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骨髄バンクに向けた想いvol.1~骨髄バンクランナーズ 松井一矢~

松井一矢さん

Sports for Socialでは、骨髄バンクランナーズに関わる人々の想いを連載として取り上げていきます。

骨髄バンクは必要なもの、誰かの力になれるかもしれない、そんな想いを持ちながら、一歩が踏み出せない人の勇気のカケラになればと思います。

第1回は、通算で献血100回を超えながらトライアスロン日本代表として世界選手権にも出場した、松井一矢さんから寄稿していただきます。

献血をはじめたきっかけ

はじめまして。松井一矢です。

献血を100回も!?と驚かれる方、アスリートが血を抜かれて大丈夫なの!?と驚かれる方も多くいらっしゃいます。

私が献血を始めたのは、両親がもともと定期的に献血に行っており、16歳になったら行くのが当たり前だと思っていたところが大きな背景としてあります。高校2年生のクリスマスイブ、「1人でクリスマスは寂しいな。」と感じていたところ、献血を呼びかけるお姉さんの存在を見つけ、「今日は時間あるし献血をしよう!」と思ってミント神戸献血ルームにて初めての献血を行いました。

献血を継続するようになった理由

そんなこんなでデビューした献血で、同じ陸上競技部の仲間と一緒に献血ルームに足を運ぶようになりました。カフェに行くような感覚で、冷たいジュースを飲むついでに献血をする、くらいの気持ちで全身献血を継続的に行っていました。

全身献血後は身体が重い感覚もあったので、成分献血に切り替えたところ、そこまで負担を感じることがなかったので、高校卒業後(18歳)からは成分献血を継続するようになりました。そんなとき、10回やったら特別賞、100回やったら表彰式があることを知り、「その表彰式に若い年齢のうちに出席をしたら、世の中が変わるかもしれない!」と思いほぼ毎月献血ルームに通うようになりました。

献血会場

骨髄バンク登録のきっかけ

献血を継続的に行っていたので、骨髄バンクの名前は知っていましたが、登録するには大掛かりな手術が必要なのだと勝手に思い込んでいました。ですがある日、大阪阪急グランドビル25階の献血ルームに足を運んだ際、骨髄バンク説明員の方がいらっしゃって、お話を聞いてみたところ、献血の検査採血時に2mL追加で採血するだけで登録ができる!ということを初めて知り、登録をしました。

骨髄バンクドナー適合通知1回目

骨髄バンクに登録をしてから約2週間後。オレンジ色の封筒が届きました。それはなんと、ドナー適合通知でした。確率的には数十万から数百万分の1の確率なので、登録しても適合はしないだろう、と思っていたので、「本当に適合することがあるんだ!」という驚きの気持ちでした。と同時に、「自分を必要としてくれる、自分を待ってくれている人が居たんだ」という嬉しい気持ちも込み上げてきたことをよく覚えています。

かつての小学校時代。いじめがあり、小学校3年生のときには自殺を考えた時期もありましたし、自分は社会から必要とされていない、不必要な存在だと思っていた時期もありました。「いや、でも、未来に行けば私を必要としてくれる人がいるはずだ」と希望を持つことで苦しい時代を辛抱して生き続けた結果、今の自分があり、そして、本当に自分を必要としてくださる方が現れました。それは本当に感動的で、「生きててよかった」と思いました。

結果的に、1回目の適合通知は、初回コーディネートを受ける前に終了し、提供までには至りませんでしたが、次に来たときのためにすぐに手を挙げる心の準備と、健康の維持・向上に努めていこうと思いました。

献血100回到達!

2019年2月、25歳のときに献血回数の累計で100回を達成し、日本赤十字社より金色有功章を受章しました。その後、2019年5月にはITU主催トライアスロン世界選手権大会(ロングディスタンス部門)に日本代表として出場・スペイン・ポンテベドラという街で開催されたレースは、水泳1.5km+自転車110km+マラソン30kmという距離を8時間で完走しました。献血100回を越えたアスリートとして、(自称)初めての日本代表になったこと、これは「いのちを救うアスリート」としての人生を生きる道が開かれた瞬間でした。より献血・骨髄バンクを世の中に広めよう!そう決心をした時でありました。

骨髄バンクドナー適合2回目

2021年3月。骨髄バンクからオレンジ色の封筒が届きました。見たことのあるその封筒は、2回目のドナー適合通知でした。私が「いのちを救うアスリート」として生きる道を選び、骨髄バンクランナーズの一員としても活動を活発に動き始めたタイミングで、自分を必要としている人が再び現れたのです。1回目の時よりも健康状態は良好で、日々のお仕事も順調。会社員としての勤務先では「骨髄バンク条例」が制定されたばかりで、提供のために特別休暇扱いで休むことが可能になったタイミングでもありました。すべての準備が整っている。提供に合意するまでに躊躇はありませんでした。1人の尊い命を救うことができるかもしれない。このチャンスに手を差し伸べたい。私の元気な血液で、社会復帰をして欲しい。そして、これから先の未来で、ぜひとも幸せな人生を過ごして欲しい。提供する相手は匿名ですし、性別も年齢も地域もわからないけど、切に願う気持ちで、提供する気持ちを固め、封筒を投函しました。

1回目の適合通知では初回コーディネートを受けずに患者さん都合で、コーディネート終了となってしまいましたが、今回は初回コーディネートを受診し、血液検査も行いました。血液の判定は異常なし。医師から骨髄バンクの手術方法に関して丁寧な説明を受けて、提供する側もリスクがある旨を了承して、同意書にサインをしました。

率直な気持ち

アスリートが提供することはタブーなことかもしれない。私には夢があるし、提供する側にもリスクがある。これまで提供をした人の中では6名が亡くなり、後遺症に関してはかなりの数が残っている。逆に提供後、何もない人もいる。骨髄バンクを通じてドナー提供後、約1ヶ月間は激しい運動の禁止(ドクターストップ)があり、その1ヶ月を取り戻すには相当な努力が必要となる。

私はその覚悟も持った上で提供をします。提供後、ちゃんと復活をして、世界で活躍をしたら、カッコ良いと思いますし、献血・骨髄バンクの普及活動をより推進できる。私が提供をして救う命は、提供者1名かもしれませんが、私の体験は数多くの方々の命も救える可能性が広がると信じております。なので、今回の体験を発信していき、骨髄バンクに関する理解がより社会に、より若者に浸透させていきたいと思っております。なので、どうかお力添えいただきたいと思います。

叶えたい夢

2022年7月。超人レース「ウルトラマン・トライアスロン」カナダ・ペンティクトン大会に出場し完走すること。提供後、ちょうど1年後の大会になります。3日間に掛けて開催される大会で、1日目は水泳10km+自転車145km、2日目は自転車275km、3日目はマラソンで84kmという超人レースです。各12時間の制限時間内での完走を目指します!

松井一矢さん

編集より

今回より、骨髄バンクランナーズさんの連載が始まりました。松井さんとは一度お話をさせていただき、そのストーリーに驚くとともに、自分からもっと発信をしていきたいという熱い想いを感じました。

「骨髄バンクにご協力ください」と声を掛けられたとき、気づくこと、考えることが変わっていくはずです。

 

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