特集

東京都が考える『デフリンピック』の気運醸成~誰もが知り、理解する社会へ~

デフリンピック

皆さんは、2025年に東京で「デフリンピック」が開催されることをご存じでしょうか。それ以前に、デフリンピックが「耳のきこえない方の国際スポーツ大会」だということすら知らない人も多いかもしれません。

それもそのはず、現在のデフリンピックの認知度は10%台。開催地である東京都は、2年半後に迫った大会を成功に導くため、気運を高める大きな役割を担っています。

東京2020オリンピック・パラリンピック(以下、東京2020)の経験を生かし、2025年のデフリンピックに向けてどのように動いていくのか。そしてその先にどのような社会の実現を目指すのか。
東京都生活文化スポーツ局国際スポーツ事業部で、今回のデフリンピックの気運醸成を担当するチームの井戸愛さん(以下、井戸)の熱い思いがあふれます。

井戸さん東京都生活文化スポーツ局国際スポーツ事業部 井戸愛さん(写真提供:東京都)
私でも主役になれる!~2025年デフリンピック東京大会は「みんなでつくる大会」に~ろう者(耳のきこえない人)のオリンピックが、2025年に東京で開催されることをご存知ですか? 『デフリンピック』と呼ばれるこの大会は、1924年からの歴史があり、100年経って初めて日本で開催されることとなりました。 Sports for Socialでは、デフリンピック、そしてデフアスリートたちの魅力をお伝えしていきます。 この連載にあたり、最初にお話を伺ったのは、デフリンピック運営委員会事務局長の倉野直紀さん(以下、倉野)。デフリンピックの歴史、東京大会のエンブレム制作の裏側、デフスポーツの魅力まで語っていただきました。...

デフリンピックの認知度は10%台。置き去りにしてきたろう者の大会

ーー2025年に日本で初めてのデフリンピックが東京で開催されます。この大会で東京都はどのような役割を果たされるのでしょうか。

井戸)『2025年デフリンピック東京大会』は全日本ろうあ連盟が主体的に動き、招致を勝ち取った大会です。この点は、東京都が都市として招致活動をおこなった東京2020と大きく異なります。
しかしながら、2025年の大会は日本で初めて行われるデフリンピックで、100周年の記念大会でもあります。全部で21競技が行われ、70~80か国・地域から約3,000人の選手の出場が見込まれている大規模な大会です。大会を成功に導くためにも、東京2020を通じて国際大会のノウハウを持っている東京都が、全日本ろうあ連盟と一枚岩になってバックアップさせていただこうと動き出しています。
その中で、現在東京都が中心となって進めているのが大会の気運醸成です。デフリンピックの認知度は10%台とまだまだ低いので、まずは大会を認知してもらうところから取り組みはじめています。

ーー2022年9月にオーストリア(ウィーン)で開かれた国際ろう者スポーツ委員会(ICSD)総会にて、2025年デフリンピックの開催地が東京に正式決定しました。開催が決まった時、井戸さんはどのように感じられましたか。

井戸)恥ずかしながら、開催が決まり東京都が一緒に取り組んでいくという段階になってはじめて、デフリンピックが耳のきこえない方の国際スポーツ大会だと知りました。
私は東京2020組織委員会で広報に携わり、当時はパラリンピックに夢中で取り組んでいました。にもかかわらず、デフリンピックという、オリンピックともパラリンピックとも異なる、ろう者の大会があることを知らなかったんです。これは大変な問題であると感じました。

ーーまったく知らなかったところから、実際にデフスポーツに関わるようになって感じられたことはありますか。

井戸)デフアスリートやろう者との関わりが増える中で、私たちはどれだけこの人たちを置き去りにしてきたんだろうと痛感しました。東京2020が行われたことによって、「障がい者の大会はパラリンピック」「障がいがない人の大会はオリンピック」というステレオタイプを育ててしまった側面もあるかもしれません。
障がいがある方の中にもグラデーションがあり、それぞれに個性があり、違う生き方をしている。にもかかわらず、私たちの大半は、障がいの有無で二極に分けて捉えてしまっている。私自身もパラリンピックの枠に含まれない障がい者スポーツがあることを知らずに仕事をしていたことに大変な恥ずかしさを感じました。
オリンピック・パラリンピックに続き、デフリンピックという大会を東京で行うことに、非常に大きな意義があると考えています。

「まずは知ってほしい」というろう者の切なる願いに応えたい

ーー聴覚障がいは「見えない障がい」とも言われます。障がいがあることにまわりが気づきにくいということが、デフリンピックの認知度の低さや支援の遅れにもつながっているように感じます。

井戸)その通りだと思います。現在、気運醸成の一つの施策として、国内唯一の聴覚障がい者、視覚障がい者のための国立大学法人である筑波技術大学の学生を中心に、大会エンブレムを制作する企画を進めています。

先日筑波技術大学でオリエンテーションを行った際に、聴覚に障がいを持つ大学生にアンケートを取りました。その中でたびたび出てきたのが、「きこえる人との壁を感じている」「ろう者のこと、デフリンピックをただ知ってほしい」というコメントだったんですね。
これまで彼らが壁を感じて生きてきたのだとしたら、大変な問題であると思いましたし、この期待には絶対に応えなければいけないと強く心に誓いました。

ーー知ってもらうという点では、パラリンピックで障がい者スポーツへの関心が高まったあとに、デフリンピックが行われるというのは、いい流れですね。

井戸)本当にそう思います。東京都が大規模な国際スポーツ大会のノウハウを培った後だということもありますし、ようやく共生社会、多様性に世の中の関心が向けられるようになったタイミングで、デフリンピックを東京で開催できるというのは本当に幸運だと思います。

ーーまずは認知度を上げるということが最優先課題かと思いますが、皆さんに知ってもらえるようになった先に、どのようなことを目指していますか。

井戸)知ることが入り口だとすると、多くを知ることで理解が追いつき、どう行動すれば良いかということが自分の頭で考えられるようになる。行動する人が増えれば、それが変革になっていくのだと思います。

デフリンピックを知ることで、これまで気に留めていなかった手話ニュースが気になるようになる、人前で話をするときに「もしかしたらこの中に聴覚障がい者がいるかもしれない」と想像を巡らすようになる。そういう気づきの一つひとつを雪のように降り積もらせていくことで、ある日ヘレンケラーの「WATER」のような大きな発見に至るのだと思うんです。
だから、私たち気運醸成チームは、デフリンピックに応援に行くとか、ろう者と友達になるという大きなアクションの前に、皆さんが小さな気づきを得るきっかけをたくさん作っていきたいと考えています。

今はWEBサイトやSNSを立ち上げる他、動画制作にも取り掛かっています。今後も多様なコンテンツを用意して、皆さんが「気になるから調べてみよう」と興味を持った時にすぐに触れることができるような、気づきを促すような広報活動を行なっていきたいです。皆さんが「ほしい」と思ってからでは遅いので、先回りして準備をしていきたいと考えています。

東京都がスポーツを通じて実現したい未来

ーー東京都は今年2月に「ビジョン2025 スポーツが広げる新しいフィールド 全ての人が輝くインクルーシブな街・東京へ」を策定しました。これはどのようなものでしょうか。

井戸)2025年には、デフリンピックと世界陸上競技選手権大会の2つの国際大会が東京で開催されます。東京2020以来、大きな国際大会を同じ年に迎えるにあたり、東京都がこれまで培ってきたレガシーを生かしながら、どのように次のステップに進んでいくのか。スポーツの力によって、どのような未来を創りたいと考えているのか。東京都が目指す姿をビジョンとしてまとめています。

このビジョンの中核にあるのは、「スポーツの力」です。スポーツには太陽のような不動の価値があり、私たちがやるべきは、その光でどこを照らしていくかを考えることだと思っています。
ですから、このビジョンについても、スポーツの普遍的な価値を中心に置き、そこから何にフォーカスして2025年を迎え、その先につなげていくかということを掲げたものになっています。

ビジョン2025東京都 ビジョン2025より。ビジョン実現のための基本方針として、①みんなが つながる ②世界の人々が 出会う ③こどもたちが 夢をみる ④未来へ つなぐ ⑤みんなで 創る の5つの柱を掲げています。(参照:https://www.sports-tokyo-info.metro.tokyo.lg.jp/seisaku/data/Vision2025_dp_JP.pdf

ーー実際の大会までは2年半ほどあります。井戸さんはどのような社会変化を起こしていきたいと描いていらっしゃいますか。

井戸)今回のエンブレム制作もそうですが、このデフリンピックが、耳のきこえない人、きこえにくい人がもっと前に出てこられるきっかけになることを期待しています。
オリエンテーションの時に、全日本ろうあ連盟理事(デフリンピック運営委員会事務局長)の倉野直紀さんが「アスリートも主役だけど、大学生の君たちも主役なんだよ」とおっしゃっていました。私もまったくの同意見で、デフアスリートだけでなく、大会にかかわるすべての人が主役になってほしいです。

そのためには、ろう者や大会関係者の皆さんとなるべく距離を詰めて、近い関係でご意見をいただきながら、みんなで世の中を変えていけるように、これからの2年半を過ごしたいと思います。

ーーこの記事を読んで、初めてデフリンピックを知ったという方も多いと思います。デフリンピック、ろう文化に興味を持った方に、どのようなアクションを期待しますか。

井戸)ぜひ、自分の生活圏に、ろう者の方との接点を創り出すような一歩を踏み出していただけたらうれしいです。
私も、デフリンピックの仕事に就いて以来、手話という言語や、いろんな考え方や文化との接点ができて、毎日が発見の連続です。これは障がいに限った話ではなく、自分とは異なるバックグラウンドを持つ人とつながることは、まったく想像もしていなかった刺激を得られ、生きることを楽しくしてくれます。私が感じている感動を、皆さんにも味わっていただきたいと思います。

ーーありがとうございます!

(ライター:山田智子)

都内中高生対象!

エンブレム制作グループワーク参加者募集

デフリンピックロゴ制作

2025年デフリンピック東京大会のエンブレムは、夏にかけて筑波技術大学の学生が制作した複数のデザイン案から、9月3日に行う都内中高生によるグループワークでの投票によって決定します。

この投票に参加する中高生は、6月16日 ~7月31日の間に広く一般募集されます。

大会を一緒に盛り上げ、つくりあげていく。観戦だけでなく、全世界が注目する大会のエンブレムを選ぶという形で是非一緒にデフリンピックに関わってみませんか?

グループワーク・投票の参加者募集の詳細は、下記の東京都公式HPをご確認ください。

スポーツ東京インフォメーション
https://www.sports-tokyo-info.metro.tokyo.lg.jp/seisaku/deaflympics2025/emblem/index.html

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