マインドフルネス(mindfulness)とは、簡単に言えば「過去や未来ではなく、今、この瞬間に意識を向ける」という考え方です。とくに近年、マインドフルネスは脳の疲労回復に効果があることが科学的に証明され欧米や日本でブームになっており、GoogleやFacebookなどの企業でも取り入れられるほどです。この記事では、マインドフルネスの意味や実践法、エビデンスや効果などについて、わかりやすく説明していきます。
マインドフルネスとは
マインドフルネスの意味は、「過去や未来ではなく、今、この瞬間に意識を向ける」ことです。マインドフルネスは仏教に由来しており、その語源は仏教の経典として使われている古代インド語であるパーリ語の「sati(サティ)」やサンスクリット語の「smṛti(スムリティ)」とされています。
どちらも仏教の禅の考えを表す言葉で、「念」や「気づき」という意味です。これが『mindfulness(マインドフルネス)』と英訳され、広く知られるようになりました。
マインドフルネスと瞑想(メディテーション)の違い
マインドフルネスと瞑想の違いについてもよく混同されがちですが、明確な違いがあります。
瞑想とは、心を静めて無心になることや何も考えずにリラックスする状態のことであり、そのような瞑想状態に入るための方法として、座禅や滝行などの静的なものからダンスやヨガなど動的なものまで、さまざまなものがあります。
マインドフルネスとは、今、この瞬間に意識を向けることであり、瞑想状態に入るための1つの方法です。瞑想は「入る方法の導入部」と「瞑想状態の本体部」に分けて考えると理解しやすく、巷で言われるマインドフルネス瞑想とは、マインドフルネスを導入部として瞑想状態へ入る方法を意味しています。
マインドフルネスが注目される理由
マインドフルネスが世界中に普及するきっかけとなったのは、マサチューセッツ大学医学校名誉教授のジョン・カバットジン博士が「マインドフルネス瞑想」を医療分野に最初に取り入れたことです。その後、医療分野以外でもAppleやGoogleなどの世界的大企業が社員研修の一環としてマインドフルネス瞑想を取り入れたことで、知名度が一気に高まりました。
マインドフルネス瞑想が今の時代に多くの人に支持される理由は、時代背景や企業が抱える課題が関係しています。インターネットの普及に伴い、私たちが1日に触れる情報量はここ20年ほどで爆発的に増えました。アメリカの市場調査会社が2020年5月に行った発表によると、2020年に全世界で生成・消費が予想されるデジタルデータの総量はおよそ59ゼタバイト(1ゼダバイト=1021バイト)で、この数値は2010年の約10倍、2000年の約10,000倍になります。またSNSなどにより私たちが情報に触れる機会も増えたことから、私たちの脳は常に情報に触れており脳は休む暇がありません。
ビジネスにおいても、特に日本では労働力人口が年々減少している中で業務効率化や生産性向上が急務となっていることや、世界を相手にしたグローバル競争などこれまでの日本経済では経験のないことに対応しなければなりません。さらに新型コロナウィルス感染症が全世界に広がり、まさに先の見えにくい上に変化の激しい時代となりました。このような状況の中で企業が生き残りを図るためには、常に情報を収集し判断し行動するということを繰り返す必要があり脳を使い続けます。
また、働き方に関しても多様な働き方が推奨されるようになり、自分なりの働く意味や価値を考える時代となりました。労働環境の改善を図る試みとしてはとても有意義なことですが、企業の施策が働き方の多様性に間に合っていないことで逆にモチベーション維持が難しくなり、メンタルヘルスの問題も多発しています。
つまり、今の時代を生きる私たちは脳やメンタルが疲弊しやすい状況にあり、「脳の休息法」としてのマインドフルネスが求められているのです。
マインドフルネスの効果
1970年から2020年の40年間で医療機械が著しく発達したことで、脳の変化がリアルタイムで可視化できるようになり、脳神経科学の科学者たちにより様々な研究が行われました。その結果、1970年には年間わずか数件程度だったマインドフルネスに関する研究論文ですが、2020年にはその数は2,800件を超えました。このようにマインドフルネスが科学の対象になるということは再現性があるからです。
1990年代頃までの脳神経科学では、脳の成長は幼少期でほぼ終了し、成長してからは確実に衰えていくものと考えられていました。しかし、脳の可視化ができるようになってからその考えは覆されており、適切なトレーニングをすることで何歳になっても脳は新しいネットワークを形成し、発達していくことがわかっています。その結果、現在ではマインドフルネスの実践によって脳の疲労回復や疲れにくい脳を意図的につくれることが脳神経科学よりわかってきたのです。
また、脳を意識的に使っていない場合でも脳は人間が活動するために必要なネットワークを維持し続けているため、最新の脳科学では脳は何もしなくても疲れることがわかっています。これはデフォルト・モード・ネットワーク(DMN)という脳回路で、脳の消費エネルギーの60〜80%を占めていると言われています。マインドフルネスなどを導入とした瞑想は、このDMNの活動を抑制することができるという研究報告もされており、科学的に正しい脳の休ませ方だと言えるエビデンスが次々に集まり始めています。
マインドフルネスによって得られる代表的な効果についてまとめてみました。
ビジネスで役立つ効果
・怒り、悲しみといった感情を上手く取り扱えるようになり、人間関係が良好になる
・集中力が向上し、仕事のパフォーマンスが上がる
・意思決定力が高まる
・ストレスが軽減される
身体的な健康に役立つ効果
・睡眠障害、めまい、背中の痛みなど、慢性的な健康問題が解消される
・減量や健康的な食生活につながる
・免疫力が高まる
精神的・心理的な効果
・うつ病や不安障害、心的外傷後ストレス障害(PTSD)などの精神疾患の改善
・内発的動機づけの形成
・メタ認知力(ものごとを俯瞰する力)があがる
マインドフルネス瞑想で呼吸へ注意を集中している間は、怒りなどの感情をつかさどる脳の部位である扁桃体の活動が低下していることや、マインドフルネス瞑想を8週間行った人は、扁桃体の大きさが縮小したことを示す研究もあります。
マインドフルネスの実践法
マインドフルネス瞑想の代表的な瞑想法のうち、ここでは簡単に実施できる2種類の方法を紹介します。
マインドフルネス呼吸法
注意力散漫、無気力、イライラなどとにかく脳が疲れている時におすすめの方法です。「今ここ」に意識を向ける練習をすることで、疲れにくい脳をつくっていきましょう。
1.基本姿勢をとる
背筋を軽く伸ばし、背もたれから離して椅子に座ります。この時、お腹はゆったり、手は太ももの上、足は組まずに足裏と床をつけておきましょう。目は開いていても閉じていても構いませんが、開く場合は2メートル先ほどをぼんやり見ましょう。
2.身体の感覚に意識を向ける
足の裏と床、お尻と椅子、手と太ももなど接触の感覚に意識を向けます。次に、身体にかかる重力に意識を向けましょう。
3.呼吸に意識を向ける
鼻を通る空気、胸やお腹の上下、呼吸の深さなど呼吸に関わる感覚を意識しましょう。呼吸のタイミングはコントロールする必要はなく、自然と呼吸がやってくるのを待つような感覚です。
4.雑念が浮かんだ時の対応
雑念が浮かんだら、再び意識を呼吸に戻しましょう。雑念が生じるのは当然ですので、自分を責める必要は全くありません。
ボディスキャン
身体に違和感や痛みがある時におすすめの方法です。脳の状態は、自律神経やホルモンを介して身体に反映されますので、この瞑想法により短期的な痛みの抑制だけではなく、痛みに対処できる脳構造をつくっていきましょう。
1.呼吸に意識を向ける
横たわっても椅子に座ってもどちらでも構いません。呼吸にともなってお腹が上下する感覚も意識しましょう。
2.左足のつま先に意識を向ける
足が靴や靴下に触れる感覚、足の指が隣の指に触れ合う感覚に意識を向けましょう。
3.身体をスキャン
息を吸う時は、空気が鼻から入り、身体を通って左足つま先に吹き込まれる感覚を意識しましょう。また息を吐く時は、左足つま先にある空気が、身体を通って鼻から出ていく感覚を意識しましょう。この呼吸を通して身体をスキャンする感覚を身につけます。
4.同様のプロセスを全身で行う
左のつま先から左ももへのスキャンが終わったら、右足、左右の手、腹部や頭なども同様にスキャンしましょう。スキャンにより身体の感覚がどのように変化したかにも意識を向けましょう。また痛みがある場合は、その部位も同様にスキャンすることで痛みの抑制につながります。
マインドフルネスの実践を補助するアプリ紹介
マインドフルネスの実践をサポートするためのスマホアプリも登場していますので、手助けが必要な時には活用してみてください。
メントレ(メンタルトレーニング)
メンタリストDaiGo氏が監修したマインドフルネスアプリです。主に呼吸の瞑想とボディスキャンをサポートしてくれます。瞑想を実践するときに立ち上げれば、心拍数の変動を計算してマインドフルネスの質を目で確認できるようにしてくれる仕様です。このほか、ボディスキャン用の音声ガイダンスも利用できます。
Meditopia
心理学者とヨガ・マインドフルネスの現役インストラクターが監修したアプリです。日常の各シーンに合わせた隙間時間で実践できる短期プログラムや、ストレスや睡眠などの目的別に構成された長期的なプログラムがあります。このアプリには1,000以上のマインドフルネス瞑想プログラムがあり、Apple Watchからも簡単にアクセス可能です。
マインドフルネスの導入事例
最後に、マインドフルネスを実際に取り入れて効果を出している企業を紹介します。
マインドフルネスを取り入れている企業で一番有名なものといえばGoogleです。Googleでは、会社設立9年目からSearch Inside Yourself(以下、SIY)というマインドフルネス瞑想含む研修プログラムを自社開発し取り組んでいます。SIYのプログラムに参加した方の多くが生産性の向上を効果としてあげています。その結果労働時間を減らしたにも関わらず、昇進した方もいらっしゃいます。また、ストレス低減により周囲との人間関係がうまく行くようになったケースもあります。
Apple
同じシリコンバレーの大手IT企業のAppleもマインドフルネスを取り入れています。スティーブジョブズは、大事なイベントの前にはマインドフルネス瞑想を行なっていたという話もあります。マインドフルネス瞑想による生産性のアップだけではなく、創造性の向上によってAppleの個性的なサービスが生まれたのかもしれません。
Yahoo!
海外の企業だけでなく、日本の企業でもマインドフルネスを取り入れる動きは広まっています。Yahoo!では、Yahoo!アカデミアの中でマインドフルネスを活用した研修を実施しています。次世代リーダーの創出・育成を目的とし、適切なリーダーシップを発揮するには自分のことをより客観的に知る「メタ認知」が重要と考え、マインドフルネス研修を実施。これによって、自身を取り巻く状況や心理状態を客観的に認知する能力が高まったとのこと。また、ストレス低減や集中力アップにも繋がっているそうです。
メルカリ
フリマアプリで圧倒的なシェアを広げ、今では小泉社長がJリーグ・鹿島アントラーズの社長にも就任し話題となったメルカリでもマインドフルネスが取り入れられています。仕事の効率をあげるために、社員からボトムアップで部活動が始まりました。マインドフルネス瞑想を実施することで集中力の向上やストレスの低減に繋がっているそうです。
Sansan
名刺管理ツールで有名なSansanでもマインドフルネスを使った研修を実施しています。社内の生産性を高めるために、社内制度の一環として全マネージャーを対象に導入しました。その結果、参加者の8割近くが効果を実感し、リーダーシップの発揮やモチベーションの向上に影響がありました。
楽天
楽天では、社員が自由に参加できる「マインドフルネスネットワーク」というプログラムがあり、楽天グループ2万人の社員のうち1,000人が参加しています。このプログラムは楽天社内のグローバル人材の増加に伴い導入されました。毎週決まった時間に会議室で瞑想タイムが行われ、定期的にワークショップやゲスト講演が開催されるなどさまざまなコンテンツが用意されています。
◆「世界のエリートがやっている最高の休息法」久賀谷亮
◆「聴くだけで集中力が高まるビジネス瞑想CDブック」平本あきお
◆「ストレス低減が扁桃体の構造変化に関わる」マサチューセッツ総合病院、ハーバード・メディカルスクール、ユストゥス・リービッヒ大学ギーセン(独)他
◆「瞑想経験がデフォルトモードネットワークの活性と接続に関与する」イエール大学