スウェーデンでサッカーに次ぐ人気スポーツ『フロアボール』。スティックを持って誰でも楽しめるそのスポーツは、知的障がいのある人たちにスポーツトレーニングとその成果の発表の場である競技会を提供するスペシャルオリンピックスにも正式採用されるインクルーシブスポーツです。
小学校の頃からフロアボールに取り組み、大学卒業後スウェーデンを拠点に活躍する高橋由衣さん(以下、高橋)は、日本におけるフロアボール普及に本格的に取り組んでいます。どんな人でも、手軽に安全に取り組めるその魅力や、フロアボールから考える『インクルーシブ』の考え方について、お話を伺いました。
将来はオリンピック競技に?!フロアボールを始めたきっかけ
ーー高橋さんとフロアボールとの出会いはどんなものだったのでしょうか?
高橋)小学校1年生のときに、学童保育でミニホッケーというフロアボールより易しいスポーツを始めたことが今に繋がるきっかけです。学童保育に職員として来ていた方が当時フロアボール日本代表で、「あなたが20歳になる頃にはフロアボールはオリンピックの種目になるよ」と誘われて始めました。今34歳になるのですが、まだオリンピック種目にはなっていませんけどね。(笑)
ーーすごく偶然な出会いだったんですね。
高橋)そうですね。その後、15歳のときに初めて日本代表に選出され、2005年に初めて世界選手権に出場してから8大会連続で世界選手権に出場しています。
2011年に大学を卒業する際、小学校の教員になるかどうか悩んだのですが、動けるうちにスポーツを極めた方がいいというアドバイスをいただき、2011年の夏からスウェーデンに拠点を移しています。スウェーデンではフロアボール選手をしながら学校でも教員として働き、両方の夢に取り組んでいる状況です。
スウェーデンでは、サッカーの次に競技人口が多い
ーー『フロアボール』とは、どのような競技なのでしょうか。
高橋)フロアボールは、アイスホッケーから『氷』と『スケート』と『防具』を引いたようなスポーツで、室内で行う競技です。コートの中を走りながら、プラスチック型の球体のボールを打って相手のゴールに入れて得点を競うスポーツで、防具をつけないため、基本的には体の接触は禁止されており、比較的安全なスポーツと言われています。日本ではマイナーですが、ヨーロッパ、特に北欧ではとてもメジャーなスポーツで、スウェーデンでは、競技人口がサッカーの次に多いスポーツです。
ーースウェーデンは、国家として福祉に力を入れている国ですよね。
高橋)スウェーデン留学1年目に通っていたスポーツ教育の専門学校では、どのスポーツについても「みんなが参加できるか」ということを考えていて、とても感心したことをよく覚えています。
その点でもフロアボールは「手軽で誰でもすぐゲームができる」ので、国内で競技人口が増えていきました。スウェーデンでは、日本でいう『インクルーシブスポーツ』の一つとしてフロアボールが捉えられています。
ーー『インクルーシブ』という言葉自体は日本でも聞きますが、スウェーデンではそもそもの教育として「誰もが参加できるものを実施する」という考えが根本にあるのですね。
高橋)そうですね。みんなが参加できるようにルールを変えるなど、そういった「誰でも参加できる」という考え方が当たり前に広まっているのだと思います。
誰でもすぐに始められるフロアボール
ーーフロアボールは、初心者の方でも取り組みやすいスポーツなんですよね!
高橋)「スティックを振り上げてはいけない」や「押さない」などの簡単なルールを守っていただければ、子どもであってもその日のうちにゲームをすることができます。ルールを説明されている時間よりも実際にゲームをやる時間の方が楽しいと思うので、そうしたルールがシンプルという点もフロアボールの大きな魅力ですね。
ーーフロアボールを実施する上で、心配されることなどはありますか?
高橋)フロアボールをプレーしたことがない方は、「ボールの速度に子どもたちや知的障がいのある人はついていけないのではないか」と心配されます。ですが、実際に体験されると「ボールが速いからこそ、みんながボールに触れることができ、ゲームに参加できている実感が持てる!」とおっしゃっていただけます。スピード感があることが、逆に運動能力が低い人のところにもボールが行く要因になり、自分がゲームに参加している実感が持てるのだと思います。また、全員がスティックを持っていることも、前向きに参加している気持ちになれる理由のひとつではないでしょうか。
ーー走るだけではなく、スティックを扱うなど、ほかのスポーツと比べて難しいのかな?という印象もまだあります。
高橋)小学校の先生からいただいたフィードバックに「運動神経が低い子や、距離感がつかめない子がサッカーをプレーするとボールではなく敵の足を蹴ってしまうことがある。フロアボールの場合、スティックがあるので距離感が掴みやすく安全であると感じた。」というコメントがありました。体験したあとには、「思ったよりも安全で簡単だね!」とよく言っていただけるので、是非体験してみてください!
フロアボールの経験者が足りない!
ーーフロアボールは、知的障がいのあるひとたちにスポーツトレーニングとその成果の発表の場である競技会を提供する『スペシャルオリンピックス』でも採用されている競技ですね。
高橋)2021年から、『スペシャルオリンピックス日本』でフロアボールプログラムが始まりました。4年に1度開催されるスペシャルオリンピックスの世界大会へ、日本からチームを派遣することを目標にしています。2016年に立ち上げた普及団体『T3 FLOORBALL PROJECT』のメンバーとともに全国各地での普及活動に取り組んでいます。
ーーフロアボールが普及していくため、どんな課題がありますか。
高橋)スペシャルオリンピックスの中で、フロアボールクラブが既にある福島県、経験者が移住された長野県では普及が比較的軌道に乗っています。一方で、中国地方や九州には既存チームがなかったり、協会がなかったりするので、経験者からの力が借りられないという点では難しさを感じています。
また、フロアボールは、スペシャルオリンピックスの中でも知的障がいのある“アスリート”と知的障がいのない“パートナー”がチームメイトとなり、一緒にスポーツに取り組む、『ユニファイドスポーツⓇ』というカテゴリーで実施されます。
ユニファイドスポーツⓇでは、すべての参加者にとってユニファイドスポーツⓇの経験がよりおもしろく、チャレンジングなものになるよう、年齢と競技能力がほぼ同じになるようにチームを構成します。
しかし、フロアボールは日本ではまだ始まったばかりのプログラムということで、アスリートたちと同年代のパートナーの人数を確保することや、パートナーになりたいフロアボール経験者とアスリートの競技能力に差があるということが見えてきた課題です。
ーー小学校などでフロアボールに触れることで、将来的にフロアボールに参加できる人が増えていくと嬉しいですね。
敵味方関係ない「いいゴールだったね!」
ーー『ユニファイドスポーツⓇ』として高橋さんも知的障がいのある方々と一緒にプレーされたこともたくさんあると思います。なにか印象的なエピソードはありますか?
高橋)私がはじめてアスリートの方と一緒にフロアボールのゲームをしたのは、スウェーデンでした。私たちのチーム対スペシャルオリンピックスのチームで試合をしたときに、私がゴール決めたら、相手チームのアスリートの方がわざわざ試合中に私のところに、「いいゴールだったね」と言いにきてくれたんです。「敵なのに、褒めてくれるんだ!」ととても驚きました。ゴールを決めたことに対してみんなで喜んでくれるので、スポーツの楽しさをあらためて感じることができますね。
ーー敵味方関係なく、声をかけてくれるのは嬉しいですね。
高橋)「アスリートの方とのゲームは大変なこともあるのでは?」と聞かれることもあります。たしかにルール説明のときなどは健常者の方に話すよりゆっくり丁寧にする必要がありますが、子どもたちに教えるときとそんなに変わらないので、特に大変だと感じることは少ないです。知的障がいにもレベルがあり、それぞれ理解するスピードや方法が違います。そうした特徴を理解していれば、なにか特別に意識することは無いのではないかと思います。
ーー普段の人間関係においても、その人の理解のスピードや理解しやすい方法に合わせて説明することもありますものね。何も変わらないですね。
高橋)はい。本当にその通りです。
ーー最後に、これからのことについて教えてください。
高橋)スペシャルオリンピックスの活動で、いいなと思うのが、知的障がいのある選手のことを『アスリート』と呼ぶことです。スペシャルオリンピックスの場に行き、そこに来ている方々に挨拶をするのですが、中には無言で通り過ぎていく方もいます。そのときに、パートナーやコーチの方々がその方について「アスリートなんです」と紹介をされるんですね。スペシャルオリンピックスではなく別の場所だったら、「挨拶もせずに失礼しました」と謝られたり、「すみません、この子知的障がいがあって」と、説明が必要になることもあると思うのですが、「アスリートなんです」は、一言で通じる素晴らしいワードだなと感じています。
フロアボールの普及はもちろんですが、スペシャルオリンピックスについてもより多くの方々に知っていただきたいです。そしてアスリートだけでなく、ボランティアやパートナーとしてスペシャルオリンピックスに関わってくださる方が増えたら、障がいのある人もない人も一緒にすることがあたりまえのインクルーシブな社会に近づくのではないかと思います。
ーーありがとうございました!