2024年度のスポーツ庁『SOIP2024 DEMO DAY(※)』で最優秀賞とオーディエンス賞の2冠を達成した、Jリーグ・モンテディオ山形の『O-60 モンテディオやまびこ』の取り組み。このプロジェクトは、60歳以上の方々に“声”を起点に元気を引き出し、健康課題を解決することを目指しています。シニア層の力を引き出し、社会貢献と事業の成長を実現したこの取り組みが、サッカークラブ、自治体、企業にとっても注目すべき新たな可能性を示しています。
モンテディオ山形の運営部ホームタウン担当の荒井薫さん(以下、荒井)に、この取り組みの進化と反響についてお話を伺いました。
※SOIP(Sports Open Innovation Platform:スポーツ庁が主導して構築する、スポーツ界のリソースと他産業等との技術知見を連携させることにより、世の中に新たな財やサービスを創出するプラットフォームのこと。)

わくわくした『O-60プロジェクト』の立ち上げ
ーー「60歳以上の方々が求められる場所を作る」とモンテディオ山形の相田社長がお話されていたこのプロジェクト。荒井さんご自身はどのような形で関わり始めたのでしょうか?
荒井)2023シーズンは、SOIPでパートナーとなった一般社団法人日本声磨き普及協会さんとともに、プロジェクトとしての実証実験フェーズにあり、私自身がしっかりと関わるようになったのはそのシーズン終盤からです。その後、2024シーズンはこのプロジェクト自体の活動範囲が広がるとともに、私自身もさまざまな部分で関わらせていただくようになりました。

ーー60歳以上をターゲットにするというお話を聞いたとき、荒井さんは率直にどのように思われましたか?
荒井)Jリーグの観客動員の平均年齢は40歳を超えており、これまではクラブとしてもいかに新しいファンコミュニティを作っていくかという点に取り組んできました。私自身も、『U-23マーケティング部』などに深く携わり、“若い”人たちに対するアプローチへのイメージはあったものの、それがいざ“シニア”となったときにどのように進んでいくのか、わくわくする部分もありながら「これからどのようにスケールしていくんだろう」という少し不安な部分もありましたね。
ーー1年前の『SOIP 2023 DEMO DAY』の発表でも荒井さんがプレゼンされ、世間からも注目を集めました。
荒井)1年前の時点では、20名弱の方の参加者とともに“声”を起点に高齢者の健康課題を解決できるのか?という実証実験を行っている段階でした。ですが、そのコンセプトの良さやSOIPという枠組みでの取り組みということもあり、多くのメディアの方にも取り上げていただくことができました。山形県内の自治体の方にも大きな反響をいただき、実際に2024年からサービスを展開し、参加者数も増やしていくことができました。

広がりを見せた2024シーズンの実感
ーー自治体から多くの反応があったことは嬉しいことですね。
荒井)自治体にとっても高齢化は大きな課題であり、地域の高齢者向けの健康サービスは多く実施されています。しかし、実際にお話を聞いてみると「参加者が固定化されてしまっている」ことも大きな課題だと知りました。
ーーそうなのですね。そこにモンテディオ山形さんとの活動があることによって、自治体にとってはどのようなメリットがあったのでしょうか?
荒井)2024シーズンの活動を通して、私たちのようなプロスポーツチームが関わっていくことによって、新たなコミュニティができあがっているような印象を受けています。実際に、今回の事業では半分以上の方が自治体の健康プログラムには参加したことのない方でした。モンテディオ山形をきっかけにこうしたプログラムに初めて参加しようと思っていただけた方が多くいたことは、自治体の方にとってもいい意味での驚きになったようでした。また、実際に10月にはホームゲーム開催日にスタジアムでトレーニングを行ったところ、初めてサッカー観戦をした方もかなり多くいらっしゃったので、私たちにとっても新しいファン獲得という意味で大きなメリットのある活動になっています。

ーーこのプログラムを出発点に、モンテディオさんでも自治体でもさまざまな広がりが生まれそうですね。
荒井)そうですね。自治体の方もこれまでになかった参加者の広がりを感じてくれていて、「O-60以外でも一緒にやれるプログラムを検討したい」という声もいただいていて、“声磨き”だけではない、モンテディオのもつさまざまなアセットでも今後もっと深く関わっていけるのではないかと感じています。
ーー2025シーズン以降の動きはどうですか?
荒井)今シーズンよりホームゲーム全試合を活用し年間21回活動する、シニアコミュニティ『Over-60 Community』を立ち上げています。
これまで取り組んできて参加者からも高い評価をいただいている“声磨き”は継続しつつ、モンテディオ山形が指定管理者となっている『山形県総合運動公園』の自主事業を活用しながら、スポンサードしてくれている企業さんとの健康プログラムの展開や、和菓子作りやガーデニングなど、さまざまなコンテンツを提供してきます。
また、モンテディオのマーケティング担当が伴走し、シニアの人たちが考えるスタジアムのイベントや集客施策をワークショップなどを通じて実現させていきます。

ーー高齢者の健康づくりという面で、モンテディオを通して生まれた“コミュニティ”というものが非常に大きな役割を果たしていそうですね。こうした広がりに対し、短期的な事業面ではクラブとしてどう捉えていますか?
荒井)自治体の中でも、ホームタウン担当としてこれまで繋がりのあったスポーツ関連や観光関連の部署だけでなく、福祉系の部門との接点が増えたことはすごくプラスなことだと思っています。今回のSOIPの受賞などのトピックもありますし、こうした高齢者向けのプログラムに力を入れていることはパートナー企業からもすごく関心を持っていただいていると営業部からも聞いているので、しっかりとリソースをかけて成長させていきたい取り組みだと感じています。
高齢者に感じる“新たな挑戦への意欲”
ーー荒井さんがとくにこの1年間、多くの60歳以上の参加者と関わってきた中で、感じるものはありますか?
荒井)参加者の方の言葉を借りると、「何歳になってもチャレンジ」ということをすごく皆さんから感じました。参加者の方々は、これまでの人生においても人前で発表することだったり、自分の意見を言うことだったり、さまざまな経験をされていると思うのですが、声磨きトレーニングなどにも本当に新鮮な気持ちで取り組んでいることが伝わってきます。
そうした姿勢を見ていると、若い世代の私たちがチャレンジしないのは、すごくもったいないと感じました。

ーーシニア世代の可能性を感じているのですね。
荒井)そうですね。本当に多く接するようになって、“人生の先輩”と感じる場面が増えました。今シーズン実施する、シニアの方がプロデュースするホームゲームの企画においても、素直に彼らの意見を尊重していいものを作っていきたいなと思っています。
実際にシニアの方が考える“自分たちにとって”楽しいイベントや快適なスタジアム環境に関する提案、集客施策は私たちの今後にとってもかなり大きな財産になるのではないかと思っています。
ーーこの活動にはクラブコミュニケーターである岡﨑建哉さんも関わっています。その影響力も感じますか?
荒井)もちろん元選手という影響力も大きいですが、『声磨きインストラクター』の資格も取るなど、実際に人前に立って声を出すことの大切さを話してくれる存在で、クラブにとっても本当に大切な存在、クラブと地域を繋ぐ架け橋になっている存在です。

これからの日本の高齢化社会へ“山形モデル”を
ーー『O-60モンテディオやまびこ』がさらに発展していった先にはどのような世界を想像していますか?
荒井)やはり“高齢化”というワードが日本全体で注目されているポイントかと思いますが、山形県は全国で5番目の高齢化率の県です。今後、全国さまざまな自治体でも同じような課題に直面する可能性がある中で、モンテディオ山形としてプロスポーツチームならではのシニアの方々向けの健康課題の解決法、あるいはシニアファン向けのビジネスなどの基盤をこの『O-60モンテディオやまびこ』を通して作っていきたいと考えています。
こうした活動はどんどん全国で真似してもらいたいなと思っていますし、私たちもより多くの自治体や企業と協力しながらこの輪を広げていきたいです。とくに今回最初に行った“声”に関することは、誰でもどの年齢でも携われるコンテンツになると思っているので、そうした点をさまざまな自治体やスポーツチームに繋げていけたらと思っています。
ーーありがとうございました。