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6年のブランクを超えて、銀メダルへ。デフリンピアン久保選手を支えた“全面サポート”|大日本ダイヤコンサルタント株式会社

大日本ダイヤコンサルタント

夢を追い続けることと、目の前の生活の両立。その難しさに、誰もが一度は向き合ったことがあるのではないでしょうか。

今回お話を伺ったのは、大日本ダイヤコンサルタント株式会社所属のデフリンピック日本代表・久保南選手(以下、久保)。やりがいを感じていた教師という仕事から離れ、6年間のブランクを乗り越えて挑んだ東京デフリンピックで、見事銀メダル(50m平泳ぎ)と銅メダル(4×100mメドレーリレー)を獲得しました。

海外での孤独な練習生活を支えたのは、「水泳に100%集中できる環境」を整えてくれた会社の存在。久保選手が語る挑戦の日々と、感謝の想いに迫ります。

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教師を辞め、デフリンピックへ|27歳からの“再挑戦”

ーー2025年東京デフリンピックでの銀メダル獲得、おめでとうございます。改めて、挑戦を決めたきっかけを教えてください。

久保) ありがとうございます。挑戦しようと思ったのは、2022年の後半です。東京でデフリンピックが開催されることが決まり、「自分の生まれた国で開催される大会に出場したい」という気持ちが湧いてきました。

実は、2017年のトルコでのデフリンピックを最後に、一度選手をリタイアしていたんです。そこからは教師としての生活に専念していました。

ーー教師のお仕事を辞めるのは、大きな決断だったのではないでしょうか。

久保) 生徒と接するのが大好きでしたので、教材を準備したり、昼休みに一緒に話したりするのがすごく楽しくて、「教師を続けたい」という気持ちは強くありました。
でも、もし学校の先生をやりながらデフリンピックを目指すと、両方中途半端になってしまうのではないかという想いもあり、半年以上悩みました。いろいろな方に相談させていただいて、練習方法も考えながら、結果的に「デフリンピック一本でやろう!」と決断しました。

ーー決断後、どのように練習を再開されたのですか。

久保) 悩んでいる過程でいただいた「海外に行って、環境を変えた方がいい」というアドバイスに従い、カナダとオーストラリアでワーキングホリデーをしながら練習することにしました。
引退から6年間のブランクもあり、体がなかなかついていきませんでした。海外に行ったのが27歳で、体力的にもピークではない。「辞めたい」と思うときもあるほど、辛い練習期間でした。知らない土地、知らない人。手話も国によってまったく違います。日本手話、ASL(アメリカ手話)、オーストラリア手話。覚えることも多く、まさにゼロからのスタートでした。

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ーーそれだけの困難を乗り越えられた要因は何だったのでしょうか。

久保) 3つあります。1つ目は“人の支え”です。困難ではありましたが、海外でストレスのかからない環境で生活でき、食事面や精神面でも支えてくれる仲間がいたことはとても大きかったです。

2つ目は“忍耐力”と“努力”。こうした状況でも努力を積み重ねることができた、それは自分の取り柄だと思っています。

3つ目は“自分から動くようになった”こと。日本にいたときは、人任せなところもあったと思います。ですが、海外では自ら動かなければ何も始まらない。水泳の技術についても、以前は人にアドバイスを聞くことなく自分自身で追求していましたが、海外では積極的に「こういう技術はどうしたらいいですか」と聞くようになりました。3年間の海外生活の中で、気づいたら変わっている自分がいましたね。

「本当に理解のある企業」|練習に100%集中できた環境

ーー大日本ダイヤコンサルタントとの出会いについて教えてください。

久保) カナダで仕事をしながら練習しようと思っていたのですが、資金が足りず、練習代が払えなくなってしまいました。「水泳のためにサポートしてくれる企業はないか」と探しているときに、知人からの紹介で大日本ダイヤコンサルタントと繋がることができました。

ーー入社して、とくにありがたかったサポートはどんなものでしたか。

久保) やはり水泳に集中できる環境を整えてくださったことですね。資金面のサポートはもちろんなのですが、それだけではありません。
会社によっては「1か月に1回、会社に出社しなければいけない」という条件があるところもありますが、大日本ダイヤコンサルタントは報告をきちんと上げることで活動を認めてくれました。海外を拠点に活動したいと思っていた私にとって、こうした理解があることで環境を整え、練習に集中することができました。

体のコンディションのコントロールもしやすくなり、結果にもつながったと思うので本当に感謝しています。

ーー大日本ダイヤコンサルタントからのサポートを受けて、今どのような想いを抱いていますか。

久保)私自身、大日本ダイヤコンサルタントの支えによって、「目標に対して負けない気持ち」を貫き通すことができましたし、「落ち込んでいても人の支えがあるから頑張れる」ことを実感しました。 だからこそ今度は、私の姿を見ていただくことによって、みんなも頑張ろうという気持ちにできたらいいなと思っています。

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「平泳ぎは“技術”の勝負」|久保選手の泳ぎの魅力と応援ポイント

ーー久保選手にとって水泳の魅力とは何でしょうか。

久保) 正直に言うと、水泳の練習は嫌いです(笑)。気持ちよく泳ぎながらタイムが出る瞬間が一番楽しいのですが、その最高の状態を作るには厳しい練習が必要です。そう考えると、練習をやってよかったと思えるのが水泳の魅力とも言えますね。

「久保選手にとって水泳とは?」と聞かれたら、「パートナー」と答えます。もしそれがなければ、自分自身の存在もなかったと思う。そのぐらい、今はもうパートナーとしての存在になっています。

ーー久保選手の強みを教えてください。

久保) 「パワーがある」ということですね。50mという短距離に必要なパワーを持っていることは強みだと思っています。
でも、ここがおもしろいところなのですが、平泳ぎは他の泳法とは違って”技術”の勝負なんです。バタフライや背泳ぎ、クロールはパワーの比重が大きいのですが、平泳ぎで上位に入れるかどうかはパワーよりも技術の方が大切です。

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ーー具体的には、どんな技術でしょうか。

久保) 私も以前苦手だったのですが「腰の浮き」は重要な技術の1つです。科学的にも証明されていることなのですが、腰が浮いている状態で泳ぐと水の抵抗が減り、タイムが伸びます。とにかく練習で腰を浮かす技術を磨いて、今はできるようになりました。簡単に変えられるものではなく、長く長く練習を繰り返して習得しました。

ーー皆さんが応援に行く際、どんなところに注目してほしいですか。

久保) 海外の選手と比べると、私は身長が低い方です。女子選手もみんな大きい。でも、身長が低くても技術とパワーでメダルを取れる。そういうところを見てほしいですね。ただ、どの選手も頑張ってメダルを取るために技術を磨いていると思うので、私だけでなくまわりの選手たちも見ていただけると嬉しいです。

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手話で繋がりたい|久保選手がこれから描く未来

ーー大日本ダイヤコンサルタントの社員の皆さんと一緒にやってみたいことはありますか。

久保) 手話でコミュニケーションを取れるようになりたいです。もし皆さんと手話でコミュニケーションできるようになったら、いろいろな人の“生き方”を聞いてみたいです。海外生活を通して、人と話して、その人がどんな生き方をしているのかを知ることで自分が成長できるとわかったので、今度は大日本ダイヤコンサルタントの皆さんともそうした会話ができると嬉しいです。

ーー最後に、今後の選手としての目標を教えてください。

久保) 次の目標は、2027年までの大会でしっかりと結果を出すことです。この2年間次第で、4年後のデフリンピックを目指すかどうか。自分のできるところまで水泳を続けていきたいと思っています。

ーー競技以外で目指されていることはありますか。

久保) もっと海外に行っていろいろな文化に触れ、さまざまな国の手話を覚えたいです。最終的には、デフリンピックの国際手話通訳者になりたいと思っています。
今は日本手話からオーストラリア手話やASLに翻訳できますし、国際手話も勉強中です。選手を引退した後も、デフリンピックに関わり続けたい。日本選手のサポートや、海外の選手との繋がりをサポートしていけたらなと思っています。

ーーありがとうございました。

大日本ダイヤコンサルタント株式会社のご紹介

築地大橋築地大橋(写真提供:大日本ダイヤコンサルタント)

DNホールディングス株式会社の子会社である大日本ダイヤコンサルタントは、調査・計画・設計からマネジメントまでを一貫して手がける総合建設コンサルタントです。橋や道路、まちづくり、河川・港湾、上下水道、発電所など多様なインフラ整備を支援し、安全で快適な暮らしをプロデュースしています。

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