元バレーボール女子日本代表の益子直美さんは、『監督が怒ってはいけない大会』という名の小学生向けバレーボール大会を2015年から開催しています。その名の通り、試合中に監督が“怒った”指示を出すとバツ印がついたマスクを与えられるなど、「いかに怒らずに指導をするか」を指導者が考え、子どもたちがのびのびプレーする環境を作る大会です。
そんな大会で、子どもたち向けに味の素株式会社がトップアスリートへのサポート活動知見から開発された栄養プログラム「勝ち飯®」の勉強会を開催しました。大会のコンセプトとこうしたプログラムにどんな意義があるのか、大会主催の益子直美さん(以下、益子)、そして味の素株式会社の上野祐輝さん(以下、上野)にお話を伺いました。
”怒らないため”の取り組みが起こした変化
ーー2015年から開催している『監督が怒ってはいけない大会』ですが、これまでの活動を通して変わってきたと感じてることはありますか?
益子)一番変わったと思っているのは、周囲の反応です。頻繁に取材をしていただいたり、他競技からもお話をいただけるようになりました。なによりも応援してくださる方がすごく増えました。数年前は批判的なメッセージも多かったですが、去年あたりからそれがパタっとなくなって、今はたくさんの応援メッセージをいただいています。
ーーこの大会には、指導者向けのコーチングプログラムなどの講義が取り入れられているという特徴があります。そうしたプログラムを取り入れるのは、どのような意図があるのでしょうか?
益子)大会を始めた当初、チームの監督たちとの懇親会は私も含め「俺の時代はこうだった」とか「何発ぶたれた」とか「こんな変なルールがあった」という“怒られ自慢”ばかりでした。2年目になって「こんな話ばかりじゃ駄目だよな」と思っていたところ、ある監督から「怒っちゃダメならどういう指導方法があるんだ」と聞かれ、私自身が怒られる指導しか経験してなかったので答えられなかったんです。
そこから、スポーツメンタルコーチングを学び、そしてアンガーマネジメントのセミナー資格を取得したりと学ぶにつれ、今まで自信がなかったところを知識が支えてくれるようになり、堂々と怒っちゃ駄目と言えるようになりました。私自身が多くのことを学んで「すごく成長できた」「変われたな」「昭和の呪縛から解放されたな」と思えるようになったので、少しでもこの大会が監督さんたちの変わるきっかけになればと思って、懇親会の前にセミナーを開催するようになりました。
ーー大会にセミナーを取り入れた効果はいかがでしたか?
益子)懇親会の会話はガラリと変わりました。例えば、「1年生と6年生のミスでは意味が違うよね」とか「こんなときどうやって声かけたらいいかな」というようなディスカッションが行われるようになりました。
指導者が一緒に学んで議論をする時間ができたことで、悩みが共有できてよかったと言っていただけるようになりました。そこからは私も学んで成長出来たことをお伝えできるようにセミナーを開催するようになっていきました。
怒るだけでは主体的に動く子どもは育たない
ーー『監督が怒ってはいけない大会』では、今年度から味の素株式会社との取り組みが始まっています。ご担当の上野さんはこの大会にどのような印象を持たれていますか?
上野)私もこの大会のコンセプトに非常に共感しています。我々もいろいろな現場に栄養サポートという立場で行かせていただき、スポーツ現場での指導方法の違いを目の当たりにしてきました。その中で、世界のトップまで行く選手とそうでない選手の差は何だろうと考えると、やはり「主体的に物事に取り組む」ことがすごく大事だと思わされています。環境もあるので選手だけが悪いわけではないのですが、やはり逆境に立たされたときの強さに差を感じてしまいます。
僕らも情報発信の仕方として、教科書通りに物事を話すのではなく、いかに明日からでも取り込める簡単で実践的な情報をお渡しできるかというところを意識しているので、何か少しでも後押しできたらいいなと思いますね。
ーー「主体的に物事に取り組む」ことは、スポーツはもちろんすべてにおいて重要なことですよね。
益子)私も現役時代は監督や先輩が言う通りに動いて来たので、壁にぶち当たったときや何かを選択しなきゃいけないときに主体的に動けませんでした。
スポーツメンタルコーチングを学んだ際、「こんなやり方があるのか!」とものすごく高揚したことを覚えています。現役時代に知りたかったとも思いました。しかし、ともに受講しに行った私の恩師はそれを受けても、新しいスキルを認めつつも、厳しさ=怒る・追い込むことであるという価値観は変わることはありませんでした。
私自身、理不尽に怒られ続けた結果、それを乗り越えることができず、トスを呼び込むこともできなくなった時期がありました。今の子どもたちにはそのような思いをさせず、主体的に楽しんでスポーツを続けられるような環境を作りたいと思っています。
一方通行ではない、子どもたちに投げかける指導
ーー今回、子どもたち向けに「勝ち飯®️」勉強会を開催しましたが、実際にやってみた感想や子どもたちの反応で印象に残ってることはありますか?
上野)まず運営側の話で、益子さんと一緒に進行したのですが、現場で一人ひとりの目を見て、一方通行にならない工夫をしているのが印象的でした。会話をすごく大切に、「どう思う?」「こんなときどうする?」という質問を積極的に投げかけていただいたので、指導者の方々にもよい影響があったのではないかなと思います。そこが僕にはとても印象的でしたし、進め方という意味でも学びを得られました。
ーー益子さんも「勝ち飯®️」勉強会を一緒にやられた感想はいかがでしたか?
益子)栄養などの話は、子どもたちがいろいろ考えることで浸透していくと思っています。質問を一人ずつ聞いていったりとか、思ってることを手を挙げて答えてもらったり、とにかく投げかけをたくさん行って、子どもたちが自分で考える回数を増やそうと取り組みました。
実は、子どもたちが進んで手を挙げて答えている姿を指導者の方々はあまり見たことがないんです。部活やスポーツ活動の部分でなかなか手を挙げて質問するシーンがないチームも多いですし、やはり、“怒ってる”監督のチームは特に、率先して手を挙げて答えている姿を見てびっくりします。特に「勝ち飯®」勉強会のときは、保護者の方々にも一緒に聞いてもらってたのですが、「子どもたちがあんなに手を挙げて興味を持って答えてる姿を見れると思っていなかった」という声をたくさんいただきました。
子どもや指導者が理解して行動できる環境を
ーー監督やコーチは、普段の関わりの中で子どもたちや保護者に栄養面のサポートをすることはあるのでしょうか?
上野)チームによると思いますが、やはり栄養は自分の持ち場ではないと見放されている指導者の方が多い気がします。トレーニングだけじゃなくて栄養も大切にする考えが少しずつ広まっている感覚はありますし、勉強会をやってくれないかと声をかけていただくのですが、声掛けをしてくださった指導者さんが勉強会の場にいらっしゃらないこともあります。
子どもたちに何が必要なのかという知識を身につけた上で技術的な指導をしてくださる方が我々としてはすごく理想的ですし、普段の練習を質の良いものに変えていくためには、栄養や休養の部分の質を少し変えなきゃいけません。例えば、1日0.01%でもプラスになったら、1年後には103%も伸びることになります。そういった意味でも、多くの指導者にもっと栄養面にも興味を持っていただけると嬉しいですね。
ーー今後、子どもたちがスポーツを楽しんだり主体性を持つためにどんなアプローチをしていきたいかお伺いできればと思います。
上野)好きで始めたスポーツを人生の最後まで好きなままで終わってほしいです。生涯のものにしたいと思っても、知識不足による怪我でリタイアというのは一番避けてほしいですし、知識を得ることでもっといいプレーができることもあると思っています。我々は日本代表選手やトップアスリートのサポートもさせていただいてるので、子どもたちの憧れである選手たちが大事にしているものを発信させていただくなど、子どもたちのマインドを変えられるサイクルをしっかりと生み出せるように動いていきたいと思っています。
ーー益子さんはスポーツ少年団の本部長という大役も担われることになりましたが、今後についてどうお考えですか?
益子)「一人でも多くの子どもたちがスポーツを楽しめるような環境を作っていかないといけない」という使命感を持って本部長に就任させていただきました。
上野さんがおっしゃっていたように、栄養セミナーをやってほしいと言った先生自体が話を聞かない、怒ってばかりの監督がアンガーマネージメントのセミナーを受けないで帰るということもあります。怒っている指導者はそういったところを変えよう、変わろうという気持ちはないんです。それでも、子どもたちには練習のバランスや休養、栄養の知識をたくさん学んで、自分たちで行動できるようになってほしい。成長するためには先生や指導者が言っていることがちょっと違うとわかるような知識を、子どものうちからしっかり学んでいけるようにしたいと思っています。
ーー子どもたちが学ぶ機会を増やすために、大会の活動にも変化はあるのでしょうか?
益子)せっかく栄養のセミナーでインプットできたので、すぐにアウトプットできる、チャレンジできるのが私たちの大会のいいところ。セミナー後、「ガッツギア®を試合前に何分前に食べたらどうなったのか」とか「ちょっと空腹のときに食べたらどうなったのか」というのを試してみて欲しいです。プレーだけでなくなんでも試せるチャレンジの大会ですから、今回試合中に食べて試してほしいと監督たちに前もって伝えられなかったのは私たちとしても反省点。(体育館によって飲食のルールなどもありますが)次は監督・コーチ陣に「子どもたちに食べさせてあげてください」とお伝えして、「空腹のときにどの程度の量を飲むといいのか」など検証できるようにしたいです。
ーー指導者や子どもたち、取材させていただく私もそうですが、こうした大会を通していろいろなところに学びが転がってるとよくわかりました。本日はありがとうございました。