2024年7月20日、ノエビアスタジアム神戸で行われた2024明治安田J1リーグ第24節ヴィッセル神戸vs.名古屋グランパスの試合直前に、ヴィッセル神戸の選手と手を繋いで入場する『エスコートキッズ』を務めたのは、脳性麻痺やダウン症、聴覚障がいなど、さまざまな障がいのある子どもたちでした。
今回の試みは、コンタクトレンズ通信販売『レンズアップル』と見えるをデザインするブランド『WAVE』を運営する株式会社パレンテと、ヴィッセル神戸、兵庫県サッカー協会の連携のもと、障がいのある子どもたちに“体験の機会”を提供することを目的に行われました。
本記事では、それぞれの担当者の方にお話を伺い、障がい者の方に対する機会の提供に関する課題や当日の裏側に迫っていきます。
インタビュー対象
株式会社パレンテ 石田彩馨さん
楽天ヴィッセル神戸株式会社 パートナーリレーション部 田中亜弥さん
兵庫県サッカー協会 中山剛さん
(以下、敬称略)
機会をつくるのは難しい?乗り越えなければならないポイント
ーー「エスコートキッズに障がいのある子どもたちが参加する」というアイデアはどのように生まれたのでしょうか。
パレンテ 石田)弊社が支援している知的障がい者スポーツ連盟(ANiSA)さんから「障がいのある子どもたちは、さまざまな機会自体が少ない」という話を以前から聞いていました。私自身もこれまでの人生で障がいのある方と接する機会も多く、遠い存在ではなかったことから、障がいがあるだけでチャンスが少ないという現実に対して何かできないかと考えていました。
エスコートキッズ自体、もともと子どもたちに楽しい思い出を提供するためのものです。今回、私たちがヴィッセル神戸のホームゲームの冠パートナーとなる『レンズアップルデー』をきっかけに、そうした機会を与えられればいいなと思いヴィッセル神戸さんに提案しました。
ーーパレンテさんからのアイデアを受けて、ヴィッセル神戸の田中さんとしてはどのように感じましたか?
ヴィッセル神戸 田中)正直、最初はかなりハードルが高いと感じました。ヴィッセル神戸ではこれまで障がい者の方がエスコートキッズに参加する“事例がなかった”ということ、そして最大の理由は、夏であり、初めての大型コンサート開催後のピッチ状態がもともと懸念されるスケジュールであったため、車いすや杖が必要な方がピッチに入る可能性がある場合の芝生のコンディションの問題でした。
その他にも入場の際の選手の大きな声にビックリしてしまう子がいるのではないか、芝生管理や試合運営との調整、さらに選手たちとの調整など、課題は多岐にわたりましたが、「それでもなんとかして実現したい」という想いで相談を進めました。
ーースポーツチームとしては、ある種「仕事が増える」ことにもなると思います。どのような想いが支えになっていたのでしょうか?
田中)私も障がいのある方々と接する機会が幼い頃から多く、また、母が特別支援学校の教員であることもあって、障がいのある方々に対して「何か力になりたい」という想いが非常に強くありました。パレンテさんからお話をいただいたときも、多くの懸念が浮かびながらも「意義深い案件をなんとしても実現したい」という想いが一番でしたね。
ーー今回のエスコートキッズ実現に向けて動く際、兵庫県サッカー協会の中山さんから地域のクラブに声をかけていただきました。難しさを感じる場面などはありましたか?
兵庫県サッカー協会 中山)私も兵庫県サッカー協会で障がい者サッカー担当として障がいのある子どもたちと多く関わってきた中で、パレンテさん、ヴィッセル神戸さんと同様に「機会を与えてあげたい」という想いは強く感じています。
Jリーグのスタジアムという、大きな声・音が鳴り響く中で歩くという状況に対し、もちろんそれが難しくて動けなくなってしまう子どもたちもいます。そうしたときにヴィッセル神戸さん、パレンテさんにも迷惑が掛かってしまうと思ったので、当日のトラブルに備えた関係者との調整や、参加する子どもや保護者への説明などもしっかりと行いました。
それでもやはりうまく歩けるか不安に感じる保護者の方も多かったですが、こちらからもヴィッセルさんからいただいた試合直前の選手の様子がわかるYouTube動画やエスコートキッズの動きがわかるの説明動画を事前共有するなど、できるだけ安心して任せていただけるように工夫しました。
「この顔が見れることが幸せ」そう思えた当日の様子
ーー迎えた本番当日。不安だったことや大変だったこともありながら迎えられたのではないかと思います。
中山)入場直前、座り込んでしまった子がいました。エスコートキッズを体験してほしいという気持ちと、各所に迷惑をかけてはいけないという気持ちに挟まれ、迷いましたが、いざ入場というタイミングでなんとか頑張って選手と手を繋いで入場できました。本当にほっとしました。
ーー当日急に対応しなければならないこともありますよね。よかったこととして印象に残っていることはありますか。
中山)田中さんの想いが子どもたちや保護者の皆さんにしっかり伝わっていてよかったなと感じました。入場前にもたくさんコミュニケーションを取るだけでなく、子どもたちのトイレへの保護者同伴対応など細かなことも臨機応変に対応してくださり、入場の際も寄り添ってくれたりしたことが、障がいのある子どもたちにとって大きな安心感を与えたのだと思います。子どもたちはもちろん、保護者の方々もすごく喜んでいました。
田中)私もできる限りのことはしたいと思って動いていましたが、なにより子どもたちが本当に素晴らしかったです。緊張してしまう子もいるかと思いましたが、説明をしっかりと受け止め、落ち着いて行動してくれました。選手入場口でスタンバイしている間も前を向いて待ち、日常の延長のように自然と振る舞っていたのが印象的でした。
また、最後に集合写真を全員で撮る際に保護者の方や子どもたちの笑顔を見たときには「やってよかった」と心から思いました。安堵感と達成感に満ち溢れた光景は生涯忘れないと思います。貴重な経験をさせていただきありがとうございました。いまでもその写真を見返すと、琴線に触れ、涙が止まりません。
ーーパレンテさんとしては、エスコートキッズの様子を当日ご覧になっていかがでしたか?
石田)本番を迎えるまでは、「子どもたちが大きな音にびっくりしないかな」など不安なこともありました。当日はどうしてもリハーサルと本番が終わった後にしか立ち会うことができなかったのですが、子どもたちがエスコートキッズを終えて戻ってきたとき、やり終えた子どもたちの笑顔とご両親のほっとしたお顔や笑顔からさまざまな想いを感じ、言葉に表せない感情が溢れ出てとても感動しました。本番の様子は、後日ヴィッセル神戸さんのYouTubeで拝見しましたが、子どもたちが手を大きく振りながら前を見てしっかり歩いている姿を見て、改めて実現できてよかったなと心の底から思いました。
当然なのですが、その光景は、田中さんや中山さんのたくさんの細やかな配慮あってのもので、本当に障がいがある方を理解している人たちがいたからこそ実現できたのだと思います。今回の経験は、子どもたちの自信にも繋がったと思いますし、よい思い出にもなったと思います。
社会のために機会をつくる『共創』の本当の意味
ーーさまざまな障がいのある子どもたちがエスコートキッズを行うという企画。この機会はそれぞれどのような効果があったのでしょうか?
中山)兵庫県サッカー協会としてこのイベントを周知する際、地元の神戸サッカー協会だけでなく、その他の小中学生のチームにも広く案内を出しました。その結果、障がいのあるお子さんのご家族や、兄弟が所属するチームにこのイベントを知ってもらうのはもちろん、このような“障がい者の方に機会を提供するイベントがある”ということ自体も認知してもらうきっかけになったと思います。
ーーイベントが、新しい気づきのきっかけになったということですね。ヴィッセル神戸さんとしてはどう感じましたか?
田中)今回のイベントで、ヴィッセルのロゴが入った靴型の装具を身につけている脳性まひのお子さんに出会いました。オーダーメイドで作ってもらったそうで、そこまでクラブのことを愛してくれている子どもが健常者・障がい者を問わず、応援していただいている気づきになりました。今後も夢を与えられる存在になるクラブでありたいです。
改めて振り返ると、クラブとしてはこれまで障がいのある子どもたちにこうした機会を提供することが少なかったと感じています。過去に、平日開催の校外学習での特別支援学校の子どもたちへのノエビアスタジアム神戸スタジアムツアーや、小学校に毎年ボールを寄贈する活動はしてきましたが、今回のような他の団体と連携しながらホームゲーム演出の中でで行う取り組みは初めてでした。このイベントがクラブにとっても新たな一歩になったと感じています。
ーーパレンテさんとしてはいかがでしょうか?
石田)今回私たちは、ホームゲームの冠パートナーとしてエスコートキッズだけでなく、さまざまな企画を実施させていただきました。こうした機会に企業の利益ばかりを優先した企画ではなく、社会課題に向き合い、社会貢献をする機会としても捉えられると良いなと思います。
今回は、ヴィッセル神戸さんや兵庫県サッカー協会さんと一緒に「障がいのある子どもたちに機会を与える」という社会的意義のあるイベントにすることができました。このような取り組みが世に広まれば、他のクラブやスポーツ団体でも似たような取り組みに派生していくかもしれません。その結果、もっと多くの子どもたちに楽しい体験を提供できる機会が増えていく。そんなきっかけの一つとして今回の事例が広まっていけば、私たちにとっても社会にとっても嬉しいことになると思っています。
ーーありがとうございました!