この連載では、なでしこリーグ1部伊賀FCくノ一三重(以下、くノ一)に所属する常田菜那選手が、現役アスリートが出来る社会貢献活動を考え、インタビューしていきます。
現役アスリートとして、競技に専念することは当たり前。その中で「競技を通してもっと地域や社会に貢献したい」「自分にできる取り組みをしたい」という想いが強くある常田選手。アスリートが現役中に社会の課題と向き合うこと、地域貢献活動をすること、そうした意義のあることを現役アスリート目線で発信していきます。
女性アスリートに特化した社会的課題に目を向け、アスリート自身が抱えている悩みや、女性アスリートならではの課題に目を向けて、課題解決につながるヒントを見つけるこの連載。
今回のテーマは、「女性アスリート(特に女子サッカー選手)のセカンドキャリアについて」。
なでしこリーグ1部で長年活躍し、2021年に引退し競技生活を退いた後、現在は大阪府で飲食店を経営されている乃一綾さん(以下、乃一)に取材しました。(乃一さんは私、常田の大先輩でもあります。)
長年続けてきた競技を終えたあと、自分は何ができるのか。
常田)私自身、学生での競技を終えて、社会人になり、セカンドキャリアのことについて考えることが増えました。
でもサッカーしかやってこなかったので、引退したあとや、もし怪我でサッカーができなくなったときに、サッカー以外で社会に貢献できることってあるのかなと考えたときに何も考えられず、どうしようという不安が大きかったです。
こうしたことは私だけではなくて、女子サッカー界の誰もが思っていることなのではないかな、と思います。こうした課題を少しでも解決に繋げるために、今日は引退を経験した乃一さんのお話をお伺いできればと思います。
乃一)よろしくお願いします!
引退を考えるタイミング、きっかけ
常田)乃一さんは、2011年からなでしこリーグで活躍されて、昨年引退されましたが、“引退”を考え始めたのはいつ頃ですか?
乃一)考え始めたのは、20代後半になってからです。
常田)それまでは全然考えていなかったんですか?
乃一)頭にもなかったですね。チームとして昇格するという目標を達成し、その次のシーズンも自分の150試合出場など、節目を乗り越えていった結果、引退が徐々に近づいてきた感じです。
常田)実際に競技を離れたあとの心境はいかがでしたか?
乃一)ホッとしました。毎日走らなくていいんだ、みたいな。(笑)
その段階ではやりたいことがあったわけではなく、アカデミーのコーチとしてくノ一の若手選手に関わっていました。ただ、サッカーの指導者を職業にしていくことには違和感を持っていましたね。
常田)乃一さんは選手としても教えるのが上手だったので、指導者の道にいくと思っていました。でもやってみないとわからないこともありますよね。
乃一)難しかったですね。プレーをかみ砕いて指導しなければならず、コーチの方々の仕事振りに感心していましたね。
「サッカー」という自分の中心部分がなくなる
常田)コーチも少しご経験されてから、2021年7月に『とよなかJB』という飲食店をオープンされています。飲食店をやろうと思ったきっかけ、理由は何ですか。
乃一)引退して、自分の中心部分がなくなり、「サッカーがなかったら自分は何もできないんかぁ」など、いろいろと考えました。
飲食店をやりたいということは思っていたこともあり、引退して時間ができたことで、お店を始めた友人たちとはよく話すようになりました。そんなとき、似たような境遇の方から「迷ってるならやったほうがいいよ」と背中を押されて始めました。飲食店を選んだのは、「人と喋るのが大好きだから」という少し安易な考えもありますね。(笑)
サッカーという武器がなくなっても、結局売りにできるのはサッカー。
常田)乃一さんの場合、ご自分で1からお店を始められたと思いますが、その中で一番苦労したことは何ですか。
乃一)苦労は本当にたくさんありましたね。(笑)
祖父母の家を改装してお店にしているのですが、人が店に入って過ごしてもらうことを考えると、想像以上の大変さがありました。
常田)1から始めるって大変ですよね。
乃一)店をオープンさせることができてからもお客さんを集めることには苦労していますね。看板を大きく出しているわけではないので、オープンしたことを認知してもらうのも時間がかかるし、まだまだこれからだな、と思います。
「サッカー選手を引退して、お店を始めたんです」といって興味を持ってくれる方はなかなかいません。サッカーチームで話をするなら別ですが。
お店に来る人は、お店に来て食事をすることが目的です。なのでまずは、美味しいご飯を作ることや、サービスをしっかり考えないといけない。認知されて、来てもらって、そこからやっと話ができて、「サッカーしてたんですよ」という話ができます。
常田)サッカーなどの競技を長年やっていると、集客から競技の話題に頼ってしまいますよね。
乃一)「サッカー」という環境にずっといたので、それを活かせばなんとかなるのかな、と思っていました。甘く考えていたなと実感しましたね。
でも、最終的にはそこも売りにしていかないと何も特徴がないですし、サッカー選手だったことの大事さも感じています。
常田)お店をオープンしてそれほど時間は経っていませんが、今まではサッカーで観ている人に元気を与えたり、競技に専念することが地域の貢献に繋がっていたと思いますが、競技を離れてみて、競技以外で社会や地域に貢献していると感じる瞬間はありますか。
乃一)今?まだ何も貢献できてないと思います。
常田)地域の人たちにはどうですか?
乃一)まだ何も貢献できてないなぁと感じています。もちろんこれから貢献していきたいですし、今後はくノ一の試合にも出店して、お世話になったチームにも貢献したいとも考えています。
この事業が成功したときに、今まで一緒に戦ってきた仲間、ユース年代の子どもたちに自分ができる何かしらのサポートができたらすごくいいなと思っています。
常田)めっちゃいい、是非お願いします。(笑)
乃一)まだまだ先の話ですが、まあ夢は大きく。(笑)
本気でやれば何でもできる。自分から動くことが大事。現役中にセカンドキャリアを考える重要性とは?
常田)女性アスリート、特に女子サッカー選手のセカンドキャリアを考えることの重要性や引退するまでにどのようにキャリアを考えていたらいいのかアドバイスはありますか。
また、引退を経験されてその重要性をどのように考えていますか。
乃一)私は考えてこなかった立場なのですが、やってみて思ったのは、「やってみなわからへん」ということです。
引退が近づき、次のために資格を取ることを考えたことは何回もありましたが、自分の性格上2つのことに一生懸命取り組むことはできず、サッカー以外のことは本気で考えられませんでした。
常田)そうなってしまう気持ちもすごくわかります。
乃一)チームに所属しているときは、会社勤めもしていましたが、14時で帰らせてもらったり、簡単な仕事だったりと、かなり優遇されていました。32歳で引退するときに、部下がいる環境で仕事したこともなく、パソコンもできず、大きな劣等感を感じていました。
ですが、実際にいまお店を始めてみると、「本気でやればなんでもできる!」という気持ちも湧いてきます。この歳だから、この経験だから無理と思ってしまうのは、逃げに近いものなのかなとも思いますね。
常田)なでしこリーガーでいうと、乃一さんの現役時代のような働き方の方は多いですし、そこから一般企業に入るのは勇気が必要ですよね。自分がやりたいことを見つけない限り、結婚して引退するといった流れが多くなりそうです。
乃一)やりたいことを仕事にするのは簡単ではないですし、それを見つけることも難しい課題だなと思います。
セカンドキャリアの支援が話題になっていますが、それ自体も選手にとっては「支援されている」状態になっていて、自分の力では動けていないこともあります。結局は自分で本気で動かないといけないです。
ですが、そういう支援できっかけを与えてもらうことや、背中を押してもらえる機会はすごくありがたいことで、自分が現役中に触れ合えればよかったなとは思います。
常田)現役中に競技以外で、本気で自分でやろう、と思えることってあまりないと思います。ただ、知ることでもっと自分から動けるし、いいきっかけは大事だなと思います。
乃一)私は有名な選手ではなかったですが、長年なでしこリーグでプレーしてきて、いまこんなことに一生懸命やっている人がいる、ということが1つのモデルケースとして広がり、後輩のみんなが次の選択肢を考えるきっかけになってくれたら嬉しいです。
常田)今日はお話伺えて嬉しかったです!ありがとうございました!