この連載では、WEリーグのノジマステラ神奈川相模原に所属する常田菜那選手が、現役アスリートができる社会貢献活動を考え、インタビューしていきます。
現役アスリートとして、競技に専念することは当たり前。その中で「競技を通してもっと地域や社会に貢献したい」「自分にできる取り組みをしたい」という思いが強くある常田選手。アスリートが現役中に社会の課題と向き合うこと、地域貢献活動をすること、そうした意義のあることを現役アスリート目線で発信していきます。
女子サッカー・なでしこリーグ1部に所属するヴィアマテラス宮崎は2020年の創設当初から地域密着型のチームとして活動し、ホーム戦の平均観客数1,603人(2024年前期実績)という数字は、同じリーグのほかのチームの3倍にもなります。
プロではない女子サッカー選手は、クラブのスポンサー企業で仕事をしながらプレーすることが多い中、ヴィアマテラス宮崎では自治体の制度を活用し、選手のほとんどがホームタウンである宮崎県児湯郡新富町の『地域おこし協力隊』として活動しています。
こうした形はスポーツクラブのなかでも珍しく、クラブが実力だけでなく、“地域に愛され”“地域に根付く”クラブとして女子サッカー界の発展に大きな影響をもたらし、女子サッカーチームが地域に根付くためのクラブや選手に必要な要素を大いに持っていると感じさせるものです。
地域に対するクラブの在り方、アスリートの価値などについて、ヴィアマテラス宮崎代表の秋本範子さん(以下、秋本)・GMの柳田和洋さん(以下、柳田)・選手の松井彩乃さん(以下、松井)と対談をし、お話を伺いました。
『地域おこし協力隊』とは?
都市地域から過疎地域等の条件不利地域に住民票を異動し、地域ブランドや地場産品の開発・販売・PR等の地域おこし支援や農林水産業への従事、住民支援など地域協力活動を行いながらその地域への定住・定着をはかる取り組みのこと。
スポーツクラブ・アスリートの存在価値とは
常田)今回私がヴィアマテラス宮崎さんに取材をお願いしたのは、クラブの立ち上げ時のエピソードをテレビで拝見し、地域密着型のクラブであり、昨今の成績も目覚ましく、観客数も多いという情報を耳にしたからです。「地域に根付いたチームであり、同時に強いチーム」というところにすごく魅力を感じていました。このクラブについて深掘りすることで、今後の女子サッカーの発展、選手自身の価値を高めることに繋がるのではないかと考えています。
まずは、クラブ立ち上げのきっかけや想いについて教えてください。
ヴィアマテラス宮崎 柳田GM)私と代表の秋本は、もともとJリーグのテゲバジャーロ宮崎という同じ宮崎県のクラブで働いていました。地域の方々と接するなかで、町や商工会から「女子サッカーで盛り上げてほしい」というお話があり、それがきっかけでこのクラブを創設することになりました。
創設時からJリーグの理念や、『Jリーグ百年構想』を理解した上で女子も同じように進めてきましたし、私自身サッカー経験者でもあるので「サッカー」というコンテンツで地域経済を盛り上げていきたいという想いが根本的にありましたね。
そこで私から常田さんにお聞きしたいのですが、現在プロサッカー選手として、女子アスリートやプロの定義についてどのように考えていますか。
常田)自分のプレーをお金を払って観にきてもらう立場として、まずプレーで見せることが一番大事なことですが、さまざまな影響を与えられるアスリートとして、もっと競技以外の面でも小さい子どもたちに憧れられる存在でありたいと思っています。
女子サッカーに関してはまだまだ発展途上のスポーツですので、もっと地域に根付いて、地域の課題を解決する存在になったり、地域のシンボルになるような立場にならないといけないなとすごく感じています。
Jリーグに比べると女子はまだまだそういった活動が少ないですし、選手自身の意識を高め、選手としての価値を高めることで女子サッカーの発展に繋げていくべきだと考えています。
柳田)では、実際にその行動としてはどういうことがあると思いますか。
常田)ゴミ拾い活動や老人ホーム訪問など、地域の人と直接的に関わる活動はたくさんありますが、女子サッカークラブの実際の活動数はまだまだ少ないと感じています。
選手と地域の人が直接的に関わることで「この人応援したいな」と思ってもらえるし「このチームを応援したい」と思ってもらえると思うので、そういう活動はもっと積極的にしていきたいです。
柳田)Jリーグでは「観客数は地域熱のバロメーター」と言われていました。例えば、同じ地域でもJ1リーグの試合の観客数よりも、地域リーグの観客数が多いのであれば、“チームの価値”は圧倒的に観客数が多い地域リーグの方があると思います。私は“勝つこと”がクラブの存在意義ではないし、目的ではないと思っています。勝ったらみんな嬉しいですが、勝つことはあくまでも手段であって、目的は“地域の人を盛り上げる”ことや“クラブに関わる人がハッピーになること”です。
プロサッカー選手やいいクラブとしての価値がわかるのは、ファンの数やスポンサーさんの数なのではないかと私は思っています。
常田)ヴィアマテラスさんの観客数やホーム戦の雰囲気を見ていると、カテゴリーは関係ないと実感させられます。サッカーでの結果を求めてプレーすることに加え、地域の人との関係性や試合を通して地域の方と一緒に喜びを分かち合えるところにもすごく価値があることですよね。
他のクラブにはない強み『地域おこし協力隊』という制度から得られていること
常田)『地域おこし協力隊』というのは実際にどのような制度で、選手の方はどのような仕事をされているんですか。
柳田)女子アスリート支援事業の一つとして、宮崎県児湯郡新富町に取り入れていただいた制度です。ほかのクラブにはあまりない、ヴィアマテラスが持つ特殊な部分の1つですね。自治体の協力がないとなかなか実現は難しいことなので、新富町の理解にはとても感謝しています。
新富町の地域おこし協力隊の目的は、サッカーを通してこの町を活性化し、町への移住者が増え、人口が増える、という流れを作ることです。その目的達成のために、ホームゲームでの観客動員数の目標を立て、地域での大会を企画したり、グッズを作ったり、商品開発をしたり、営業をしたりなど、多くの選手がこの活動に携わっています。
常田)選手自身で企業へのスポンサー営業や、イベント企画をしているんですね。すごいです。地域おこし協力隊であり、ヴィアマテラスの選手でもある松井さんは現在どういった活動をされているんですか。
ヴィアマテラス宮崎 松井選手)私たちの地域おこし協力隊は、『広報班』『YouTube班』『イベント班』『農業班』『施設管理班』にグループが分かれていて、私はその中の広報班でチームのSNSの運用やグッズの通信販売の発送などを行っています。
常田)松井さん自身がその活動で学べたことや、得られたことはありますか。
松井)チームが勝ったときなど、SNSでチームの情報が多くの人の目に留まっていたりするのを見るとやはり嬉しいですね。自分たちで作成した画像やハーフタイムの映像を皆さんに見てもらって、多くの反響の声をいただいたときには「やっててよかったな」と思います。
ほかのチームでは選手が広報の役割をすることはなかなかないので、試合に向けた裏方の準備のことはわからないことが多いと思いますが、実際に自分自身が仕事として体験してみることで「当たり前ではないんだな」という気づきがありますよね。
常田)選手自身がそういったことを肌で感じることってすごく大切なことですね。
代表である秋本さんは、地域おこし協力隊制度をクラブに導入するにあたってどのような思いがありましたか。
ヴィアマテラス宮崎 秋本代表)女子サッカー選手の中で常田さんのような「地域・社会に貢献したい」という想いを持っている選手はいるかもしれませんが、多くの選手は競技に必死でそんな余裕がないだろう、と感じていました。そのような選手たちをいかに「価値ある人材として世に出していくか」ということがクラブのテーマの1つだと考えたときに、『地域おこし協力隊』を活用できたことは1つのキーポイントになりましたね。選手自身が役場職員であるという身近さと、ホームタウン活動自体が仕事になっているので、地域への浸透のスピードは他のクラブにはないと思っています。
よりよいリーグに行く、優勝するなど、メディアや世間からは結果が求められることもありますが、クラブの本質的な部分では、観客数を増やし続けて地域に根付くことの方が大事だと思っていますし、今のヴィアマテラスはそうした状況をつくることができているのではないかと感じています。
「スポーツクラブ、アスリートが町にいる」という意義を地域の人たちに感じてもらうために、地域の人たちの課題や必要とすることを地域に存在するアスリートが親身になって解決しようとしているか、というところはすごく大きなポイントだと思っています。
「毎日のように近くにアスリートがいる」地域の人たちと築き上げた関係性
常田)地域おこし協力隊を通じたピッチ外での取り組みから地域の人たちとの関係性で感じることはありますか。
秋本)「毎日のように近くにアスリートがいる」という状況がヴィアマテラス、そして新富町の現状です。自分たちのことを日常から知ってもらい、ホーム戦に多くのお客さんに来てもらうために、選手たちは毎試合スポンサーさんのところにチラシを持って必ず足を運んでいます。
選手は主役としてチラシやポスターの中心にいますが、主役であって、主役ではないと考えています。普段から町に出て地域の人たちからさまざまな部分で恩恵を受けているので、試合でも選手たちは「地域を背負って戦う」という気持ちが強くあるはずです。
選手とお客さんとの関係性としても、Jリーグともほかの女子クラブとも違う、私たち独自の関係性が築けていると感じています。『地域おこし協力隊』での活動など、小さな活動も積み重ねてきたことで、これだけ“距離の近い”地域の方から応援してもらう雰囲気の中での試合は、選手たちにとって「サッカーしてきてよかったな」と思えるものですし、「このピッチに立ちたい」と思う感覚は、他のクラブとは違うものがあるのではないかと感じています。
柳田)選手のグッズでも、全然試合に出ていない選手のグッズが多く売れていることがあります。普段から町に出て地域の人と対話をして直接関わることで、試合に出ていなくても「そこに立つまで応援したい」と思ってもらえる関係性を築けていますよね。アイドルの推し活やおじいちゃんとおばあちゃんが孫を可愛がるような感覚に近いですね。
常田)選手の松井さんはどのように感じますか。
松井)まだ創部4年目ですが、普段から地域の人たちと関わり、地域に対しての活動をひとつ一つ積み重ねることで、私たちのことを地域の皆さんに知ってもらえていると感じます。
リーグ開幕戦から10連勝して、初めて負けた時に「負けてもヴィアマテラスのことが好きだから応援するよ」と地域の人たちが言ってくれました。その言葉にすごく力をもらえたし、とても地元のあたたかさを感じましたね。
ホームタウン活動を軸に社会スキルを学ぶ|選手も含めた一企業として
常田)選手が主体となって仕事に向かうことができているように感じますが、選手たちの仕事への取り組みについて感じることはありますか。
柳田)選手自身がしっかりと意志を持って「多くの方に試合を観に来てもらいたい」と自覚することはとても大事なことだと思います。
仕事をする上で選手たちには、「会社を経営する」観点で厳しく日々接しています。そうした仕事面でのプレッシャーも、最後には自分に返ってくると思いますし、そういうものに晒されてこそ一人前の社会人になれると思います。結果的に、選手たちが仕事に対しても真剣に取り組み、クラブ全体で本当にいい雰囲気と結果が生まれてきていると感じています。選手たちにとっても、“好きなこと”を軸に仕事ができるってとてもいいことですよね。
常田)社会人としてのスキルを学べる機会が、自分の所属するクラブのホームタウン活動というのがすごくいいなと思います。
秋本)ヴィアマテラスは選手と一緒にゼロから立ち上げたクラブでもあります。なので、選手へのスタンスとしても、「動かないものは来るべからず」と考えている部分もありますね(笑)。自分たちがいい環境でやれるようになるために選手自身が主体となって考えて動いています。
グッズ作成は“売り切る策”をしっかり考えてから選手たちが作っていきますし、松井が担当するSNSでは、取材や撮影などもすべて選手が企画し、こちらからは結果の数字も求めていきます。こうしてすべてを担うことは、仕事をする上で大事なプロセスやスキルを学び、キャリアを高めることにも繋がります。仕事としての成果を出すために、みんな必死です。ただホームタウン活動をしているようで、他のクラブにはないそこにかける熱量が生まれています。
常田)やはりそういうクラブは観客数が多いし、どんどん強くなって上のレベルに上がっていくんだなっていうのはみていても感じる部分ですね。
秋本)選手も含めた一企業ですからね。
常田)最後に、今後どういったクラブにしていきたいか教えてください。
柳田)今後は、プロリーグであるWEリーグ参入を目指しています。
九州に女子チームが少ない中で、地元の選手が「帰ってきたい」と思える場所を作れると思うし「優勝」という結果が目的じゃなくて「宮崎で日本代表を目指せるチーム」があった方が夢があると私たちは考えています。「このクラブを引退前の最後のクラブにしたい」と言ってくれる選手も多くいて、それはとても光栄なことです。人口16,000人の田舎町で、まだできたばかりのクラブですが。プライドを持ってやっていきたいと思っています。
常田)貴重なお時間ありがとうございました。本当に勉強になりました。
今日聞いたお話を活かして、地域に貢献できるアスリートの輪を広げていけるように取り組んでいきたいと思います。