特集

サッカーを通じて広げる、子どもたちの可能性【松岡亮輔×SOLTILO 土屋雅人 対談(前編)】

「2021年はいろんなことを“知る”1年にしたい」と語る元Jリーガーの松岡亮輔さんを聞き手に、さまざまなゲストをお迎えし、活動や想いを対談形式で深堀りしていく本企画。

今回のゲストは、アフリカを中心に活動されているSOLTILO株式会社の土屋雅人さん。土屋さんの取り組みへの想いや、アフリカで活動するに至った経緯を伺いました。

土屋)はじめまして。SOLTILO株式会社(以下、ソルティーロ)の土屋と申します。本日はウガンダからお話しさせていただいています。今は朝の9時半ですね。日本との時差でいうとマイナス6時間あります。

今はウガンダに住んでおり(※取材当時。2021年7月現在はケニア在住)、私が担当させていただいているプロジェクトとしては、ウガンダ、そしてケニア、ルワンダの東アフリカ3カ国で、経済的な理由でサッカーをする機会に恵まれない、厳しい環境にいる子どもたちに無償でサッカーの指導をしています。

また、サッカーを通じて出会ったパーソナリティに優れる子どもたちに、より広い世界を知ってもらおうということで、職業体験だったり社会見学プロジェクトっていうものを月1、2のペースで企画し、子どもたちがさまざまな機会に触れることが出来るような活動をしています。

今日は楽しみにしています。よろしくお願いします。

松岡)はじめまして、松岡亮輔と申します。私は今36歳で、昨年の12月に現役のプロサッカー選手を引退しました。今年の1月からは、サッカー以外のことを知りたい、勉強したい、という強い想いを持っていました。現役引退と同時に、サッカークラブからコーチのオファーもいただいたのですが、それを全部断らせてもらって、フリーランスとしてイベントMCやラジオパーソナリティ、講演活動を行っており、また、自分で何か事業を起こしたいなとも思っています。

僕の中に「知らないことを知りたい、世界のことをもっともっと知りたい」という想いの軸があります。

海外には旅行ぐらいでしか行ったことがないですし、サッカーの遠征でも2回程度です。ですので、実際に住んでいてその文化や生活を経験されている日本人の方のお話を聞きたいと思い、今回の機会を設けていただきました。

まだまだ知らないことだらけなので、1から教えていただきたいなと思っています。今日はよろしくお願いします。

「海外旅行に行きなさい」恩師の一言で自分の世界が広がった

松岡)まず初めに、なぜ土屋さんが海外に目を向けられたのかが気になります。経歴を教えてもらえますか。

土屋)埼玉県で生まれ育って、私も小学校一年生からサッカーをやっていました。高校三年生の時に、当時尊敬していた英語の先生に、「大学に行ったら、最低1カ国でもいいから海外旅行に行きなさい」と言われ、海外旅行に行くようになってから、自分の世界が広がりました。

海外でのボランティア活動やNGOの活動に興味を持ったのは、1週間くらいの短期ボランティアツアーで、ロシアで日本語を学んでいる子どもたちのサポートを行ったことがきっかけでした。

現地で日本語を習っている子どもたちと一緒に生活したり、授業をお手伝いをしました。日本語を話せばよかったので、完全に観光のつもりで行ったんですけれども、1週間終わった後に、現地の先生やホームステイ先のロシア人の女の子がすごい「ありがとう」と言ってくれて、これは楽しいな、1週間ではなくてより長い期間海外に行ってボランティア活動をしてみたいという風に思いました。

「ボランティア」に対する自分の中のハードルが下がったというのが、大学生の時に参加したボランティアツアーですね。

そこで海外に興味を持って、インターネットで調べて、 JICAの青年海外協力隊の制度を知り、同時にサッカーの指導者の募集を見つけました。そこへ応募して派遣された国がサモアだった、という流れになります。

松岡)高校の先生の一言がきっかけで、道が開けたのですね!

土屋)そうですね。「言うことは聞こう」と決めていた先生でした。

松岡)その先生を信頼してたからこそ、すぐに受け入れられたのですね。そこから、ロシアの短期ボランティアツアーで、ボランティアの良さや楽しさが分かったのですか?

土屋)楽しさはもちろん感じました。あとは、海外に初めてボランティアとして行く前までは、自分の中で勝手にハードルを上げていて、頭の良くて犠牲心の高い人がやる仕事で、僕は全然関係ない世界だと思っていました。

ところが、半分観光のつもりで現地に行ったら感謝されてしまって、ボランティアのハードルが下がり、もう少しやってみたいなと思いました。

サッカーを通じて広げる「子どもたちの可能性」

松岡)学生時代のサッカーの経験は、サモアでのボランティアに活きましたか?

土屋)そうですね。サモアにはサッカー指導者として派遣してもらったので、現地のサッカー協会の技術部として働きました。サモアはサッカーがマイナースポーツの国なので、まずはサッカーをやってくれる人を増やすために、学校巡回もしました。17歳以下サモア代表のコーチも経験しました。

また、サモアでの活動を通じて、サッカーでできる国際協力というか社会貢献活動を実際に現場で体験させてもらいました。

松岡)どういった位置付けで、サモアでのサッカー指導者の活動をされていたのですか?

土屋)サモアのサッカー協会から各省庁を通じて日本のJICAという組織に依頼が来て、派遣されるという位置付けで行きました。東京オリンピック・パラリンピックに向けて「Sports for Tomorrow」という日本の指導者を世界の100カ国以上に派遣し、1,000万人以上の人々を対象にスポーツを教えるという安倍前首相が進めていた事業があり、青年海外協力隊の指導者派遣もその一端を担っていました。

この事業のおかげで、プロには届かなかったけど、海外で活動をしてみたいというスポーツ経験者が、チャレンジの機会が与えられたと思います。私個人にとっても、ありがたいプロジェクトでした。

松岡)いいですね。土屋さんは今まで何カ国行かれたんですか?

土屋)旅行を入れると、20カ国くらいですかね。

松岡)やはり、旅行と実際に住むのは違いますか?

土屋)違いますね。その国の人たちにちゃんと受け入れられるというか、旅行だと道を歩いていても名前呼んで声をかけてはくれませんが、サモアだと人口20万人と国が小さいのもあって、外を歩いていれば、大体誰か名前を呼んで、手を振ってくれます。

あとは現地の人が家に招待してくれて、その家庭の人間構成や実際のローカルな暮らしを知ることができます。

やはり現地で住むのと旅行で行くのは、また違った面白さがあると感じます。

松岡)実際に住まわれたのは何カ国くらいですか?

土屋)1ヶ月以上住んだのは、5カ国ですかね。1年以上住んだのはサモアのみです。

アフリカの1つの国で平均2ヶ月、3カ国の合計半年滞在した後、一度リフレッシュで日本に戻るという流れで過ごしています。

2020年は、コロナ禍でなかなかアフリカでの活動を再開できずにいましたが、逆に日本国内でのプロジェクトを開始することが出来たので、現在は日本に一時帰国した際にも少しサッカーコーチをさせてもらい、またアフリカに戻るというスケジュールで動いています。

松岡)普段、日本にはどのくらいいるんですか?

土屋)日本には次回2ヶ月くらい滞在予定です。日本にいる時は、児童養護施設や母子生活支援施設の子どもを対象に、サッカー教室をやらせてもらいました。経済的な理由で、習い事が厳しいという子どもたちに、我々が無償でサッカーを教えさせてもらっています。

サッカーを頑張れる子は、弊社が運営するサッカースクール「SOLTILO FAMILIA SOCCER SCHOOL」でサッカーを続けてもらったり、アフリカと同じくサッカー以外の習い事の機会を提供したり、社会見学を行いました。

本田圭佑の「想い」を形にする“SOLTILO”

松岡)ソルティーロさんとの出会いを教えてください。

土屋)ソルティーロとの出会いでいうと、青年海外協力隊の繋がりが一番大きいですね。

私がサモアから帰国して、日本でJICAと埼玉県の窓口となるポジションで働いていたのですが、組織内で共有されていたお知らせメールの中に、ソルティーロのアフリカの活動が海外に行って日本の企業が頑張っている事例として、ニュースで流れてきていて、興味をもっていました。

とあるイベントで現在の上司の二村(※青年海外協力隊、ウガンダ、コミュニティ開発隊員OB)が登壇するということで参加させていただいて、そこで話したのがソルティーロに入るきっかけでした。

松岡)そうなんですね。ソルティーロはアフリカ・ウガンダのチーム、SOLTILO Bright Stars FCも持たれてますよね。そことの連携はあるんですか?

土屋)お互いにアフリカで活動してやっているので、これまで以上に連携していきたいと思っています。

SOLTILO Bright Stars FCの選手たちと一緒に、イベント的なサッカー教室を開催したことはあるのですが、継続的な活動には出来ていないので、地域密着という日本のJクラブが強みとして行なっている活動をアフリカでも取り入れる、そういったところもチームと一緒にやっていきたいなと思っています。

松岡)カンボジアやウガンダでチームを運営するにあたって、どのような想いがありますか?

広報)ソルティーロが海外のクラブチームの運営を始めたのは、本田圭佑の想いが一番強くあります。カンボジアのチームの運営が最初だったのですが、根本はカンボジアの現場を本田が生で見て、なんとかしたいという自分の使命感を持ったというのが大きかったと思います。

その中で、「何かできることはないか」というのが最初のきっかけで、カンボジアでサッカースクールを最初に初めました。そのサッカースクールが始まり、その後教えた子どもたちの将来を考えた時に、「子どもたちが目指せるような、カンボジアの子供たちが憧れるような存在になるチームを作りたい」っていう想いから、自分たちが「憧れられるチーム」を作ろうというので運営が始まったのがきっかけですね。

「子どもたちのため」が第一にありながら、もっともっと子どもから大人まで、カンボジアの地域の人たちが憧れるような存在になる。さらにはカンボジアのサッカーを向上させていく。サッカーが各国をもっと発展させていくところに貢献できたら、自分たちのソルティーロとしてもやる意義・意味は見出せるのではないかというところが、私たちがカンボジア・ウガンダのクラブチームを運営している想いの部分になってきます。

(後編へ続く)

現役引退から5カ月。松岡亮輔が「世界」と「社会貢献」に目を向ける理由2020年12月に現役を引退後、サッカー指導者としてだけではなく、MCやラジオパーソナリティーとしても活躍し、トレイルランニングやOne Shizuka Rrojectなど、様々なプロジェクトにも参画している松岡亮輔さん。 幅広いアクションを起こす今の松岡さんの頭の中には、「世界」と「社会貢献」という言葉が強くあると語ります。松岡さんを突き動かす原動力は何か。ご自身の幼少期から振り返っていただきながら、今後の活動の展望を伺いました。...

タレント・元プロサッカー選手
松岡 亮輔(まつおかりょうすけ)
1984年生まれ。兵庫県西宮市出身の元Jリーガー。

中学・高校はセレッソ大阪の下部組織に在籍。Jリーグではヴィッセル神戸・ジュビロ磐田・モンテディオ山形・藤枝MYFCに在籍し、通算297試合、計14年間活躍。2014年天皇杯準優勝、2019年にはJ3リーグ年間ボール奪取数1位の個人賞を記録。2021年1月現役引退。2021年3月M’sAdvance(エムズアドバンス)を設立し、現在はテレビやラジオ、セミナーなどのタレント活動に加え、オンラインサッカースクールの事業も運営している。3児の父でもある。

SOLTILO株式会社
AFRICA DREAM SOCCER TOUR メインコーチ
土屋雅人(つちやまさと)
1989年6月22日生まれ / 埼玉県出身

大学卒業後、ショーワグローブ株式会社の営業職として4年間勤務後、2016年に青年海外協力隊としてサモアサッカー協会へ赴任。帰国後、JICA東京 国際協力推進員を経て、ラグビーワールドカップ2019™日本大会サモア代表アシスタントリエゾンオフィサーを務めた。大会終了後~現職として、ケニア・ウガンダ・ルワンダおよび日本国内の“機会の不平等に直面している子ども達”を対象に、無償サッカー指導や職業体験など、子ども達自身の世界を拡げるきっかけ作りを行っている。

RELATED POST