スポーツ

取材で感じた「横浜F・マリノスフトゥーロ」の未来

2004年、Jクラブ初の知的障がい者サッカーチームとして結成された『横浜F・マリノスフトゥーロ』。

横浜F・マリノスと横浜市スポーツ協会、障がい者スポーツ施設である横浜ラポールの3団体が協力して運営され、中学1年生から51歳までの約80人が日々、汗を流しています。

そして2018年には、選抜チームが横浜市社会人リーグに参戦。健常者とも試合を重ねるなど、活躍の場を広げています。

8月下旬、私たちは練習場所を訪ね、宮下幹生総監督と芝崎啓コーチにお話を伺いながら練習を見学させてもらいました。

写真提供:横浜F・マリノスフトゥーロ(撮影:内田和稔さん)

「健常者とあまり変わらないでしょ」

「一目見ただけだと、健常者の選手とあまり変わらないでしょ」

選手たちの練習をベンチから見つめながら話す、宮下幹生さん。2006年からフトゥーロを担当し、昨年度から総監督を務めています。

サッカーのレベルと理解度によって、AチームからEチームまで分かれて活動をしており、先に練習が始まったABチームの練習を見ると、その言葉通り、違和感を感じることは全くといっていいほどありませんでした。

ただひとつだけあった明確な違い。それは、『伝えること』への熱量の大きさでした。

フトゥーロの選手たちが抱える知的障がいは、短期間の記憶力と思考力に関わる障がいで、一度に多くの情報量を受け入れられない特徴があります。

そのため、芝崎啓コーチは細かな単語で、視覚的に伝える」ことを意識して、指導にあたっていると話していました。

ミニゲームのハーフタイムには、視覚的に分かりやすいようマーカーを使ってポジショニングの取り方を指導。一つひとつのトレーニングの前には、ルールや工夫すべき点を、身振り手振りで丁寧に伝えている光景は印象的でした。

コーチはマーカーを使い、身振り手振りで指導する

「特別扱いはしない」

宮下総監督が選手と接する上で大切にしていることは、「知的障がいのある選手だからといって、特別扱いをしない」ということ。

知的障がいがあることを理由に周囲から優しくされすぎてしまうと「成長するチャンスを奪われてしまう」。ただ、知的障がいがあると、1から考えるのは難しい。

そのため、宮下総監督は「考えるヒントだけを与える」ことにしています。

必要以上に優しくせず、積極的に挑戦させる。

「難しいことでも成功することに喜びを感じてくれれば」。宮下総監督は、嬉しそうな顔でそう話していました。

指導にあたる宮下総監督

居場所としてのフトゥーロ

CDEチームの練習は、ボールに触れる回数が多い、比較的簡単なトレーニングから始まりました。

「ここには、これまで大変な思いをした子も少なくないんですよね」

宮下総監督は声のトーンを少し下げ、そう言いました。

フトゥーロに所属する前の小学生年代では、地元のスポーツ少年団や街クラブなど、健常児と同じチームで活動することがあった選手も多くいます。

しかし、「いじめに遭ったり、向けられる視線が厳しかったりして、居場所を失ってしまう選手も少なくない」のが現状です。宮下総監督は知的障がいのある選手たちが置かれている状況を教えてくれました。

芝崎コーチ(写真提供:横浜F・マリノスフトゥーロ、撮影:内田和稔さん)

フトゥーロは、そうした子どもたちの居場所になっています。

「この場所にいることが楽しいと感じてくれている選手が多いんですよね」と話すのは、芝崎コーチ。

「加入した当初は少し暗かった選手たちの表情も、練習が重なるにつれ、どんどん明るくなってきた」「これまであまり積極的ではなかった選手たちが積極性を持ちはじめ、ゴールまで決めるようになったことに、とても感動した」と振り返ります。

「同じ環境の子たちが集まることで、選手たちはのびのびとやれるのではないか」。

宮下総監督の言葉どおり、選手たちは目を輝かせながらトレーニングに励み、練習場は笑顔であふれていました。

トレーニングに励む選手たちは、目を輝かせる

知的障がい者からプロを

「フトゥーロ」では、小学生年代のチーム創設に向けて動き始めています。

この年代、特に小学3年から6年生までは「ゴールデンエイジ」と呼ばれ、運動神経の著しく発達する時期でもあります。

しかし、知的障がいの子どもたちは、この障がい特有の不器用さによる「周りの目」が原因で、運動の機会や頻度を失ってしまうことも少なくありません。

だからこそ、宮下総監督は「この年代(ゴールデンエイジ)から、運動をする機会を作ってあげたい」と考えています。

「知的障がい者のなかからプロが出てきても良い。その道を整えることが自分の役割」

宮下総監督が取材の最初に口にしたこの言葉。

フトゥーロの挑戦はこれからも続いていくことを強く感じさせる一言でした。

写真提供:横浜F・マリノスフトゥーロ(撮影:内田和稔さん)

取材を終えて

「知的障がい者のなかからプロが出てきても。」

宮下総監督のこの言葉は、「夢は?」「目標は?」という問いへの答えではありませんでした。

でも、トリコロールのユニフォームを身にまとった選手たちが、グラウンドで生き生きしているのを目の当たりにすれば、届かないかもしれないではなく、いつか必ず手の届く目標なのだと、すぐに感じることができました。

私の心に響いたフトゥーロの姿が、皆さんの心にも届けば嬉しいです。 (大森遥都)

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