「何かできないかと思ったんです」――コロナ禍、遠く離れたアフリカから届いたSOS。それに応えようと動き出した一人の日本人がいました。A-GOALプロジェクト代表の岸卓巨さん(以下、「岸」)です。JICA海外協力隊としてケニアに派遣された経験を原点に、日本のJADA(公益財団法人日本アンチ・ドーピング機構)で勤務する傍ら、一般社団法人A-GOAL(Africa-Global Assist with Local Sport Clubs )を立ち上げ、アフリカ各国のスポーツクラブを軸にスポーツを通した国際協力を展開されています。本記事では、岸さんのこれまでの歩みをたどりながら、アフリカの現場で見えてきた課題と希望、そしてスポーツが持つ可能性についてじっくりお話を伺っていきます。


立ち上がった支援の輪|コロナ禍でのSOS
ーー『A-GOALプロジェクト』はどのようなきっかけで始まったのでしょうか?
岸)もともと私はJICA海外協力隊としてケニアで働いていた経験があり、そこでお世話になった方々とのつながりが活動の原点になっています。A-GOALを立ち上げたのは2020年、コロナ禍でアフリカでも多くの人が失業し、食べるものに困っていると現地からの連絡があったことをきっかけに、日本から何かできないかと考え、緊急支援的に仕組みを模索し始めました。
ーー最初の支援はどのように行われたのですか?
岸)現地でサッカークラブを運営している方々と連携し、日本から寄付を集めて現地クラブに送り、そのお金を使ってクラブが地域の人々に食糧を配るという形を取りました。当時、とくにスラムのような低所得者の居住地域では、政府からの支援も期待できず、海外の援助機関の多くも活動地から引き上げる状態でしたが、地域に根差したサッカークラブを通じた支援だからこそ、本当に困っている人を把握して確実に届けることができました。
ーースポーツクラブが支援のハブになるというのは、日本ではあまりない構造だと感じます。日本とアフリカでは、スポーツクラブの地域の中での位置づけに違いがあるのでしょうか?
岸)1つの特徴として、アフリカではサッカークラブがサッカーを指導するだけでなく、コミュニティ活動(清掃活動・ライフスキルを身につけるためのワークショップなど)を積極的に行っているということがあります。クラブ指導者自身も十分な収入を得られる仕事がなく生活が苦しい状況に身を置きながら、コミュニティ活動を行うことで、困ったときに助けを求められるネットワークを広げ、クラブ指導者たちにとっても「生きる糧」になっています。彼らは、地域の中で誰が困っているのか、どのように住民と連携できるのかをよく知っています。だからこそ、コロナ禍での支援活動でも地域の「ハブ」として機能しました。

種をまき、未来を育てる。マラウイに広がる新たな支援のかたち
ーーケニアでの食糧支援のモデルが生まれた後、他地域にも展開されていったと伺いました。
岸)ウガンダやナイジェリア、マラウイにも展開し、2021年までにのべ1万人の人たちに食糧を届けることができました。マラウイでは、少し形を変えたモデルで支援を行いました。
ーーそれはどのようなモデルだったのでしょうか?
岸)マラウイには、琵琶湖の40倍ほどの大きさで世界遺産にも登録されているマラウイ湖があり、もともと観光業が主な収入源です。しかし、コロナ禍で観光客が途絶え、収入が激減しました。そこで、持続的な支援をするために、食糧を配るのではなくクラブを通して野菜の種を配って農業支援を行いました。
彼らの多くはこれまで農業をしたことがありませんでしたが、日本の専門家とオンラインでつないでサポートを行い、想像以上の野菜が育ったんです。そして、2021年の夏には、収穫した野菜とマラウイ湖で獲れた魚などを提供するレストラン『ZATHU CAPE COMMUNITY KITCHEN&BAR』をオープンしました。今ではコロナ禍も落ち着き、観光客も戻ってきたことで、お店もお客さんで賑わうようになりました。現地の売上で活動の大部分をまかなえるようになってきていて、現地の人の雇用も生まれています。

ーー現地の自走に向かう形が実現しているんですね。
岸)私たちが活動をやめたら途絶えてしまうその場しのぎの支援ではなく、地域の人たち自身が動けるようにすることが大切だと思っています。最初に1か所で始めた農園も、今では複数に増えました。小さな一歩が地域の力を引き出して、持続可能な仕組みへとつながっているのを実感しています。
アフリカ最大のスラムでサッカーリーグを設立
ーー2022年の秋にはケニアで『キベラA-GOALリーグ』を立ち上げられたと伺いましたが、このリーグについて聞かせてください。
岸)ケニアのナイロビにはキベラスラムというアフリカでも最大級のスラムがあります。そこに住む子どもたちのために『キベラA-GOALリーグ』というサッカーリーグを立ち上げました。現地の元プロ選手が「自分もサッカーのおかげで学校に行けた。今度は自分の地域の子どもたちにもチャンスを与えたい」と熱意を伝えてくれたことがきっかけです。現在ではキベラスラム以外のスラムなどからも参加するチームが増え、約1700人の子どもたちが年間を通して参加するまでに成長しています。現在はキッコーマン社がネーミングライツパートナーとなり『KIKKOMAN presents キベラA-GOALリーグ』として実施しています。
キベラA-GOALリーグ2025最終節&表彰式動画
ーーもともと現地のサッカー人口は多かったのでしょうか?
岸)アフリカではサッカーは本当に盛んで、家の隙間で丸めた布をボール代わりに遊んでいる子どもたちもたくさんいます。チームもたくさんあります。しかし、資金面の問題から年間を通して定期的に試合ができる子どもたちを対象としたリーグ戦などは整っていませんでした。そして実際にリーグを始めてみると、もう一つ深刻な課題が浮かび上がってきました。
ーーその課題とはどのようなことですか?
岸)「食」です。試合中に倒れる子どもが出てくるようになり、その理由を聞くと、朝から何も食べずに来ていたり、普段から栄養が足りていない子が多かったんです。スポーツを続けられる環境をつくるためには、栄養のサポートもセットで考えることが欠かせないと実感しました。今では、試合の日に炊き出しも行いご飯を提供するようにしています。

スポーツが未来を拓く|報われない現実を越えていく力
ーーここまでA-GOALの活動を伺ってきましたが、岸さんを突き動かしているものとは何でしょうか?
岸)こちらからのアクションが現地の子どもたちやコミュニティの成長につながっていく、その「伸び代」が大きいと実感しています。たとえば、ストリートチルドレンの子どもたちがサッカーをきっかけに毎日ご飯が食べられるようになったり、奨学金を得て学校に通えるようになったり。昨年は『キベラA-GOALリーグ』の選抜チームによるタンザニア遠征も行い、ナイロビを出たことのない子どもたちを国外に連れて行くこともできました。
タンザニア遠征動画
ーーサッカーを通じて世界が広がる、大きな経験ですね。
岸)保護者の方々も本当に喜んでくれて、私たちも手応えを感じました。スラムで暮らしていると、頑張っても報われない経験が重なり、可能性を諦めてしまう状況があります。でも、サッカーを通じて「何か変えられるかもしれない」と希望が持てるきっかけをつくっていきたいです。
ーー“スポーツ”を通して行う国際協力の強みはどのようなところにあると感じますか?
岸)一度に多くの人と直接のつながりをつくれるのはスポーツならではだと思います。また、異なる分野を橋渡しできることもスポーツの魅力です。A-GOALでは、ケニアの現地団体『A-GOAL Kenya』を立ち上げ、現在企業などとも連携し、「スポーツ×食」、「スポーツ×女性支援」などの取り組みも行っています。スポーツはさまざまな社会課題解決のツールになりやすいと感じています。
ーーコロナ禍を経たいま、現地の社会状況には変化がありますか?
岸)コロナそのものの影響は落ち着きましたが、物価の高騰などによって貧富の差はますます広がっています。ただ一方で、ケニアやマラウイ、ウガンダなどでは、コミュニティ内で困っている人がいれば自然と助け合う文化が根づいているんです。その意味でも、つながりを生み出すスポーツの力は、こうした文化と非常に相性が良いと感じます。
最近では、日本からの支援だけでなく、現地の方々が自発的にリーグを支援してくれるようになってきました。そして、昨年、能登半島で地震が起きたときには、ケニアの現地メンバーが「今度は自分たちが日本を助けたい」と寄付を集めて贈ってくれたんです。彼らのコミュニティに日本人も入れてくれていることが、本当に嬉しかったです。

日本とアフリカの「架け橋」になる 「やってみたい」が動き出すプラットフォーム
ーーA-GOALプロジェクトでは、学生や若い世代のボランティアも多く関わっているのが印象的です。これは当初から意図されていたことなのでしょうか?
岸)A-GOALとして緊急支援を開始したときから私自身も別の仕事と並行してやっていたので、「できるときにできる人が、できることをやる」という考え方がベースにありました。そこに学生だからとか、社会人だからといった区分けはあまりなくて、想いに共感してくれる人、興味のある人が関われる場にしたいという考えは当初から一貫しています。これまでA-GOALの活動を支えてきてくれたプロジェクトメンバーは合計300名を超え、イベントごとに別途関わってくれるメンバーも含め、全国各地から集まってくれています。

ーーそれぞれ異なる背景や立場の人たちが集まる中で、組織としての一体感を保つのは難しそうにも思います。どのようなマネジメントをされているのでしょうか?
岸)自分でもまだまだ模索中ではありますが、1つの活動に縛られて動くというよりは、それぞれの人がやりたいことをやれる場、これまで出会えなかった人と出会える場、柔軟なプラットフォームとしてのA-GOALを意識しています。A-GOALでの活動をきっかけにアフリカに留学したり、自分の団体を立ち上げて活動している人もいます。とにかく多くの方にアフリカと繋がって欲しいと思って活動しています。
日本の中には、アフリカというと遠い存在に感じる方も多いと思うんです。一方で、アフリカと関わることで、価値観が大きく広がるという実感があります。日本は、ある意味とても「閉じられた社会」で、会社や学校など狭いコミュニティの中で、生きづらさを感じてしまう人も多いですよね。でもアフリカでは「みんな違って当たり前」で、その違いがおもしろさになる。日本で悩んでいたことがちっぽけに思えたり、自分の持っている力が実は生きる武器になるんだと気づけたりします。
だからこそ、A-GOALはより多くの日本人にアフリカとつながる接点を提供できる場でもありたいと思っています。そのためのイベント等を日本でも多数実施しています。日本にもアフリカにもそれぞれの課題がある中で、誰もが生きやすい社会をともにつくっていきたいです。
ーーありがとうございました!
『Sport for Tomorrow × Africa Action Day 2025』が開催!
今年8月に横浜で「アフリカ開発会議(TICAD9)」が開催されることを受けて、子どもから大人まで誰でも気軽にアフリカと繋がるイベントを開催します。スポーツ、国際協力、ダンス、ファッション、音楽、ビジネスなど多彩なテーマでアフリカとの“出会い”を“つながり”に変える貴重な体験をお届けします!入場無料、どなたでもご参加いただけます。

開催日:8月2日(土)・3日(日)
会場:JICA横浜 10:00-15:00
YC&AC スポーツ体験 13:00-17:00、国際親善盆踊り 17:30-21:00
【プログラムの詳細はこちら】(随時更新中)
https://afri-quest.com/africaactionday2025