています。
第2回に続く
編集者より
世界にも進出するものづくりメーカー、山本化学工業株式会社。
今回のインタビューで一番印象的だったのは、従来の石油からゴムを生産するのに比べて、石灰石から生産すると8.5倍の費用が掛かるということでした。それでも、持続可能性を意識し、環境に負荷の少ない素材づくりや物を作って終わりにではなくその後の使い方ということを優先している姿勢に、とても感銘を受けました。
このような生産者側の想いを、できるだけ多くの消費者に届けることができれば、サステイナブルな社会により近づくことができると思い、Sports for Socialとしても身が引き締まるなと感じました。
山本化学工業では、この石灰石から生産したゴムをあらゆる分野に応用し、環境に配慮した製品を多く開発しています。第2回では、この多岐にわたる山本化学工業の製品提供についてご紹介する予定です。