「監督が怒ってはいけない大会」。
注目を集めるこのネーミング。実は、バレーボール元日本代表の益子直美さんが開催している大会です。大切にしているのは、もちろん指導者が怒らないようにすること。それには、益子さんが現役時代から感じていたことが大きく影響しているそうです。
今年4月に設立した一般社団法人「監督が怒ってはいけない大会」の代表理事で、献身的に取り組みを続けている益子さんにお話を伺い、2回に分けてお送りします。
前編では、「監督が怒ってはいけない大会」が大切にしていることや、大会を通して益子さん自身が感じたことなどを伺いました。(全2回のうち #1 / #2はこちら)
“逃げたくてしょうがなかった”現役時代
ーー「怒ってはいけない大会」という名前はすごく印象的ですね。
益子)私は現役時代、指導者から激しい指導を受けたことで、バレーから逃げたくて逃げたくてしょうがなかったんです。1990年に現役を引退した後も、試合の解説などをさせてもらいましたが、勝負がかかっている全日本(日本代表)などのトップのカテゴリーを見ることがすごく苦手でした。
ただ、バレーが嫌いだと思っていたなかでも日の目が当たらない環境をサポートしたい気持ちがあり、1996年から「シッティングバレーボール」というパラ競技のボランティアを始めたり、LGBTQの人たちのバレーボール大会を開催したりしてきました。
そうした活動に取り組んで気づいたのは、私は「バレーボール自体」が嫌いなわけではなく、「勝利至上主義」の世界が向いていないということでした。
ーーそのような思いから、「怒ってはいけない大会」を始めるに至ったのですね。
益子)LGBTQのバレー大会が10回目を迎えたとき、知り合いの方から「福岡で小学生の大会をやってもらえませんか」と話をいただいたのが「怒ってはいけない大会」の始まりです。
今まで関わってきたシッティングバレーやLGBTQのバレーでは“楽しい環境”を感じていたこと、そして小学生のチームでも指導者から怒られ、泣きながらプレーする子どもたちが多かったことから、私の大会だけは子どもたちが「楽しい」とか「また出たい」と思えるような大会にしたいと考えました。
いろいろと悩んだ結果、「楽しめないのは監督が怒るからだ!」と思い、大会当日の開会式で「怒ってはいけない」というルールを発表したんです。
「怒られないからチャレンジできました」
ーー「怒ってはいけない」というルールを伝えたのは大会当日だったのですね。
益子)威圧感のある態度を取っているようにみえる監督さんに私が注意すると、「怒っていないですよ!」という反応がほとんどで、自分が怒っていることに気づいていないんです。私は監督さんが怒っているかどうかの言動だけでなく子どもたちの表情を見ていて、子どもたちが怒られていると感じていないかどうかを大切にしています。
新型コロナの影響で去年の大会は中止になってしまいましたが、「バツ印マスク」を導入したり、参加者全員でペップトーク(スポーツの試合前に指導者が選手を励ますための短い激励のスピーチ)のセミナーを受けたりするなど、大会は回を重ねるごとにどんどん進化しています。
ボールを使った技術的なところだけではなく、この大会を通じて「子どもたちに知識や考えるきっかけを与えられる時間をつくりたい」と思っているんですよ。
ーー「怒ってはいけない」と発表することで監督が出場を渋り、それ以降の大会に出場してもらえないことは考えていませんでしたか?
益子)1回だけで大会が終わってしまうことも、もちろん考えました。参加してくれるチームが少なくても、来てくれたチームだけでやろうという気持ちでしたが、2回目には初回よりも多くの申し込みがあり、最後はキャンセル待ちが出るほどになりました。
しかも、前回の大会で私が注意した監督さんもまた来てくれたので理由を聞いてみると、「子どもたちが出たいって言うんだよ」と教えてくれて。子どもたちにとってはすごく楽しい大会になったのだと感じられてとても嬉しかったです。
「この大会は世の中に必要とされてるんだ!やり続けよう!」この時にそう決めましたね。
ーー子どもたちからの反応は嬉しいですね。
益子)大会後にある子どもから「普段は怒られるのが怖いから取りにいかなかったボールでも、今回は怒られないからチャレンジすることができて成功することができました!」と手紙をもらったこともありました。ほかにも、「監督が怒らないからといって甘えずに、みんなで考えて声掛けしました!」という声もありました。
子どもたちには特に何も言ってなかったのですが、指導者に頼らず自分たちで頑張ろうとする姿勢が見えたことにはびっくりして、「この大会は監督さんだけでなく子どもたちも成長できるんだ」とあらためて感じました。
「なんて言えば分からないから教えてください」頭を下げたベテラン監督
ーー大会のなかで印象的な出来事はありましたか?
益子)怒ってはいけないというルールは分かってはいるものの、怒りを封印することがなかなかできない監督さんがいたんですよね。でも、大会にテレビ取材が来ていたこともあり、その監督さんは怒りを封印することにチャレンジしてくれたんです。
その監督さんのチームは負けてしまったのですが、その後に私のところに来て「タイムアウトを取ったけど、怒りを封印したらどんな声かけをすれば良いか分からず、何も言えなかったんだ…」と本音で話してくれて、「このあと子どもたちに一言話すんだけど、なんて言えば良いか分からないから教えてください」と頭を下げてくれたんです。
子どもたちにどうなってほしいのか尋ねたところ、「同じチームともう1回対戦したら絶対勝ちたいという気持ちを、子どもたちにもってほしい」と言われたので、私も一緒になって子どもたちがそんな気持ちになるような関わり方を考えました。
いろいろと意見を出し合って、最後に監督さんは「練習でやったことが試合でもできていた場面があるから、それを1人ずつ褒めて認めてあげます」と言い、子どもたちの元へ戻っていったんですよね。
「“変わる”ということは簡単ではないけれど、子どもたちのために勇気を持ってチャレンジしてくれているんだ」と、その監督さんの姿を見て本当に感動しました。
ーーベテランであればあるほど「変わること」は簡単ではないですよね。
益子)本当は「変わりたい」とか「怒るのはよくない」と分かっていても、そのきっかけがないと難しいと思います。だから、この大会がそのきっかけの1つになれると良いなと思っています。
例えば「誰かに見られている」という意識を持つことも、変わるきっかけになりますよね。今回のベテラン監督さんの場合はテレビカメラがあったから、チャレンジできたという側面もあると思うんです。
ーーこの大会は「監督がチャレンジする場」にもなっているのですね。
益子)そうですね、子どもたちに「チャレンジしよう!」と言っているのですが、監督さん自身がチャレンジできていないのではと思うことがあります。この大会では、監督さんが怒りを封印するというチャレンジをして、怒りの代わりにどのような指導ができるか試してほしいと思っています。
私たちが過ごした昭和の時代は、監督は“孤独”で“嫌われてナンボ”で、自ら進んで嫌なことを言う必要があるので「嫌われ役」と言われていました。でも監督も1人の人間です。スポーツメンタルコーチングを学んでみて、「嫌われ役を演じている監督さんたちのメンタルを整える人も必要だ」とすごく感じました。
「監督が怒ってはいけない」という否定的な大会名ですが、監督さんたちに寄り添ってサポートして“変わるためのお手伝い”をしたいと思っています。
行動して感じた、この大会を広める難しさ
ーー益子さんは、この大会をどのように進化させていきたいと考えていますか?
益子)実はこの大会を運営するスタッフ全員がスポーツマンシップ協会の認定講座を学び、「“スポーツマンとは良き仲間”という意味なんだ」と気づくことができました。これからはスポーツマンシップのセミナーを少しずつ大会の中に取り入れて、この考えを広めていきたいと思っています。
そのほかにも、バレーボール以外の競技の良いところを大会では取り入れようと思っています。今年からはラグビーチームで行われている、試合が終わった後に選手たちが相手のロッカールームに行き、対戦相手を褒め合う・褒め称える「アフターマッチファンクション」をやってみることにしました。
ーーこの大会を広げるのには難しいところも多いのではないですか?
益子)全国で開催したいし、引退したアスリートに手伝ってもらったり、ほかの競技にも広がってほしいと考えたりしているのですが、実際のところ広める難しさも感じています。
この活動に反対している方のなかには、「怒る」指導を受けて成功した選手がたくさんいると思います。そんな「怒る」指導を受けて成功した経験があると、「今の時代は暴力や暴言は必要ない」と分かってはいるものの、公に顔を出して声を上げることは難しいですよね。
私もこの活動をしていく上で、否定のメッセージもたくさんいただきました。多かったのは、「先生を否定・批判しているのか」とか「私は指導者に殴られたけど感謝してる」といった声でした。痛みを伴うのでアスリートには気軽に一緒にやろうと声をかけることができず、「自分1人でコツコツとやるしかない」と考えていました。
でも、指導者からの暴言で自殺してしまった高校生のニュースを知って、「スポーツは命を奪うものじゃない」と思い、この活動をもっと知ってもらい広めていくために、今年4月に「一般社団法人 監督が怒ってはいけない大会」を設立したんです。
▶後編に続きます