横浜F・マリノスでは『#命つなぐアクション』として、スポーツ中の心臓突然死をなくす活動に取り組んでいます。2022シーズンからは、日本体育大学の保険医療学部救急医療学科と提携し、スタジアムの中でAEDを持っての巡回活動を始めました。
「皆の安全を守りたい」という両者の連携。その中身と想いに迫るため、日本体育大学保健医療学部救急医療学科 鈴木健介先生(以下、鈴木)、横浜F・マリノス牧野内隆さん(以下、牧野内)にお話を伺いました。
『#命つなぐアクション』日本体育大学×F・マリノスの協定
ーー横浜F・マリノスさんと日本体育大学保健医療学部救急医療学科さんは、『#命つなぐアクション』の協定を結び、活動されています。どのような取り組みをされているのでしょうか?
牧野内)この協定は「救急救命に関する理解の促進」や、「より安全な地域の環境を構築していくこと」を目的としています。現在は、日産スタジアムでのホームゲームにおいて、日本体育大学の学生や救急救命士の先生などがAEDを持ち、ライフサポートチームとして巡回活動をしていただいてます。
ーー巡回活動は、何名ほどで活動しているのですか?
牧野内)1試合につき20名前後ですね。学生を2人1組のペアにして、巡回をするチーム、救護室に待機させるチーム、本部に入るチームという形で分けて配置をしていただいています。
ーー巡回活動に参加されてる学生たちは、普段学校ではどのようなことを学んでいるんですか?
鈴木)2014年に開設された救急医療学科は、救急救命士の国家資格を目指す学科です。普段は救急隊の活動のトレーニングを行ったり、救急車に同乗する実習や医療機関での実習を行うなど、救急現場の最前線で活躍できるように学んでいます。
また、『スポーツ救急』という日本体育大学ならではの視点から、その競技の特性に合わせた救護体制を構築するということに力を入れています。例えばラグビーやアメフトだと、頭や首の怪我が多いスポーツです。選手だけでなくマネージャーなど競技に関わるスタッフに対して頭頚部外傷の教育を行い、必要な資器材を準備するなど競技特性に合わせて救護体制を構築することに取り組んでいます。その一環として、スポーツイベント・マラソン大会の救護サポートを行うこともあります。
ーースポーツのイベントにおける救護体制の特徴は、どのようなことがあるのでしょうか?
鈴木)大きく2つの考え方があり、1つはプレイヤーをターゲットにした医療救護体制、もう1つは観客を主眼に置いた医療救護体制になります。
F・マリノスさんとの連携では、観客の方の救護を中心に、どのような方が観戦に来ているのか、開催される時期なども考えた上で、ガイドラインに沿って救護体制を組んでいます。『#命つなぐアクション』にも賛同し、AEDを背負った救護体制も整えていっています。
ーー状況に応じた救護体制が必要なのですね。多くの人が集まるスタジアムでは、より専門的な対策をされているのですね。
普及啓発にも学生が一役買う
ーー7月31日には、スタジアムでの救急救命の講習会も行われました。そちらではどのようなことを行ったのですか?
鈴木)本学で普段トレーニングの機材として使っている人形を用いて、来場された方々に胸骨圧迫、心肺蘇生法を体験をしていただいたり、AEDの使い方を知っていただくというような普及啓発を行いました。
こうした活動は、普段元気な方はあまり興味を持ってくださいません。けれども、横浜F・マリノスさんは松田直樹さんの存在、そしてこの『#命つなぐアクション』があるおかげで、多くの方に関心を持っていただけます。
鈴木)この日はイベントとしてOB戦もあり、その試合後の選手や審判の方もいらっしゃって、体験をしました。
1人でも多くの人が助かる仕組みをつくるためには、1人でも多くの人が救護について知っておくべきです。松田直樹さんという偉大な存在を通してこうした普及啓発の活動ができることは、本当に大きなことだと感じています。
ーーなかなか自分から「救急救命について体験しよう」とは思えませんが、『#命つなぐアクション』を通して関心を持てるというのは、非常にありがたいことですね。F・マリノスさんとして、日本体育大学さんとの連携ではどのような価値を感じていますか?
牧野内)間違いなく、専門性のある皆さんに実際に動いていただけているという部分は大きなありがたみを感じています。私たちは、サッカークラブとして人を集めたり発信したりすることはできますが、専門家ではないのでそうした知識の部分を伝えていくことはできません。
スタジアム内での活動も浸透してきたので、今後はスタジアムの外の活動ももっと広げていきたいですし、日本体育大学さんはそのために本当にありがたいパートナーだと思ってます。
ーーたしかに、専門的な知識のところは難しいですね。実際、どのくらいの知識を私たちが持っていればよいものなのでしょうか?
鈴木)まずは、つらそうな人がいたときに「大丈夫ですか?」と声を掛けることができる人が増えてほしいと思っています。目指すモデルはアメリカのシアトルです。シアトルでは2人に1人が心肺蘇生法の講習を受けたことがあると言われています。そしてその結果、シアトルは世界で一番と言っても過言ではないぐらい、救急救命において助かる人の割合が多いのです。
心肺停止の場面に遭遇することは、一生に1回あるかないかです。ですが、夏であれば熱中症など、その手前の状態になる人はかなり多くいます。心肺蘇生法を学ぶことを通して、「どのように声をかけたらいいのか」「救急車を呼ぶときにどういう対応が必要なのか」といったことも伝えていければと思っています。
ーーシアトルの事例は素晴らしいですね。1人の行動が街全体の安全につながると思うと、自分も講習を受けてみようかなと思えますね。
鈴木)学生に対しても、自分が助けるための知識や技術を習得するだけでなく、教えるための知識や技術という点も非常に重要視しています。学生自身が自分たちが学んでいることをさまざまな人に教育できることが大事ですし、そのような場も多く作っていきたいと思っています。
ーーただ自分が学ぶだけでなく、多くの人を巻き込めるようになる学生が増えると嬉しいですね。
「地域に貢献できる」ことの嬉しさを感じる学生たち
ーー『#命つなぐアクション』に参加する学生はどのような感想を持っているのですか?
鈴木)「Jリーグのチームが地元にあり、その地元に貢献できることが非常に嬉しい」といった意見が多いですね。自分たちが学んでいることが活かせる場があることの喜びや、逆に難しさを感じる学生もいます。救護対応したときに自分の知識や技術がまだまだだと感じ、勉強へのモチベーションが上がる学生もいます。
ーー実践の場があることで、多くの学生の刺激になっているのですね。
鈴木)他にも、クラブの想い、サポーターや運営側の想いも含め、いろいろな人の想いで1つの試合が成り立っていることに感動を覚える学生もいます。
学生たちには、F・マリノスファミリーの一員として私たちはこの救護活動に参加をしているということを考えさせています。背番号3のビブスを着て活動しているので、サポーターの方々の『3』という数字に対する想いを知り、それにふさわしい行いをしようと学生なりに考えて行動するなど、教育的な観点からもすごくいい活動になっていると感じています。
ーー今後、F・マリノスさんと日本体育大学さんの連携において取り組んでいきたいことはありますか?
牧野内)スタジアム外にも活動を広げていきたいと考えています。ホームタウンのさまざまな場所で一緒に講習を開催できればと思っています。
スタジアムだけの活動にとどまらず、広く多く、まさにシアトルのように多くの方が当然のように心肺蘇生法の講習会を受けているような地域を作りたいと思っています。
鈴木)最終的には、このような活動が全国に広がって1人でも多くの人が助かる社会になればいいなというビジョンはあります。実は今、VRの教材を自分たちで作成しています。
例えば、心肺蘇生法は1分間に100-120回のリズムで行うのですが、それをF・マリノスさんの曲などを使うなどのコラボレーションができればと考えています。エンターテイメントとして、不謹慎にならない程度に楽しみながら学べることは大事です。「サッカーの試合中に起こったら」「このスタジアムで起こったら」など、それぞれF・マリノス仕様の教材を作り、ホームタウンからどんどん広がっていけばいいなと思っています。
ーーありがとうございました!
写真提供:一般社団法人F・マリノススポーツクラブ