世界経済フォーラムが発表した『ジェンダーギャップ報告書(2023年)』で日本は146カ国中125位でした。これは2006年の公表以来最低順位で、特に「政治」と「経済参画」のセクションに課題がみられます。
スポーツ中継やスポーツニュースを届ける重要なメディアの1つであるテレビ局。2023年11月に民放労連によって発表された『民放テレビ局・ラジオ局女性割合調査報告』では、業界内のジェンダーギャップに関する課題がみられます。
テレビ業界の現状とその背景、女性活躍推進へスポーツがもつ力について、40年以上テレビ局に勤め、現在は一般社団法人カルティベータ代表理事である宮嶋泰子さん(以下、宮嶋)にお話を伺いました。
アナウンサーとしてテレビ局入社、計19回オリンピック取材へ
ーーアナウンサーとして大活躍され、その後一般社団法人カルティベータを立ち上げている宮嶋さんですが、まずはなぜアナウンサーを目指したのでしょうか?
宮嶋)大学を卒業後、1977年4月に民放テレビ局に入社しました。「定年まで働ける」「男女の給料差がない」ことを理由に選んだテレビ局で、アナウンサーとして60歳まで、スポーツコメンテーターとして65歳まで勤めました。
一般社団法人カルティベータを立ち上げたのは、テレビ局として扱いづらい話題も含めて自分で取材していきたいという想いからです。カルティベータでは、YouTubeで取材・編集した動画をアップしたり、年1回『アジアスポーツフェスタ』という難民の方々を集めたスポーツフェスティバルなどを行い、高校生や大学生に、“難民”という存在を知ってほしいという想いや、世間からの日が当たりにくいものを忘れないでほしいという想いを持ちながら活動しています。
ーーテレビ局入社後、スポーツの担当者になった経緯はどのようなものでしたか?当時は女性のスポーツ担当は珍しかったと思います。
宮嶋)食堂で上司から突然「スポーツを担当してくれ」と言われ、報道志望だった私は絶句して大粒の涙を流したことをよく覚えています。
私が入社したとき、局ではモスクワオリンピックを独占中継するというプロジェクトが決まっていたため、新人から誰かをスポーツ担当にという考えがあり、私が選ばれた形になりました。
ーースポーツに関わることが決まってから具体的にどのような仕事を担当されてきましたか?
宮嶋)入社後すぐに、国際ジュニア体操の取材や東京国際女子マラソンでは中継点でのリポーターを務めました。東京国際女子マラソンは、初めての女子マラソン国際大会として注目を集めていましたが、リポーターとして女性がマラソンの中継点に立つこともまた本当に珍しいことでした。
1987年から退社する2022年までは、2つのニュース番組のスポーツ特集でディレクター兼リポーターを担当しました。そこでは多くの女性アスリートを含め、勝ち負けを超えたスポーツ・アスリートの価値や存在を伝えてきました。
ーーそこから何度もオリンピックにも関わることになったのですね。
宮嶋)オリンピックには、1980年のモスクワから2018年冬の平昌まで計19回行きました。モスクワオリンピックでは日本の参加ボイコットなど、さまざまなことがありました。
実は、スポーツレポーターは他のアナウンサーとは違って、中継で話すネタ探しから取材も自身で行うことも多い仕事です。そうした経験を重宝していただきつつ、シンクロナイズドスイミング(現在のアーティスティックスイミング)や新体操など、女性のスポーツ中継の実況なども担当しました。
データの裏にある民放テレビ局の構造的問題
ーー民放労連が発表したデータによると、民放テレビ局内の社員女性割合が約25%ほどです。
宮嶋)近年は、新卒採用での女性割合も増えていますが、昔から男性の割合が非常に多い会社であったことは事実です。女性アナウンサーに対しても、「30歳くらいで辞めていくのが常識」と思われていたので、私のように「定年まで仕事するつもり」と言う社員は珍しかったですね。
ーー宮嶋さんのように60歳までアナウンサーとして勤める女性は少ないのですね。
宮嶋)私が民放では初めてと聞いています。
ーー女性役員の割合も、他企業に比べてまだ低い現状もあります。
宮嶋)そうですね。昨今のダイバーシティの流れもあり、私にも交渉やマネジメントを行う専門管理職に就かないかというお話がきたこともありますが、私自身は現場での仕事を優先させてもらいました。
ーーテレビの現場は、女性にとって働きやすいものなのでしょうか?
宮嶋)メディアの仕事は、ニュースになるネタを得るために関係者と親しくなったり、深夜や早朝に突撃で取材をしたりということもあります。現在は男女差はあまり考えなくなりましたが、以前は、特に結婚をして子どものいる女性には難しいと考えられ、そうしたことが局内の女性の割合に関係してきたかもしれません。
逆に、家庭に関することの取材は女性が担当してきたなど、適材適所という言い方が正しいかはわかりませんが、男性が疎い部分は女性がカバーしているという面もあります。
ーーたしかに、「女性には大変な仕事」というイメージはあるかもしれません。
宮嶋)ただ、そうした役割は時代によっても変わってきますよね。私が入社したとき、女性はニュースを読んでいませんでしたが、今では女性が読むことも当たり前になりました。アナウンサーは、声の高さやその人の持つ表現方法に合わせて担当が与えられることもあるので、私はサッカーや野球の実況を男性アナウンサーがほとんど担当することにも納得しています。
ーースポーツ部門で特に女性社員の割合が少ないことについて、考えられる理由や背景は何かありますか?
宮嶋)そもそもスポーツ界の構造、メディアへの露出量に関しても圧倒的に男性のスポーツが中心なので、それを取材する人たちも男性が多くなっていることは自然なことだと思っています。
プロ野球や男子のサッカー、大相撲と比べて女性のスポーツはマイナーなものとして扱われがちですし、取り上げるものの8割を男性スポーツが占めていて女性スポーツが2割だとすると、どうしても配属する記者もそのぐらいのバランスにならざるを得ないところがあるのではないでしょうか。
ーー宮嶋さんご自身がスポーツの取材などを行ってきて、女性として得したことや難しかったことはありますか。
宮嶋)それで言うと、得ばかりしてきましたね(笑)。スポーツの取材に行く女性は、当時は私のほかに誰もおらず、選手たちからすぐ覚えていただきました。インタビューもしやすかったですね。
ただその分、男性からの冷たい目線を感じることもありました。1996年のアトランタ五輪の女子マラソンの中継では新聞などほかのメディアから酷評されたこともありましたし、実況に関しても「俺たちの作ってきた伝統をなんだと思ってるんだ」と言われたこともありましたね。
スポーツの価値がもたらす可能性
ーーテレビ局の特にスポーツ部門に携わる女性の割合が今後より増えていくためには、女性のプロスポーツが台頭していくことも大事になってくるのでしょうか。
宮嶋)そう思います。女性のスポーツに光が当たっていくことが大切であり、そのためには女性のスポーツが持つ強さや勝ち負けの価値観だけではないバリューを認識する必要があります。
例えば、オリンピックがスポーツに求める『エクセレンス、フレンドシップ、リスペクト』のうち、表に出づらいフレンドシップやリスペクトが、女性スポーツの現場ではよく見受けられます。男性スポーツの力強さや迫力とは別の魅力が女性スポーツにはあると思うので、アスリートも見る側も伝える側もその大切さを意識して、女性スポーツの概念、価値観を変えていくことが必要だと思います。
ーー女性スポーツならではの魅力を伝え、感じてもらう必要がありますね。それ以外で、女性スポーツの価値について何か具体的なものはありますか?
宮嶋)スポーツは、社会における女性活躍を推進するための非常に良いツールだと考えています。
先日、アフガニスタンの女子選手で初めて柔道の代表としてオリンピックに参加した選手にお会いしました。アフガニスタンの女性は、誰々の娘、妻、お母さんという形で見られ、意思決定権を持てません。そんな文化で育った彼女は、スポーツをすることで初めて「オリンピックに行きたい」という意思表明をするアイデンティティができたと言っていました。
このようにスポーツの価値や力の一つとして、女性にアイデンティティや、目標達成のためのプロセスを考え実践する機会を与え、社会で生きていくためのさまざまな要素を疑似体験できることがあると思います。
ーー最後にスポーツの価値を高めていくための宮嶋さんの思いを教えてください。
宮嶋)私はスポーツの勝ち負けの部分よりも、選手がスポーツに関わりながらどういう生き方を選択してきたか、何を考えてきたかにずっとフォーカスして取材・発信をしてきました。女性スポーツだけでなく、パラリンピックや難民スポーツについても先陣を切って取り上げてきた自負があります。
“Sport for All”という言葉があるように、スポーツを楽しむことは誰もが持つ1つの権利だと思います。結婚・妊娠・出産・子育てというライフステージはあるかもしれませんが、女性も常にスポーツができる環境を当たり前にするためにはどうしたらいいのかをこれからもさまざまな角度から発信していきます。
ーーありがとうございました!