「生まれた環境によってスポーツをあきらめないでほしい」という想いでアフリカのルワンダに飛び立った、JICA海外協力隊スポーツ隊員の林理紗さん。
現在、ルワンダ陸上競技連盟に配属され、陸上競技クラブでの選手・コーチに対する指導を行っています。2023年10月にはパリ大会まで4大会連続五輪出場の陸上競技・飯塚翔太選手とのコラボ活動も実施しました。
JICA海外協力隊の活動を通し、家庭や経済面などさまざまな困難がある環境の中でも、スポーツが果たしている意義を感じ取っている林さん。国際協力への興味のきっかけ、そしてルワンダで何を感じ、現地ではどのような変化が起きたのかについて、お話を伺いました。
子どもたちが本来秘めている才能を引き出すために、途上国へ
ーーJICA海外協力隊に興味を持ったきっかけはなんだったのでしょうか。
林)もともと海外で生活している親族がおり、幼少期から海外を身近に感じていました。国際協力に興味を持ったのは高校3年生で受けた授業がきっかけです。国際社会の課題に対して自分の意見を発表するという授業で、そこで「教育が受けられない・スポーツができない子どもたちが世界にはたくさんいる」ということを学び、国際協力の道に進みたいと考え始めました。
今も、自分は恵まれた環境にいたからこそ、陸上競技で日本一などの成果を出せたのかなということを実感しています。私は日本のような発展した国に生まれ、学校にも行くことができ、競技においてもいろいろな人に支えてもらった非常に恵まれた人生なのだと強く思います。
その自分の経験を、自分のためではなくて、「頑張りたいことがあってもその実現がなかなか難しい環境に置かれている人のために使いたい」と思ったことが、この道に進もうと思ったきっかけです。
ーー“人を支えたい”という思いが強かったのですね。学生時代の成績も踏まえ、卒業後も競技者を続ける選択肢はなかったのでしょうか?
林)大学3・4年生のときには、競技者を続けるのではなくスポーツと国際開発の分野に進みたいと思っていました。JICAが主催しているセミナーや海外協力隊の経験者、あとは諸国の体育支援に携わっている大学の先生方とお話する機会があり、その内容がとてもおもしろくて興味深いと感じただけでなく、両親やゼミの先生、友人などまわりの人が背中を押してくれました。「この道を進んでいきたい!」ととても将来に対してワクワクしていたのを覚えています。
派遣先のルワンダで起きた子どもたちの変化
ーー2022年からアフリカ・ルワンダに実際にJICA海外協力隊員として派遣されました。林さんが活動することで、現地ではどのような変化が起きたと感じていますか?
林)陸上競技やスポーツに対して「勝ち負けのためだけではなく、楽しむためにやっていいんだ」と思える選手が増えたのではないかと感じてます。ルワンダでは、勝利することが良いことだという価値観を持ったコーチも多く、それが選手たちにも伝わってしまっていると感じることがあります。
もちろん勝利することによって得られる達成感や嬉しさはあるのですが、一方で「競技として取り組むスポーツも純粋に楽しむことが大切」という彼らにとって新しい価値観も伝えられているのではないかと思います。それは自分自身が活動してきた成果ではないかと思っています。
ーールワンダには、陸上競技の飯塚翔太選手と豊田裕浩コーチが訪問されたことがありました。その際には林さんが帯同し、子どもたちとの陸上競技教室も行われましたね。
林)やはり日本のトップ選手であり、世界でも活躍している飯塚選手が来たことで、飯塚選手に挑戦してみたいという子や、走りを見てみたいという純粋な興味で参加してくれた子たちもいて、ポジティブな反応がすごく多かったです。
1つの分野を極めてきた方と、一緒に走ったり話をしたりする機会はなかなか作れないので、子どもたちにとってそうした経験ができたことは本当に良かったなと思います。
飯塚選手に来ていただいた2週間後にはルワンダで全国大会があり、指導を受けた選手がいきなり自己ベストを更新し、入賞しました。もちろん選手の努力もあるのですが、こうして結果に表れたことで、トップ選手と実際に走る機会や指導してもらう機会の貴重さや子どもたちにとってのきっかけの大きさを実感しました。
ーー今後ルワンダで変えていきたいことはありますか。
林)ルワンダの陸上競技において、まだまだ大会運営や組織が確立されていないことは大きな課題だと感じています。選手たちが一生懸命その大会のために取り組んできたにも関わらず、審判の方がルールを理解しきれていないということもあります。そうした部分を改善し、選手たちの努力が報われるような大会運営ができるようになれば、スポーツや陸上競技に参加したいと思う選手が増えますよね。
林)もう1つ、幼少期のスポーツ指導についても変えることができればと考えています。ルワンダの子どもたちは、自然に生きるダイナミックな身体の動かし方を習得している一方で、リズム感やバランスなど、自分の思い通りに身体を操る力(コオーディネーション能力)にまだまだ伸びしろがあります。幼少期にさまざまな遊びの中でコオーディネーション能力を習得する、つまり、子どもたちのためのスポーツ機会を広げていくことができればいいなと考えています。
スポーツ隊員としての学び
ーー約2年間の隊員生活がそろそろ終わりを迎えようとしています。どのような学びがありましたか?
林)ルワンダでは、「できるかどうか」というよりも「楽しそうだからやってみよう!」という気持ちで物事に取り組む子どもたちが本当に多いなと思い、そこが魅力だと感じています。
私は前職で幼少期向けのスポーツ教室で働いていたのですが、日本の子どもたちには、失敗は怖い、恥ずかしいことだと捉え、挑戦する前から諦めてしまう子どもたちが多いことに気づきました。ルワンダの子どもたちの「失敗を恐れずに何度も挑戦する」気持ちを、日本の子どもたちにも是非伝えていきたいですね。
ーーJICA海外協力隊スポーツ隊員として活動する上で大事だと感じることを教えてください。
林)2つあります。1つは、コミュニケーションです。海外だと文化も考え方も違います。違うからこそ、その選手が育った環境やどんな目標を持っているのか、クラブ外のところでどんな一日を過ごしたかなどを聞くことはとても大切だと思っていて、練習外でのコミュニケーションを積極的に取るようにしています。
派遣当初はなかなか現地の言葉が話せず、相談やお別れの言葉もなく、突然選手の半分がクラブを移籍してしまうというショッキングなできごともありました。選手との信頼関係を築くために、間違いを恐れずに現地の言葉で話しかけることで、コミュニケーション能力が向上し、選手や現地のコーチともいい関係を築くことができています。
2つ目は、困難を“チャンス”だと思う発想の転換力です。ルワンダでは、陸上競技の試合も日程が前日に変更になることも少なくありません。せっかくその大会に向けてコンディション調整したのに、というマイナスな考えではなく、練習の期間が延びてよりよい結果が出せるかもしれない、とプラスに捉えることがとても大事だと実感しています。
ーー開発途上国において、スポーツはどのような意義を持つのでしょうか。
林)一言でいうと、「スポーツが明日を生きる希望になる」と感じます。ルワンダもそうですが、開発途上国ではその日暮らしをしている人も少なくありません。ルワンダ人も最初は愉快で楽しそうな人たちに見えていたのですが、それでもいろいろな問題を抱えて生きている人が多いことに気づかされます。
しかし、そんな中でもグラウンドでサッカーの試合が行われると、自然とまちの人々がどんどん集まってきて、皆で声を出して応援しあって、勝っても負けてもみんな楽しそうにしています。日々つらいことはたくさんあるけれど、スポーツが「明日も頑張ってみよう」という、生きる希望になっていることを感じさせられます。
また、クラブの選手たちに自国のルワンダの選手が国際大会で走っている動画を見せた際に、その選手が画面に映し出された瞬間にみんなすごく盛り上がっていました。スポーツで国際的に活躍する選手が出ることは、国民の大きな活力になると同時に、次世代の選手たちの目標という意味でも希望になっていると思います。
ーースポーツそのものが、生きる上での前向きな原動力になっているんですね。
林)そうですね。もう1点、これは日本でも同じかもしれませんが、スポーツは子どもたちが持っている可能性を広げる最高の手段だと思います。私が活動している学校の生徒に、能力が高いわけではないのですが、毎日練習に一生懸命に取り組んでいる子がいます。あまり感情を表現するタイプではないのですが、たまに行う記録測定でベストを更新すると小さくガッツポーズして喜んでいて、可愛いなと思いながら見ています(笑)。
と同時に、何か目標を持って取り組み、達成することは子どもたちの自信につながると実感しましたし、こうした経験は子どもたちの将来への可能性を広げることに繋がっているのだと感じますね。
JICAでの経験を次のステップへ
ーー今回のスポーツ隊員としての経験を、林さん個人としての将来にどのように活かしていきたいですか。
林)これからもスポーツと国際開発の分野でキャリアを歩んでいきたいと考えています。
海外協力隊での経験を通じて、現地の人たちの抱える課題や本当に必要なことについて少しずつわかってきました。帰国後は、大学院に行きながら、そして現地にも行きながら学び続け、日本で学んだことを開発途上国に、開発途上国で学んだことを日本に、それぞれ還元していけるような人生を送りたいです。
ーー最後に、林さんの思い描く理想の社会を教えてください。
林)どうしても生まれ育った環境によって生じてしまう差のようなものはあるとは思うのですが、それでも一人ひとりが頑張りたいと思っていることを頑張れる環境を作っていきたいと思っています。その手段として、私は体育やスポーツを用いて貢献していきたいです。
開発途上国で起きている課題に対して日本の体育教育などの優れた部分を伝えていく活動や、「スポーツと開発」を掲げるJICAをはじめとしてさまざまな組織と一緒に活動していくことで、”頑張りたいことを頑張れる”環境を作っていきたいと思っています。
ーーありがとうございました!