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「世界一インクルーシブなクラブへ」東京ヴェルディの描く未来

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1969年に日本初のプロサッカークラブを目指して創設され、Jリーグ初代チャンピオンなどの黄金期を築いたのち、長い雌伏の時を経て2024シーズンから明治安田J1リーグに復帰した東京ヴェルディ。

1981年から活動を続ける女子サッカーチーム『日テレ・東京ヴェルディベレーザ』はもちろん、現在では野球やチアダンス、eスポーツやスケートボードなど18競技のチームを有し、誰もがさまざまなスポーツやアクティビティを楽しめる総合クラブを目指しています。

そんな東京ヴェルディを「世界一インクルーシブなクラブにしたい」と語るのは、Jリーグ初の「障がい者スポーツ専門コーチ」としてクラブと契約を更新した中村一昭さん(以下、中村コーチ)です。

東京ヴェルディは中村コーチが現場の中心となり、行政や地元企業と連携して、障がいのある方を対象とした通年のスポーツ教室を、2015年から地道に続けてきました。現在では、障がいの有無に関わらず誰もが参加できるインクルーシブスポーツイベントや、パラスポーツの体験を通して障がいを理解する出前授業などの開催も増え、その活動はさらに拡がりを見せています。

中村コーチが所属するのはもともとサッカースクールの仕事がメインの部署でしたが、現在ではサッカー普及事業とスポーツを通した社会貢献事業が2つの大きな柱になっています。2023年度には、年間なんと221回の障がい者スポーツ/インクルーシブスポーツ事業をホームタウンで行っていて、活動10年目となる2024年度には250回を超える開催となる予定です。

東京ヴェルディにとっての“障がい者スポーツ”とは?その成り立ちや想いを、先頭に立って引っ張ってきた中村コーチだけでなく、中村考昭代表取締役社長(以下、中村社長)と、東京ヴェルディなどでプロサッカー選手としてのキャリアを重ね、一般企業の会社員を経たのち、現在は中村コーチと同じ部署でフロントスタッフとして働く柳沢将之部長(以下、柳沢部長)に伺いました。

山下智子さん
ヴェルディとボッチャが支えた私の人生〜山下智子さん〜ボッチャ日本選手権BC3クラス初代チャンピオンの山下智子さん(以下、山下)。生まれつき重度の脳性まひのある彼女は、高校卒業後に出会ったボッチャを今も現役で続けています。 そんな彼女の生きがいは、Jリーグ・東京ヴェルディの応援。大ファンである彼女はホームゲームだけでなく、練習場やアウェイの試合にも応援に駆けつけます。 山下さんにとってのボッチャ、そしてヴェルディについて話を伺いました。...

障がい者がスポーツを楽しめる居場所づくりを

ーーまず、東京ヴェルディがホームタウンで実施している、障がいのある方を対象としたスポーツ教室について教えてください。

中村コーチ)この活動は主に行政や地元企業と連携して行っているのですが、対象となるのは“誰かの助けを借りないと、スポーツをすることが難しい方々”です。

ーーそれは、例えばどのような状況の方々でしょうか。

中村コーチ)一口に「障がい」と言っても、その種類や重さはさまざまです。障がいが軽度な方のなかには、ご自身で積極的に運動をしたり、スポーツイベントの情報を見つけて参加することができる方もいらっしゃいます。
しかし、障がいの重さによっては、ひとりで出かけることや自由に身体を動かすことが難しい方もたくさんいらっしゃいます。そういった方々も、特別支援学校に通っている間は体育の授業や運動の時間に身体を動かせるのですが、卒業した途端にその機会は激減し、それはそのまま健康上のリスクにつながります。
東京ヴェルディの活動では、地域の福祉事業所職員の皆さんに障がいのある方々を区の体育館などに連れて来ていただき、一緒にスポーツを楽しんでもらっています。

東京ヴェルディ東京ヴェルディが開催する障がい者スポーツ教室の日には、多くの方が体育館に集まります。

ーースポーツ教室ではどのようなことをするのですか。

中村コーチ)活動自体は1時間の枠で実施することが多いですが、前半は参加者の皆さんに人気のダンスです。東京ヴェルディクラブチアダンスチーム『VERDY VENUS』のメンバーが担当することもたくさんあります。音楽に合わせて身体を動かすことが好きな方が多いので、ダンスは心のウォーミングアップも兼ねています。

休憩をはさんで、後半はその日によって違うスポーツを準備しています。ルール通りにプレーすることを目指すのではなく、そのスポーツの気軽に楽しめる部分を切り出して、参加者ごとに自分なりの方法でチャレンジしてもらいます。
「スポーツ教室」ではありますが、最も大切にしているのは笑顔とコミュニケーションです。地域コミュニティと接点を持って、参加者の皆さんにとっての居場所となれる活動を目指しています。多い区では月3回、年間36回の継続的な活動になっています。

ーーなるほど。活動の根幹となっている障がい当事者向けのスポーツ教室が、障がいのある方々の笑顔をつくっていることがよく理解できました。

ヴェルディ東京ヴェルディ 中村一昭コーチ

ーー中村コーチが障がい者スポーツに向き合い始めたきっかけを教えてください。

中村コーチ)私自身、プロサッカー選手を育てたいという想いでサッカーのコーチになったのですが、東京ヴェルディに所属する以前に別のJリーグクラブでコーチをしていたとき、特別支援学校を訪問して障がいのある子どもたちとサッカーをしたことが、障がい者スポーツに興味を持つきっかけになりました。

この活動に対して最初は高い熱量を抱いていませんでしたが、実際にやってみるととても楽しくて。サッカーをした後に保護者の方から「(子どもがサッカー教室に参加している間に)プライベートの時間を久々に作ることができた。ありがとう」という声をいただいたことも、大きなやりがいを感じる1つの要因になりました。

それからはプロサッカー選手の育成ではなく、障がいのある方とのスポーツ教室や、学校訪問プログラムを主に担当することになり、活動に打ち込んでいきました。その後、他のクラブなどでの指導を経て、2014年に東京ヴェルディから「学校訪問のプログラムと、障がい者スポーツを推進してほしい」と声をかけてもらい、東京での活動が始まりました。

ーーそこから2023年度はインクルーシブスポーツ事業を含め、221回の活動まで広がっています。東京ヴェルディというクラブが障がい者スポーツの推進にここまで取り組む意義を中村社長はどう感じていますか?

中村社長)東京ヴェルディというクラブは、昔からさまざまなチャレンジをしてきたクラブです。そもそも『読売サッカークラブ』というクラブとしてサッカーに特化した組織から始まり、女子チームへの早くからの取り組み、そして現在は総合型クラブとしての多様なスポーツとの取り組みなど、これまでに常識ではなかったものを先進的に取り入れ、色眼鏡でものを見ずに取り組むことがクラブのDNAとして存在すると思っています。

障がい者スポーツに関しても、こうしたクラブの流れと同じです。私としては、シンプルに“できることに制限のあるスポーツ”という印象であり、サッカーであれば手を使えないなど、そうしたルール・基準に基づいてスポーツを行うという意味ではまったく同じものですよね。

こうした活動を柳沢部長、中村コーチを中心に取り組んできたことで、活動の回数も増え、私たちもフロントランナーとして自然と注目を浴びるようにもなりました。今後もしっかりと東京ヴェルディらしく、自然な活動として続けていければとクラブとしては考えています。

東京ヴェルディ東京ヴェルディ 中村考昭 社長

「サッカーのコーチなんかに障がい者スポーツ教室ができるのか」

ーー2015年からスタートした東京ヴェルディの障がい者スポーツ教室。当時はどんな活動を行っていたのでしょうか。

中村コーチ)2015年、一番最初にホームタウンの1つである日野市で行った障がい者スポーツ教室の参加者は、5人しか集まりませんでした。東京ヴェルディの認知度を考えたらもう少し参加者がいるのではないかと考えていたのですが、ほとんど集めることができなくて。
「サッカーのコーチが障がいのある人たちに向けたスポーツ教室なんてできるのか」というご意見や、「安心感には繋がらない」というご意見をいただきました。その後、行政や福祉事業所の方々に協力を仰ぎ、繋がりを作り続けていった結果、活動の幅が広がり、参加者も少しずつ増え、現在の形にまでたどり着くことができました。

ーー具体的にはどのような工夫、改善をしていったのでしょう。

中村コーチ)はじめは、東京都知的障がい者サッカー連盟の活動をお手伝いしに行きながら勉強させていただきました。そのなかで「どのタイミングで声かけをするか」「どのような配慮が必要か」「会場に来ること自体が大きなチャレンジである方もいる」「視覚支援(何かを伝えるときに目で見てわかるようにすること)の大切さ」「参加者それぞれへの伝え方の工夫」など、本当に数多くの学びがありました。今でも活動に参加させていただくときは、多くの学びを得ています。

ただ、指導を真似するだけではなく、東京ヴェルディ独自の指導スタイルはないか考えました。考えた結果は…、「笑い」です!(笑)スポーツ教室なので、もちろん運動量を確保することやリスクマネージメントを考えて、トレーニングメニューを作成しています。ただ、私たちはそこに笑いを入れています!(笑)
コミュニケーションを大切にしているので、教室の合間のやり取りにギャグを入れたりボケたりして、楽しい雰囲気を作っています。参加者の方もどんどんツッコミを入れてくれたりするんですよ。そうして「また参加したい!」、「楽しいコーチにまた会いたい!」と、そんなふうに思っていただける活動になるよう心がけています。

柳沢部長)私は2017年に東京ヴェルディのフロントスタッフとして戻り、当時から中村コーチがいろいろな行政、施設に挨拶や提案に行き、すぐに断られている姿も一緒に見てきました。しかし、「東京ヴェルディとしてスポーツを通して社会に貢献したい」という情熱は私にも伝わっており、「これからもどんどんその想いを発信していってください」と、背中を押してきました。その情熱の広がりをいまとても感じています。

東京ヴェルディ東京ヴェルディ 柳沢将之部長

中村コーチ)はじめはお断りされたとしても、信念を持って行政や福祉事業所に通い、自分たちの想いを伝えました。それを続けていくことで、話を聞いてくださる方が増えたり、新しい活動のスタートにつながるようになってきました。

ーー現在では、障がい者スポーツ教室だけでなく、小中学校で「パラスポーツ出前教室」という、パラスポーツの体験を通して障がいのある状況を疑似体験する授業も行っていますよね。

中村コーチ)私たちの目標は、障がいのある方々がどこに住んでいても気軽にスポーツができる環境を作ると同時に、障がいのあるなしに関わらず誰もが住みやすい優しいまちづくりに貢献することです。

障がい者スポーツ教室だけでなく、「パラスポーツ出前教室」もセットで実施しているのは、小さなころから障がいのある人たちの想いを知ってもらうためです。2024年度は東京都内で約150回の訪問を予定しています。障がい者が気軽にスポーツできる環境を作ることと、まちの人たちの障がい者への理解を深めること。共生社会の実現にはこの両輪を回す必要があると考えています。

東京ヴェルディなら大丈夫「安心感をつくる」ことの重要性

ーー障がい者スポーツ教室を拡大していくにあたって、どのようなことが必要だったのでしょうか?

中村コーチ)「安心感」は大きなキーワードとなりました。先程も申し上げた通り、最初は東京ヴェルディというサッカークラブのコーチに対して、福祉事業所の方や障がいのある方、そのご家族に安心感を抱いていただけませんでしたが、私自身も障がいのある方への対応に必要なことを学びながら、「上級パラスポーツ指導員」、「知的障がい者サッカーB級コーチ」などのライセンスを積極的に取得しました。

ーー地域の方々の理解という面ではいかがでしょうか?

中村コーチ)障がいのある方の参加者が集まり、体育館で活動をしていると、ときには苦情をいただくこともありました。ですが、市民の方々の近くで行うことが障がい者理解を深めるためには重要だと考え、根気強く活動を続けていくことで徐々に理解を得られるようになりました。今では何かトラブルが起きた際にも、まわりから「大丈夫だよ」と言っていただけるようになりました。時間をかけて信念を持って取り組んだ結果が、市民の方々の障がい者理解に繋がったと感じています。

スポーツチームが取り組むからこそ意味がある

ーー先日、中村コーチが「障がい者スポーツ専門コーチ」として東京ヴェルディと契約更新することが発表されました。こうした点も含め、東京ヴェルディはどんなスポーツクラブを目指していきたいのでしょうか?

中村社長)いろいろなことにチャレンジをし続けるクラブでありたいですね。何かにフィルターをかけることなく取り組むことのできる東京ヴェルディのDNAを活かしていきたいです。
障がい者スポーツに関しても、ほかの競技同様クラブとして向き合うべき「東京ヴェルディらしい」活動だと感じています。社会の責任だから、評価を得たいから、という目的ではなく、競技そのものの垣根やプロ・アマという上手さの垣根、年齢の垣根を越えてスポーツに関わる、そんなオープンなクラブであり続けるために必要な活動だと認識しています。

こうした活動を“特殊”だと私たちが考えてしまうことは、「障がい者にとってスポーツをすることは大変なことだ」と言っているのと同じです。でもそんなわけないです。みんなそれぞれの立場、それぞれの状況で努力をしています。「あらゆる人の居場所となれたら」と思いながら活動を続けた結果、少しずつ価値が見出されてきているのだと感じています。

こうした点も含めて、フロントランナーとして誰かのヒントとなり続けられるようなクラブでありたいですね。

柳沢部長)中村コーチは、これまでもいろいろなところで「なんでサッカーのコーチが障がい者スポーツに取り組むの?」と問われ続けてきたのだと思います。障がい者スポーツ専門コーチという形でこの度契約を更新することになりますが、難しい状況にも自分の信念を持ち向き合い続けた結果、外部もそうですがクラブの内部にも理解がしっかりと広まっていったのだと感じています。
嬉しいことに最近では行政さんからの依頼も増え、スケジュールもなんとか回しているような状況にあります。中村コーチの信念から広がってきた活動をさらに進めていくために、私の立場としてはサッカースクールも含めてしっかりとマネジメントしていき、そして中村コーチのように障がい者スポーツに関心の高い指導者が増えていってくれればと思います。

中村コーチ)東京ヴェルディの独自の路線を活用しながらも、最終的にはこの活動を全国に広げていきたいと考えています。全国にあるJリーグクラブが、障がいのある方々に運動する場を提供できると、日本のどこに住んでいてもスポーツを楽しめる環境を整えることができるはずです。Jリーグクラブは全国で60ありますので!現在、実際に各地のJリーグクラブから視察に来ていただいています。全国にいる仲間とともに、障がいがある方々が気軽にスポーツをできる環境を作っていきたいと思います。

「障がい者スポーツ専門コーチ」が日本中どこのクラブにもいて、その最前線で活躍していたら素晴らしいですよね。
そしてこれからは、国内だけではなく世界にも活動の場を拡げて、東京ヴェルディが「世界一インクルーシブなクラブ」と呼ばれるようになりたいですね!

ーーありがとうございました!

東京ヴェルディ
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