2023年9月17日、清水エスパルス(以下エスパルス)のホームスタジアムであるIAI 日本平スタジアムにておこなわれた『ID ジュニアサッカーフェスティバル』。このイベントは、ID(知的障がい)の小学生のスポーツ促進と仲間との交流を目的に開催されました。今回は、エスパルスサッカースクールにてヘッドオブコーチングをつとめる今泉幸広さん(以下、今泉)にお話を伺いました。
障がいがあるとサッカーができないのか
ーーエスパルスが知的障がい者サッカーに取り組もうと思ったきっかけや活動をする上で積み上げてきたものについて教えてください。
今泉)まずはきっかけについてお話します。静岡には障がい者のサッカースクールの団体があるのですが、その団体を立ち上げた方の息子さんに障がいがありました。その方は、あるクラブのチラシに「障がいがある方も歓迎します」と打ち出されていたので問い合わせしたのですが、対応できないとクラブ側から言われてしまったそうです。そのようなことがあり、団体を自分で立ち上げることとなり静岡市サッカー協会がサポートする体制で立ち上がりました。コーチを担える人がいなかったため、エスパルスにコーチ派遣についての声がかかったことが当クラブが関わるようになったきっかけです。
ーー立ち上げ当初はどのような団体名だったのですか。
今泉)「静岡スポーツを楽しむ会」という名前で始まりました。団体名は今年2023年に「静岡・FID・エスパルスジュニアスクール」に変わっています。
ーー今泉さんご自身は、2007年の立ち上げ当初から指導を行っていたのでしょうか。
今泉)いえ、当初は派遣する側として関わってはいましたが、指導者としての関わりはありませんでした。
台湾で関わった「知的障がい者のためのサッカー」
ーー今泉さんご自身が、障がいのある方について考えるようになったきっかけなどはありますか。
今泉)2016年、静岡・FID サッカー連盟の当時の代表から台湾への同行を依頼されたことがきっかけです。台湾の知的障がいの子たちにサッカーを教えることになったのですが、直接指導をするのは難しいため、はじめに台湾の体育大学の学生にボランティアの関わり方についてレクチャーをしました。
ーー今泉さんご自身は、子どもへの指導に関して勉強されていたのでしょうか。
今泉)はい、私はキッズリーダー指導者講習のインストラクター資格を持っています。キッズリーダーとは、10歳以下のキッズ達を対象にした日本サッカー協会公認指導者のことです。
ーーもともと指導者としての資格を持っていらっしゃったんですね。
今泉)はい、ボランティアとしてのレクチャーをしたあとは、実技についてのレクチャーも行いました。レクチャーの後は、実際に知的障がいのある子どもたちを呼んでペアを組んでもらい、事前のレクチャー内容を含めて指導しました。1年目は台北、2年目は台北と桃園に行きました。その後コロナウイルスが世界的に蔓延してしまい、海外へ渡航することが叶わなくなったため、他の活動を通じてタネを蒔いていこうという話になりました。
ーーなるほど、コロナ禍になってしまったことも転機のひとつだったんですね。
今泉)そうです。日本サッカー協会では指導者向けにリフレッシュ研修を行っています。ライセンスを更新するためには必要な獲得ポイント数があります。そのなかの研修会に障がい者サッカーのコースもあります。そのコースでは、もしクラブに障がいがある人が入ってきたら、どのような配慮をする必要があるのかを勉強します。その講師も経験させていただくうえで、障がいがある方について考えを深めるようになりました。
知っている人が増えれば、手を差し伸べられる人が増えるのでは
ーープロサッカーチームである清水エスパルスが活動に関わることのメリットは何だと思いますか。
今泉)やはり、プロから勇気づけてもらえる機会があるかどうかが一番大きいのではないかと思います。Jリーグのクラブが関わることによって、クラブのブランド力を以って活動に取り組んだり広げたりすることができるので、そういった点でメリットがあると感じています。プロのクラブが関わることで、障がいがある方の活動について、新聞やメディアに取り上げてもらえる機会も増えます。そうすると、今まで情報が届きづらかった人たちにも障がい者の方の活動が届くことができることもメリットだと考えます。
ーーなるほど、たしかにそうですね。
今泉)情報が届き「知っている人」が増えれば、街にいる障がいのある方に関心を持つようになり、必要なときに手を差し伸べられるようになるのではないかなと思うのです。知るきっかけを作ることができるに過ぎないのですが、それでもまずは大切な一歩ではないかと考えます。
ーーありがとうございます。「知っている人が増える」を実感したエピソードなどはありますか。
今泉)普段わたしたちが生活するなかで、障がいのある方が視野に入っていることは多々あると思うんです。でも、なかなか気がつかない。見えているけど、気がつけない。しかしながら、活動に関わるなかで気がつくことができた、というふうにお話しくださる方が多いです。自分が意識をすることによって、普段見てきた街の様子が変わるんだと思います。
エスパルスの本拠地で行われたイベント
ーー活動をするなかで、課題を感じることはありますか。
今泉)私自身がおこなっている活動ではあるのですが、クラブ全体や他の人たちにもっと広がっていくことが必要ではないかなと感じています。そして、指導者だけでなく子どもたちも、障がいがある方々と触れ合う機会を増やしていくことが大切だと思っています。
ーー機会を作るという点で、9月に行われたイベントについて教えていただけますか。
今泉)年に一回、IAIスタジアム日本平(以下アイスタ)で静岡FIDサッカー連盟主催で知的障がい児が集まるイベントがあります。知的障がい児だけでなく、ここ数年では聴覚障がい児の子どもたちも参加しています。健常者のチームであれば試合などで他クラブと関わることができますが、障がい児などのスクールではそのような機会がありませんでした。障がいがある子どもたちやコーチスタッフが、他クラブと交流する場がないのが現実だと思います。ですので、そのような機会を作ることができたらと思い、2023年9月17日Jクラブに所属する知的障がい児を対象としたIDジュニアサッカーフェスティバルをアイスタで開催しました。今後は、Jクラブにとどまらず多くの参加者を募って開催することを目標としています。
ーーJリーグ及びJリーグクラブが率先して活動されることはとても重要ですね。エスパルスは、『ONE SHIZUOKA PROJECT』にも関わっていますよね。
今泉)新型コロナウイルスの感染拡大によりサッカー選手たちがピッチに立つことができなくなりました。そこで、静岡県内のJリーグに所属する選手が有志で集い、「スポーツの力で静岡をひとつに」という思いで立ち上げた企画が『ONE SHIZUOKA PROJECT』です。その企画のひとつとして、大久保択生選手、北爪健吾選手、井林章選手、鈴木義宜選手が清水特別支援学校高等部サッカー部の方たちにサッカー指導をおこないました。
わかりやすく丁寧に伝えることは誰にでも必要なこと
ーー障がい者にサッカー指導するにあたって、気をつけていることなどはありますか。
今泉)知的障がいがある方に説明するときは、一度にたくさんのことを話さないようにしています。話すときは短く端的にわかりやすく伝えることが大切です。また、動きながら注意を聞き改善することは難しいので、一回ずつ練習を止めて説明します。フィールドのライン上に置いているマーカーの数を増やし分かりやすくすることと、使用する各色にも気を配るようにしています。
ーーわかりやすく伝えることを心がけているんですね。
今泉)わかりやすい説明、わかりやすい練習を心がけています。たとえば、コーンを使ったスラロームの練習では、どこをどう通ればいいのかわかりやすくするために、コーンの色を変えたりやってみせたりして、練習に取り組めるように努めています。
ーー障がいがある方に教えることによって、健常者の方への指導においても意識するようになったことはありますか。
今泉)わかりやすい説明は、健常者の方に教える場合においても必要なことであると気づきました。「さっき言ったからできるよね」「わかるよね」という自己満足な指導ではなく、わかりやすく理解してもらえるような指導をするようになったと思います。人を思いやる行動をするという点は、相手が健常者でも障がい者でも変わらないですからね。
ーー最後に、メッセージなどあれば教えてください。
今泉)健常者であっても障がい者であっても、「スポーツが上手くなりたい」という気持ちは同じです。健常者の方にも苦手な事があるように、障がい者にもできないことがあります。サッカー以外でも皆さん同じ気持ちを持っています。サッカー(スポーツ)から少しでも共に歩む世界の実現に近づけるようになればと思っています。それには一人ひとりのかかわり方がとても重要になってきます。
困っている人がいれば気軽に声をかけていただき、少しでも障がい者の特性を知ってほしいと思います。障がい者を排除や差別することなく、同じ仲間として一緒に社会全体で共生を目指していくこと、そういった気持ちを持ち続けていくことが必要だと思っています。
ーーありがとうございました。これからの活動についても応援しております。