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『Green Heart Room』がつくる“特別な一日”|東京ヴェルディが繋げる想いとは?

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Jリーグ・東京ヴェルディでは、障がいのある方とそのご家族が試合を観戦できる部屋、『Green Heart Room』を味の素スタジアムに用意しています。
自閉症・感覚過敏の方を対象とした『センサリールーム』は各地のスタジアムに増えつつありますが、『Green Heart Room』では自閉症・感覚過敏だけではなく、さまざまな障がいや疾患のある方も受け入れることを目指しています。
コンセプトは、自宅のリビングルームのような空間をJリーグのスタジアムにつくることです。
特別支援学校の立場から『Green Heart Room』の立ち上げに関わり、現在は帝京平成大学 人文社会学部 児童学科 小学校・特別支援コースの教授を務める山本優氏(以下、山本)へのインタビューを通して、その想いに迫ります。
また、実際に『Green Heart Room』を利用した家族、オランダのパラスポーツ専門家 リタ・ファン・ドリエル氏など、各界の専門家からもこの活動への想いをインタビューしています。

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どのようなきっかけで『Green Heart Room』ができたのか?

2021シーズンのJリーグ開幕前、東京ヴェルディ障がい者スポーツ専門コーチの中村一昭さんは、年間20回ほどスポーツの指導を実施していた特別支援学校の東京都立多摩桜の丘学園の山本校長(当時)に、「味の素スタジアムにセンサリールームを設置したいので、アドバイスをいただけませんか」と相談しました。

山本)当時から、東京ヴェルディさんには児童・生徒にスポーツの楽しさを伝えてもらうために、学校によく来ていただいていました。障がいのある子どもをスタジアムに招待したいという考えは、すごくいいなと思いましたね。ただいわゆる『センサリールーム』だと、自閉症・感覚過敏以外の障がいがある子どもたちは、「自分は受け入れてもらえないんだ」と感じてしまうのではないかとも思いました。そこで中村コーチに、「障がい者スポーツの活動をこんなにたくさんやっているのだし、せっかくだからどんな障がいのある方でも受け入れられる部屋をつくってはどうですか?」と提案しました。

もう一つ思ったのは“家族”の視点です。当事者だけでなく家族もサッカーが好きかもしれないし、兄弟もひょっとしたらサッカーを観に行きたいけど我慢していたかもしれない。障がいのある子が家族であるがゆえに、映画やテーマパークなど、他の家族がみんなで楽しめるような体験ができないことも多く、スポーツ観戦もその一つです。いろいろなところに行ってみたいという夢を叶えるために、この取り組みには私たちでできることはなんでも協力したいと思いました。

山本優先生帝京平成大学 山本優教授

さまざまな障がいの子どもたちを招待するにあたって、多摩桜の丘学園の先生方で味の素スタジアムを訪問し、どうやったら障がいのある子も安心安全に観戦ができるかの検証をしました。その中で大事にしようとなったコンセプトが、冒頭でも述べた“リビングルーム”のような空間づくりでした。

山本)自閉症の子どもも車いすの子どもも、まわりに迷惑を掛けてしまうのではないかと、心の面で重く感じてしまうことがあります。そう考えると、試合中は家族で安心してまわりを気にせずにゆっくりくつろげる部屋になれば素晴らしいなと思いましたね。

Green Heart Room障がいのある子どもの状態に合わせてカスタマイズされる部屋。それだけでなく、サッカーをイメージさせるクッションを置いたり、自宅のリビングのようにくつろげる空間を意識したつくりになっていることで、試合の90分間すべてサッカー観戦に集中する必要もなくなり、気軽に楽しむことができる。

“特別な一日”を楽しむ

山本)私も部屋に入らせていただいたこともありますが、本当に特別な部屋になっています。もしかしたら一番喜んだのは障がい当事者の兄弟で、「ここからサッカー見たぜ」と自慢することもできるのではないでしょうか。お父さんですごく喜んでいる方もいましたね(笑)。家族みんなが笑顔になれる、本当に素晴らしい一日です。

Green Heart Room

Green Heart Roomで繋がる

家族が楽しめる、障がいのある子にとっての体験が広がる、などさまざまな意義が見つかるこの『Green Heart Room』の活動。山本先生はそれに加え、「東京ヴェルディを通してさまざまな繋がりができることにも大きな意義がある」と言います。最初は、特別支援学校でのスポーツ指導を通しての信頼関係が出発点でした。

山本)以前から、多摩桜の丘学園の教員にも現在大学で教えている学生にも「特別支援教育のための教育になるな」ということをよく言っています。狭い世界で生きるのではなく、そこからどう枠を超えていき、「特別支援教育から何かを発信する」ことが大事です。風通しをよくさまざまな人を受け入れていくことを重視しているのですが、なかでも東京ヴェルディさんには大きな影響をいただいていると感じます。

山下智子さん
ヴェルディとボッチャが支えた私の人生〜山下智子さん〜ボッチャ日本選手権BC3クラス初代チャンピオンの山下智子さん(以下、山下)。生まれつき重度の脳性まひのある彼女は、高校卒業後に出会ったボッチャを今も現役で続けています。 そんな彼女の生きがいは、Jリーグ・東京ヴェルディの応援。大ファンである彼女はホームゲームだけでなく、練習場やアウェイの試合にも応援に駆けつけます。 山下さんにとってのボッチャ、そしてヴェルディについて話を伺いました。...

いまでは障がい者スポーツ専門コーチとして活躍する中村さんも、当初特別支援学校での活動にはやはり不安がありました。それでも山本先生の「いままでやってきたことをやってください。リスクマネジメントは私たちが考えるので問題ないです」という言葉に大きく背中をおされたそうです。

山本)東京ヴェルディさんに授業をしてもらってから、何より教員の授業が変わりました。“子どもたちを楽しませる”という点に対して優れている東京ヴェルディさんの特徴を吸収することで、教員側にもよい効果が出てきたことには驚きました。これまで“教えるプロ”だと自分たちのことを思っていた教員が、改めて子どもたちを楽しませることが大事だなと気づかされていましたね。

【シャレン!/東京ヴェルディ】「Green Heart Project」~すべての人がスポーツを通して穏やかでピースフルな人生を楽しめるように~Sports for Socialでは、「シャレン!(Jリーグ社会連携)」に取り組むJリーグクラブの「想い」を取り上げます。今回は東京ヴェルディの「ともに未来へ Green Heart Project」の活動です。2020シーズンからスタートしたプロジェクトですが、そこにはそれ以前からのクラブとしての障がい者スポーツとの強い繋がりや想いがありました。...

そしてその信頼関係からはじまった取り組みを通して、来場した家族がくつろげるようクッションやラグなどを提供してくれる企業、実施に必要な費用を協賛してくれる企業などが仲間に加わり、それぞれの力を発揮して『Green Heart Room』を運用しています。以前には想像もしなかったパートナーとつながって「この子たち家族の特別な一日をつくる」ことを実現するこの活動の素晴らしさは、「当事者になることでより何倍にも感じることができる」山本先生は話します。

山本)「超えて繋がる」というのは、私自身も大きなテーマとして捉えているものです。特別支援教育の世界だけにとどまらず、外の世界とどう繋がって教育の充実を図るのか、共生社会の実現に向けて特別支援教育から何が発信できるのか、など多くのことを考えることができます。なので、東京ヴェルディさんが考えるように、この『Green Heart Room』を単に障がいのある子どもたちとその家族だけではなく、何らかの理由でサッカーを見ることができないような子どもたちがちょっとでも幸せな時間を過ごせるようにしていきたいですよね。これは私の一つの夢であり、この取り組みが広がっていくことを期待しています。

『Green Heart Room』は、2021シーズンにスタートしてから年間数試合のペースで実施しています。東京ヴェルディは、味の素スタジアムで開催する全試合で設置することを目指しているものの、そのために必要な費用などを協賛してくれる企業や団体を増やしていかなければならない状況です。
東京ヴェルディは2025シーズンに向けて、新しいかたちでのパートナーシップを計画しています。従来の企業協賛だけでなく、さまざまな団体や個人がそれぞれのやり方で障がいのある方のスタジアム観戦をサポートできれば、それはスポーツを介して共生社会のあり方を発信することにもつながっていくはずです。

各界からのコメント

『Green Heart Room』利用者家族からのコメント(手紙から一部抜粋)

ヴェルディの皆さんが心の底から私たち家族に楽しんでもらおうと接してくださるのが伝わってきて本当にうれしく、家族全員が楽しく過ごすことができました。
(中略)
知的障がいのある子は、いつもと違う環境や場所だったり、ルーティーンが違うと不安になることが多く、きほも旅行でホテル等に行くと不安になり、同じ質問を何度も繰り返したりしてしまうことがあります。
今回のGreen Heart Roomでは、クッションを置いてくれたり、靴を脱いで入れる部屋のような状態にしていただいたので、家にいるような感じで過ごすことができ、一切不安になることなく、リラックスして過ごすことができました。

リタ・ファン・ドリエル氏(オランダのパラスポーツ専門家)からのコメント

オランダのパラスポーツ専門家で、国際パラリンピック委員会の理事を務めた経歴を持つリタ・ファン・ドリエル氏も『Green Heart Room』を視察してます。

ーー『Green Heart Room』を視察した感想を教えてください。

Rita)It was great to visit the Green Heart Room in the stadium. It’s a practical, but nice and cozy room to stay and to enjoy the football match. It gives families with children or parents with different abilities the possibility to be a part of a football experience. From inside the room sitting on a chair or wheelchair, lying down, whatever is best. But also for family members on a regular seat in the stadium.
With the warm welcome when arriving at the stadium, the guidance through the stadium to the Green Heart Room and the catering gives the families a wonderful experience.

和訳)『Green Heart Room』の視察は素晴らしかったです。そこでゆっくり過ごすにもサッカーの試合を楽しむにも、実用的であるだけでなく、素敵で居心地のよい部屋でした。異なる特性のある子どもや親のいる家族に、フットボール体験に参加できる可能性をもたらしています。部屋のなかでは、いすに座っても車いすでも寝そべっても、何をしても最高ですし、家族には(スタンド側に)備え付けのシートもあります。スタジアムに到着したときの温かい歓迎や、『Green Heart Room』までの案内、スタジアムグルメは、家族にとって素敵な体験になります。

ーー今後、『Green Heart Room』に期待することは何ですか?

Rita)I hope that many more families will get the opportunity to experience this, not only through Tokyo Verdy but also through other clubs and maybe with other sports as well, like baseball.

和訳)さらに多くの家族がこの体験をできる機会を得てほしいです。東京ヴェルディ以外のクラブや、野球など他のスポーツでも体験できればいいですね。

Green Heart RoomGreen Heart Room視察のために味の素スタジアムに来場したリタ・ファン・ドリエル氏(左から2番目)

北澤豪氏(一般社団法人日本障がい者サッカー連盟会長)

北澤)『センサリールーム』の設置は、ここ数年でJリーグのクラブライセンス交付基準でも言及されるようになりました。

東京ヴェルディの『Green Heart Room』はその先を目指して、どんな障がいのある方も受け入れる想定をしていますよね。ホームタウンの特別支援学校やパートナー企業と連携して、そのような取り組みにチャレンジできていることは、とても素晴らしいと思います。

北澤豪『Green Heart Room』を見学する北澤豪氏

北澤)僕も実際に見学したことがありますが、家族がリラックスした時間を過ごせる工夫がされていると感じました。こういった取り組みの輪を、どんどん広げていきたいですね。

 

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